視界に青い空が一面に広がる。左足に少し痛みがあるが、そんなのは関係なくとても空が澄んでいた。お父さんは今日もどこかで飛んでいるのかな。
「大丈夫か?マヤノ?」
トレーナーが心配そうに駆け寄って来る。どうやら私は転んじゃったようだ。
「大丈夫だよ、トレーナー。あー、でもちょっとだけ足が痛い、かも?」
「本当か!?今すぐに病院にいくぞ!」
「ええ?」
「軽く足を捻ったようですね。完全に治れば、走ることに問題は出ません。しばらくは通院して経過観察ですね」
医者がそう言う。
「よかった……」
トレーナーが胸をなでおろす。
「もう無理しちゃだめだぞ!」
「えへへ〜ごめんなさ〜い」
マヤは適当にその声をあしらう。
「じゃあ、今日からトレーニングはしばらくやらない。安静にしていろよ」
「わかったー」
「取り敢えず、俺は学園に報告するから帰るけど、マヤノはどうする?」
「もうちょっとゆっくりしてから帰る」
「わかった」
ということで、トレーナーさんと別れた。トレーニングがないのであれば、少し暇ができてしまう。寮に帰っても良かったけど、それはそれでつまらない。
視界の端に中庭が見える。そこでしばらく時間を潰すかな。幸い、怪我は軽度なもので歩くことはできるし。少しだけおぼつかない足取りで歩く。少し重い硝子の扉を開ける。中庭は緑色のベンチと一本のキンカンの木がポツンと植えてあるだけ。なんかつまらないなあ。いつの間にか夕方になっていたのか、外は日が傾いていて、空がオレンジ色だった。
「よし、これで行けるはず」
男の子の声がする。どうやら先客がいたみたいだ。手に紙飛行機を持っている。
「せえーのっ」
男の子はおおきく振りかぶって飛行機を飛ばす。しかし、紙飛行機はあらぬ方向へヘロヘロ飛んでいくだけ、いやどっちかって言うと落ちている。
「だめかあー」
「……それ君が作ったの?」
私は思わず声をかけていた。
「ええ?あ、はいそうです」
男の子が少し驚きながら答える。
「ふーん。全然紙飛行機飛んでないじゃん。良ければマヤが一緒に作ってあげようか?」
「いいんですか!お願いします!」
そう言うと男の子は折り紙と、折り紙の解説がある本を持ってくる。
「この紙飛行機です」
「これねー」
難易度はMAX。もしかしてマヤ、とんでもないことを言っちゃったのかもしれない。
説明を見ながら折っていく。折り紙を触るのが久しぶりだから、結構苦戦した。
「できた……」
形が少しだけいびつだが、飛ぶはずだ。
軽く手を振って紙飛行機を投げる。
この男の子が作ったときと同じように、ヘロヘロと落ちてしまう。
「むーっ」
こんなの誰が作れるんだろう。……でもこの男の子と約束しちゃったしな。
「そういや君、名前は何ていうの?」
「ハヤテです」
「そっか、ハヤテか。私はマヤノトップガン。よろしくね!」
「よろしくです……」
「こうなったらマヤ、君の紙飛行機ができるまで、一緒に作ってあげる!」
「いいんですか?」
「もちろん!」
こうして、ハヤテと折り紙を作る日々が始まった。
ハヤテは病気で入院しているらしい。今は回復しているから、ある程度自由に動けるらしい。もしハヤテが治ったら、マヤのレースに招待しようかな。
「うーん……」
何回か作ってみたが、やっぱり飛ばない。ここまでくるとこの説明書を疑いたくなる。
「どうして飛ばないんだろう……?」
「紙の大きさとかじゃないですか?」
「でもここと同じ大きさだよ?」
「一体何なのでしょうか?」
いままで大体のことはなんとなくでできていたけれど、こんなのは初めて。どうしてこんなに上手く行かないんだろう?
「紙飛行機、ねえ」
トレーナーにも相談した。
「どうしてできないか分かる?」
「そうだな……きっと、『気持ち』が足りてないんじゃない?」
「え?」
「ほらモノ作りには『気持ち』が大事って言うじゃん」
「ええ?マヤわかんない……」
「気持ち、ですか?」
一応ハヤテに伝えた。
「そう、マヤのトレーナーったら意味のわかんない事言うよね」
「……でもやってみる価値はありそうじゃないですか?」
「まあ……やってみる価値はあるかも……しれない」
というわけでなんとなく気持ちを込めて折ってみる。
「そういえば、なんでハヤテは紙飛行機を作ってるの?」
「ああ、それは僕のお父さんがパイロットなんだ」
「本当!?マヤのお父さんもパイロットなの!」
「すごい!偶然ですね!……僕もお父さんみたいになりたかったです……」
「なれるよ!きっと。……そうだ!もしハヤテが治ったら、マヤを一番最初の乗客にしてよ!」
「もちろんですよ!」
ちょっとした約束もした。
あの日から、少しずつ飛行機は飛び始めた。もしかしてトレーナーの行った通り、気持ちが大事なのかもしれない。
「今日は結構とんだね!」
「そうですね!まさか中庭の端から端まで飛ぶなんて……」
「じゃあ、また明日!」
「はい!」
マヤの治療が終わった。トレーナーも「完全復活できるように少しずつトレーニングする」らしい。
このまま行けば、きっと凄い紙飛行機になるんだろうな。
「あれ?ハヤテ?」
今日はハヤテを見かけなかった。看護師さんに訊いたら、「少しだけ症状が悪い」らしい。仕方ないから、一人で作ることにした。あんまり飛ばなかった。
今日もハヤテとは会えなかった。また一人で作ることにした。でもやっぱりあんまり飛ばなかった。
トレーニングが元通りになってきた。ハヤテとはまだ会えていない。
とうとうマヤは作り方を完璧に覚えてしまった。でもやっぱりハヤテがいたころより、全然飛ばない。
「マヤノ、ちょっといいか?」
ハヤテと合わなくなってから暫く経った。トレーナーに呼ばれた。
「どうしたのトレーナー?」
「君が、前々から言っていた、ハヤテ君、面会ができるそうだ」
「そうなの!?」
「そうだ……」
トレーナーが浮かない顔をする。
「ねえ、もしかしてハヤテはもう……」
マヤは勘が鋭いからわかっちゃう。
彼はもう、「そういう」状態だったってことだろう。
もうハヤテは死んでしまう。受け入れたくないけど、きっとそうなのだろう。
「……取り敢えず今君は彼の元へ行くべきだ。早退の連絡はこちらからしておく」
「トレーナー、ありがとう」
急いで病院へ向かう。
「ハヤテ!」
「……あ、マヤノさん。お久しぶりです」
出会った時と変わらない見た目に見えるかもしれないけど、明らかに生気がない。
ウマ娘だから分かることかもしれないけど、匂いがマヤに恐怖を与える。
「ハヤテ……」
ベッドから起き上がっている状態の彼にゆっくりと近づく。
「……大丈夫です。それより紙飛行機、作りましょう」
いつもと変わらないハズの笑顔。でも何か違う。
「…………うん……」
こんな時にまで、彼は紙飛行機を作ろうとしていることに、正直呆れというか、少し残念に思ったが、ある意味ハヤテらしいなって思った。
手順は覚えている。何回も何回も折ったからね。
ハヤテの手をとりながら、丁寧に丁寧に折っていく。
顔が熱くなり、涙が出そうになる。でも絶対に泣かない。だって涙で紙がふやけてしまうかもしれないから。
「できた……」
取り敢えず形になった。これを今から飛ばすと考えると少し億劫になってくるなあ。
「マヤノさん」
「……なに……?」
思うように声が出せない。
「ここまで付き合ってくださり、本当にありがとうございました」
「やめてよ……そんなのお別れみたいじゃん…………」
平気でそんなことを言える彼を見ているとどんどん胸が苦しくなる。
「それも、そうですね……次は何を作りましょうか?プラモデルとかもいいですね」
「…………そうだね」
「…………それ、飛ばしましょう。きっと今までで一番飛ぶと思いますよ」
「うん……」
紙飛行機を優しく持つ。これが最後のフライト。
今までのことがぐるぐるとずっと頭を駆け抜ける。
病室の窓を向いて立つ。
今まで通り投げるだけ、これも何回もやってきた。呼吸を整えて、しっかりと態勢を整える。
ゆっくりと、そして少し大きく振りかぶる。
紙飛行機を手から離す。
紙飛行機は進行方向を正面にしたまま、まっすぐ、とんで行った。明らかに今までより飛距離がながい。
紙飛行機は見えなくなるまでまっすぐ飛んだ。
「やった……やった!ハヤテ飛んだよ!」
「そうですね……。マヤノさん、今度はアレを超える紙飛行機を作りましょうよ。今度は0から考えて」
「そうだね」
「マヤノさん。僕、とても楽しかったです」
「マヤも」
「また、遊びましょうね」
「うん……!」
観客の大喝采が聞こえる。レース場の歓声だ。
『さあ、第四コーナーを回った!最初に出てくる娘は誰だ!?』
テンションが最高潮の実況が伝える。
『ここでマヤノトップガン!マヤノトップガンです!凄まじい追い上げ!まさに疾風の如く追い上げていきます!』
『さあ、圧倒的な末脚!圧倒的な末脚!これが最頂点の走り!』
圧倒的なバ身で勝利することができた。彼も見ているといいなあ。
とあるウマ娘がいた。色々な作戦でG1を制したウマ娘。彼女の魅力は変幻自在の末脚。他を寄せ付けない圧倒的才覚。特に彼女の追い上げの末脚はまさしく疾風の如く。「疾風一文字」と呼ばれる足を持ったウマ娘。
そのウマ娘の名は……
─────マヤノトップガン
次回は12月31日の予定です。
正月は絶対たくさん出すので楽しみに待っていてください。