人の心を持ってしまった魔族   作:如月SQ

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これで本編後日談終了となります。


魔族の子と夢の終わり

「高圧縮した『人を殺す魔法(ゾルトラーク)』による魔力探知範囲外からの、超長距離狙撃……優秀なお弟子さんね……。

 黄金から解放されたのだから、警戒して然るべきだったのに……。

 お弟子さんに、気付いていたの?」

 

「……いや……勇者ヒンメルなら、最後まで仲間を信じて戦うと、最後のその時まで諦めないと、そう思ってただけだよ。

 もしフェルンが生きてたなら、必ずやってくれると信じてた」

 

「そう……素敵。

 ねぇ、最後に一つだけ聞かせて頂戴……?」

 

「命乞いなら聞かないよ」

 

「それも良いけど、違うわ。

 何故魔族を生かして連れていたの?貴女らしくもない。

 それとも勇者ヒンメルだと気付いていたの?

 それなら何故気付いたのかも知りたいわ」

 

「……見逃していたのは、私の個人的な都合だよ。

 その見た目が、私が殺した、人の心を持っていた魔族に似ていたから……殺せなかった」

 

「……変な話ね。貴女がトドメを刺したとしても、あの子に致命傷を与えたのは私なのに。

 そもそも殺した相手と似てるから、というのもよくわからない。それを人が気にする事はわかる。

 でも理解できないわ。まったく合理的じゃない。

 見当違いの相手に復讐しようとしたあの子もそうだけど、本当に変ね、人間ってのは」

 

「……お前達魔族には永遠にわからないよ。罪悪感なんて言葉とは無縁でしょ?」

 

「ふふ……そうね。そんな感情があったら、魔族なんてとうの昔に絶滅してるか……あるいは人類との共存に成功してたかもね」

 

「ゾッとする話だ」

 

「ふふ……ふ……。私は油断なんてしないと思っていたのに……。

 でも、こんな最期も魔族らしくて……面白いかも」

 

「……さっきみたいに命乞いしないの?」

 

「……して欲しかった?」

 

「いいや、無駄に心を痛めないで済む……有難い限りだ」

 

ズドンッ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ソリテールにトドメを刺したフリーレンが、ゆっくりと此方を振り向いた。

 塵と化していく、生前の私を事実上殺した、残虐な大魔族の最期に……ほんの少しだけ同族故の哀れみから祈りを捧げた。

 それであれが救われる訳もないけれど、自己満足って奴。

 

「さて……色々聞かせて貰っても良い……?アンタは……アリウム、なの?」

 

 私はその問いに小さく頷きを返した。

 

「そうですフリーレン様。お久し振りですね」

 

 そう言って笑う私に、フリーレンの怪訝だった表情は悲しげに歪められた。

 ……別に私は気にしていないし、むしろ感謝したいくらいなのに。

 ヒンメル様やハイター様に聞いたように……やはり優しいお方だ。

 

「……なんで」

 

 フリーレンの疑問は最もだろう。

 私もこうやって今、ここで立っている事が信じられないのだから。

 おまけに今……私の中にはヒンメル様とハイター様の意思まてあるのだから。

 

「それは……」

 

 私が説明しようと口を開いた時、森の奥が揺れた。

 ガサガサと音をたてた場所に、私とフリーレンの視線が向かうと、そこから現れたのは……。

 

「フリーレン!無事か!?」

 

 私の孫娘であるフェルンを腕に抱えた、シュタルク様だった。

 二人とも傷だらけで、フェルンに至っては気怠そうに目を細めている。

 ……良かった。

 あの攻撃、ソリテールの不意をついたあの光線があったから生きてるとは思っていたけど、二人とも無事で本当に良かった。

 

「って、二人ともマジでボロボロじゃん!大丈夫かよ!」

 

「シュタルク様……私達もボロボロですよ……」

 

 フェルンの言う通り、私達四人皆ボロボロだ。

 あちこちから血を流し、無傷な場所を探したほうが早そうなくらいに。

 ……本当に皆無事で良かった。

 残念ながら今この身には既に魔力は残っていない。

 治癒する事が出来ないのが歯痒かった。

 

「あ……フェルン……あの……」

 

 そこでフリーレンはフェルンを見て、気まずそうに顔を歪めた。

 ……そうか、この二人はなんだか喧嘩別れのようになっていたんだったか。

 その時私は夢見心地だったからあんまりピンときてないけれど、仲直りせずにそのまま……か。

 それでもフリーレンはフェルンを信じて、フェルンも自分のやるべき事をこなして、ソリテールを倒す事が出来たけど……問題は何も解決していない。

 しかもフリーレンはこの期に及んでまごまごしている。

 

「……丁度良いですね。二人も聞いて下さい」

 

 とはいえまずは事情を説明しよう、まぁ私も全てをわかってる訳じゃないけれど……。

 

 心配そうなシュタルク様と、目を細めてフリーレンを見ていたフェルンだったけど、私がハキハキと喋りだしたら目を丸くしていた。

 私はそんな二人の反応に笑みを溢しながら、言葉を続ける。

 

「私はアリウム。かつてとある孤児院を経営していた魔族。

 そして……そこにいるフェルンの祖母に当たります」

 

「え」

 

「……やっぱり、そうなんですね」

 

 フェルンは腑に落ちた様子で、頷いていた。

 聡明な子だね……いや、モーナと接触していたようだったから、ある程度説明されていたのかもしれない。

 けれど一方でシュタルク様は相当驚いたのか、目を見開いて、口をパカリと開き。

 

「え、えぇえええええええええええええええ!???」

 

「うっさ」

 

 驚愕の声が響き渡る事になった。

 顔をしかめて耳を塞ぐフェルンが、少し楽しそうでもあったのが印象的だった。

 

「私は……数十年前に死んでいたのですが、何故か今こうして存在しています。

 理由は……確実ではないのですが、私が生前に唱えた女神様の魔法によるもの……だと思います」

 

 『リーンフストール』

 数十年前、ヒンメル様とハイター様の前で唱えた女神様の、私が何故か解読出来てしまった魔法。

 唱えてみれば……当時は私達三人の体が淡く光っただけで、何の変化も起きなかった。

 光ったのだから何かはあるだろうと、色々検証してみても、何の効果も見られなかった。

 ……ただ、それはそれとしてあの時間は結構楽しかった。

 

『……うーん、いつもの美しい僕だ。何も変わらないように感じるなぁ』

 

『またやってる……』

 

 鏡を覗き込んでキメ顔を見せるヒンメル様を、呆れ顔で見てるハイター様……。

 いつでも鮮明に思い出せる、楽しかった思い出だ。

 親しい人と、一つの目的を持って……いや目的なんかなくっても、共に何かに取り組むというのは、本当に楽しい、かけがえのない思い出になる。

 ユーリとの旅も……いや、今はそんな事を思い返してる時間はない、か。

 思わず溢れてしまった笑みを引っ込めて、自分の指先をちらりと見た。

 チリ、と指先から何かが漏れ、削れていく感覚を覚えながら、私は改めて三人へと視線を向けた。

 

「更に言えば唱えた時、側にはヒンメル様とハイター様がいらっしゃったのですが……何の因果か、今私の中にはお二人の意識もおられます。

 とはいえ、皆様に拾われた頃……あの頃には私達は皆夢見心地で、意識はハッキリしていませんでしたが……」

 

 私の、私達の意識が浮上したのは、それこそモーナの凶行からフリーレンを庇った後……。

 互いの存在を確認して、何が起きてこうなったのか確かめる間もなく、現状の悪さへの対応に奔走する事になった。

 ……とはいえ、主にハイター様とヒンメル様が頑張っていたのだけど。

 

「勇者ヒンメルと……」

 

「ハイター様、が……?」

 

 フェルンが、目を見開き瞳を揺らす。

 ……確か、朧気に聞いた話ではリリィは紛争に巻き込まれて亡くなり、絶望していたフェルンをハイター様が拾ったのだったか……。

 そのフェルンの境遇に思うところはいくらでもあるし、今すぐ抱き締めたいけれど……今彼女と話すべきは、私じゃない。

 

 小さく頷いて肯定し、私は目を閉じる。

 そして、心の中でハイター様に呼び掛けたのだった。

 

『ハイター様』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アリウム、そう名乗った魔族の子は目を閉じた。

 先程の彼女が語った話は、何とも信じがたい話ばかりだった。

 フェルンとしてはそもそも、顔も知らない祖母が魔族である事をあまり信じたくなかった。

 更にはその本人と名乗る人物が目の前にいて、その中に勇者ヒンメルと僧侶ハイターがいる?

 フェルンはシュタルクと顔を見合わせ、信じられないとばかりに顔をしかめていた。

 

 けれど、魔族の子がその目を開き、柔らかく細めた瞬間に、そんな思いは全てが霧散していった。

 茶色の暖かな瞳が、フェルンを見つめていた。

 

「フェルン」

 

 声は違う、全然違う。

 あの低く落ち着いた声とは似ても似つかない、幼い少女の声。

 けれど、その声と細められた瞳に籠められた慈しみの感情が、その柔らかな表情が、否応なしに今は亡き恩人の面影を呼び起こした。

 

「貴女があまりにも良い子だったので、少しだけ化けて出てしまったようです」

 

 その言葉にフェルンは二つの感情を抱く。

 この旅を始めて間もない頃、『幻影鬼(アインザーム)』に見せられた、ハイターの幻影への憤り。

 そして、それを塗り潰す、再会の喜びだった。

 冷静な部分がまた偽物かもしれない、と囁くけれど、フェルンの本能は目の前の少女が、少なくとも今言葉を発しているのはハイター本人であると、そう訴えていた。

 

「ハイター……様……」

 

 ぼそりと、恐る恐ると言った様子で名前を呼べば、目の前の魔族の子はにこりと笑みを浮かべた。

 

「頑張ってきたようですね、フェルン。私も鼻が高い。

 フリーレンのお世話は大変でしたでしょう、本当に良い子に育ちましたね……。

 背もいつの間にか私より大きくなって……」

 

「……ふふ、それはハイター様の背が今は小さいからでございます」

 

「おや、そうでしたか。これは失礼」

 

 フェルンは目の端に涙を浮かべ、小さく笑った。

 

 ハイターとはもしかしたらまた再会出来るかもしれない。

 『魂の眠る地(オレオール)』へと目的地を定めた時からそう思っていたし、『幻影鬼(アインザーム)』を退治した後はそれをより強く意識したとは思う。

 だからこそ旅を思い切り楽しみ、沢山のお土産話をしようと、そう思っていた。

 けれど、こんなところで会えるなんて……微塵も思っていなかった。

 会ったら言いたい事が伝えたい事がいっぱいあったのに、フェルンの口は、体は、再会の喜びに震えるだけでなかなか言葉を紡いではくれなかった。

 シュタルクが気を利かせ、魔族の子の前にフェルンを横抱きにしたまましゃがみこむ。

 そうして漸く手の触れあえる距離にきたフェルンは思わず手を伸ばしていた。

 その手は魔族の子の無事な左手と重なり、どちらからともなくぎゅうと握り締めあっていた。

 

「……ハイター、お前達に何があったの……?何かわからない?女神の魔法なら専門でしょう?」

 

 フェルンが言葉もなく感動に打ち震えている中、フリーレンは小さな声で魔族の子へと話し掛けていた。

 あまり空気の読めていないタイミングだ。

 ……しかし、魔族の子からすれば少し違う。

 いつまでも話していたいのはやまやまだが……タイムリミットは明確に存在するのだから。

 

 魔族の子の右手の指先は、いつの間にか消え去っていた。

 

「率直に言ってわかりません。女神様の魔法は、人知を越えていますからね……。私の身に起きた事ではありますが、私達の理解の範疇にありません。

 ただ言えるのは……私達は皆、死んだという自意識が残っていた事です。

 少なくとも死んだ後に作られた複製、または魂自体の複製、はたまた、天国から無理矢理引っ張り出されたのかもしれませんね」

 

「……そっか。まぁ、どれでもいいか。また会えて嬉しいよ」

 

 そう言って穏やかに微笑むフリーレンに、魔族の子も笑い返した。

 

「ええ、ですが……」

 

 そこで口ごもる魔族の子は、ズタズタになっている右腕をゆっくりと上げた。

 気付けばその腕の先には掌だけ、指は既に塵と化していた。

 それを視界に入れたフェルンとフリーレンの瞳が見開かれる。

 

「ハイター様!手が!」

 

「ええ、もう一つわかっている事があります。この体は魔力が回復しないのです。

 そして先程の戦いと、ヴァイゼを解放した事で既に魔力切れ……体の負傷も合わせてもう間も無くこの体は消滅する事でしよう」

 

「そ、そんな……!折角また会えましたのに……!」

 

 フェルンの瞳にじわりと涙が浮かぶ。

 

「フェルン……この出会いが本来有り得ないのですよ。

 私は天命を全うし、貴女に看取られながら満足して死んだのですから、これ以上は望みませんし、望んだら罰が当たります。

 今こうやって、貴女の成長した姿を見れただけでも望外の喜びなのですから。

 天国で贅沢三昧しながら待っていますから、ゆっくりとこの世を満喫してから改めてお話を……」

 

 魔族の子は静かに諭すように言葉を紡ぐ。

 今が奇跡が起きてるだけなのだ、と。

 そうしてフェルンを落ち着かせている所に、フリーレンが口を挟んだ。

 

「いや、今私達はその天国を目指して旅してるんだ。……お前達にまた会う為に。アイゼンに言われて、ね」

 

 そんなフリーレンの言葉に、魔族の子は少しだけ驚いたように目を開いた。

 達、その言葉に含まれた意味を感じとり、目を細めた。

 フリーレンに起きた良い変化が、とても好ましかった。

 にこりと穏やかな笑みを浮かべ、嬉しそうに言葉を紡ぐ。

 

「そうですか……二人とも、良い経験を積み、良い旅をしてきたようですね……。安心しました。

 フェルン、貴女の成長をこの目で見ることが出来て、本当に嬉しかったですよ。これからもフリーレンに迷惑かけられるでしょうが……どうかお願いします。

 不器用で、勘違いされやすいですが、彼女は本当は優しい良い子なんですよ」

 

 今も右腕が塵となっていく魔族の子の姿を見て、フェルンは顔を歪ませる。

 折角会えたのに、どうせならば共に旅がしたかったのに……。

 それでも、そんな思い全てに蓋をして、フェルンは笑みを作った。

 恩人がなんの気兼ねもなく、行けるように。

 

「……はい、存じております……フリーレン様の事は、お任せください。

 私もハイター様と会えて……嬉しかったです。次に会えた時、いっぱいお土産話をさせてくださいね」

 

 そう言って笑うフェルンの目の端には、涙が光っていた。

 魔族の子は名残惜しそうに握っていた手を離し、フリーレンへと顔を向ける。

 いつもの微笑み、その中に僅かある責めるような色に、フリーレンの背筋は自然と伸びた。

 

「フリーレン、貴女はもう少し素直に言葉にする事です。事情はわかりますが……貴女がちゃんと言葉にすれば、拗れる事も無かったでしょうに。

 でも、そうやって貴女が思い悩むようになるとは、思いもしませんでしたよ。貴女も……成長しているんですね。

 改めて、フェルンの事、お願いしますよ?」

 

「……うん」

 

 念を押すように伝える魔族の子の言葉に、フリーレンに否はなかった。

 今回フェルンを泣かせたのは、全面的に自分が悪い自覚がある。

 先程はついまごまごしてしまったが、そもそも一段落したら謝ろうと心に決めていたのだ。

 ……とはいえ、そこでまた躊躇う可能性はあるので、後押しは必要だったのかもしれない。

 

「シュタルク君……でしたか。二人は優秀ですが、何処か抜けている所もあったりします。どうか、前に立って守って上げてください。

 そしてどうかフェルンの側に、ずっと居てあげてください」

 

「お、おう!任せてください!」

 

 見た目少女から保護者のような発言が出ている事に、多少違和を感じつつも、シュタルクは力強く頷いた。

 安心したように微笑む魔族の子、その言葉の真意を察してしまったフェルンの頬が微かに赤らんだ。

 

「さて、では私は……一足先に天国で貴方達を待つ事にしましょう……皆さん、どうかお元気で」

 

「はい、ハイター様……必ず会いに行きます」

 

「贅沢三昧でもしながら待っててよ。直ぐに会いに行くから」

 

 目を瞑り、小さく会釈をする魔族の子に、フェルンは涙ぐみながら頭を下げた。

 本当はもっと話したかった。

 ハイター様が亡くなってから、こんな事があったんだと沢山言いたかった。

 けれど、既に肘まで塵となっていた腕を見れば、それ以上言葉にする事は出来なかった。

 

 ……それに、きっと。

 また会えるから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パチリ

 

 私の意識が戻ってきた。

 ハイター様は話したい事は終えたとばかりに満足気だった。

 

『また会う時が楽しみです』

 

 そう言って意識を沈めていった。

 

「……フリーレン様」

 

 目を開いた私は、フリーレンに声をかけた。

 皆の視線が私に向いている状態……ハイター様を見送った後だろう。

 そしてその変化に少し驚いてるみたい。

 ただ、フリーレンの変化はそれだけじゃない。

 気まずさというか、強い罪悪感が伝わってくる。

 

 ……本当に、ヒンメル様やハイター様から聞いていた話とは違う。

 いや、多分変わったのだろう、今までの旅で。

 もしくは、私の死に際の忠告が、少しでも心に響いていたのかもしれない。

 それなら……少しだけ嬉しい。

 

「私に対して罪悪感を持つ必要はないんですよ。貴女はやるべき事をやっただけじゃないですか」

 

「……でも私は、最期に任された……リリィの事も放置した。

 死に際で、私が手にかけたのに、それでも私を思って忠告までしてくれたアンタの、最期の願いすら無視したんだ……。

 結果的にリリィは……フェルンのお母さんは紛争に巻き込まれて……。

 私がちゃんとその願いを聞き届けていれば、フェルンが独りになる事だって……。

 私がアンタを殺したから、フェルンは、不幸になって……。

 本当に……ごめん。アンタの助言だって、無下にして……」

 

 眉をハの字にして、悲しげに、じわりと涙すら浮かべて、フリーレンは懺悔する。

 その様子は心底後悔しているようで、その体は震えている。

 ……けれど、私からすればそれは……少し的外れのように思えた。

 

「フリーレン様……あまり、私の子の人生をバカにしないでください」

 

「え……」

 

「リリィが亡くなった事は悲しいです。けれど、その人生はリリィが選んだものなんです。

 貴女がちゃんと面倒を見てればリリィは不幸にならなかったーなんて、リリィが選んで生きてきた道が間違ってたみたいじゃないですか」

 

 フリーレンの言い分はわかる。

 結果的にリリィは死んでしまったのだから。

 けれど……それでもリリィはきっと幸せだったのだ。

 

「こんな可愛いくて良い子な娘が産まれるような家庭を築けていたんです……幸せじゃなかった訳がないですよ」

 

 私は、フェルンへと手を伸ばす。

 その柔らかな頬を撫で、微笑んでやれば、フェルンもぎこちなくも受け入れてくれていた。

 優しい子だ……ああ言ったけれど、自分の境遇を他人のせいにして責める資格が、この子にはあるのに。

 なのにこの子は自分の境遇を受け入れ、原因とも言える私やフリーレンを責めようともしなかった。

 強い子だね……流石はハイター様の血を引いてるだけはある。

 

「それ、は……」

 

 言葉に詰まるフリーレンに、私は言葉を続ける。

 

「フリーレン様、私を殺した事を罪だと思うなら、過去を後悔して立ち止まらないでください。

 過去を言い訳に、今を蔑ろにしないでください。

 フェルンに悪いと思っているなら、もっと愛してあげてください。話してあげてください。

 フェルンは……貴女と共にいたいと、そう思っている筈なのですから。

 私への贖罪は、それだけで充分です」

 

「…………」

 

 私はそう言って微笑みを浮かべた。

 フリーレンは口を引き結び、小さく頷いていた。

 それらのやり取りを見て、瞳を潤ませていたフェルンの頭を優しく撫でて、その額を合わせる。

 

「フェルン……私の生きた証……リリィの元に産まれてきてくれて、ありがとう。

 貴女みたいな優しくて良い子が私の孫娘で……本当に嬉しい。

 貴女を愛してる。どうか、幸せになって……。

 これからの貴女達の旅路も良いものになるように、心から願っています」

 

「おばあ……さま……」

 

 ぐす、とフェルンの鼻が鳴る。

 ふふ……おばあさま、か。

 初めて呼ばれたけれど……悪くない響きだ。

 

 ……そうだ、最期に、肉親らしい事を一つだけ残していこう。

 私はフェルンの耳許に口を寄せ、小声でしっかりと、けれど急いで囁いた。

 気付けば右腕は既に塵となっていて、もう残された時間が僅かだと悟ったから。

 

 私の自慢の、おじいさん直伝のレシピ、好きな人に、家族に、大切な人に、是非振る舞って欲しい。

 

「……はい、ありがとうございます、おばあさま……」

 

 ああ、フェルン……リリィの忘れ形見。

 私が生きた唯一の証。

 

「シュタルク様……雪原で私を見つけてくれて、助けてくれてありがとうございました。

 貴方のおかげで、私は……私達は安心して行けます。

 短い間でしたが、一緒に旅が出来て楽しかったです。

 フェルンの事を……私の孫娘の事を……改めてお願いします」

 

「ああ、俺も楽しかった、です。

 フェルンの事は任せてくれ!最後まで守り抜く」

 

 少しぎこちなく敬語を使って、シュタルク様は笑った。

 その堂々とした態度は、心から私に安心感を与えてくれた。

 

 もう、大丈夫、この子達なら絶対に大丈夫だ。

 

「フェルン……ごめんね」

 

 フリーレンがフェルンに向けて頭を下げた。

 様々な思いが、万感の想いが籠った一言だった。

 その思いはしっかりとフェルンにも伝わったらしい。

 フリーレンを見る目に多少の険しさが残っていたのだけど……それも今、なくなったようだ。

 

 うん……本当に安心だ、思い残す事はない。

 私がこの後どうなるのかはわからない。

 ハイター様やヒンメル様は天国に行けるだろうけど、私は……行ける筈もないし。

 それでも、後悔はない。本当に、何一つ。

 フェルンはきっと……いや、必ず幸せになる。

 そう、確信出来た。

 

「それでは……皆様、どうか元気で」

 

 そう言って、私は目を瞑る。

 最期に挨拶すべき人は決まっているから。

 私の意識を沈めようとした時、寸前にフリーレンの言葉が私を引き留めた。

 

「アリウムも、『魂の眠る地(オレオール)』で待っててよ。そう間も無く会いに行くから」

 

 それは、確信の籠められた言葉だった。

 それは……私にとって、ヒンメル様に許された時と同じくらい、衝撃が走る言葉だった。

 閉じかけた瞳が涙で滲む。

 フリーレンは……フリーレン様は、私の事情を全て知ってる筈なのに。

 私が人食いだった事も、恩人を食った事も、我が子を食った事も、我が子を手にかけた事も知ってるのに……。

 彼女は私がヒンメル様やハイター様と同じ所に行けると、確信しているのだ。

 その言葉の、なんと心強い事か。

 

 私は滲む視界で、最後の最期に、胸に秘め続けるつもりだった、文字通り墓に持っていくつもりだった事を伝える事を決めた。

 そうすればきっと……もしも、また会えた時に、楽しい事になる。

 もしかしたら怒られるかな?それもまたきっと楽しい。

 

「また会えたら、ハイター様をおじいさまと呼んであげてください。リリィの実父は、ハイター様ですから。きっと、喜びますよ」

 

 だから、この爆弾を放り投げた。

 

「「「え」」」

 

 呆気に取られた三人の顔を見て、私は今度こそ瞳を閉じる。

 後は……もう終わりの時まで静かにするだけ。

 

『え……?アリウム……さん?』

 

 ハイター様が恐る恐ると言った様子で聞いてくるけれど、私は気にせず自意識を沈めていく。

 困惑する空気が伝わってくるけれど、これ以上言う事もない。

 もしまた目覚める事が出来て、私が皆様と共にいられたのなら……。

 その時は、お叱りを甘んじて受ける事にしましょう。

 

 ただ今だけは……夢のような時間の余韻に、この身が滅びるその瞬間まで、浸らせてください。

 

 ああ……本当に、夢のような時間だった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔族の子が目を開いた時、その瞳は青く輝き、そして困ったように細められていた。

 皆、最期にアリウムの残した爆弾に困惑しきりだった。

 かくいう私も本当に驚いたけど……時間は待ってくれない。

 ボロリ、と魔族の子の体が更に崩れていた。。

 

「おっ……と、本当に時間がないね」

 

 にこりと私にとって見覚えのある、けれど見慣れない笑顔を浮かべて、魔族の子は私達に向き直った。

 

「それじゃあ、『魂の眠る地(オレオール)』でまた会おう」

 

 そして、それだけ言うと、魔族の子は口を閉じた。

 その様子にフェルンとシュタルクは怪訝な表情を浮かべてた。

 それだけ……?と二人は視線を交わしあっている様子だった。

 

 けれど、私はそれが当然だと感じていた。

 少しだけ濡れている目の端を拭って、私は魔族の子(ヒンメル)と真っ直ぐ向き合った。

 そう、私達に多くの言葉はいらない。

 

「……そうだね、また会おうヒンメル。涙の別れなんて柄じゃないでしょ?」

 

 私の言葉に、ヒンメルは力強く頷いた。

 それとほぼ同時に、魔族の子の体全体が黒く染まる。

 体の限界……けれど最期に。

 

「「また会った時に恥ずかしいからね」」

 

 私達の声が、静かに重なった。

 そして、次の瞬間には魔族の子の体の全てが塵と化していた。

 

 ふわりと風が吹いて、その塵が宙を舞う。

 それを私達は、暫く黙って見つめていた。

 様々な思いが去来する。

 信じられない、夢のような時間、それの終わりを感じてた。

 

 ……さて、流石にずっとこのままではいられないね。

 

「……またね、ヒンメル、ハイター……アリウム」

 

 静かに呟いて、私は踵を返す。

 デンケンの方も決着はついたようだけど、流石に無傷ではないだろう。

 一応様子を見に……反応のあったヴァイゼに向かおう。

 そう思って一歩踏み出した。

 

「あ、痛い」

 

 その瞬間、私の体を激痛が襲った。

 体に力が入らず、そのままパタリと地面に倒れてしまう。

 思い返すのは……ハイターの言葉。

 そう言えば、痛みがぶり返すとか言ってたっけ……。

 

「フリーレン?」

 

「フリーレン様?」

 

 倒れて動く様子のない私を見て、二人が怪訝な声で名前を呼ぶも……私の体は言う事を聞かない。

 それどころか、あんまりにも痛くて、意識が、遠、退いて……。

 

「……ごめん、限界。シュタルク……運んで……て」

 

「あ、おい!フリーレン!」

 

「フリーレン様!」

 

 そう言い残して、私の意識は閉ざされていった。

 二人の心配そうな声が、最後に私の耳をうった。

 

 大丈夫……もう危険はない。

 朧気な意識の中、眠りに落ちる前の、暖かな闇の中で、私は考える。

 死にかけてはいるけど、私も死ぬことはない……。

 ……多分ね。ここまで傷を負ったのは初めてだから確証はないけど。

 まあ……なんとかなるでしょ。

 

 ……ああ、本当に夢みたいな時間だったな。

 悪夢でもあった、正直辛くて仕方なかった。

 でも……それでも……ヒンメルに、ハイターに会えて嬉しかったな。

 アリウムにも……直接謝れた……本人にはいらないって言われてしまったけど。

 それに、私の心のしこりは、なくなったような、そんな気がする。

 

 ……目が覚めたらフェルンにもう一回謝ろう。そして、ソリテールを倒した事を褒めてあげよう。

 シュタルクにはお礼を言おう。フェルンについてきてくれてありがとう、って。

 マハトを倒したであろうデンケンも、後で目一杯褒めてあげなきゃ……。

 

 やる事が……いっぱいだなぁ……。

 

 そんな事を考えながら、私の意識は、ゆっくりと、闇に溶けていった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「快気祝いに、ご馳走を作りましたよ。デンケン様もどうぞ」

 

「ああ、折角だ、馳走になろう」

 

「んー、良い匂いだなぁ」

 

「香草焼きか、結構昔からある香草使ってるね?

 魔王討伐の旅の時に、良く臭み消しで使ってたもんだ。

 懐かしいな、美味しそうだね」

 

「はい、沢山作りましたから、お腹いっぱい食べてくださいね」

 

 微笑むフェルンの姿に、不意にアリウムの姿が重なる。

 笑みを浮かべた二人の顔は、非常に良く似ていた。

 それでも……フリーレンはもう目を反らす事はない。

 フェルンを、ちゃんと見ていくと誓ったのだから。

 

「いただきます、フェルン」

 

「(そして、アリウム)」

 

 心の中でだけそう呟いて、フリーレンは目の前の香草焼きに手を伸ばした。

 デンケンとシュタルクも、それぞれ香草焼きに手をつけ始めている。

 

 食卓を囲む、暖かで平和な光景が、そこにあった。

 ニコニコと笑みを深めたフェルンの後頭部には、銀の蝶の髪飾りが、今までと変わらず煌めいていた。

 

 

 

 

 

『人の心を持ってしまった魔族』後日談

 

 

 

 

 

       ―終―




大分冗長になってしまいましたが、最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!

IFストーリーを別小説に纏めました!

人の心を持ってしまった魔族・IFストーリー
https://syosetu.org/novel/345585/









 モーナは一人、かつて自分が暮らしていた孤児院に向かっていた。
 復讐は、遂げられなかった。
 いや、フェルンが仇である魔族を殺したのだから、ある意味一番正しい形になったのかもしれない。

 だからこそ、今の自分が酷く滑稽だった。
 間違った相手を恨んで、仇に体よく利用されて……。
 間違っていた復讐相手には許されてしまって、傷つけてしまった先生に似ていた魔族の子はいなくなってしまって……。

「長く……空回りし続けちゃった……なぁ……」

 リリィの事を見届けた後は全て、復讐の為に生きてきたのに……。
 それも全て中途半端なものになってしまった。
 全て、自業自得だけど……。

「はぁ」

 フェルンへの挨拶や、フリーレンへの謝罪もそこそこに、モーナは逃げるようにヴァイゼを後にした。
 傷は痛んだけれど、そこにいたほうが辛かったから。

 やがてモーナは辿り着いた。
 かつて、先生が経営していた孤児院に。
 風の噂では当時の子供達は散り散りになったと聞いていたから、きっと廃墟になっている、そう思っていたのに。

「……これ、は……」

キャー!
わー!
あはははは!

 そこには、子供達が元気に遊ぶ姿があった。
 予想外の事に、懐かしい建物の前でその光景を眺めていると、不意に声をかけられる。

「……ん?お前、もしやモーナか?」

 そこにいたのは、自分より一回り程年上だろう男、人によってはお爺さんと呼ばれるくらいの男性だった。
 その顔立ちに微かな記憶が刺激され、モーナはその名前を口にする。

「……セロ?」

「ああ、久しぶりだな」

 男性の名はセロ、かつて同じ孤児院にいた、孤児院を卒業していった孤児の中の一人だ。
 モーナとは男女の違い、年の違いはあれど、よく遊んでいた仲だった。

 話を聞けば、アリウム先生が行方不明となって、経営する者のいなくなったこの孤児院を、それならと請け負う事にしたそうだ。
 最初は金が足りなくて、や、子供の世話が慣れるまで大変だった等、苦労したエピソードを語られ、モーナは少し肩身の狭い思いをしていた。
 モーナにはセロが輝いて見えていた。
 彼は正しくアリウム先生の遺志を継いでいるように見えたから。
 話が終わったら、早々に立ち去ろうと決めて、俯いた時だった。

「それで、お前は今何してるんだ?良ければ、一緒にここで働いかないか?」

 そんな誘いを受ける事になる。
 モーナは最初は渋ったものの、子供達とふれあい、かつての先生と同じ目線でものを見た時……子供達の笑顔に喜びを覚えている自分に気付いた。
 一度気付いてしまえば、もうモーナは子供達から離れる事は出来なかった。

 モーナは、孤児院で働き始める事となった。
 憑き物が落ちたように明るくなったモーナを、子供達が受け入れるのには差程時間はかからなかった。

 当初は思い詰めた、死人のような顔をしていたと、後にセロは語る。
 だからこそここで引き留めなければいけないと思った、と。
 恥ずかしそうに顔を赤らめるモーナの肩を、セロが優しく撫でた。

 二人はかつて恩師と暮らしていた孤児院で、穏やかで、平和な日々を送っていく事となる。

 修復の跡が残る礼拝堂で、女神様の像が、穏やかな表情で子供達を見守っていた。









・セロ
「人間と魔族」にて、アリウムの目の前で首を掻き切って炎の中に消えた男性。
二人の名前の元になったのは、戯曲「オセロー」の登場人物、主人公オセロと、その妻デズデモーナから。
アリウムの運命の変化と共にコロコロと変わってしまう、オセロのような人物達である。

魔族の子供の次はどれが読みたいですか?

  • 〈戦士と魔族〉
  • 「平和だった町」
  • [一級魔法使い第二試験]
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