にんじん2本(ウマ娘短編集)   作:のるどすとりーむ

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9本め「光の当たらない舞台裏」モブウマ娘

「これで貴方との契約は終了になります。本当に今までありがとうございました」

 社会人として、業務上言わなければいけない言葉だが、やはり辛いな。

「ありがとうございました」

俺の担当、いや正確には「元」担当のウマ娘が懇切丁寧にお辞儀をしてくれる。夕方のトレーナー室。カーテンから漏れた西日が部屋の中をうっすらと照らす。外ではトレーニングをしているのか、元気なウマ娘の掛け声が聞こえる。

「…………本当に済まなかった」

「……もう、その言葉はやめてくださいよ〜。……私はただ単にスポットライトを浴びれなかっただけなんです。誰かが勝つということは、誰かが負ける。私はその負ける方に行ってしまっただけです。決してトレーナーさんのせいではないです」

「…………」

 彼女の言葉に、何も言えずただ黙る。それでも君の競走人生を奪ってしまったのは他でもないこの俺だ。

 デビュー戦には勝利できたものの、その後から成績は芳しくなかった。3回ほど、G1レースで2着をとったことがある。しかしウマ娘がレースで勝ったと言えるのは「1着」だけ。その意味で言えば、彼女はG1はすべて負けている。重賞レースでは何回か勝つこともあったが、やはりその先がなかった。

 

そして迎えた、トウィンクル・シリーズの終わり。彼女は惜しくも2着という結果だったが、目標達成はできず。引退することとなった。

 

「……トレーナーさんはこのあと、どうするんですか?」

 このあと、というのは彼女とは離れたあと、ということだろう。俺はもう6年目のトレーナーだ。この年数やっていれば、だいたい分かる。

「……辞めるよ」

 俺は他のトレーナーと比べて圧倒的に劣っている。効率のいい練習のメニューも、彼女の意向と、コンディションに合わせた完璧なローテーション制作、それができない。

「そうですか。私は、一度故郷に帰って、親と相談します」

「そうか。お母様にも、いつか謝罪に行かないとな」

「別にいいですよ。お母さんもそう言ってたので」

「でもなあ……」

 それでも、流石に行かないわけにはいかない。後で先輩トレーナーさんにも相談しておこう。

 

 段々と日が落ち始めて、トレーナー室が暗くなってくる。電気をつけて、トレーナー室の掃除をする。

 

「あ」

 棚の整理をしていると、今までのトレーニングノートが出てきた。端から端までびっしりと書かれている。

「これ、どうする?」

「うーん。……トレーナーさんがもらってください」

「俺がもらって良いのか?」

「もちろんです。私のことを忘れてほしくないですからね」

「そっか……わかった。大事に持っておくよ」

「たまには見返してくださいね?」

「もちろんだよ」

 

 

 私はトレーナーさんと離れ離れになってしまう。なぜかって?それは私が成績を残せなかったからだ。トレーナーさんは、朝早くから夜遅くまで、休日を返上して、私にちゃんと向き合ってくれた。それが本当に嬉しかった。自分をちゃんと見てくれる人なんて、全然いなかったから。でも結果は残せなかった。それが本当に悔しかった。でも私以上に、トレーナーさんは悔しがって、一緒に泣いてくれた。だから、その時から段々と、少しづつ芽生え始めた「あの気持ち」に気づきたくなかった。いや、気づいていたけど、ずっと見ないふりをしていた。でも、でも、もし私と彼の悲願である、「G1初勝利」ができれば、その気持ちと向き合って、彼にはっきり伝えても良いかもしれない。そう思って最後のレースに臨んだ。結果、負けてしまった。勝ったのはメディアでも「天才」の称号で呼ばれるあの娘。私はその娘に嫉妬とか、そういうのはなかった。ただ「かなわなかったなあ」とおもっていた。不思議と悲しみはなかった。負けることに慣れちゃったのかな。

 

 どうしてスポットライトはみんなを平等に照らさないんだろう。

 

 

「トレーナー、辞めちゃうのか」

 俺は先輩トレーナーさんと居酒屋にいる。この人、いつでもしっかりと相談に乗ってくれる。本当にいい人だ。

「はい。俺にこの職業は向いていないです」

「そうかなあ。俺はそうとは思わない」

「これ以上、ウマ娘を苦しめたくないんです」

「君がウマ娘を苦しめている?どういうことだ?」

「だって、彼女らは結果がなければそこで終わってしまうんですよ?だから――」

 俺のような結果を出せないトレーナーはいらない。と言おうとしたところで、

「おい、お前トレーナーの心得その1を言ってみろ」

 先輩が怒気を孕んだ声で遮る。トレーナーの心得はたしか育成学校で最初に習うことだ。覚えている。

「え?『一つ、ウマ娘とトレーナーは結果に拘り過ぎることなかれ』ですよね」

「そうだ。今君は結果に囚われすぎている」

「そうですか?」

「そうだ。お前はウマ娘が結果を残さなければ終わってしまうといったが、そうではない」

「でも……彼女らは!……彼女らは!結果がなければ!!」

「結果を出すのは彼女らだ。我々トレーナーは彼女たちのために最大限の支援をすることだ」

「あ……」

大事なことを忘れていた。そうだった。俺が走るわけでは無いのだ。

「君は無類のウマ娘好きであることが長所であり短所のようだな。いいか?結果を残す残さないは、ウマ娘の問題だ。もちろんトレーナーとして責任を取るべきところは取らなければならないが、俺等が関わりすぎるとそれは『支援』ではなく『おせっかい』になることを覚えておけ」

「わかりました……」

 大事なことを見落としてしまっていたな。ほんと、俺はどこまでダメなんだ……

「……さっきも言ったが君はウマ娘好きであることが長所なんだ。それを存分に発揮しろ。……君はウマ娘を苦しめていない。逆に苦しめていると思っていることが彼女らの負担になってしまうぞ。それがわかったら、また考えてみな。俺は何回でも相談にのるからな」

「ありがとう…………ございます」

 先輩に優しくされて、涙が出そうになる。

「ああ、そうだ。その担当ウマ娘の実家に行くべきか?だっけ?まあ、あれじゃない?ちゃんと結婚する気があるなら行かなきゃだね」

「え……?結婚?」

「え?ウマ婚するんじゃないの?」

ウマ婚とは、最近よくあるトレーナーとウマ娘が結婚することだが、いつからそんな話になったのだろうか?

「いや、その彼女の謝罪というか……」

「はぁー。お前な、こういう結末になったのは誰のせいでもない。気休めに聞こえるかもしれないが、本当だ。だから謝罪に行っても、逆に迷惑かもしれないぞ」

「じゃ、じゃあ」

「それでも気が収まらないなら、手紙だな」

「手紙ですか?」

「そう。手紙でじっくりと話してみなさい」

「わかりました」

 

その後、少しだけ飲んで解散となった。

 

 

 

 

コンコン、と部屋のドアがノックされる。

「ちょっと、今いい?」

 どうやら寮長のようだ。

「大丈夫ですよ」

「じゃ、失礼するよ」

「どうしたんですか?」

「中央を去るって話を聞いてね。……ねえ貴方、『ローカル・シリーズ』に転向する気はない?」

「ローカル・シリーズってあの?」

 ローカル・シリーズは、確か地方のウマ娘レースだった気がする。

「君はダートの適性もあったでしょ?どう?」

「そうですが、でも……」

「もちろん無理に、とは言わない。君の好きなようにすれば良い。私が思うに、君は中央には少し向いていない気がするんだ。中央はウマ娘が生き残るには少しシビアだからね。それに地方であれば中央と違って自分のペースで成長できるから」

「…………」

「ま、そういう選択肢もあるってだけね」

「そうですか……わかりました」

「じゃあね。要件はこれだけ。おやすみ」

「おやすみなさい……」

 寮長はそそくさと部屋を出ていった。

 そっか、地方か。でも私はもう走る理由がないなあ。確かにG1には勝ちたかったけど、私はトレーナーさんのために走っていた気がする。それに、私の本当にやりたいことはそこには無い気がする。

 

 

「うう……」

 今朝は少しだけ頭が思い。昨日はそんなに飲んでいないんだけどな。

 取り敢えず朝食を食べるか。

 

「よっ、トレーナー辞めるんだって?」

 カフェテリアで同期のトレーナーと会った。なぜか、ゆく先々の人に辞めることを訊かれてる気がする。まあそうか。辞めるんだもんな、ここを。

「まあな、でも一応考え中」

「そっか。……お前が辞めちゃうと同期がまた少なくなっちゃうな」

「だな」

 そもそもトレーナーという職業はなる人間が少ない上に、中央となれば、更に少ない。同期が一人二人なんてザラだからな。

「そういや担当の娘とはちゃんと話したのか?」

「うーん、ちゃんとじゃないけど辞めることは伝えた。特に何も言われなかったよ」

「なら良いけど……」

「……お前はなんでトレーナーになったんだ?」

 ふと疑問に思ったので訊いてみた。

「どうしたいきなり。……そうだな俺は、アレだな。ウマ娘が元気に走る姿に憧れたんだよな。俺、こう見えて昔は走ることも許されなかった病弱少年なんだよ?だから、彼女らが走っているのに強く憧れたんだよなあ」

「なるほど」

「そういうお前はどうなんだよ?」

「え?俺?俺は単純にウマ娘が好きだからだよ」

「へえ〜それで辞めるのは想像できないな」

「似たようなこと先輩にも言われたわ」

「まじかよ。……もう一回考えてみても良いんじゃない?」

「それも先輩言ってたよ」

「ええ!これも!?」

 

 

「やあ、おはよう」

「おはようございます。トレーナーさん」

「ああそうだ、放課後少し時間ある?」

「はい、ありますよ」

「良かった、少し君と大事な話をしたくてね」

 大事な話!?も、もしかして……!!なんて、変な期待はしない。多分この後のことだろうな。トレーナーさんは鈍感だしね。

「わかりました」

 

 

 放課後になって、トレーナー室に集まる。

 整理が進んで、だいぶ物が減った。部屋が少し広く感じる。

 ふと、片付けていない写真が目に入る。俺と彼女が二人ならんで笑顔をみせている。多分新人戦で1着を取ったときだろう。

「こんにちは」

「ああ、来たか」

 

 太陽が雲に覆われ、部屋が少し暗くなる。

 

「さて早速本題に入るが、君はまだ走りたいか?」

「……わからないです」

 即答すると思っていたのだが、少し以外だ。何か理由でもあるのかもしれない。

「そうか、よければどうして分からないのか、教えてもらえるかい?」

「ええと……その……走る理由が無いんです」

 なるほど、そういうことか。まあそうだよなあ。別にウマ娘であるから走るわけでは無いからね。個人的には走って、G1を取って欲しいとは思っているが、彼女の意志を尊重すべきかな……?

「そっか」

「その、トレーナーさんは私にどうしてほしいですか?」

「えっ……」

 予想外の質問だ。確かになあ……

「俺は、君の好きにしてほしい。これは本当だ」

「……」

 

 私の好きにしてほしい?かあ……その言葉は私には少し重いなあ。

 

「…………では最後にお願いを聞いてもらえますか?もしかしたら、それで私も色々決断できるかもしれません」

「うん?別に良いけど」

「トレーナーさん、どうか辞めないでください」

「!」

 

 それは俺にとって苦しい選択だ。……いや、待てよ?本当は彼女のほうが今まで苦しかったのかもしれない。自分のせいでトレーナーが辞めるって、……なんてそこまで俺の存在は彼女の中で大きくないだろう。

 でもこれは彼女のお願いだ。聞かないわけにはいかない

「……やれるだけやってみるよ」

「ありがとうございます!」

 とたんに彼女の顔色が明るくなる。そこまでしてトレーナーを辞めてほしくなかったのか、

 俺もまだまだだな、自分の愛バが何を望んでいるのか、察することができないなんて。

 

「それで、君はどうするの?」

「はい、私は今決心がつきました。私は――――」

 

段々と日の明るさが戻る。それとともに彼女から決意の言葉が放たれる。

 

「……そうか。頑張れよ」

「はい!」

 

 

 拝啓、娘のトレーナー様

 私の娘の面倒を見てくださってから、もう7年の月日が経ちました。

 娘の引退後に、私達宛てにお手紙を書いてくださったことは今でも忘れられません。あの時、私の夫は「なんて娘は幸せ者なんだ」って号泣しながら言っていました。あの手紙からトレーナー様が心から娘を考えてくださっている事、娘も貴方を信頼していること、とても伝わってきました。

 彼女が家へ帰ってくるなり、「私、トレーナーを目指す!」なんて言ってて驚かされました。それだけ娘は貴方に憧れていたのでは無いのでしょうか?そしてちゃんと、娘は言ったことを現実にしました。今日からトレーナー様のところで働くと思います。

 どうかあのジャジャウマ娘を今後とも宜しくお願いします。

 

 あの日から定期的に連絡を交わしているお母様の手紙を読む。そうか、今日は彼女がここへ戻ってくるのか。俺の今を見たら驚くかもしれないな。

 あの後、サブトレーナーから、粘り強くやり直すことにした。

 何回も負けたし、何回も不運に見舞われた。でも、ウマ娘、彼女らの力を信じて、ここまでやれた。

 今ではチームを持てている。

「失礼します」

 どうやら彼女が来たようだ。

「こんにちは。はじめまして、と言うより久しぶり。かな?」

「! トレーナーさん!……久しぶりです」

「元気そうで何よりだ。さあ、早速仕事だ。まずは練習のメニューを考えるぞ」

「えー?大事な愛バとの再会なんですから、もっと感動してくださいよー」

「ハハハ、君も言うようになったね」

「まあ、そうかもしれないですね。あの頃の私のままでは、大事な人が取られるかもしれませんでしたからね」

「へえ……君も大事に思える人ができたんだね……良かった」

「……(クソボケトレーナー)」

「ん?なんか言った?」

「いえ、何も」

「そう?じゃあ早速やろうか」

「わかりました」

 

 私の、これまでを辿れば、舞台上で光を追い求め続けたが、それが叶わなかっった、悲劇のウマ娘かもしれない。でも私はただ単に間違えていただけだ。

舞台裏で煌々と輝く、一人の光が、私の追い求めるべきだと。

 

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