皆様本当にありがとうございます!
良ければこれからもよろしくお願いします!
私が勇者ヒンメルに見逃されて、早い物で20年の月日が経っていた。
その間に様々な出来事があったけれど……幸せな出来事が多かった。
私の腕の中で寝息をたてる、紫髪の女の子の赤ちゃん……この子も、幸せな出来事の一つ。
私の子供……ちゃんとした人間の子供。
私の薄紫の髪と瞳よりも、色素の濃い紫の髪と瞳を持つ赤ちゃん。
数日前に産んだ子で、孤児院の子供達にも大人気だった。
今も私が内職をしている隣で、揺りかごを誰が揺らすか争っている。
他にも色々な事があった。
僧侶ハイター、ハイター様は素晴らしい人だった。
最初は私を警戒し観察する視線があった。
私は魔族だし、勇者ヒンメルの言があったとはいえ、当然の態度だと思う。
けれど、一日を共に過ごし、礼拝堂の女神様の像の状態や、朝のお祈りをしてる姿を見た後は、その視線が和らいだ気がする。
「教会の定めた祈り方とは違いますが、貴方達の祈りは女神様への日々の感謝、その素直な思いが伝わってきますね」
「祈りの正しい作法なんて知らなくて……バカにしてるようで申し訳ない」
「とんでもありません、祈りとは心でするもの。
定めた祈り方、正しい作法等に拘るほうが女神様をバカにしていますよ。
一応正しい祈り方はお教えしますが、無理にこの祈りの時間を変える必要はないと思いますよ」
「わかった……いえ、わかりました。ハイター様」
此方を尊重してくれるその在り方に、私は自然と畏まった言葉遣いとなっていた。
それにハイター様は教会に掛け合って補助金を出すだけではなく、自分の資産からも相当な金額を渡してくれた。
「どうせ使い途なんて酒を買うくらいしかありませんから」
ハイター様はそう言って微笑んだ。
一度、私は魔族なのに、女神様に仕える貴方が何故そこまでしてくれるのかと問い掛けた事がある。
以前に仲間と話した事があるのですが、と前置きをして、ハイター様は語った。
「必死で生きたのなら、何処かで報われるべきだと思うのです。
その時は天国の有無について話してたのですが、
必死に生きてきた人がいるなら、手を差し伸べたい……。
そう思って生きてきて……今がそのタイミングだと思った。
それだけですよ。貴女達に手を差し伸べる理由なんて」
それに私は、なんて高尚な人なんだろうと心から感心した。
確かに人は余裕があれば他人を助けるけれど、これ程の資産をこんな魔族に差し出すというのだ。
流石は勇者ヒンメルが率いたパーティメンバー。
「天国……お爺さんも、ユーリも……私の子供達も。
いるのでしょうか……そこに」
「ええ。話を聞く限り、彼らは必死に生きました。
そんな彼らの行き着く先が無であっていい筈がありません」
「……私も、いずれ天国で、皆に、会えるのでしょうか……?」
「……ええ、きっと。そう思っていた方が都合が良いでしょう?
子供達の為に、これまで頑張ってきた貴女にも報いはあっていい、私はそう思いますよ」
ハイター様の言葉は私の死生観を少し変えた。
死ぬのは怖いけれど、生き抜いた先でいずれ死んだ時……お爺さんやユーリが私を迎えてくれるなら……。
それは、そこまで忌避する物ではないと思えた。
もし再会した時に恥ずかしくないように、いろんなお土産話を伝えられるように。
私はこれからもここで、子供達の為に生き続けよう。
改めて志し、私は女神様の像に跪いて、祈りを捧げた。
その後、私は正式に教会のシスターとなり、修道服を身に付けるようになった。
ハイター様にも似合っているとお褒めの言葉を頂き、私自身も気に入った為に、これからずっと身に付ける事となる。
ハイター様は子供達の前では立派な人のイメージを崩す事はなかったが、私と晩酌する時は兎も角、勇者ヒンメルと飲む時はその格好を崩した。
ベロンベロンに酔っ払うハイター様の姿は情けなかったものの、その世話を出来る事に正直喜んでいる私もいた。
そうして時折ハイター様や勇者ヒンメルが様子を見に来る中、私は孤児院を経営し続けた。
子供達は成長し、次々と孤児院から巣立って行く。
それを嬉しく思いながらも寂しさも感じて、涙ながらに見送り続けた。
すると成長した子供達が配偶者を連れたり、子供を連れたりして顔を見せに来るなんて事が何度かあった。
巣立っていった子達、全員が全員幸せになったかと言えば、そうではないだろう。
けれど、路上で野垂れ死ぬか否かの世界で生きてきた子供達が、次に命を繋げていっている事に、酷く心を揺さぶられた。
私のしてきた事が形になった気がして、胸の奥から温もりが溢れてきた。
あの夜、勇者ヒンメルから私を庇おうとしてくれた少女、立派な女性に成長した子の子供を抱き締めながら、私は涙を溢した。
そうなると少し欲が出て来てしまった。
夫を持つ気はない。
女神様に仕える身だから、と何度かされた求婚も断っていた。
勇者ヒンメルのように、ユーリに操を立ててる……とまで言うつもりはないけれど、ユーリ以外の夫を持つ気にはならなかった。
けれど、子供が欲しくなった。
勿論孤児院の子供達は皆実の子供のように思っているけれど……実子が欲しかった。
そう思ったのが1年程前の話。
その頃、勇者ヒンメルとハイター様は、老いによる衰えを感じ始めていたらしい。
故にこの孤児院に来る頻度は少なくなる……いや、もしかするともう来れないかもしれない。
そう言われてしまった。
残念ではあるが、当然だった。
生き物はいずれ死ぬ。
私は魔族故に容姿は変わらないけれど、二人は人間だ。
英雄だが、人間の二人には老いによる衰えが訪れてしまう。
「……お二人と会えなくなるのは寂しいです。
なら、今日は精一杯もてなさせて頂きますね!
この生活で培った、私の料理の腕、存分に奮いましょう!」
これが最後かもしれないのなら、しんみりするのは良くない。
普段通りか、それ以上に明るく、二人との最後を飾ろう。
「そうだね、楽しくいこう」
「ええ、今日は羽目を外して飲ませて頂きます」
「いつも通りじゃないか」
随分と皺の増えた顔で穏やかに笑う二人の表情には、慈しみが見てとれた。
きっと、私もそんな表情を浮かべているんだと思う。
この時間は本当に楽しかった。
私の恩人と言える二人を子供達と共にもてなし、ご馳走に……私自慢の香草焼きを皆が競って頬張る光景を見て。
勇者ヒンメルに話をせがむ子供達を、ハイター様に酌をしながら眺めて。
深夜、お二人共が珍しく酔い潰れたのを見て、私は満足感から笑みを浮かべた。
お二人が充分に満足してくれたようで、本当に、良かった。
そして私はお二人をそれぞれ寝室に運んでいく。
まずは勇者ヒンメルを、続いてハイター様を……。
ベッドにハイター様を寝かせた私は、じっとハイター様を見つめた。
様々な思いが去来した。
とても返しきれない恩、その高尚な生き様、優しい笑み。
ぐるぐると言葉に出来ない感情が高まっていく。
ハイター様と会えるのが、もしこれで本当に最後、なら……。
「……ハイター様……」
安らかな寝息をたてるハイター様。
私は……。
「ああ……女神様、浅ましい私を、お許し下さい……ん」
「おはよう……なんか窶れてるねハイター。二日酔い?」
「おはようございます……ええ、二日酔いのようで……。
この歳になると身体中にガタがくるようです……。
聖職を引退したらお酒控えましょうかね……」
「君からそんな発言が出るとはね。驚きだ」
「ハイター様、ヒンメル様、おはようございます。朝食出来ていますよ」
「おはようございます……おや、今日は一段と麗しい。
肌の輝きに磨きがかかっているように見えますね……」
紫髪の赤子を出産して……数日。
ハイター様と勇者ヒンメルの足が遠退いてから……10ヶ月。
勇者ヒンメルが魔王を討伐して40年……。
「どなたかいますかー?」
礼拝堂の方からそんな声が聞こえてきた。
丁度今は子供達のお昼寝の時間……応対は私しか出来ない。
私は腕の中で此方を見上げる赤ちゃんに微笑みを向けてから、礼拝堂へと歩きだした。
そして、そこにいた人物に、見覚えのある姿に、感じた事のある雰囲気に。
……以前は感じなかった猛烈な死の臭いに、顔をしかめた。
「こんにちは、久し振りね」
朗らかに、穏やかに、彼女は笑みを浮かべた。
実際は何の感情もない、軽薄な笑みを。
「名前は……なんだったかしら?まぁいいわ」
以前とは違い、帽子を被って額をしっかり隠している。
傍目にはただの人間にしか見えない。
「面白い事してるのね。相変わらず変わった子ね」
その瞳から見える怪しい輝きは、私を捉えていた。
過去の嫌な予感が的中してしまった。
「ああ、そうそう、用事を済ませないといけないわね」
ポン、と手を合わせた彼女は、にこやかに笑う。
「ねぇ」
人を知ろうとする魔族。
「お話」
人の命をなんとも思っていない、無名の大魔族。
「しましょう?」
ソリテール。
そんな彼女の好奇心が私に向けられていた。
「……ソリテール、様。お久し振りです。元気そうですね」
彼女の言うお話、それを文字通り受け取る事は出来ない。
会話を交わしつつも、身を強ばらせ、彼女の動作一つ一つを見逃さないように、目をしかと開いた。
「あら、しっかり話せるようになったのね、良かったわ。
話辛そうだったから、心配してたのよ?
それにしても聞いたわよ?人間の孤児院を経営してる、とか」
何処でその話が……と言いたかったけれど、そもそも勇者ヒンメルが来たのもそんな噂があったからだったか。
それが、どう流れたかはわからないけれど、彼女の元にまで届いてしまった……。
「……ええ、今私は孤児院の院長として、子供達の世話をしています」
「すごいわね。そうだ、私にも数人融通して頂戴?
どうせ貴方も何人か食べてるのでしょう?」
「……は?」
その言葉を、私の頭は理解を拒んでしまい、強ばった答えを返してしまった。
「惚けなくていいのよ?何人摘まみ食いしたの?
その為にこんな事やっているのでしょう?
そうじゃなければ人間の子供なんて育てないものね」
ソリテールの表情は変わらず、穏やかな笑顔だ。
それが更に、その言葉との差を際立たせていた。
ぞわり、と背筋に寒気が走る。
「その赤ちゃんも可愛いわね、柔らかそうだわ。
良ければ、抱かせてもらってもいいかしら?」
笑顔で、けれど瞳の中で一切笑っていない彼女の瞳に赤ちゃんが映るのを見てしまい、私の顔から血の気が引いた。
「ダメっ!!!」
私は咄嗟にそう叫んでいた。
赤ちゃんを抱え、それをソリテールから庇うように体で隠した。
そこで、ソリテールの笑みが深まったのを見て、私は何かを仕出かしてしまった事に気付いてしまった。
「ふふ、やっぱり人間のような感情を持っているのね。
人を食べるためにやってる魔族なら、そんな風に言うこと、ないものね」
「っ……!」
その瞬間から、ソリテールから辛うじて感じていた、同族への情という物がかき消えたのが、本能的にわかった。
彼女は今、私を今までの人間と同じように見始めている……いや、もうそう見ている。
「ああ、色んな話が聞きたいわ。知りたい、こんな魔族の子とお話するのは初めてだわ」
恍惚とした表情を浮かべたソリテールは、一歩一歩、私に近付いてくる。
「ち、近付かないでください……!」
私はそれに合わせて下がる。
ソリテールから少しでも離れたい一心で。
「逃げないでお話しましょうよ?この孤児院、吹き飛ばされたくないでしょう?」
ピタリ、と私の足が止まる。
目を見開き、ソリテールを見返すと、彼女は首を傾げて此方を眺めていた。
私が下がった時、彼女は躊躇いなくそれをするだろう。
私とお話をする為に。
彼女にそれが出来ないとは思わない、彼女は大魔族だ。
私は、立ち止まる事しか出来なかった。
「お話してくれるのね?嬉しいわ!」
コツン
「どうして人のような感情を持っているの?」
コツン
「人を食べてないようだけど、食べたいとは思わないの?」
コツン
「なんでその服を着るようになったのかしら?」
コツン
「貴女も魔族なら魔法、使えるでしょう?それも見たいわ」
コツン
「答えて頂戴?」
ソリテールは、ゆっくりと一歩一歩近付いてくる。
彼女に目をつけられた、それが運の尽き、なのだろうか……。
ソリテールとお話をした人間は、例外なく殺されてる。
彼女の標的となった私も、このままでは殺されると見て間違いない……。
もしそれで孤児院の子供達が生き残れるなら、犠牲になるのも厭わない。
けれど、彼女が子供達を見逃すとは……思えなかった。
頼めば頷く可能性はある。
けど、そんな保証が魔族相手になんの意味があると言うのか。
時間稼ぎした所で、彼女に対抗出来るような戦力がこの近くにいるとも思えない。
なら……私がすべきは、不意打ちで、一か八か彼女を殺す……!
私の魔法、不可視の右腕で、隙をついて首を一瞬でねじ切る!
そうしなければ、子供達はここで終わってしまう……。
幸せそうに昼寝する子供達の姿が脳裏に甦り、腕の中で赤ちゃんがもぞりと動いた。
この子達の未来が、今終わっていい訳がない!
そして、今、ソリテールは無防備に私を見ている。
自分の好奇心を満たす為に、私と会話をする為に。
私なんて敵ではないと、嘗めているから。
「……私は」
「うん」
ソリテールが、私の言葉に意識を向けた。
その瞬間、私は不可視の右腕を、ソリテールの頭に伸ばした。
パキンッ
「あっ!」
「あらあら、悪い子ね」
私の不可視の右腕は、ソリテールの周囲に突如展開された、六角形の透明な板に阻まれていた。
変わらず涼しげな笑顔を浮かべた彼女の顔に、動揺は一切なかった。
しくじった……!
彼女は油断なんてしていなかった、大魔族を嘗めていたのは、私のほうだった……!
その報いは……直ぐに受ける事になる。
「でも、見せてくれたわね、魔法。見えなかったけど」
クスクスと笑う彼女は、ゆったりとした動作で私に手の平を向けた。
彼女の背後に剣が生成され始め……その切っ先が私に向いた。
「私の魔法も見せてあげる。暴れられるのも困るからね、磔にでもしましょうか?」
……ビリビリと体全体で感じるソリテールの魔力に、冷や汗が流れる。
自然と体が強張る恐ろしい魔力に、臆す心を叱咤する。
せめて、子供達だけは逃がす!
私は背後を振り向き、大きく息を吸って、声を張り上げた。
「子供達!今すぐ起きなさい!!!魔族が来ました!!!
全力で逃げなさい!!!今すぐ起きて、逃げなさい!!!」
避難する訓練は時折していた。
子供達がちゃんと逃げる事を願い、私は叫んだ。
寝室辺りから物音がしたのだけ確認し、私はソリテールに向き直る。
「あらあらあら、そういう事をするのね……本当に悪い子ね」
ヒュンッ
放たれた剣が私に向かって一直線に飛んでくる。
その速さは予想以上で、直撃は避けたものの、左肩を切り裂かれた。
「うぐっ……!」
痛みで赤ちゃんを取り落としそうになり、咄嗟に不可視の右腕で赤ちゃんを抱えた。
そのまま私の身で隠すように、赤ちゃんを不可視の右腕で運んでいく。
少しでもソリテールから離れるように、その視線から逃れられるように。
「まぁ、いいわ。今は貴女で我慢してあげる。
磔にした後、子供達を一人一人目の前で殺してあげたら、貴女がどんな反応するか見てみたかったのだけど……。
人間は目の前で同族を殺されると、自分が殺した訳でもないのに、謝るのよ?
面白いわよね。貴女は、どうなのかしらね?」
「このっ……!」
その余りにも非道な言葉に、眉をしかめて歯噛みした。
ただ、私には抗う手段すらなく、ただ睨み付けるくらいしか出来ない。
「あら、まだ一人いたわね」
「っ……しまっ……!」
ソリテールの言葉に、私は咄嗟に赤ちゃんに振り向いた。
先程の剣が、私の不可視の右腕に捕まれ、宙に浮く赤ちゃんに切っ先を向けていた。
私は思わず赤ちゃんのほうへと飛び出し……。
クルッ
ドスッ
その瞬間、向きを私の方に変えた剣に、腹を貫かれた。
切っ先が背中を突き破ったのを感じて、視界がぐらりと揺れた。
「あっ……」
「人間って、小さい同族を守ろうとして、無防備になるのよね。
貴女、本当に人間みたい。本当に興味深い子だわ」
ドスドスドスッ
間髪いれず、両足と左腕を剣が貫いた。
「ぐっ!ぐぅっ!あがっ!」
悲鳴をあげ、膝を折ってその場に倒れ込んだ私に、ソリテールは嬉しそうに笑った。
痛みに顔をしかめ、どうにか立ち上がろうとするものの、足に力がまったく入らなかった。
どうにもあの一瞬で、動かすのに必要な部分が切り裂かれてしまったらしい。
……余りにも絶望的な状況だった。
「ふふ、もう逃げれないわね。これで、ゆっくりとお話出来るわ」
そう朗らかに笑うソリテールは、楽しそうに私の頬に手を添えた。
冷たいその手の感触に、身震いする。
私を見下ろすその瞳は、楽しげに歪んだ瞳は、私を捉え、離さないと訴えていた。
「いろんな声を、言葉を、聞かせて頂戴?」
ソリテールのその言葉と同時に、動かない左手を手に取られ……。
ベキリ
その指を容赦なく折られた。
「っ―――――!」
激痛に声なき悲鳴をあげる私を、ソリテールは、愉しげに目を細めて眺めていた。
「魔族の経営する孤児院……か。一応見に行ってみようかな。……ヒンメルならそうするよね」
魔族の子供の次はどれが読みたいですか?
-
〈戦士と魔族〉
-
「平和だった町」
-
[一級魔法使い第二試験]