すべてのウマ娘が一度は夢に見る世界最高峰のレース、凱旋門賞。私は、サトノダイヤモンド――彼女のトレーナーとしてパリを訪れている。
今は、今日のトレーニングはもう終えたので、ホテルの部屋でこれからの練習メニューを考えている。
「……うーん」
トレーニングノートを見ながら頭を抱える。彼女のコンディションは完璧だ。しかしレースは凱旋門賞。これだけで大丈夫なのかと不安になってしまう自分がいる。
コンコン、とノックがする。
「トレーナーさん、入ってもよろしいですか?」
サトノダイヤモンド、彼女の声がする。
「うん、大丈夫だよ」
「失礼します」
「いらっしゃい、どうかした?」
「いえ、少し時間が空いたのでトレーナーさんのお部屋にお邪魔しようかと」
「そっか、紅茶飲む?」
「頂きます」
紅茶、とは言ったものの、ホテルにあるお湯を注ぐだけでできるタイプの紅茶だ。こういう時、テキパキと紅茶を茶葉から淹れられたらなあ、と思った。こう考えるとタキオンさんのトレーナーさんって凄いんだな。
「レース、近いけどコンディションは大丈夫そう?」
「はい、大丈夫です」
「良かった。…………しかし自分でもまだ信じられないなあ、こんな平凡なトレーナーが凱旋門賞まで漕ぎ着けたんだから」
「トレーナーさんは平凡じゃないです!」
そんな訂正が入るとは思わなかった。まあ、そう言ってくれるのはとても嬉しいな。
「……実は私も『これは夢の中なんじゃないか』って思ってしまいます」
フフッと彼女は微笑む。いつもの落ち着いた言動とは違って、少女じみたそういうことも考えるのだと、ちょっと以外な一面を見れた気がする。
「あら?」
フツ……と、フィラメントが焦げた音がして、部屋が暗くなる。停電だろうか?窓に映るパリの夜景も、ここを含める一部が真っ暗になっている。
「停電か……たしかこの辺に……お、あったあった」
ろうそくとマッチ棒を取り出す。先程紅茶を出す時に見つけた。
最近使う機会がなかった、マッチ棒を擦る。ぼう、と淡い火がついた。急いでろうそくに移す。
「よし、これで明るくなった」
「今の私達、まるでジャック・プレヴェールの詩の二人みたいですね」
「へえ、どういう詩なの?」
「ちょうど今のようなパリの夜に、マッチ棒で明かりを灯すんです。その二人もまるで私達の関係なんですよ」
「そうなんだ、それは知らなかったな」
そう言えばこの娘、名家の お嬢さんだったな、そういうところにも造詣が深いのは凄いと思う。
「そろそろ寝ようか、停電も直りそうにないし」
「わかりました。……ところで、その……少しだけお願いを聞いてもらえませんか?」
「うん?いいけど」
「ありがとうございます、その、今夜は『一緒に寝てもらえますか?』」
へ?一体どういうことだ?そういう事をいう娘だったっけな?
「その、さすがに電気が通ってない時に一人で寝るのは不安で……」
そうか、彼女もお年頃の少女だもんな、それに停電で真っ暗な時に女子一人にするのも危ないか、
しょうがない許可するか
「わかった。でも私はソファで寝るね」
「ダメです、トレーナーさんもちゃんと休んでください」
「…… とは言ってもねえ」
この部屋にはベッドが一つしかない
「私が端っこで寝ますので!」
しょうがない、ここは一つ彼女に従うか。
「わかった、でも嫌だったらすぐに言ってね?」
「もちろんです」
ふふっ、トレーナーさんもおかしな人ですね、私が嫌がるわけが無いのに。
そう言えばあの詩――「パリの夜」では最後に男女が一緒に抱き合うんでしたっけ。
「Trois allumettes, une a une allumees dans la nuit
La premiere pour voir ton visage tout entier
La seconde pour voir tes yeux
La derniere pour voir ta bouche
et l'obscurite toute entiere pour me rappeler tout cela
en te serrant dans mes bras.」
「それが詩かい?」
「そうです」
同じベッドの中でトレーナーさんと言葉を交わす。
私達、まるで夫婦みたいですね。
そういう言おうと思っていたのですが、何故か言葉が出ません。
顔も少し熱い気がします。
さっきのマッチの炎にあてられたのでしょうか?
(詩はジャック・プレヴェール「夜のパリ」より)
詩の意味は調べてみてください
2024/01/10 呉字の指摘をしてくださった方、ありがとうございます。
なぜか呉字の指摘通知が消えてしまったので、こちらで直させていただきました。