無人の砂浜。寄せては返す波。
運ばれて削られ、削られては運ばれ。
何度も何度も磨かれて、そのキャンバスは耀いている。
そこに、ひとつの蹄跡が現れる。
誰かが蹄鉄を踏み降ろしたのだろうか。しかし、ウマ娘の姿は見えない。
最初は、ほんの小さな一歩。
大写しになる写真。白黒の、陽の光に焼かれて茶色くなった写真。
トタンで作ったおもちゃ箱のような建物の前に、数人の男女が写されている。
この壮大な
静かな音楽が、流れはじめる。
一歩、また一歩。その一歩は、波に揺られて何度も消える。
打ち寄せる波に蹄跡が消される。
跡がいくつも産まれては消える。
しかし跡は前へと進んでいる。
どこかを目指して、ひたすら前へと。
その歩みに終わりはない。
いきついた先はゴールじゃない。
再び写真が映る。今度は代わる代わる、目にも留まらぬ速さで。
合わせるように蹄跡の歩みも早くなる。
音楽が見えないウマ娘を追いかける。
そしていつしか、あの歩みが世界を変える。
写真が流れる。カラー写真、画面下に小さく出る解説文が、彼らの
カメラは既に普通のやり方で跡を追うのを諦めた。
低空飛行で追うかのように、
でもそれを、私たちは知らない。
写真が写る。空を見上げる、時計を見る、画面を囲む、安全具を身につける。
様々な営みが画面を彩る。
いよいよ跡は追えなくなる。
音楽だけが追いつこうと、必死にテンポを上げていく。
道はいつでも、私たちの後ろに。
足跡が増える。鳥たちが飛びたつ。
雲が広がる。日が沈む。
電気が灯される。街が彩られる。
ハイテンポを極めた音楽が――――とまる。
音が聞こえる。
それは蹄鉄の音。地下バ道に鳴り響く。
そして――――――『彼女』が、暗がりから現れる。
闇に溶け込む漆黒。
朝焼けを待ちわびる濃紫。
そして、青い薔薇。
足音が増える。画面が切り替わる。
主要6社だけではない。パリッとアイロンのかけられたスーツ。使い込まれたヘルメット、多種多様な装いに、ひとつたりとも重なるものはない。
無数の足音が、彼女を歩みを支えている。
そして再び画面は戻る。
たったひとつの、力強い足音。
暗がりの中から、漆黒のステイヤーが姿を現す。
「私が思うに。君は義務感で走るウマ娘ばかりを見てきたんだろう」
京都レース場。詰めかける数万の大観衆。
目の前の紙吹雪をも巻き上げそうな熱気を背景に。スタンド最前列で社長は呟いた。
「実際、競走ウマ娘の過半がそうだろう。一族のため、血統を示すため……子供の数を決して多くは残せない
多産多死モデルが使えないからな、当然だろう。
「そして。レース興業はそうでない……つまり血に縛られない
トレセン学園の異様に高い学費、チームへの月謝、規則で義務化された競走保険への加入。
そしてそれらを補填しろと言わんばかりの、高額な賞金。
……危険な
「……君はやはり、レースを非生産的な産業だと思うかね?」
社長の問いかけに、コンサルは答えなかった。
答えられなかった、という方が正確かもしれない。
「経済という言葉には『世を救う』という意味があるそうだ」
入学金、学費、チームへの月謝、そして賞金。競走ウマ娘の経済はそんな小さなサイクルの話ではない。
レース場は多種多様な商店が詰める巨大な消費場。大衆が詰めかけ、両手いっぱいの夢を買うための
「夢をみる、熱をつくる
事実、競走ウマ娘が走るから何かが産まれるわけではない。
しかしレースを競走ウマ娘が走れば、そこには「何か」が産まれる。
「ま。本当のところを言わせてもらえれば、なにも産まれなくてもいいんだがな」
社長は笑う。その視線は、青々としたターフに立つ1人の少女に注がれていた。
「――――やはり、走るウマ娘は美しいものだ」
それは祝福だろうか。
それは希望だろうか。
彼女は英雄だろうか。
そんなことは、分からない。
「ワァアアアアアアア……!」
ただ目の前の風景から、それを想像することしか出来ない。
「ライスさんの目標完遂を確認。【ステータス】歓喜へ移行……やりましたね。ライスさん」
ミホノブルボンが言う。同期の栄光を祝福して。
「勝者の責任を果たしましたわね。ライスさん」
マックイーンが笑う。勝者を讃えるようにして。
「素晴らしい……これ以上の芸術は、この世に存在し得ないことでしょう……」
ライスシャワーは舞い散る虹色の紙吹雪を前にしばらく呆然としていたようだったが、やがて歓喜の声に応えるように、小さく手を振る。
勝利者だけに許されたウイニング・ラン。万の観衆が浴びせる祝福の雨の中を、ウィナーズ・サークルへと向かっていく。
「青いバラとは、少し前まで不可能の象徴だったそうだ」
かねてより様々な配合を試しても実現することのなかった色――――それが青いバラ。
長年の研究が実を結び、不可能を可能に。青いバラの誕生は21世紀を待たねばならない。
夢は叶うと、世界の常識を書き換えるのには実に数百年の積み重ねが必要であったということである。
「やったね! ライス!」
「うん……! お姉様、ありがとう。ありがとう……!」
ウィナーズ・サークルに飛び出した
バランスの崩れたコマのようにぐるんぐるんと回った
「……」
それを、コンサルは静かに見つめていた。
駆け抜けたことを、後悔しないように――――ライスシャワーの駆け抜けたターフは、こんなにも青々としている。
「よかった」
もう、それ以上に言うことはなかった。
「ほんとうに、よかった」
それだけで、彼にとっては十分であった。
そして、表彰式が執り行われる。
由緒正しき春の盾。
今度は刺客ではなく。正統なる強者としての
「では写真を撮ります」
一眼カメラを抱えたPがライスシャワーに声をかける。
身体からはみ出そうな盾を抱えた少女は、キョロキョロと辺りを見回した。
「……いた! 社長さん、
「ん? なんか呼ばれてるぞ?」
ライスシャワーと目があった社長が首を傾げる。
こっちに来てと漆黒の
「おじさんターフに入ってもいいのか!? 行くぞ!!!」
もう歳だろうに、急にハッスルしはじめた社長。柵を乗り越えようとするが脚が持ち上がらないので乗り越えられない。
「なにしてる。君もくるんだよ!」
「いや私は」
もちろんコンサルは固辞。
どうしてあの場に混ざれると? 単なる馬喰に過ぎない自分が?
「なに言ってるんだ、ターフは勝者のもの。そして勝者が来いと言っている!」
命令は絶対だぞと社長。なんだなんだと周りも騒がしくなる。
「隊長!」
「はい」
社長の号令に合わせて、ヨイハル警備保障東京支社第2警備小隊の隊長がコンサルを持ち上げる。人間がウマ娘に勝てるわけがない。
「いやちょ?!」
ひょいと跳躍、隊長の部下に抱えられた社長もターフへ。
「ははは! あー、本当に気持ちいいな!」
蒼い
「みんなありがとう。ライス、頑張れたよ……!」
笑顔のウマ娘が2人を迎える。ずいぶんと久しぶりに集まった逆張りシンジケートの面々が、この爽やかな空の下にいる。
もちろん、これで全てが終わったわけではない。
人生は続く。レースが終わり、競走生活が終わっても。
それでも今日は。
豊かに稔った小さな
栗毛の超特急と黒い刺客 〈完〉
「ようこそレースの本場、
夢に、国境はない――――――もちろん、金融にも。
「『ジャパンカップ』は日本レース界の『出島』だ」
「そこですら苦戦している我々が、どうして世界で勝てると思う?」
「それはジンクスですか?!」
――――巻き起こる国際化のムーブメント。
「ああッ! このたわけっ!! 貴様などたわけ呼びで十分だッ!」
「え”え”~! ボク先輩だよッ? 会長だよ! 無敵のテイオー様だぞぉ~!?」
――――新世代の台頭。
「問題はここだ、RKSTポイントは欧州水準の格付け評価となりうるか?」
「大臣! 『マル外』問題についてコメントを!」
「私は日本の子供たちを信じていますよ。ではこれで、失礼」
――――強いウマ娘づくり。
「欧州のレースは、言ってみれば
「
――――――国際水準。
匙を投げたくなるほどの、高い壁。
「ふっふっふ……。ニッポンの夜明けぜよぉ~!」
――――――誰?
「やはりネックになるのは、遠征費の捻出です」
どこへ行っても、紙きれの問題はついてまわる。
しかし夢は、どこからでも。いつからでも見られる。
†
「……では、あなたの夢は。ナリタブライアンさんに勝つこと?」
「ふふっ、まさか」
ブライアンちゃんはあくまで通過点。
私の夢は――――
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冬コミ原稿があるので更新はしばしお待ちください。
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