あ、便所に核爆弾落とした!!! 作:うっかりマン
『当作戦は一般市民に対して秘密裏に行われル。傭兵部隊は下水道より、憲兵は地上より目的地点に急行、怪しいものを片っ端から押収せヨ』
「「「「了解」」」」
僕、すなわちラクバは下水道の匂いと通信機から聞こえるダンタス少佐の声に顔を顰める。あの会議から30分後、あっという間にダンタス少佐は部隊を整え、捜査を開始しようとしていた。
惑星アルバスの広大な地下下水道は、複雑な迷路のような構造をしている。水滴がたえず滴り落ちる音が響いているが、その液体はとてつもない悪臭を放っている。僕たちがいる場所は洪水対策の区画であり、広大な空間に川のように汚水が流れている。土手のような場所は汚水が流れておらず地面が多少乾いており、僕らはそこを走っていた。
僕らはガスマスクと防護服を装着している。下水道内に溜まった有毒ガスを避けるためだ。そのため会話の全てがもごもごしている。さらに言えば、隣にいるウルザは鼻が良すぎるため、空気を完全に遮断し酸素ボンベで呼吸を行っていた。
周囲にいるのはサルバトーレさんとその他20人ほどの傭兵である。彼らはサルバトーレさんの指揮下にあるようで、見た目はまるで軍人だ。統一された迷彩柄の戦闘服とアサルトライフル。彼らと共に下水道を駆け抜けながら、僕はため息をつく。
「アサルトギアの持ち込みNGなのか、嫌だなぁ」
アサルトギア。身長10メートルほどの戦闘用の二足歩行ロボットであり、銀河帝国内では最もよく使われる兵器の一つである。その理由の一つは安さだ。サイボーグ化などの高度な生化学技術を必要とするものとは異なり、アサルトギアの構造は兵器としては単純かつ頑丈なのだ。加えて工業用ロボットとの互換性などもあることにより、傭兵ご用達の兵器となっていた。
そして僕が最も得意な事こそがアサルトギアの操縦なのである。間違っても策略などではない。
僕の愚痴に通信機からダンタス少佐が当然の反論を行う。
『市民を動揺させるわけにはいかなイ』
ただアサルトギアには一つ、致命的な弱点がある。それは大きく騒がしいということだ。宇宙空間で戦闘する分には全く問題ないのだが、地上戦をすると騒音は勿論、薬莢や建造物破壊で大層怒られることになるわけだ。隣にいたウルザは僕を励ますかのようにガッツポーズを取る。
「大丈夫、アサルトギアが無くても主殿は強い!」
「アサルトギアがないと、本当にただの一般人なんだよねぇ」
だから早いこと傭兵稼業なんて辞めたいのだけれど。そう思っていると、僕の近くを走っていたサルバトーレが笑顔で話しかけてくる。
「お久しぶりです、『深謀』殿。本日はよろしくお願いいたします」
「こちらこそよろしくお願いします、サルバトーレさん」
確か彼とは数年前に任務を一緒にした気がするが、記憶は大分曖昧になっている。覚えているのはその名前と腹立つイケメン具合である。その顔の良さの半分でもいいから渡してほしい。サルバトーレは俺の手に持つ武器を見て、不思議そうな表情になる。
「拳銃だけでいいのですか? 対強化人間用のアサルトライフルなど、無いのであればご用意しますよ?」
「いや、僕はノーマルなのであんなもの扱えないんですよね。後ろでゆっくりと活躍を見させてもらえればと」
「は、はあ……」
防弾技術と生化学技術が発展したこの時代、小口径弾で防弾服を貫通しダメージを与えることは至難の業だ。だからこそ10kg近い機関銃の如き、大口径のアサルトライフルが好まれる。
……のだが、僕の筋力ではとても扱えない。仕方が無いのでB-SPEC社製品の拳銃、ビー・ガバメントの改造品を使っているというわけだ。この銃は弾の口径が9mmではあるものの、銃弾が特殊仕様の貫通弾となっており、装甲服に穴を開けることが可能という代物だ。
代償として弾丸の値段が馬鹿高い。こいつを連射するくらいならアサルトギアを出動させたほうが安いくらいだ。なので僕のお財布のためにも、サルバトーレ達には頑張ってほしい。
「サルバトーレさんだけはアサルトライフルじゃなくて機刃なんですね」
「そちらのウルザさんと同じく、私は高度な身体強化を施されています。なので、銃で撃つより叩き斬った方が早いんですよ」
「アタシは強いからな、銃は効かない!」
機刃と呼ばれるものがある。簡単に言えば特殊な機構を備えた刀剣類、である。例えばサルバトーレさんが腰に下げる刀は、鞘に幾つもの管が巻かれ、内部を液体が循環していた。よくあるのが刃と鞘に磁場と電気を流し込み、超高速の居合を実現させる超電磁機刃。並の人間なら掠っただけで即死の凶悪極まりない兵器である。
そんな兵器を、銃弾を見切り素手で人体を引きちぎる強化人間が運用する。僕みたいな一般傭兵からしてみれば勘弁してほしい話である。
しばらく走り続ける。足元は妙な液体で濡れており、絶対に滑りたくない。僕は運動神経が良くないから、ウルザに背負って欲しいくらいであった。
「ここからしばらく行った先に、『深謀』殿が見つけたアジトがあるはずです! 総員、警戒!」
サルバトーレが走りながら全体に告げる。しかし残念ながら、指定された場所にあるのは、僕が落とした核爆弾だけだ。彼らの希望には残念ながら沿うことが出来ない。
(適当言ったら勘違いしてくれてラッキー)
僕の弱点、それが致命的なまでのミスの多さ。それを補う、あるいは隠蔽するために発達したのが、空気に何となく合わせるというスキルだ。
大事なことは自分から言い切らず、含みを持たせること。そうすれば仮に失敗しても「ふむ……なかなかやるな」とか言いながら逃げ切ることができる。そうやって時間稼ぎをしているうちに同僚たちが事態を好転させてくれる、という他人任せ極まりない作戦だ。
「主殿主殿、そういえばいつの間に敵のアジトを見つけたのですか!?」
「見つけてないよ。僕は座標を言っただけで、それが何かとは明言していない」
今回の会議で僕自身は座標を告げただけだ。それが敵のアジトの座標だなんて、一言も言っていない。話の流れでダンタス少佐が勝手に勘違いしたに過ぎない。
恐らくこれから見つかるのはただの下水道の行き止まり。そしてどんぶらこした核爆弾だけだ。僕の今日のミッションはこっそり核爆弾を回収して、皆が落胆するのを慰めて、それで終了と言うわけだ!
そう思ってしまったのが間違いだったのだろう。まず初めに響き渡ったのが、前方からの銃声。下水道の壁に偽装していたホログラムが解き放たれ、身なりの悪い兵士たちが突撃してくる。
彼らは腕に覚えはあるのだろうが、合わせても5人しかいない。20人近くいるサルバトーレの仲間なら容易に倒すことができるだろう。
だが、問題は僕の首元に突き付けられたナイフだった。
「動かないでください、『深謀』。私の名はリリィ=アルバス。銀河帝国公爵、アルバス家の長女にして次期当主」
いつの間にか僕の背後に一人の少女がいた。サルバトーレさんの部隊の戦闘服を着て、僕の胴を左手で抱え込み、右手のナイフで僕の頸動脈を切断する準備をしている。その姿からして、何らかの手段で傭兵部隊に紛れ込んで、僕の背後を取ったのだろう。
ガスマスクで顔の大半が隠れてはいるが、燃えるような赤髪と少し幼い端正な顔つきが見て取れる。恐らく彼女の宣言は本当なのだろう。さっきの会議であった脂ぎったおっさんとは似て似つかないが、目の雰囲気が何となく似ている。
右手に持った拳銃はリリィ=アルバスの左手により抑え込まれている。かといって左手でやれることも無かったので、とりあえず呑気に端末でも開くことにした。余裕そうな僕の表情にリリィ=アルバスは苛ついた様子を見せる。だがそうせざるを得ない。
「憲兵が支払う額の2倍払います。私の方に付きなさい。このまま死にたくないでしょう?」
何故なら、実にちぐはぐだからだ。
「私の研究成果は既に完成しています。あなた方が今から向かおうとも間に合わず、憲兵に任務失敗と扱われるだけです。それならば、こちらについた方が合理的でしょう?」
まず僕を人質に取るのが意味が分からない。多分、隙だらけだったのが僕だけなんだろうけど、それにしてもだ。サルバトーレさん達にとって僕は赤の他人で、切り捨てても特に問題が無い。この場の人間のほとんどにとって、僕は人質としての価値が無いのだ。
加えて、何故ここで脂ぎったおっさんの娘が出てくる必要があるのか。人質を取るだけなら子飼いの兵士にでもやらせればいい。更に、「私の」「私の」と連呼しているのもおかしな話である。違法な研究なら、言質を取られることは絶対に避けたいはずだ。すなわち、スケープゴート。
「……茶番ですね」
サルバトーレさんが呆れた様子で呟き、自身の部隊に戦闘再開の命令を出そうとする。人質を取られた時の最善は、犯人の要求を無視し任務を遂行すること。軍隊向けの教科書ではよく書かれている内容であるが、こうも実践されると腹立たしい。
ウルザは、と見ると僕の近くでリリィに威嚇している。指示が無いから動いていないだけで、僕の首が飛びそうになった瞬間、ウルザがリリィ=アルバスを叩き潰すつもり満々だ。というか背後を取らせたのも、どうにでもできるから様子を見ようという判断なのだろう。流石強化人間である。
混迷する状況。未だ見ぬカルト教団に、アルバス公爵親子、ダンタス少佐、サルバトーレさん。ただその中で一つ、確かなことがあった。
「あれ、核爆弾動いてる?」
僅かに動く左手で端末を開いた瞬間に気付いた。核爆弾に取り付けられていたGPSの座標が変わっている。それはどんどん地上に向かって進んでいた。
ああなるほど。これ、違法研究してる人たちが、間違えて核爆弾持っていっちゃったんだな。不用意にどんぶらこさせた結果、桃は拾われてしまったわけだ。割ると核爆発が起きるけど。
リリィ=アルバスは僕の端末を覗き見て、僕の言葉を咀嚼して、何度か首を振ってから、震えた声で呟いた。
「核爆弾仕掛けたんですか……?」
「教団の人と一緒に動いてるみたいだね」
「みたいだね、じゃないんですよ! 地上には憲兵が待ち構えているんですよ、万一戦闘で誘爆したら民間人が大勢死にます! 威力を分かっているんですか!」
「地上は……うわー、繁華街なのかぁ。憲兵の皆が怒られるんだろうな、かわいそうに」
「かわいそうに、じゃありません!!! 誰が仕掛けたと思ってるんですか!!!」
「爆破するのは僕じゃないし~」
リリィ=アルバスの声がどんどん大きくなってくる一方で、他の傭兵たちは困惑とともに銃を下ろし始める。サルバトーレさんは恐る恐るといった様子で、状況を整理するために僕に話しかけた。
「つまり、『深謀』殿はここにきてから僅か数時間で、敵の本隊に核爆弾を仕掛けることに成功していた。そして地上戦で憲兵に核爆弾を誘爆させることにより、自らの手を汚すことなく研究成果とダンタス少佐の地位を抹消しようとしている……?」
信じられないほど酷い言いがかりである。僕は年甲斐もなく頬を膨らませた。
ダンタス少佐「嫌味への仕返し、酷過ぎないカ?」
苦労人のリリィ登場です。親父とラクバに振り回される可哀そうな子。
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