その『紙きれ』で救えますか?【完結】   作:帝都造営

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札 束 ビ ン タ

「そっか……」

 

 

 ライスシャワーの担当(お姉様)は、その解約通知書(かみきれ)に書かれた文字列を読む。

 

 これは同意書ではない。あくまで通知書。

 ウマ娘が担当トレーナーとの契約を破棄することを「通達」するための書式。

 

 これを提出されたなら、担当トレーナーは直ちに解約した旨を書面でURAに報告しなければならない。

 それはウマ娘を守るための規則――――競走ウマ娘保護規則にも定められていること。

 

 ウマ娘とトレーナーの契約はとにかくウマ娘有利に設定されている。これはトレーナーがウマ娘を「選ぶ」という構造上、対等な契約ではウマ娘が不利となるからである。

 

 だからこの通知書を、トレーナーは拒否できない。

 

 

「こんがらがっちゃったね」

 

 

 それを受け取りながら、彼女は静かに言う。

 

 

「なにもかも、全部。複雑に絡みついていて……自分がなにをしても不幸(よくないこと)が起こるように見えちゃうよね」

 

 

 担当ウマ娘(ライスシャワー)の眼を見据えて。

 

 

「ライスはやっぱり頑張り屋さんだ」

「え……」

 

 

 静かに、その髪を撫でる。

 

 

「ずっとひとりで考えてたんだよね。誰にも相談できなくて、優しくされるのが怖くて」

 

 

 だからこそ、彼女は馬喰(コンサル)を頼ってしまったのだろう。

 馬喰(コンサル)は「常に一歩引いていた」。役職柄というのもあるのだろうけれど、あくまで他人事という体を保とうとしていた。

 ウマ娘を商品扱いする……と口では言っていただけに、ライスが頼ってしまった気持ちは……分からないでもない。

 

 馬喰(ビジネス)なら、寄り添うことはないから。

 

 

「それで、これからもずっと1人で頑張ろうとしているんだよね」

 

 

 引退劇(シナリオ)については、分からないでもない。

 競走ウマ娘が走れなくなる理由などいくらでもある。トレーニング中の怪我で引退なんて何処にでも転がっている話だろうし、ここまでの大事になってしまった以上、メディアもある程度の協力はしてくれるだろう。

 

 それでも、彼女が消えない嘘を背負っていくという事実は変えられない。

 

 

「私に、一緒に背負って欲しくなかったんだね」

「……」

 

 目の前の少女は、頑張って「わるいこ」でいようとしている。

 悪い子なら、きっと見捨ててもらえるから。

 

「でも。いきなり解約通知書(これ)はダメだよ。これじゃライスのこと、見捨てられなくなっちゃう」

「な、なんで……? ライス、お姉様にひどいことしてるのに」

「だって」

 

 私には「たすけて」って書いてあるようにしか見えないよ。

 

「それとも、私の勘違いで。ほかにもっと、ちゃんとした理由があるのかな?」

 

 髪の毛から頬へと手を下ろしていく。

 柔らかい頬をさすりながら、トレーナーはゆっくりと言葉を紡いでゆく。

 

「どうして、解約は今日じゃなきゃダメって思ったの?」

 

「怪我したことにして引退したってことにするのに、これからも頑張ってトレーニングをするのが嫌になっちゃった?」

「ちがうよ」

「いつの間にか話がドンドン大きくなっちゃって、自分が周りを騙していることが嫌になっちゃった?」

「ち、ちがう!」

「それとも、私に本当に危害が及びそうだから――――はやく自分から切り離さなきゃ、って思っちゃった?」

 

「それ、は……」

 

「だとしたら、ライスは。やっぱり優しい子だ」

「違うの、ちがう。ライスは、ライスは悪い子なの……みんなを不幸にしちゃう、ひどいことをお姉様にしちゃう、悪い子なの」

 

「そうなんだ」

 

 じゃあわるいこには……「おしおき」をしないとね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 †

 

 

 

 

 

 

 

「君は優しすぎたな」

 

 いや違うかと、社長は言う。

 

「イレ込みすぎだ。たった1人の少女(ウマ娘)に」

 

 ところ変わって、ヨイハル重工本社の会議室。

 コンサルに相対した社長がそう言い放つ。

 

「たった1人の、掛け替えのない子供です」

 

 依頼人(クライアント)、と言えたらコンサルも強く出られたのだろうが。

 それをわざわざ口に出すことはしない。恨まれ役は1人で十分だ。

 

「……いやいや、それはいくらなんでも無理筋だろう。君」

 

 ウマ娘の走りに手と金を貸す馬喰が。

 どうしてウマ娘の引退を促さなければならない?

 

「…………」

「だとしたら、君は既に答えを言っているんだよ」

 

 馬喰は、ウマ娘の味方なんだろう? 社長が言い放つ。

 

「要するに、だ。これはお嬢さんの仕込みで、君はお嬢さんの宣伝装置役(プロパガンダ)。そうなんだろう?」

「仰ることが、分かりかねますね」

 

 そう返すコンサル。社長は、よーしそうかと頷いた。

 

「では、ビジネスの話といこうじゃないか」

 

 

 ――――いくら積まれた?

 

 

「? ……なんの話です?」

「質問を質問で返すな。お嬢さん(ライスシャワー)にいくら積まれたか、と聞いているんだ」

「いえ、ですから。お話が見えません」

「ダンマリってワケか。ならこちらにも考えがある」

 

 コンサルの言葉に、そうかと社長は受話器を取る。ボタンを押す。

 

 

 

「……私だ。実弾(タマ)もってこい」

「!?」

 

 

 物騒なワードに驚くコンサル。

 そもそも日本は銃社会ではないので実弾なんてそうそう手に入らないはずだが……しかし扉が開くと、秘書のひとりが銀色のアタッシュケースを持って社長の目の前に置いた。

 

 社長はそれをガチャリと開けると――――取り出したソレを目にも留まらぬ速さで投げた。

 

「……いたっ?!」

 

 ベチッ、と気の抜けた音をしてぶつかる物体。

 

「いまのが百万だ」

「え、は……?」

 

 訳の分からないコトを社長が言う。コンサルが床を見下ろせば、結びの解けかかった一万円札の束がそこにあった。

 一束で百枚。つまり百万円である。

 

「そらっ!」

「いたいっ?!」

 

 再び飛んでくる札束。

 

「これで二百万だ」

「いや、ちょっと社ちょ」

 

 コンサルの言葉も聞かずに社長はアタッシュケースから札束を取り出す。

 

「そらっ、これで三百! 四百! 答えろっ、いくら積まれたッ? いや答えなくていいっ、お前が買収されるまで――――……!」

「ストップ! ストップ!! 社長! いや本当に落ち着いてください!?」

「ええい避けるな! あたらんだろうが!」

 

 いくら札束といっても決して軽い訳ではないので、もちろん当たれば痛い。

 しかも手裏剣みたいに回りながら飛んでくる。

 

「いくら積まれたですって? なんの話です!?」

「まだシラをきるかっ! そらっ!」

「……っと。よしんば何か契約があったとして、守秘義務があります! 私がっ、口を割るわけないでしょうがっ」

「おらっ! 守秘義務など笑止ッ! 馬喰は黙って買収されろっ!」

「馬喰にだってっ、マナーはありますッ!!!」

「くそっ、口は硬いし実弾(タマ)は全く当たらんな……ならこうだ!」

 

 既にダース単位の札束が会議室に飛び交っている。とはいえコンサルも避けてしまうので、しびれを切らした社長は束をいくつか持って札束の扇を作った。

 そしてそのままツカツカ歩み寄ると――――……

 

 

 

「くらえっ、札束ビンタッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 †

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『おしおき』? ふふっ、お姉様はなんにも分かってないなぁ」

 

 どうやって「おしおき」するの?

 そう、ライスシャワーは微笑んだ。

 

「そうね……ヒトはウマ娘に勝てない、有名な言葉よね」

「しかも、お姉様は運動オンチだ」

 

「ええ、そうね――――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――で す の で 。

 

 

 

 

 

 

 パンパン、と手を叩くお姉様(トレーナー)。ガチャリと開く扉。

 

 

「――――隊長です」

「ふえっ?」

 

 顔を覗かせたのは防護シールドに防刃チョッキを着たウマ娘警備員である。

 

「なっ、なんで警備員さんがここにいるの!?」

「それは私がヨイハル警備保障東京支社第2警備小隊の隊長だからです」

 

 答えになってないよ!? ライスシャワーが叫ぶ。

 

「それで、どうされますか。トレーナーさん」

「この子を馬喰(ばくろう)のところに連れてってちょうだい」

「かしこまりました」

 

 すっと手を挙げる隊長。

 ドカドカと踏み込んでくるウマ娘の警備員たち。東京支社の精鋭警備チーム。

 彼女らの手にはタオルケット、ズタ袋、虫取り網など、とにかく捕獲に特化した装備が携えられている。

 

「なんで? いつのまに?」

「それは私が隊長だからです」

「ワケが分からないよぉ?!」

 

 広いとはいえ部屋は部屋。あっという間に追い込まれてしまうライスシャワー。

 

「ま、ままま待って待って! お外には怖い人たちがたくさん居るんだよ? いくらなんでも危ないよ!」

「ご安心ください。このホテル、第一ロイヤルネットホテル丸の内はヨイハル重工業本社ビルの隣に建っています。移動のリスクは最小限です」

「と、隣!? そっ、そんな……どうして……」

 

 

 その時、ふとひらめいた。

 

 このホテルを手配したのは……まさか。

 

 

 

「ひっ、ひどいよ馬喰さん!?」

「つべこべ言わずに捕まりなさい!」

 

「わぁあああああ――――――!」

 

 

 

 

 

 

 †

 

 

 

 

 

 

「流石の私も、札束でヒトを殴った(物理)のは初めてだ」

「……そりゃ、そうでしょうね」

 

 場所はヨイハル重工業本社。

 

 

 そして時は、隣のホテルで大捕物が始まる「30分前」にさかのぼる。

 

 

「で、もういいだろう。君、お嬢さん(ライスシャワー)依頼されて(たのまれて)ここに来たんだろう?」

「存じ上げません」

 

 あくまで黙秘を貫くコンサル。当然である。

 馬喰はウマ娘の脚を商品にする。ならば、換えの効かない取引相手とはウマ娘。どちらを大切にするかなんて決まっている。

 

「まあいい。君が他の馬喰と違って、札束で殴っても動じないタイプなのは知っている」

「じゃあなんで殴ったんです(札束ビンタを)?」

「仮定の話をしよう」

 

 コンサルの質問に答えずに社長は言う。

 

「ウマ娘が引退を申し出たとき、一番最初に引き留めるのは誰だ」

「……トレーナーではないですか?」

 

 トレーナーはウマ娘の才能をスカウトする。

 その才能が枯れてしまわない限り、トレーナーは決してウマ娘を見限らないであろう。

 

「そうだな。では君は、どうして私のところにいる?」

 

 引退の障壁がトレーナーであれば。

 コンサルの解約支援はむしろ、トレーナーを狙いに定めて行われるべきである。

 

 しかしコンサルはそうしていない。

 代表に提出した稟議書も、いかにしてライスシャワーにまとわりつく「お金(かみきれ)」の問題を解消するかに集中していた。

 

「……引退も、悪い話じゃない。そんなことは知っている」

 

 引退。ターフを去って、競走人生とは全く異なる第二の人生をはじめること。

 まだ学生であるトレセン学園生には、本当に広い世界が広がっている。

 

 

「だが夢は、自分で引導を渡した夢は。くすぶり続けるぞ」

 

 

 君だって本当は、社長の言葉をコンサルは手で制した。

 

「私は、馬喰(ビジネスマン)ですよ」

 

 

 ――――ビジネスライクにいきましょう。

 それがライスシャワーと馬喰の契約(やくそく)

 

 

「なら、お前はビジネスマン失格だ」

 

 取引先にイレ込む阿呆(あほう)がどこにいる。

 

馬喰(コンサル)としてするべきことは、トレーナーに解約通知を送り、お嬢さん(ライスシャワー)を安全な場所に避難させることだけだったはずだ」

「……」

「そういえば、さっきもそうだったな」

 

 勝利の重責にお嬢さんが耐えられるかと私が聞いたとき、お前はなんて言った。

 

「『わからない』と。分からないだと? そんな中途半端(無責任)がどこにある」

 

 解約を進めたいなら「耐えられない」と答えるべきで。

 まだ信じているのなら「信じている」と答えるべきだ。

 

「私がお前を宣伝装置役(プロパガンダ)と言ったのはそこだ。お前は結局、お嬢さん(ライスシャワー)に寄り添うあまり、彼女と同じ事をしている」

 

 

 コンサルに解約通知書を用意させたライスシャワーのように。

 一方的にスキーム(かみきれ)を押しつけている。

 

 

半端(ハンパ)は猛毒だ。お前の半端な優しさが、お嬢さんの毒になっている」

「……それなら」

 

 それなら。それならば。

 

「その優しさで全員(みんな)を不幸にしてしまう彼女(あの子)を」

 

 

 頑張れば頑張るほどに報われない頑張り屋さんを。

 

 

「どうやって救えばいい!」

 

 

「これだよ」

 

 

 社長は床に落ちていたソレを突きつける。

 

 偽造防止の加工が施された特殊紙。使用品種非公開のインクで彩られた、日本経済の父*1

 

 

依頼人(お嬢さん)の場所を教えろ、いや聞くまでもないか。どうせ青くて(中途半端で)若い(短絡的な)君のことだ」

 

 すべてを自分で掌握できる(引き受けられる)ように、このビルのすぐ近く……と言いながら社長は携帯端末で検索。

 

「そうか、そういえば隣が『第一ロイヤルネットホテル丸の内』だったな。分かりやすいのは嫌いじゃないが、この業界(せかい)で生きていくつもりならもう少し強かさを身につけたほうがいい」

 

 それからおーいと、部屋の外にいる社員達を呼ぶ社長。

 

「まってください、なにをする気ですか」

 

「なにをする? 決まってるだろ」

 

 

 私が本当の投資を教えてやる。

 

 

 

 

 ――――そして、沈没寸前の逆張りシンジケート。

 

 一隻の船の乗員達が、集う。

 

 

 

 

*1
渋沢栄一。2024年から日本銀行券1万円札の肖像画として使用される。






実際は逆張りシンジケートそのものは絶好調なんですが、そこは言葉の綾と言うことで……
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