あ、便所に核爆弾落とした!!! 作:うっかりマン
ラクバが核爆弾を便所に落としてから一時間。アルバス公爵家の会議室に向かう2人の男の姿があった。
「ダンタス少佐、あの『深謀』が来たと聞きましたが本当ですか?」
一人はダンタス少佐。そしてもう一人が背の高い優男、『万能』と呼ばれる傭兵、サルバトーレである。紫の髪に非常に整った顔。赤色の目は遺伝子改造による強化人間であることを示唆している。
「傭兵の二つ名など意味も興味もなイ」
「二つ名は結構合理的ですよ。一フレーズで依頼主に自分の存在と強みを覚えてもらえる……と、そんな話はさておきとしまして。ラクバ、という名ですか?」
「そうダ。凡庸な、弱者ダ」
サルバトーレが穏やかに問いかけるのに対し、ダンタス少佐はラクバへの嫌悪感を隠さない。ダンタス少佐は腕一本で少佐まで出世した叩き上げの憲兵だ。故に努力をした様子もなくヘラヘラ笑う男は気に入らない。
逆に『万能』サルバトーレのことをダンタス少佐は気に入っていた。傭兵の割に物腰は丁寧で、教養もある。しばらく仕事を共にしただけであるが、彼がその名に恥じぬ一流の傭兵であることをダンタス少佐は知っていた。
「お前ほどの傭兵が気にする存在なのカ?」
ダンタス少佐の問いかけに、傭兵サルバトーレは淡く笑う。そこには羨望と諦め、それ以外の様々な感情が含まれていた。
「『深謀』の名の通り、彼は策略に長けています。ありとあらゆる事象を見通し、手玉に取る。一挙手一投足に意味があり、私たちができるのは答えを後から知るだけ」
あまりにも酷い過大評価にダンタス少佐は眉をひそめる。言い過ぎ、なんてレベルではない。それは誤解の類と考えた方が正しいほどだ。
ダンタス少佐は否定の言葉を吐き捨てようとするも、それより早く二人はゴールに到着してしまった。華美な扉には「会議室」と書かれており、その先に二人の男がいた。
「流石アルバス公爵、そんな手法で惑星を発展させたとは!」
「ふふふ、じゃろうじゃろう! 少し法に引っかかる部分もあったが、何故か問題にならなかったのは不思議じゃのう」
「アルバス公爵の人徳ですよ!」
「わかっているのう、ラクバ君」
木製の長テーブルには既に二人の男が着席していた。一人は太った50歳ほどの男。締まりのない体をセンスのない華美な赤い服で覆っており、顔は油でぎらついている。彼こそがアルバス公爵であり、銀河帝国の貴族にしてこの惑星の統治者である。
一方権力者に媚びを売り、卑屈な笑みを浮かべてお世辞を言い続けているのが傭兵ラクバであった。
「……あれがお前の言う『深謀』とは到底思えないのだガ」
「……きっと考えがあるんです。多分。恐らく」
ダンタス少佐とサルバトーレがそう言いながら会議室に入ると、アルバス公爵が急激に不機嫌になる。そんなアルバス公爵を無視してダンタス少佐は長テーブルの正面に立ち、大型のホログラムを起動した。
「ダンタス少佐、いい加減に儂に言いがかりをつけるのをやめるのじゃ。逆に貴様らを証拠不十分な捜査及び名誉棄損で訴えることもできるのじゃぞ」
アルバス公爵の言葉を無視し、黙々とダンタス少佐は資料を画面に映し出す。二人の間には見て分かるほどの溝があり、その理由はダンタス少佐の口から直ぐに明かされた。
「傭兵ラクバ、これより現状共有を行ウ。現在我々は『教団』と呼ばれる集団の違法研究の摘発を行っていル。我々憲兵が出動している理由は、このアルバス公爵が関わっていると考えているからダ」
アルバス公爵はその言葉にいら立ちを隠さないが、喚きたてても埒が明かないと判断したのだろう。無言で腕を組み、ダンタス少佐を睨みつける。
「違法研究の内容は特殊な人工知能の開発。帝国法では300年前のAIによる反乱以降、人間と同等以上の感情を持つ人工知能、『Sentient Abyssal Intelligence』、通称『SAI』 の開発は禁止されていル」
感情を持つAI、『SAI』による反乱の話は、銀河帝国の人間なら誰しも聞いたことがある。その残した傷跡は大きく、一説によれば人口の3割を失い、技術の進展を5世紀遅らせたとすら揶揄されるほどに、『SAI』の反乱は人々のトラウマとなっていた。
「そして一年前より、『SAI』の再生産を叫ぶ一部の過激派研究者が惑星アルバスと通信、渡航していたことが確認されタ。通信ログを解析すると、『教団』という組織が関わっている事、アルバス公爵が関わっていることが示唆されタ」
「貴様らがそう読み取っただけじゃろう、証拠はあるのか」
「状況証拠からしてアルバス公爵が関わっているとしか考えられなイ」
「つまり決定的な証拠はないということじゃな。やれやれ、憲兵が聞いてあきれるわい」
「『SAI』案件だ、敏感になるに決まっているだろウ!」
この二人の対立はここにあった。未だに決定的証拠を掴まれていないアルバス公爵。アルバス公爵が違法研究に関わっていることを確信しているが、その証拠を掴めないダンタス少佐。
「何故か分からないが、我々の捜査は常に先回りされル。先日は罠を張られていて、協力を要請した傭兵5人が負傷しタ」
「不思議な話じゃのう」
「……故に、新しい傭兵を調達しタ。それがお前だ、ラクバ。因みに核爆弾を持ってきてもらった理由は、研究成果を一つたりとも残さないためダ」
サルバトーレは二人のやり取りを聞きながら顔を顰める。アルバス公爵は惑星アルバスの統治者だ。故に憲兵の行動を監視し、先回りするなど容易である。憲兵の仕事が難しく、貴族の犯罪行為が摘発されにくい理由がそこにあった。
現状、アルバス公爵側が圧倒的に優位であり、ダンタス少佐率いる憲兵の捜査を徹底的に妨害することに成功している。
「ふん、平民風情が嗅ぎまわろうと勝手じゃが、何も出てこなかったからには相応の仕返しがくると分かっておるのじゃろうな。ダンタス少佐、それに傭兵ども」
「その余裕を直ぐに崩してやル」
「未だに『教団』の構成員もアジトの位置もまともにつかめていない無能がよく吠えるのう、笑えるぞ」
アルバス公爵が他3人を睨みつける。サルバトーレは困ったものだと肩をすくめ、ダンタス少佐は怒りに震える。
だが、ラクバだけ様子がおかしかった。心配そうに時折端末を見つめ、小さく言葉を呟いている。
「核爆弾が、どんぶらこ~どんぶらこ~」
だがその言葉は誰の耳にも入らず、奇妙な様子のみが他3人に伝わる。その様子を見て、サルバトーレははっと思い出す。『深謀』の全ての行動には意味がある。
「ダンタス少佐、少しよろしいでしょうか」
ダンタス少佐は今まで発言の無かったサルバトーレの挙手に不思議そうな顔で目を向ける。
「何だ、この状況を解決する策でも思いついたカ」
「いえ、既に実行されているのではないかと思いまして」
「?」
全員がサルバトーレの言葉に疑問を抱く。サルバトーレは恐る恐る、ラクバに対して問いかけた。
「もしかして『深謀』殿は、例えば既に『教団』のアジトを発見されているのではないでしょうか」
その言葉を聞き、乾いた笑い声をダンタス少佐は漏らす。全く持ってありえない話であった。自分たちがどれだけ必死に取り組んだかを考えればそんなことはあってはならない。馬鹿にした表情でダンタス少佐は首を振った。
「そんな訳はなイ。こいつがここに到着してから2時間も経過してい「ちょっと待て、そこの男がかの『深謀』じゃというのか……!?」
が、その言葉を遮ったのは意外にもアルバス公爵であった。彼は青ざめた表情でラクバを何度も見直す。
「アルバス公爵もご存じでしたか」
「ここ周辺の星域では名高い傭兵じゃ! 噂では艦隊を相手取って生き残り、中央政府とバンデッド伯爵を同時に手玉に取ったというが……」
ダンタス少佐は怪訝そうな表情で他3人を見つめる。ラクバへの過剰な高評価が二人もいるのが兎に角以外だったのだ。何といっても冴えない未改造の青年。傭兵どころか一般市民としてすら頼りない、軟弱極まりない男だ。だがサルバトーレは信頼しきった表情でラクバに問いかける。
「確認してみればわかるでしょう。『深謀』殿、どうでしょうか?」
ラクバは問いかけに対して固まった。数秒して考えが纏まったのか、「核爆弾の座標……理由を付けて回収……」と誰にも聞こえないほどの小さな声で呟いてから、5桁の数字を3つ、ダンタス少佐に提示する。
ダンタス少佐は自身の経験からそれが座標を示す数字であると直ぐに把握する。惑星アルバス首都の三次元マップをホログラム上に表示し、座標を打ち込むと直ぐにその場所が表示された。
下水道から少し離れた、何もないはずの地下空間をホログラムは示している。やはり適当な数字だったか、と呆れるダンタス少佐であったが、思わぬ反応をする者がその場にいた。
「な、なぜその場所を知っておるのじゃ……?」
アルバス公爵は異常なほどに動揺し、ラクバに怯えたような視線を送る。思わず漏れ出したと思われるその言葉と、今までの強気な姿勢とは一転した姿に、ダンタス少佐はようやく正しく理解した。
傭兵ラクバは到着後わずか2時間で、いくら探しても見つからなかった『教団』のアジトを、本当に特定したのだと。
信じられない。ありえない。だが、間違いない。ダンタス少佐は駆け巡る思考の中で、ようやくサルバトーレの言葉の意味を理解する。
『ありとあらゆる事象を見通し――』
その言葉が真実か、嘘か。その答えは直ぐに分かる。時間が惜しいとダンタス少佐は立ち上がった。
彼がラクバに向ける視線は失望から切り替わっていた。期待、興味、警戒。サルバトーレが『深謀』について話した時の奇妙な表情の意味がようやく腑に落ち、ククと笑う。ダンタス少佐は通信機に向かって、久しぶりに昂った声を飛ばすのであった。
「『深謀』、お前の実力を確かめさせてもらおウ。憲兵及び傭兵部隊、直ちに指定座標に直行せヨ! 目的、『教団』アジト!」
ラクバ「よっしゃ核爆弾を回収に行ける!」