人の心を持ってしまった魔族   作:如月SQ

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魔族と勇者

 私は気付けばニコライの首に手をかけ、押し倒していた。

 それを、ニコライは表情を変えずにその空虚な瞳で私を見る。

 ぎり、と左手に力を込め、その首を絞める。

 

「なんで……なんでっ……!」

 

 ポロポロと、ニコライの顔に私の目から流れた涙が落ちる。

 愛しさと憎しみの板挟みに、胸がひどく痛んだ。

 

 その時、苦しみから、顔をしかめたニコライの口が開いた。

 血塗れの手で、私の腕を掴んで、言葉を紡ぐ。

 

「なんで……死にたくないよ、ママ……」

 

 掠れたニコライのその言葉に、私は目を見開いた。

 左手からは力が抜けて、ニコライは涙目でニコリと微笑みを私に向けてきた。

 

「ありがとう、ママ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな魔族の首を、私は不可視の右腕でねじ切った。

 

カランカランカラ……

 

 背後で音がして、振り返ってみれば、血塗れのナイフが転がっていた。

 ……わかってる、わかってた、私の子供だもんね、似たような事、出来ると……思ってたよ。

 

 さっきの言葉は、ただ私を油断させる為の言葉、何の感情もない……!

 私が自分を害する者だとわかったから、排除する為だけの……。

 それに……。

 

「……ママ、なんてことば、おしえてない……!」

 

 私の目からは涙が溢れた。

 

「やっぱり、やっぱりこのこは……!」

 

 姿が見えない時、もしかして、と思っていたけど。

 

「ひとを、たべてたんだ……!」

 

 そんな日は、ユーリにご飯をおねだりしてなかった。

 さっきの言葉は、きっと食べた人間の言葉……私にも、覚えがある。

 それがわかるくらいに、人を、食べてた……!

 気付けた、もっと早くにこの子の本性には気付けた!

 私が、今の生活を壊したくなかったから、見ないふりをして、そのせいで……。

 

 足元から塵に還っていくニコライ。

 私がねじ切った首は空虚な瞳のまま、私をじろりと見た。

 

「…………なんで?」

 

 その言葉だけ残して、ニコライは塵に還った。

 何も、何も残らない。

 最後の言葉にもきっと意味はない、ニコライは魔族だったから。

 私の言葉を繰り返しただけ、理由があって言った言葉じゃない。

 私の胎から産まれただけの、言葉を理解しない獣。

 人食いの、私の大切な者を奪った憎むべき相手。

 

 なのに、なのに、なのに、なのに!

 

「う、ううぅうううう!」

 

 胸がひどく痛い。

 それでも私は、ニコライを愛してた。

 憎めない、憎みきれない!

 でもこれ以上生かしてもおけなかった!

 痛くて、苦しくて、私は胸を押さえて踞った。

 流れる涙が、床に溢れていく。

 

「…………う」

 

「っ!」

 

 その時、小さな呻き声に気付いた。

 バッと前を見れば、血だまりに倒れるユーリの体がピクリと動いた。

 閉じられていた瞳がゆっくりと開かれる。

 生きてる……生きてる!

 

「ユーリっ!」

 

 急いでユーリに駆け寄る。

 半分開いた瞳を覗き込んで、その頬を手で撫でた。

 ただ、その頬は驚く程冷たくて、私の顔は思わず歪む。

 

 ユーリの口が震え、ゆっくりと開く。

 

「アリー……ごめん……」

 

「なんで、あやまるの……!?」

 

「ニコライの事……止められなかった……マリーも……守れなかった……」

 

 じわりと浮かんだ涙が、ユーリの目から溢れる。

 

「いい、いいよ!ユーリさえいきてれば、なんどでもうんであげるから!」

 

「はは……そういうものじゃ、ないだろう……?

 でも、ごめん……約束……守れそうにないや……」

 

 ユーリの震える手が、私の手を掴む。

 その手も驚く程冷たくて、ユーリに触れてるのに、胸に穴が空いたみたいだった。

 

「ユーリ、ユーリぃ……」

 

 私は、察してしまった。

 もう、ユーリはたすからない……。

 ユーリの目は、既に私を見れてすらいない。

 

「ずっと、君と生きていきたかった……。

 ああ、幸せだったなぁ……君と過ごした日々は、幸せ……だった……」

 

「やだ、やだよユーリ!しなないでぇ……おねがいだからぁ……!」

 

 ユーリの手から力が抜けて、その手を握っても握り返してくれない。

 

「君を遺して行く僕を……どうか許してくれ……アリー……」

 

「おねがい、おねがい……!ユーリぃ……!

 わたしをひとりにしないで……!しなないでよぉ……!」

 

「ごめん、ごめんね、アリー……ずっと、愛してる…………」

 

 目をゆっくりと閉じたユーリの頭は、カクンと傾いて、そのまま、動かなくなった。

 ポタポタと流れる涙がいくらユーリの顔を濡らしても、ユーリは動かない。

 動かない。

 

「ねぇ……ユーリ……ユーリぃ……!いかないでぇ……!ひとりに、しないで……ねぇ……!」

 

 体を揺すっても、ユーリは動かない。

 あれだけ触れれば暖かったのに、心が暖くなったのに。

 冷たい。

 

「ユーリ……」

 

 私は、もう二度と動かないユーリの唇に唇を重ねた。

 ユーリの頬を撫でて、ゆっくりと離す。

 

 最後のキスは血の味がした。

 

「……なんで……こうなるの……?」

 

 愛しい人の亡骸に、覆い被さるように抱き付く。

 涙が止まらない、胸に穴が空いてしまったかのように痛くて、苦しい。

 ユーリの笑顔はもう二度と見れない。

 ユーリの声はもう二度と聞けない。

 もう二度と抱き締めてくれないし、愛を囁いてはくれない。

 

「わたしが……ニコライをみてみぬふりしちゃったから」

 

 そう。

 

「わたしが、ニコライにあいをおしえられなかったから」

 

 そうだ。

 

「わたしが、まぞくだから」

 

 そうだよ。

 

「わたしが、わたしが、わたしが……」

 

 そうだよ!

 

「わたしがユーリをころしたんだ!わたしが、わたしのせいで、ぜんぶこわれた!ぜんぶわたしがこわした!」

 

ガリガリガリガリガリ

 

 私への苛立ちに、頭をかきむしった。

 ずきりと痛んで、血が垂れてくる。

 

「あぁあああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

 涙を溢れさせて吠えても、ユーリは戻らない、マリーも、ニコライも、みんな、みんな死んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 誰のせいで?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私のせいで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あはっ……」

 

「あはははははははっ……」

 

「結局、魔族の私が、人間と一緒になって、人間みたいに幸せになれるなんて、思っちゃいけなかったんだ……」

 

「あははははっ……全部、私のせいだ」

 

「全部……全部……あはははははっ」

 

「……寒い、よぉ……ユーリぃ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝日が登ってから、私はのろのろと動き出した。

 罪悪感で、今にも死にそうだった。

 私は、ユーリとマリーの亡骸、そしてニコライの塵を埋葬した。

 お墓を作って、三人を弔う。

 三人とも、私のせいで死んだんだから、弔うべきだと思ったから。

 どうか、せめて安らかに……私なんかに祈られても、意味なんてないかもしれないけど。

 

 

 

 ああ……私の全部、なくなっちゃったな……。

 

 燃える私達のだった家に背を向けて、私は歩き出す。

 

 行く宛もない。

 

 初めて出産した赤ちゃんを食べたのと同じ、ただ逃げる為の行為。

 

 それでも、とてもここに留まる事は出来なかった。

 

 フードを目深に被って歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最寄りの村で、通行人が話していた内容に私は更に罪悪感を募らせる事となった。

 薄紫の髪をした子供の魔族が、助産婦のお婆さんを殺した疑いがある、そういう話だった。

 発見された魔族の子供を助産婦のお婆さんが庇い……その後誰も姿を見ていないらしい。

 時期的にも、特徴もほぼ間違いなくニコライだった。

 

「ああ……」

 

 私達に次ぐ時間共にいたお婆さんに庇われて、それか。

 ただ、ニコライを責める気持ちにはなれなかった。

 結局魔族は、そういう種族だから。

 それを変えられなかった私が悪いとしか言えない。

 

「……ごめんなさい」

 

 あれだけ世話になったお婆さんには、本当に申し訳無い事をした……。

 私はその場で謝る事しか出来ず、足早にその村を立ち去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は、ある時、餓死寸前の人間の子供を見つけた。

 しかも、町の中で。

 通行人に話を聞けば、あれは親を亡くした子供なのだという。

 幼い身で親を失い、路頭に迷う子供、この世にはそんな子供達が、沢山いるのだという。

 そんな子達を一人一人救う事は簡単ではない。

 孤児院という形である程度手助けをしてはいるものの、手が足りないのが実情らしい。

 この町にも孤児院はあったが、院長だった人が老衰で亡くなり、そのまま閉鎖してしまったのだという。

 

「可哀想だが、俺達にも余裕はあんまねぇからなぁ……時々飯を分けてやるにも、数が、なぁ……」

 

「……なるほど」

 

「あいつなんかは親が魔族に騙し討ちで殺されたんだよ。

 かなり腕の良い漁師だったんだがな……本当に可哀想だ」

 

 その言葉を聞いて、私は気付けばその餓死寸前の子供の前にしゃがみこんで、自分用の果物を差し出していた。

 

「……たべれる……?」

 

 虚ろな瞳だったその子は、差し出された果物を信じられない物を見るような目で見た後、私を見つめた。

 その瞳に微かに光が宿ったのが見えた。

 震える手で果物を掴んだその子は、ゆっくりとそれを口に運んだ。

 

しゃく……

 

ぽろ……

 

 一口齧ったその子は、小さく笑みを浮かべて、涙を一滴落とした。

 

「あり……が……」

 

「いいよ、なにもいわなくて。ゆっくりたべて」

 

 私がそう言えば、その子は小さく会釈だけして、果物を食べる事に集中し始めた。

 その様子に私は……空虚なままの胸が、少しだけ埋まるような気がした。

 

 この子の頭を優しく撫でて、その時私は、心の中で、ひとつやる事を決めていた。

 どうせ宛もなく、生き続ける事になるなら、せめて人の為に生きたい、そう思ったんだ。

 

「……ねぇ」

 

「?」

 

 口元に果物の汁をつけたその子の口を拭いてあげながら、私は問いかけた。

 

「きみみたいなこどもたちのいるところに、あとであんないしてくれない?」

 

「……?」

 

 その子は頭に疑問符を浮かべながらも、私に頷いてくれた。

 まずは、それが第一段階、かな。

 

 幸いにも少し資金はある。

 ユーリと迷宮で見つけたお宝の残り……。

 ……これが贖罪になるかはわからない。

 でも、これをしたい、そう思ったから。

 だから私は…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この、孤児院を経営するようになった……」

 

 長い思い出話を終えて、私は、目の前で私の出したお茶を飲む男性を見据えた。

 青髪の男性、かつて魔王討伐を成し遂げたパーティのリーダー。

 そしてかつて……私の右腕を切り裂いた、男。

 勇者、ヒンメル。

 魔王討伐から20年程だろうか?

 彼も大分老けてるように見えた。

 

「……話はわかったよ。長々とありがとう」

 

「……」

 

 ユーリを亡くしてから数年後、私は身寄りのない子供達を集め、育てる孤児院、それの院長として生きていた。

 忙しく、騒がしく、大変な日々だった。

 そんなある日に、唐突に彼が、勇者ヒンメルがここを訪ねてきた。

 なんでも、小さな噂だけれど、魔族が経営している孤児院、という話が立っていたらしい。

 もしかすると、角でも見られたのかもしれない。

 そうして念の為、と勇者直々に確認に来たのだと言う。

 そして更に恐ろしい事に、彼は私を覚えていた。

 腕を切り、仲間の魔術で殺し損ねたかもしれない魔族として、魔王討伐後もその周辺で被害者が増えていないか等の調査を続けていたらしい。

 ……率直に言ってヤバイ、それをなんて事ない事のように言いながら、朗らかに笑みを浮かべていたのが更にヤバイ。

 これが、勇者と呼ばれる人間なのか。

 

「ただ、ひとつ聞きたいのが、お金はどうしてるんだい?

 ここには20人くらい子供達がいるよね?それを世話するお金は何処から……?」

 

 そう問い掛けてくる勇者ヒンメルに、私は間髪入れずに言葉を返した。

 

「体を売ってる」

 

 勇者ヒンメルは一瞬目を見開き、苦笑いを浮かべる。

 

「……成る程ね、納得したよ」

 

 そう呟いてから、勇者ヒンメルは口を閉ざし、手を組んで考え込む。

 何を考えているかはわからないけれど、私が頼むのは一つだけだ。

 

「……勇者ヒンメル」

 

 頭を下げ、テーブルに額をつけた。

 左手の平も上に向けてテーブルの上に差し出して。

 無抵抗の証。

 

「私は殺して貰って構わない。ただその後、ここの子供達をお願いしたい」

 

 そう言った私に対して、勇者ヒンメルの困惑した様子が伝わってきたように思う。

 ただ、私は頭を下げ続け、お願いするしかなかった。

 

 私は魔族だ、勇者ヒンメルは魔王を殺した。

 なら、魔族である私を生かす事はないだろう。

 話を聞いた理由はよくわからないけれど、まあ、私が生き残れる事はないと思う。

 ……心配なのは子供達の事。

 元々ここの孤児院は誰もやる人がいなかったから廃れた。

 私がいなければまた直ぐに廃れる事だろう。

 そうなれば子供達は皆また、路頭に迷う事になる。

 でも、子供達の事を勇者が保証してくれれるならば、大丈夫だろう。

 それなら、私としてはもう文句はない。

 

「……僕は」

 

 そこで、勇者ヒンメルは口を開いた。

 その時。

 

「せんせー!ゆうしゃさまとのおはなしおわったー?」

 

「せんせー!おなかすいた!」

 

「私も勇者様のお話、ききたーい!」

 

 孤児の子供達がわらわらと部屋に入ってきてしまった。

 咄嗟に頭をあげて席を立つと、子供達の元に駆け寄る。

 

「あ、こら、まだお話中だよ。入ってきちゃ……」

 

「っふ、ははは、いいよいいよ。話は後にしよう。

 そうだね……僕の大切な仲間の話でもどうかな?お姫様」

 

 慌てて子供達を部屋から追い出そうとしたけど、勇者ヒンメルは笑ってそれを受け入れた。

 話は後回し……私をそれまでは生かしてくれるらしい。

 

 子供達を構ってくれるのは……嬉しい。

 この子達は娯楽とは無縁だから、まるでお伽噺のような勇者ヒンメルの話は、子供達も喜ぶだろう。

 

「ありがとう、勇者ヒンメル。子供達も喜んでくれると思う。

 おやつを用意する……子供達の事をお願いしたい」

 

 少女を膝に乗せて微笑む勇者に頭を下げて、私はおやつを用意する為に台所へと向かった。

 それとすれ違うように子供達が勇者ヒンメルのいる部屋へと雪崩れ込んでいった。

 ワイワイ賑やかになり出した部屋、けれど勇者ヒンメルの話が始まればシン、と静かになる。

 そんな子供達の様子に笑みを浮かべながら、私は歩みを進めていった。

 

 勇者ヒンメル……いい人で、いい男だ。

 ……ユーリには負けるけどね。




自分で泣きながらかきました。
アリウム……なんてひどい目に……。

誤字報告ありがとうございます。
修正しました。

魔族の子供の次はどれが読みたいですか?

  • 〈戦士と魔族〉
  • 「平和だった町」
  • [一級魔法使い第二試験]
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