「よし、今日のトレーニングはここで終わり。ゆっくり休んで」
「はい!ありがとうございました!あたし、もう一本走ってきますね!」
俺の担当、キタサンブラックは元気に挨拶する。うん、本当にこの娘はトレーニングにひたむきだし、素直だし、いい娘だ……ちょっと待って、今もう一本走ってくるって言った?
「え、ちょ」
確かにトレーニングも大事だけど、華の学生なんだし、友達と一緒に遊んでくればいいのに。いや、こういうことを言うのって少しおせっかいがすぎるか?でもなあ、大人になってわかるけど、あの時間が何にも代えがたい貴重な時間なんだよなあ……まあどっちにしろトレーニングのし過ぎは危ないし、少しキタサンと相談してみよう。
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別日にキタサンを呼んで話してみた。
「キタサン?ちょっといい?」
「はい。なんですか?」
「いつもトレーニング後も自主練頑張ってるじゃん」
「はい」
「もう少し、休んでくれるとトレーナー的にも嬉しいなーって思うんだよね」
「……どうしてですか?」
この曇りなき眼、純粋に質問しているのだろう。
「うーん、一番としてはトレーニングのしすぎで本番で力が出せなくなることがあるし、後は怪我も少し心配だな。ほら、自主練となるとトレーナーの監督も無い時が多いでしょ?だから、もうちょい休んでも大丈夫だよ?ちゃんとレースには間に合うようにメニューも組んでいるしね」
「なるほど、解りました!」
わかってくれたようだ。ありがとう……!
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「トレーナーさん、もし良かった今度このお店行きませんか?」
駅前にできたスイーツ店のチラシを見せてくる。どうやら言ったように程々に休んでいるようだ。
でもね、でもね、
「うーん……お誘いありがとう。でも他の、同じ学年の娘とかで一緒に行ったほうが楽しいんじゃないかな?ほら俺あんまりスイーツとか詳しくないし」
なぜか毎回と言って良いほど俺を誘ってくる。ごく偶にサトノダイヤモンドとかシュヴァルグランとかと一緒に行っているようだけど。
「でも!あたしはトレーナーさんと行きたいんです!」
うーん、困ったなこれは流石に断れない。断るのも可愛そうだしなあ……
「わかった。じゃあこの辺の仕事を片付けたら一緒に行こう」
「やった!ありがとうございます!」
すごい嬉々とした笑顔を見せる。
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前回は断れずに一緒に行ってしまったが今度は他の娘と一緒に行ってもらうぞ!
名付けて「誘われないために別のところで匿ってもらおう作戦」。説明しよう。これはキタサンが誘ってくる前に俺が別の場所に居ることで、俺も断わらなくてもいいし、キタサンも残念に思わなくていいし、ウィンウィンだ。
「と、いうわけでお邪魔している」
「……まあ、別にいいけど」
サトノダイヤモンドのトレーナーの部屋にお邪魔している。これでバレないだろう。
「失礼します」
「ああ、どうぞ」
誰か来たようだ。まさか?いや、ない。
「トレーナーさん、と、キタちゃんのトレーナーさんですか」
どうやらサトノダイヤモンドが来たらしい。
「ああ、こんにちは」
「こんにちは、そうだ、トレーナーさん。今度渡しの家でパーティーがあるので、是非参加しませんか?」
「え?いいの?」
「もちろんです。私のお父さんとお母さんも、トレーナーさんの話を聞きたいと言ってますので」
「じゃあ、参加させてもらおうかな」
「解りました。失礼します」
「じゃあねー」
一連の流れを横で見ていた。この男、断わっていない、だと!?いや、でもパーティーだからしょうがないか。
暫くしてから、ピンポーンとチャイムがなる。
「はーい」
「失礼します」
「あれ、キタサンブラックさん?」
え?
「あ、トレーナーさん!いたいた。探したんですよ?」
「ご、ごめん……ところでどうしてここに居るって分かったの?」
誰にも、サトノダイヤモンドのトレーナーにしか教えていないはずだ。
「さっきダイヤちゃんから聞いたんです!」
「ナルホド……」
どうやらサトノダイヤモンドが言ったようだ。そうか、一体どうしたものか。
「そうそう!トレーナーさん、今度一緒に映画見に行きませんか?」
「映画?」
「たまたまペアチケットを貰ったんですよ!一緒にどうですか?」
「いいの?……じゃあ行こうかな」
「分かりました!では、失礼しますね」
すぐにキタサンは帰っていった。
「……諦めたら?」
「そうするわけにはいかないんだっ……!」
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今度こそ誘われないようにするぞ!
名付けて「誘われる前に逃げ切ろう作戦」!え?人はウマ娘には勝てないから無理だって?大丈夫。そんなこともあろうかと、今回は「逃げ道」を用意した。
トレーナー室の裏には予備のドアがある。キタサンは知らないはずだ。コレを使って先に脱出する。
コンコン、とドアを叩く音がする。
「トレーナーさーん今いいですかー?」
どうやらキタサンが来たようだ。
机の上のパソコンを閉じて、裏のドアから出る。そのまま流れるように学園の敷地の外に出る。
取り敢えずカフェとかで小一時間暇を潰すかな。
「トレーナーさん?」
なぜか眼の前にキタサンがいる。なんでだ?
「や、やあこんにちは。どうしたの?」
「トレーナーさん、なんでトレーナー室の裏からわざわざ出たんですか?扉の開く音が聞こえてましたよ?」
……そっかあーウマ娘の耳って、人の何千倍も良いんだった。
「ああ、ちょっとね、野暮用を思い出して、ね。すぐ戻ろうとしたんだけど……」
「……」
キタサンの目からポロポロと涙が出てくる。
「え?ご、ごごごめん!」
「トレーナーさん……最近あたしのことを避けていますけど……もしかして嫌いになっちゃいましたか……」
どうやらとんでもない勘違いが起きていたようだ。コレは100パー俺が悪い。素直に謝ろう。そして正直に言うかな。
「ごめん!そんなつもりはなかったんだ!ただ、君は俺なんかより同世代の娘と一緒に遊ぶべきだと思っただけなんだ!君の青春に、俺が邪魔するわけに行かないでしょ?」
「そんな……そんなことないですよ……」
ゆっくりと俺の方へ向かって来る。そして、優しく俺に抱きつく。
「ごめん…………」
俺はひたすら謝ることしかできなかった。
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「トレーナーさん、今度このお祭りに行ってみませんか?」
「いいね、後で予定を考えよう」
「わかりました!」
あの後、ちゃんと二人で話し合って決めた。
週に一回はトレーナーと遊びに行く代わりに、他の日は他の娘と遊ぶ。
こうすることでお互いに楽しめるようにした。
「キタちゃん、早く行こうよー」
遠くからサトノダイヤモンドの声がする。
「ああ、そうだった。あたし、これからダイヤちゃんとクレーンゲームしてくるんです!ダイヤちゃん、家に同じ機械があるとかでとっても上手なんですよ!」
「へえー、そうだったのか。まあ、とりあえず楽しんできて!」
「はい、行ってきます!」
少しずつ遠くなる彼女の背中を見送る。そう、これで良いのだ。
彼女が青春してくれれば、それで。