「やあ」
夜八時に生徒会室を訪れると、シンボリルドルフ、彼女だけで書類仕事をやっていた。
「こんばんは、トレーナー君」
「こんな時間まで仕事なのか?」
「まあ、そうだね。なに、君の心配はには及ばないよ」
おそらくニュアンス的には「トレーニングに支障が出るほどにしてはいない」ということだろう、確かにそうかもしれないが、そうじゃなくてシンボリルドルフ本人として心配だ。
「……そうか。わかった」
まあ、そんな事言えるわけではなく、少しだけ曖昧な返事になってしまった。
「閑話休題。それより、何か要件があったんじゃないかい?」
「ああ、そうだったな。今度のレースとトレーニングメニューでちょっとだけ相談があったのだが……まあ君の仕事が終わってからで大丈夫だ。しばらくここで雑務をして待っているよ」
「そうか……フフッ、しかし、私と君は似た者同士だな。こんな時間にまで残業をしているなんて」
「まあ、そうだな」
しばらく静寂が続く。書類に書き込むペンの、紙と擦れる音と、キーボードの不規則な打鍵音だけが部屋に響く。
「……そうだ、トレーナー君少し相談があるのだが」
「どうした?」
「実は今度地域の方々とイベントをすることになってね、そこで子どもたちのために多少の演劇を考えている居るのだが、何かいい物語は無いだろうか?」
「演劇か……うーん、有名なものだと『桃太郎』とか『ピーター・パン』とかじゃないか?」
「なるほど。……『桃太郎』は案にはあったが『ピーター・パン』か……ありがとう、参考にするよ」
「そうか」
まあ、力になれたようでよかった。
「トレーナー君、先日はありがとう。劇の題材は『ピーター・パン』になったよ」
「おお、本当か」
「他の案もあったんだがね、どうしても劇の中心メンバーは生徒会役員なもので、『ピーター・パン』以外は少しだけ恥ずかしいようだ」
「ああ……確かに」
桃太郎とかはね……その年ごろになってくるとルドルフぐらしか嬉々としてやらないよな……
「今、変なことを考えていなかったかい?」
「い、いやそんなことは無いよ」
ウマ娘の勘というか、ルドルフ本人の勘というか、恐ろしいものだな。
「やあ」
「こんばんは、トレーナー君。また相談かい?」
「まあそんなところだ。……今日も残業なのか?」
「まあね……」
他の部屋は真っ暗であるが、ここだけほぼ毎日明かりがついている気がする。
「疲れていないか?無理だったら言えよ?」
「ハハッ。心配性だな、君は……大丈夫だ。少なくとも、迷惑はかからないようにしているよ」
「……ふむ、それは誰の『迷惑』なんだ?」
「え?それはもちろんトレーナー君とか、生徒会とかだね」
やっぱりか、周りにいる人間は仕事より君の心配をしているのだがな。
「そうか、君は大丈夫なのか?」
「もちろんだよ……私の大志のために、ここで止まっているわけにいかないからね」
「うーん……しょうがない。えー、トレーナー権限で言わせてもらう。シンボリルドルフ、少し休みなさい」
「いや、トレーナー君、大丈夫だと─────」
「ダメだ。君はまだ未成年だし、そういう無理は『子供』の君より、『大人』である俺の仕事だ」
「『子供』!?……トレーナー君は私を子供扱いするのか?」
「今だけな。大人であれば仕事に責任を持たなければならないが、君にはその必要がない」
少し強い言い方になってしまった。でも俺とほぼ同じ、もしくはそれ以上の時間彼女は生徒会の執務を行っているのだ。これくらい言わないと止まってくれさえしないだろう。
「……『ピーター・パン』でも子供はネバーランドで優遇されるんだよ」
「……そうか」
ルドルフが諦めたようで、席を立つ。
「じゃ、この仕事は俺が代わりに─────」
「待ってくれ」
少し食い気味に止められた。
「それを言うなら私も君のことが心配だ」
「俺は大丈夫だよ」
「それに加えて……その、一人で休むと、どうも落ち着かないんだ。一緒に休んでくれないか?」
なるほど、そういうことなら了承できる。
「わかった。……で、どうやって休むんだ?」
休むってどうやってやるんだっけ。
「……トレーナー君、そこに座ってくれるかい?」
「ここか?わかった」
部屋のソファに腰掛ける。
「じゃあ、失礼する」
そうすると、ルドルフは、俺の座っているソファに、俺の膝がちょうど頭になるように横になった。
いわゆる、『膝枕』の体勢だ。
「なっ……」
「赦してくれ、トレーナー君。こうでもしないと休まらない」
「…………そうか……」
そのまま、ざっと二〇分くらい時が経つ。ルドルフは、こちらに背を向けながら、一定のリズムで寝息を立てている。やはり疲れていたようで、すぐに寝てしまった。
ルドルフの体温で、膝が少しづつ温かくなる。それにつられて、俺にも少しずつ睡魔が襲ってくる。
ぼやける視界で、少しづつ意識がなくなる中で
「お疲れ様、ルナ」
と呟いてしまった気がする。
翌朝になって、たづなさんの、ニコニコしているけど怒っている雰囲気のある顔で起こされるまでは、少しばかりの休息がとれた。