その『紙きれ』で救えますか?【完結】   作:帝都造営

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皇帝の子

 

 

 

 夢が壊れる音は、いつだって聞こえない。

 歓声に飲まれるか、もしくは誰にも気取られない場所で――――

 

 

 

 

 

 ――――それは、一瞬にして砕けてしまう。

 

 

 

 

 

 

 

「ウイニングライブは中止にすることをお勧めします」

 

 控え室。開いた扉の先に座っていたのは、小柄な鹿毛のウマ娘だった。真っ白な流星がチャームポイント、レースファンなら知らぬ者はいないスター選手。

 

「トウカイテイオーさん」

 

 耳が立っている。僅かな周囲の変化も聞き逃さぬよう、器用に動かしながら全方位を警戒するウマ耳。

 そして2つの目は、じっとこちらへと注がれていた。

 

「アンタか、悪いがこっちは忙しいんだ」

 

 そしてトウカイテイオーを守るように彼女の半歩前に立ったのは、胸にトレーナーバッジをつけた男性である。

 

「申し訳ありませんが、仕事ですので」

 

 制限エリア――――控え室フロアへの立ち入り許可証をみせつつ、とはいえ無用に近づくことはしない。遊び人のような雰囲気の漂う目の前のトレーナーは、それでも中央の、それもG1ウマ娘を担当するトレーナー。

 とはいえこちらも仕事である。なにより、ことは急を要する。

 

「今のトウカイテイオーさんにライブは危険です。辞退をおすすめします」

「どうして?」

 

 くいっと首だけ傾けて、トウカイテイオーが疑問を口にする。

 

「キミだって見てたでしょ? ボク、ダービーに勝ったんだよ?」

「ええ。見ていました。最終直線での抜けだし、素晴らしいレースでした」

「ふふんっ、でしょでしょ?」

 

 途端に得意げな顔になるトウカイテイオー。

 

「びゅーんってカイチョーみたいに飛び出して、あっという間に一着になったんだから! ……って、じゃなくて!」

 

 ライブに出るなってどういうことなのさ!? と彼女は口を尖らせる。

 

 

「――――左脚、痛めていますよね?」

 

 

 知らないフリ、ではないのだろう。本当に気付いていないのだ。

 「走る」という行為は全身の筋肉を使う。最大のパフォーマンスを引き出すために血中にはアドレナリンが放出され、俗にランナーズハイと呼ばれる興奮状態を生み出す。

 

「検量室での歩様を見させてもらいました。庇うような動きをしていましたよね?」

「……そうなのか?」

 

 表情を変えるトレーナー。彼が意固地にならないように、言葉を選んでいく。

 

「あなたに責任はありません。なにせ今日は、記者対応で手一杯だったでしょうから」

 

 なにせ無敗の2冠、かのシンボリルドルフの再来である。検量室の向こうには大量の取材陣が控えていたし、それに対する対応は競走ウマ娘と契約を結んだトレーナーの仕事だ。

 それでも、担当の歩様を見逃していたという事実は彼にとっては重たかったのだろう。表情が険しくなる彼は、それでも立派なトレーナーであった。

 

「テイオー、どうなんだ?」

 

 その言葉に、トウカイテイオーは不安そうな顔になる。

 

「えっと……ちょっと変な感じはするかも。で、でも。これくらい!」

 

 

ダメです!

 

 

 控え室に響いた声に全員の動きが止まる。トウカイテイオーは上体をわずかに「仰け反らせていた」。

 ――――それが椅子から()()()と飛び降りる動作であることは間違いない。

 

「動かないでください。お願いですから」

「な、なんだよぉ。そんなに大きな声出さなくてもいいじゃん……!」

 

 椅子に座っていてくれて幸いだった。

 もしもこれで、あちこち動き回るようならどうなっていたことか。椅子の上で強ばった様子のトウカイテイオーを手で制しつつ、トレーナーに顔を向ける。

 

「このまま、病院で検査を受けてください」

「……オイオイ」

 

 視線をこちらに据えたまま、肩を僅かに竦めてみせるトレーナー。重心を落として、文字通りの臨戦態勢となっている。

 

「いきなりウマ娘に怒鳴っておいて、その態度か? そもそも検査を受けるって、それを決めるのはアンタじゃないだろ」

「怒鳴ったことは謝ります。ですがせめて医者は呼んでください。少なくとも、このままウイニングライブに出るのだけは止めてください」

「なんで!?」

 

 声を上げたのはトウカイテイオーだった。

 

「たしかに変な感じはするけど……でも、全然たいしたことないもん!」

「今はそうかもしれません」

 

 しかしそれは、後から痛みになって襲いかかることだろう。

 下手をすれば、もっと残酷な結果となって。

 

「それに、カイチョーだったらここでライブを投げ出したりなんかしない! ライブはレースと同じくらい大事だって、ウイニングライブまでバッチリ決めて……」

 

 

「――――それで、三冠の夢まで失ったらどうするんですか?」

 

 

「なっ、なにさぁ……! ボクのこと、なんにも知らないくせに!」

 

 

 知らないとも。

 

 トウカイテイオー。皐月賞、日本ダービーを制した無敗の2冠ウマ娘。

 

 「カイチョー」ことシンボリルドルフ……〈皇帝〉と呼ばれた無敗の3冠ウマ娘の蹄跡を追う――――レース業界に現れた天才児。

 そんな()()()しか知らなくとも、これだけは分かる。

 

「あなたの脚は、ここで壊れて良い脚じゃない」

「うっ……でも、でも! みんな待ってくれてるのに!」

「なあ、アンタ」

 

 静かに、重たく口を開いたのはトレーナーであった。

 

「テイオーは、ライブが好きなんだよ」

 

 ウイニングライブ。一着を取ったウマ娘がファンと勝利を分かち合う最高の舞台。

 

 日本ダービーは一生に一度きり。

 それなら――――日本ダービーのウイニングライブだって、一生に一度きり。

 

「お前が言いたいことは分かる。俺だってテイオーの脚が心配だ……けどな。いきなり横から入ってきて、勝手に奪わないでやってくれないか」

 

 彼はトウカイテイオーの傍に寄ると、安心させるように頭を撫でる。その視線は、既にトウカイテイオーの左脚に向けられていた。

 

 

「医者は呼んでやる。ウイニングライブのことは……診察の上でテイオーと俺が決める。だから――――お前は今すぐ、ここから出ていけ」

 

 

 

 †

 

 

 

 コツ、コツ。と僅かにズレた足音が聞こえる。リズムは完璧、重心移動も完璧……完璧であるがゆえに、浮き彫りになる無個性。

 怪我の後遺症を隠しているウマ娘の、歩き方。

 

「テイオーはライブを辞退したそうだよ」

「そうですか」

 

 顔を上げた先には、見慣れた鹿毛のウマ娘がいた。先ほどのトウカイテイオーとそっくりの流星。くるりと美しい弧を描くウマ娘。

 

「彼女が私のことを、恨んでくれるとよいのですが」

 

 ため息が聞こえる。

 鹿毛のウマ娘が漏らす、呆れたようなため息が。

 

「君の見立て通り、テイオーは骨折していたそうだ。ウイニングライブにあのまま出ていたら、悪化して年内は絶望的だっただろうな」

 

 年内は絶望――――それは即ち、3冠目の菊花賞に出走することも叶わないことを意味している。

 

「君はテイオーの夢を守ったんだ。感謝こそすれ、恨まれる筋合いはないだろうに」

「そうでしょうか」

 

 少なくとも私は、彼女からウイニングライブを奪いましたよ。

 トウカイテイオーは脚の違和感に気付いていた。それが骨折のような大事だとは思っていなかったとしても、レース中の無理がたたって脚を痛めたこと自体は気付いていたはず。

 そしてまさか――――ウマ娘の脚が消耗品であることを知らない彼女ではあるまい。

 

「それでも、彼女はウイニングライブに出たがった。なぜなら彼女の『憧れ』なら、どんな状況でも完璧なウイニングライブを披露したに違いないからです」

 

 レースが神事であった頃から、競走(レース)舞踊(ライブ)は2つで1つの存在であった。

 究極の走りと最高のライブ。そのどちらが欠けてもトゥインクル・シリーズは成り立たない。

 

「私はトウカイテイオーから『憧れ』を奪ってしまった。日本ダービーのウイニングライブを完璧に決められなかった時点で、彼女は『シンボリルドルフ』ではなくなってしまう――――それが分からない貴女ではないでしょうに」

「……テイオーには、私の栄光()()をなぞって欲しくはないのだがな」

 

 そう鹿毛のウマ娘――――シンボリルドルフは言う。

 

「だから私を恨んで欲しいのです」

 

 シンボリルドルフになれなかったという『事実』(あたりまえ)は、それでもトウカイテイオーの心を蝕んでしまうだろう。

 夢が壊れるとき、音はしない。誰にも気付かれることなく、夢は壊れてしまう。

 

 拾ってかき集めようとしても、両の手で掬おうとしても。

 一粒も残らないほど、小さく、粉々に。

 

「その時の恨まれ役になれるのなら、私の存在も少しは報われるというものです」

「……君は本当に、辛労辛苦の道を求めるのだな」

 

 貴女も大概でしょうに。そう返せば、それもそうかと〈皇帝〉はくつくつと笑う。

 

「それで、これから引受人(アンダーテイカー)たちに連絡かい?」

「ええ。トウカイテイオーさんの『治療費』もそうですが……G1レースの1着(センター)がウイニングライブを辞退した時のチケット払い戻しはスゴい額になりますからね。補填をしなければなりません」

「そっちでも恨まれ役という訳か」

「仕事ですので」

 

 ともかく、一刻も早く連絡をしなければなるまい。報道が出るより先に顧客に連絡する。それは仲介人として最低限のマナーというものである。

 ではこれでと立ち去ろうとすれば、背中に声がぶつけられる。

 

「これは個人的な感情であるし、君は望んでもいないのだろうが……これだけは言わせてくれ」

 

 

 無言で振り返れば、皇帝が頭を垂れていた。

 

テイオー(あの子)の脚を優先してくれたこと、感謝している」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 4回目のコール音。上機嫌な声の主。

 上機嫌の理由が先ほどのダービーだとしたら、次に浴びせられるのは罵声だろうか。

 

 

「こんにちは。本日は残念なお知らせがあります。あなたが引き受けていた『トウカイテイオー』の競走保険についてですが……」

 

 

 ウマ娘は走るために生まれてきた。

 2つのウマ耳、綺麗な尻尾。美しく脆い硝子(ガラス)細工の脚を持ち、走るためにターフに立つ。

 

 

「ええ、そうです……ですから損失の引き受けをお願いします」

 

 

 そして彼らは、そんなウマ娘たちを守るために生まれた。

 ウマ娘が全てを懸けて存在理由を満たせる(ターフを駆け抜けられる)ように。

 

 その走りの果てに、後悔が残らないように。

 

 

「違いますよ。私はウイニングライブの損失が、菊花賞の賞金で補填できると言っているのです。トウカイテイオーはまだ――――あなたの『利益』になる」

 

 

 その結果として、誰かから恨まれるとしても。

 彼らは最後まで「脚」を守る。

 

 

「ご安心を。トウカイテイオーは『本物』です。ですから、ここは損失を引き受けることをお勧めします」

 

 

 ウマ娘と、彼女たちの脚。

 それらを「商品」とした彼らを世間はこう呼んだ。

 

 

 

 ウマを喰う者――――『馬喰(ばくろう)』と。

 












こういうの。見たことないな、読みたいなと思って書きました。

似た作品あったらメッチャ読みたいので、教えて貰えるとうれしいです!
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