あ、便所に核爆弾落とした!!!   作:うっかりマン

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皆も一度はあるよね?


プロローグ、すなわち落下

 誰しも一度は、トイレに核爆弾を落としたことがあるだろう。

 

 別に核爆弾以外でも構わない。財布でも端末でも、本質はただ一つ。すなわちうっかりである、ということだ。

 

 西暦2500年、人類はワープ技術を手に入れ、宇宙に進出した。それから数百年後、遠く離れた銀河系に銀河帝国が建国され、皇帝と貴族が世界を統治している、そんな時代。

 

「カルト教団による違法研究の摘発任務、ね。面倒な依頼受けてしまったなぁ」

 

 空港の出口で僕、ラクバはそう呟く。空港、といっても出入りするのは飛行機ではない。窓の外にはずんぐりとした形の中型宇宙船がいくつも並んでいた。惑星間の貿易や旅行は年々盛んになっており、空港の出入り口は多種多様な人種でごった返している。

 

 一方、空港の窓に反射する僕の姿は極めて平凡だ。黒髪黒目、少し低い背にぼーっとしたような印象をうける顔。地味なジャケットの上に青色のコートを着た姿は、まさに旅行客といった出で立ちである。

 

 だが実態は真逆で、こんな見た目だが僕は傭兵だ。金さえもらえれば子供の世話から銃撃戦まで何でもこなす何でも屋。

 

 昔は傭兵と言えば戦争での殺し合いがメインだったらしいが、銀河帝国が成立して以来、大規模な戦争は起きていない。代わりに傭兵は貴族や企業、時には政府から依頼を受けて紛争や事件に介入、もしくは助太刀するのが一般的となっていた。

 

 そして今回受けたのが銀河帝国中央政府の憲兵との共同任務、惑星アルバスで行われている違法研究の摘発であった。

 

 詳細は現地についてから、としか言われておらず中身はさっぱり。だがわざわざ中央政府からこんな僻地まで憲兵を派遣するあたり、そうとう厄介な話であることだけは間違いない。さらに言えば、移動時間の長さも厄介であった。

 

 銀河帝国首都から惑星アルバスに到達するまでは実に一週間が必要だ。アルクビエレ・ドライブ理論によるワープを用いてなお、惑星間移動は楽なものではない。移動のためだけに狭い宇宙船に一週間二人きり、しかも時たま襲い来る海賊を回避しながら、となると神経が休まる暇もない。

 

「だから早く、傭兵なんて廃業したいんだけどなぁ」

 

 傭兵という稼業は危険で、面倒で、しかし高給だ。僕としては一刻も早く生涯遊んで暮らせる金を稼ぎ切って、廃業したいというのが本音であった。辺境の地で昼寝と読書、映画鑑賞をするだけの日々が待ち遠しくて仕方がない。それが僕、ラクバと言う男であった。

 

 疲れた僕を出迎えるかのように空港の出入り口には数多の店が立ち並んでいた。アルバス名産の品を観光客に売りつけようとする商人たちの商魂が伺える光景である。そんな中で美味しそうな土産の数々を見て目を輝かせ、尻尾をぶんぶんと振る銀髪赤眼の美女が僕の部下、ウルザだった。

 

「主殿、美味しそうなものがいっぱいだぞ!」

「大型犬かお前は」

「遺伝子はオオカミ!」

 

 2mに及ぶ身長に豊かな胸に大きな尻といい、とにかくデカい女だが、何より目を引くのは犬のような尻尾と耳だ。遺伝子改造を施された強化人間である彼女は、獣としての特徴を体に残している。蒸れるという理由で短いタンクトップに短パンと露出も多く、僕と反比例して目立っていた。

 

 尻尾を振りながら新たな飯を探すウルザはさておきとして。この惑星アルバスはアルバス公爵家が統治を行っており、高い工業技術で知られている。特に宇宙船の製造技術に長けており、この周辺の星域ではアルバス製の宇宙船が大半を占めているほどである。

 

 しかもその発展はここ10年の間にさらに加速している。空港の出口の先には多くのビルと工場の姿が見え、アルバス公爵の実力が伺えた。

 

 

 

 だがその栄光の中には当然闇も存在する。

 

「ねえあれって……」

「中央政府の憲兵じゃない、何でこんなところに?」

 

 空港内がざわつき、視線が一点に集中する。そこには光沢のある黒い軍服を着た集団がいた。彼らの背中には『銀河帝国中央政府憲兵』と記されており、その手には大型のアサルトライフルを持っていた。

 

 憲兵。銀河帝国内部の犯罪行為、その中でも貴族が関わる案件を担当する精鋭部隊だ。貴族は銀河帝国皇帝に任命されて惑星を統治している。故に貴族すら裁くことのできる憲兵の権力は高く、多くの者に恐れられていた。

 

 彼らの中の一人、背の高い禿頭の男がこちらに歩み寄ってくる。両腕が武骨な戦闘用義手に改造されており、顔には幾つかの銃痕が刻まれている。彼は僕の方を不躾に睨みつけた後、笑顔一つ見せずに自己紹介をした。

 

「国家憲兵第一部隊所属、ダンタス少佐ダ。お前達が今回の任務に参加する傭兵だナ?」

「傭兵のラクバとウルザです。よろしくお願いします」

 

 僕は淡々と返事をする。傭兵とはつまるところ武力を持っただけのフリーランスだ。その性質上、特に憲兵の人間は傭兵を下に見る。平然と使い捨ての駒にするし必要とあれば口封じで殺してくる。だからこそ一筋縄ではいかない、そんな空気を出しておく必要があるのだ。だが今回もその目論みは見事に失敗したようであった。

 

「ふん、仲介役は最高の傭兵を紹介するなんて言っていたが全くの嘘じゃないカ。見ろ、この間抜け面」

 

 ダンタス少佐は嫌味な笑みを浮かべる。この時代、傭兵といえば身体改造や遺伝子改造を行った強化人間が大半だ。僕のようなサイボーク化の跡一つもなければ遺伝子強化も無さそうなノーマルは、せいぜい弾避けにしかならないのも事実である。

 

 隣で今にもダンタス少佐に殴りかからんとするウルザの雰囲気を感じ取った僕は、手で彼女を静止する。遺伝子がオオカミなだけあって、忠犬というよりは狂犬みたいな性格なのだ、ウルザは。

 

「ははは、よく言われます。馬から落ちてあっさり死にそうな間抜け面、なんて理由でラクバという名前が付けられたくらいですから」

「……ヘラヘラ笑うな、これだから傭兵という奴は嫌いなんダ。金さえ貰えれば罵倒すら受け入れル、駄犬」

 

 ダンタス少佐には教養に満ちたジョークが通用しなかったようである。旧日本語ネタと地球原生生物の話題は結構ウケが良いのだが。ダンタス少佐の嫌味にすぐ反応したのは、僕ではなくウルザだった。

 

「権力の犬と金の犬、どちらがマシだろーね」

 

 ウルザ偉い、と内心でガッツポーズする。大体こういう時に手が出るのがウルザの悪癖だ。だが今回は見事に嫌味を依頼主に吐き捨てるだけで済んでいる。いや、全く良くないのだが。

 

「我ら憲兵に歯向かうのが、どういう意味か分かっているのだろうナ」

「主殿の実力を理解できない程度の人間の集まりが、何だって? 『深謀』の名前も知らねーとはね」 

 

 ウルザの口調が怒りのあまり変わり始めている。流石にそろそろ勘弁してくれ、とウルザの前に立ち、手で制する。

 

「ウルザ、ストップ。それより顔合わせの会議に案内してもらえませんか? 確か2時間後に開催でしたよね。任務の詳細を聞かないと、何も始まりません」

 

 さらりと僕が嫌味を受け流したことにダンタス少佐は顔を歪めたが、直ぐに表情を戻す。

 

「ふん、だがその前に一つ確認だ。小型核爆弾は持ってきたのだな?」

 

 その物騒な言葉に僕は迷わず頷く。小型核爆弾。名称は物騒だが、数百年前の骨董品と比べると随分スマートな造りになっている。まず、放射性物質が飛び散らない。威力も多少低減されており、街を焼くなんてことは不可能だ。

 

 その代わりこいつは兎に角小さい。尻ポケットに入るほどに、その殺意は小型化されていた。僕が取り出した、ただの携帯端末程度のサイズである、識別コードの刻まれた金属の箱を見てダンタス少佐は頷いた。

 

 

 

――――――――――――――――――――――

 

 

 

 憲兵との邂逅からしばらく経過し、僕とウルザは豪華な一室に案内された。あと1時間で今回の任務についての打ち合わせが始まるから待て、とのことらしい。部屋はアルバス公爵の持ち物らしく完璧に手入れをされている。逆行主義極まりない毛皮の絨毯や陶器を見ながら僕は息を吐いた。

 

「任務受注時に仲介者から渡された代物だけれど、何に使うんだこれ……」

 

 その小型核には位置追跡機能と遠隔爆破機能が搭載されている。使い方は通常のプラスチック爆弾とさして変わらない。設置して、遠隔で起爆する。異なるのはその威力だ。街一つは無理でも、ビル数棟程度なら一撃で消し飛ばす。

 

 因みに小型核は許可さえあれば持ち運び等が可能だ。僕が今回持ち込めたのも、仲介役を経由し申請を行ったからだ。通常は惑星開発で、山などを爆破するために用いられるこれを、一体何使うのか。

 

 例えば、跡形もなく消さなければならないナニカが存在するとか。そんなことを考えているとウルザが僕の隣に座り、ぐいと体を押し付けてくる。ウルザは先ほどのダンタス少佐がよほど腹に据えかねたのだろう、兎に角僕に構ってくる。が、重たいし暑苦しい。

 

「主殿、アタシは今回我慢できたぞ! ツルピカを殴らなかった!」

「はいはい偉い偉い」

「もっと言うのだ!」

 

 そもそもいつも殴りつけるのがおかしいのだけれど、と再びため息をつく。いい加減体を摺り寄せてくるウルザの相手も面倒になってきた。色んな所が当たって柔らかいのはいいのだが、それより重くて熱いのが気になってしまう。ウルザは女性のはずなのだが、大型犬にじゃれつかれているという感覚がぴったりときてしまう。

 

 ちらりと時計を見ると、会議までまだまだ時間がある。ウルザを引きはがすことができて、かつゆっくりできる方法。そこで思いつく。トイレだ。

 

「ウルザ、ちょっとどいて。お手洗いに行くから」

 

 思い立ったが直ぐ行動。離れたがらないウルザから何とか逃れ、待機室から出る。悪趣味なほどに華美な内装の施された廊下を歩くと直ぐに目的地にたどり着く。

 

 幾つかある個室のうち一つの扉を開ける。銀河帝国内共通であり、数百年前から大きく形の変わらない白い便器が鎮座していた。便器はアルバス公爵家が管理しているだけあって汚れ一つない。

 

 ズボンを中途半端に下ろしながら、ようやく一人になれたな、とふと思った。狭い宇宙船内でウルザと二人、プライベートなどあったものじゃあない。ケチらずもっと高い宇宙船をチャーターするべきだった、とは何度も公開したが、何せ予算が足りない。

 

 まあそれもこの任務が達成できれば解決するのだが。

 

「普通にデカい家を建てられるくらい報酬あるからなぁ。この任務が終われば節約生活とももうおさらばだ!」

 

 そう言いながら便器にどかっと座る。傭兵稼業最大のメリット。命の危険がある代わりに報酬が高い。理論上、一回の任務で辺境なら生涯遊んで暮らせるほどだ。僕たちはそんな一攫千金を目論み、日々仕事に励むのだ!

 

 スルリ。そんなことを考えていた時だった。中途半端に下ろしたズボンの尻ポケットから、何かが抜け落ちる音がした。それは水音と共に便座の奥に滑り込む。

 

 ボチャン。恐ろしい音が僕の耳に響く。尻ポケットに入っていたものの名称が頭をよぎる。僕は何が起きたのか確認すべく便座を見るために立ち上がって即座に振り向いた。だがそれが失敗だった。そう、立ち上がる動作とは、一般的にトイレが終わった時の動作である。

 

『センサーに反応アリ。自動洗浄します』

「あっ……」

 

 僕が立ち上がったのを感知した自動トイレが無情にも水を流す。汚物と間違われてしまった「それ」は最悪なことに、詰まることなく下水道へ流れて行ってしまったのであった。後に残るのは透き通った水と、移動し続けるGPSの反応。僕は何度も再確認しながら、今起きたことを言語化した。

 

「便所に核爆弾落とした……」

 

 

 

 

――――――――

 

 

 

 一方。それは絶望して三角座りを始めたラクバが知る由もない出来事である。

 

 ラクバが核爆弾を便所に落としてから1時間ほど経過した時に、彼らは惑星アルバスの下水道にいた。悪臭の漂う劣悪な空間であり、常人は一秒たりとも存在したくない空間である。尿や糞、それに紛れ様々なゴミが流れてくる。

 

 だからこそ彼らはここを拠点として使っていた。

 

『アルバス銀行より盗んだキーを回収完了。その他の荷物も順次送る。オーバー』

 

 下水道の一角は、降雨による汚水の氾濫を防ぐために、過剰にスペースが設けられている。その空間に本来存在しない装置が取り付けられていた。

 

 強力な磁力で下水道に流れる金属製のものを回収する、それだけの代物。だが彼ら『教団』はそれのお陰で憲兵の目を掻い潜っていた。すなわち、この下水道こそが表で知られたくないものを運ぶための秘密の輸送路。

 

 仕組みは簡単。惑星アルバス首都近辺の下水道は最終的に一点に到達し、そこから下水処理場に運ばれる仕組みになっている。故に『教団』の教徒が小箱に輸送物を入れてトイレに流す。次に処理場の手前に装置を取り付けることで、流れてくる輸送物を回収することが出来るというわけだ。

 

 汚物にまみれるという難点はあれど、逆にそのために誰一人として疑わない。どこからでも代物をトイレに流せば装置が回収してくれる。この秘密の経路を使って『教団』は薬物や暗号のやり取りを彼らは行っていた。

 

「ふん、エリート様の憲兵どもが来たらしいがここには気づかんだろう」

「だろうな。それに『天使様』も間も無く完成するらしいじゃないか。そうすれば憲兵なんてもう怖くないぜ! 逃げ隠れする必要もない!」

「つまらんことを喋るな、今日の回収物を『教団』本部に持っていくぞ」

 

 彼らはいつも通り、下水道より荷物を回収する。その中に一つ、鈍い銀色の箱があったが彼らは特に気にも留めなかった。仮に異変に気付いたとしても、万に一つも思わないだろう。

 

 まさか核爆弾を便所に落とすような馬鹿がいるなどとは。そして、自分たちが敵のGPS付きの核爆弾を、本拠地に運んでしまっているとは

 

 

 これは最強の傭兵、『深謀』と呼ばれる男の英雄譚である。ありとあらゆる策謀に先手を打ち、鮮やかに事態を解決する策略家による、勧善懲悪の物語。

 

 しかしその正体は、大馬鹿のとてつもない「うっかり」から始まる喜劇に他ならない。

 

 

 

 

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