飯田治孝(いいだ-はるのぶ)
架空の人物。社長の元ネタ。町工場の長男に生まれる。1958年に家業を継いで飯田製造の社長に就任。飯田6社をはじめとする現在の飯田インダストリーグループの礎を築く。馬主としては1990年から活動、14頭を所有した。冠名は「タカトリ」。1995年の自然災害に巻き込まれ死去。
「社長。お連れしました」
タオルケットでグルグル巻きにされたライスシャワー。
社長は丁度、壁にぶつかって解けた札束を拾って整えている所であった。
「まっていたよ、お嬢さん…………いや、お米さんかな?」
ウマ娘の警備員の肩に担がれる格好のライスシャワーは、なるほどお姫様抱っこならぬお米さま抱っこと言えなくもない。
「……」
気まずそうに目線を逸らすライスシャワー。部屋どうしたんですかと目を丸くしたのは
「なに。ちょっと『マネーゲーム』に興じていて、な?」
「……私に振らないでください」
露骨に不機嫌そうにするコンサル。なるほど、こっちも似たような
「あ、あの……そろそろ、降ろして……」
「とのことですが。どうされますか、トレーナーさん」
「う~ん、どうしようかなぁ?」
ふにゃりと耳を垂れさせたライスシャワーを撫でる
「さて、お嬢さん。せっかくここまで来たんだ、まあ座りなさい」
「ええと……あの、ライスは……」
「お嬢さん。年寄りの意見には耳を傾けておくものだ」
「は、はぃ……」
借りてきた猫のようになるライスシャワー。社長の目はそんなに笑っていなかった。
さあ他も座った座ったと、全員を席につかせる社長。
コホンと咳払いをしてから、彼は腕を拡げる。
「通産省*1の開催するトゥインクル・シリーズ!」
そこでウマ娘に関わるエリート諸君の君たちが、まさかこんなに投資に疎いとは思わなかった!! おじさんは残念だ!
よく分からないことをいう社長。
通産省の興業に参加しているから経済エリートということにはならないだろうに。
「と、いうわけで。おじさんが直々に投資の基本を教えよう。そもそも投資とは何か?」
これだ。そう言いながら社長が取り出したのは、白い粒。
「……おこめ?」
「正解! もう少し踏み込んで言えば農業。農業は人類最初の投資といえるだろう」
畑を耕し、害虫や雑草から作物を守り……そういう途方もない労力を費やして、つまり投資して食料を得る。そういう話だろうか。
とはいえ、金融やら投資という言葉からはほど遠い気もする。
「そこだ。財テクが流行ったおかげで投資は投機的な意味合いでばかり使われるが、投資の根本は再生産にある」
例えば、お米を田んぼで育てれば稲が出来る。
稲からはお米が取れるので、そのお米でまた稲をつくれる。
「
そこで登場したのは質への投資。社長がどこからか(秘書に持ってこさせた)タブレットを取り出すと、そこには何種類かの稲の写真。
「品種改良」
より多くの米をつける稲を。
より早く成長する、より害虫や疫病に強い稲を。
もちろん、これらの品種改良はそう簡単に行えるものではない。
何年もの観察、種籾の選別。気の遠くなるような人材と時間を文字通り米粒サイズの種籾に投じることで、いずれはより多くのお米が手に入るようになる。
「こうして投じられた資本は拡大再生産を繰り返し、日本中の胃袋を支えるまでになった」
まさに日本中に広がる田んぼがそれである。田んぼは巨大な食料生産工場であり、そこで稲を育てることは生産活動なのだと社長。
「さて、そして肝心なのはここからだ。今のお米を、どう思う?
「ふえ? ……えっと、おいしいです?」
質問が抽象的すぎる。疑問形になるのも無理はない。
「そうだな。おいしい。しかし私がしているのは炊いたご飯ではなく、このお米という『いきもの』の話だ」
成長し、米という
「コイツは、弱い」
生き物としてはな、と社長。
「まず発芽のタイミングを自分で決められない。米は水分さえあれば勝手に芽を出してしまう。それこそ、外が極寒の冬景色だろうとな」
「さらにコイツは根を地面に張らせることもままならない。なにせ田植えなんて面倒な作業をして、わざわざ地面に埋めなきゃならないくらいだからな*2」
「そして極めつけは最後、こいつには子孫を広める力がない。
どうしてこんなことになった?
社長の問いに対する答えは、至極簡単なものである。
「
保管中に勝手に発芽しない種籾を。
真っ直ぐ伸びて横の株をじゃましない素直な稲を。
そして勝手に逃げ出さず、
「わかるな、品種改良とはそういうことだ」
それはそのまま、次の言葉に置き換えられる。
「
本来、お米はなんにでもなれるはずだった。社長はそう言いながらパンを取り出す。
「これはグッドスプリング・パン工房(ヨイハル系列)の発売した米粉パン。私の故郷のブランド米を使用した、超高級路線の米粉パンだ」
もちろん結果は散々、全く売れなかった!
「投資家は、究極的には利益だけを求める。彼らは『良い』ものは求めていない。形式上よいものを作ろうという話になるのは、良いものの方が『儲かる』からだ」
しかしね、と社長。
「最初にお米を、食べることだって出来る食料を畑に蒔いたヒトは、儲けを出そうなんて考えていなかった筈だ。一年かけて大切に育てて、そして来年の食事を得るために」
しかし拡大再生産によって、いずれ稲作は来年の食事以上のお米を生み出すようになる。
「そうして『利益』という概念が生まれた。商品の価値を示す値札の『
つまり私の言いたいことはこうだ。
「お前ら全員、頼りすぎ」
「いいか、投資ってやつの根本は『育てること』だ。投資をうけるとは、育つことだ」
それは未来を信じて、良いものを作ろうっていう信念だ。
「保険引受、トレーニング施設の
支援を受けるのと頼るのは全く違うんだよと社長。
「
だがその不幸は、単に庭の天使たちが掃除してくれていただけなんだ。
「庭を出たキミは……これから、いやこれまで以上の不幸に見舞われるだろう。いつかキミは学園を卒業して、不幸だらけの世界に旅立たなきゃならない」
そのとき、キミはお米のままではいられないんだよと社長。
「投資を受けるのは、悪いことじゃない。しかし投資家の言いなりになっちゃダメだ」
「でも……ライスは、ダメな子だから……」
「いいんだ。1人でなにも出来なくても。投資を受ければいい」
「ちょっと待ってください社長。言ってることが矛盾してません?」
声を挙げたのはライスシャワーの
「矛盾? 世の中矛盾だらけだぞ? 肝要なのは、その矛盾たちにどう折り合いをつけるかだ」
自己資本率という言葉を知っているかな?
「これは会社の
ちなみにこれが高いと、やれ一族経営だのワンマン社長だのと揶揄される。つまり私のことだなと社長。
「しかしこれは大切なことだよお嬢さん。自分のことは、自分で決める。そのためにも自己資本率は高く保っていかないとな……もしくは」
それから社長は、ライスシャワーの担当トレーナーをじっと見た。
「キミの意思を尊重してくれる関係者を得る。いいか?
「…………」
ああ、そうなんだろうな。と、コンサルは思った。
きっと
ライスシャワーが本当に引退を望んでいるのか。彼女が競走生活、
夢を守る、夢に寄り添うといいながら。投資にとって一番大切な「未来」を見ていなかったのである。
「お嬢さん。キミは事業主で、投資家だ」
いや、人間は誰しも事業主で投資家なんだと社長は言う。
「キミは特別な
「……社長、そろそろ」
「おう。もう許可が出たのか。運輸省は相変わらずメジロに甘い」
秘書に耳打ちされ、社長はライスシャワーを見る。
「年寄りの講釈はこれでおわりにしよう。まずは喫緊の問題に対処だ」
喫緊の問題とは、もちろん例の加害予告投稿である。
「メジロ系の報道ヘリが来る。ホテルじゃなくて
「ライスシャワーさん、イヤマフ*3のフィッティングがありますので。こちらに」
「は、はいっ」
警備隊長に促され、席を立つライスシャワー。
会議室から出て行く直前、振り返って社長を見た。
「あっ、あの! 社長さん!」
ありがとう、ライス――――
「――――ほどほどでいいんだ。お嬢さん」
ライスシャワーが何を言おうとしているのか察したのだろう。少女の言葉を遮って社長は言う。
「私は空襲にも爆破テロにも遭ったが、どうにか生きてる」
そして生きていればな、なんとかなるもんだ。
その言葉を、ウマ娘の少女は分かったような、分からないような顔をして聞いていた。
「いつか分かる。まずは分かるまで、生きてみなさい」
「…………はい!」
会議室を出て行くライスシャワー。扉が閉まったのを見て、社長は
「トレーナーさんには言うまでもないとは思うが……お嬢さんは」
「『尊重』ですよね。もちろん、分かってますよ」
なら結構と社長は頷く。それから会議室にかけられた写真を見る。
そこには、青々とした草原を駆けるウマ娘の姿。
「……これまでも、ここからも。これは君たちの物語だ」
エンジェル
「ここで物語にピリオドを打ってもヨシ。だがもし続編が出るなら……」
そのときはぜひ印刷機と校閲班を貸し出させてくれ。
その言葉に、彼女は小さく頷いた。
「それじゃあ、失礼します。社長」
それを見届けて、社長は満足げに頷くのであった。
その三ヶ月後。
ライスシャワー陣営は、陽経新聞社賞オールカマーへの出走を表明。
ちいさな頑張り屋さんの物語は、まだ続いていく。