その『紙きれ』で救えますか?【完結】   作:帝都造営

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不屈の帝王と開花せし才能

 

 

 

 

 夏が迫っている。

 

 

 

 

 

 凱旋門賞に向けて密かに助走を始めたサクラローレルのことなど知らず、世間は宝塚記念で大盛り上がり。

 そしてメディアを彩るのは、皐月賞とダービーを勝ったウマ娘の記事や特番。彼女は前年の菊花賞ウマ娘ビワハヤヒデの妹であり、せっかちな一部の週刊誌は既に有馬記念の姉妹対決を論ずる始末。

 

 なにはともかく、世界を彩る話題には事欠かない。

 

 

 ――――――そんな中、労働省の「四方山(よもやま)競走信託事業移管タスクフォース」による競走保険移管事業は大詰めを迎えていた。

 

 

「こちら、写しとなります」

 

 

 分厚い冊子にまとめられた大量の書類。

 それを差し出したのは、今回の事業者側代表としてやってきた「ともしび競走保険コンサルタント」のコンサルである。

 

 

「……確かに受領しました。ご苦労様でした」

 

 

 そんな関係各所の分厚い冊子を受け取り、お辞儀をするのはウマ娘。学園側代表。

 高貴な色である紫をベースとしたトレセン学園の制服を着こなした鹿毛の彼女に、向けられるのはカメラのレンズ。

 

 パシャリパシャリと、フラッシュなしで写真が撮影される。綺麗な絵を撮るために設置された光源(ライト)が少しまぶしい。

 

 

 本来、競走保険の証書写し――――競走保険が有効であることを示す証――――は学園の事務担当に渡すものである。

 こんな風に取材陣を呼んで、しかも受け渡しの瞬間を撮影させる必要なんてどこにもない。

 しかし今回に限っては、大切なこと。

 なにせ「四方山(よもやま)」は保険仲介だけではなく引受も行う会社である。

 それが自主廃業……破産したとなれば、新たな保険引受人探しも必要なワケで。

 

 対処をひとつ誤ればレース興業が中止の憂き目にあう可能性すらあった。宝塚記念にだって影響が出るかも知れない。

 だからこそ、こうして期限までに全ての競走ウマ娘に保険を用意することが出来たことに、関係各所は胸をなで下ろしているのだが……なで下ろすだけでは終わらない。

 最後の総仕上げとして、世間への説明が残っている。

 

 それが今回のイベント。

 保険の事業移管は滞りなく終わり、全てのウマ娘が保険に守られて安心してレースに臨める……そんな環境が帰ってきたこと、レース界の不安が取り除かれたことを宣言するための儀式のようなもの。

 

 写しを受け取った生徒会長が事務服の女性――――理事長秘書のたづなさん――――に目配せ。彼女は小さく咳払いをして、写真を撮っていた記者たちの方を向いた、

 

「それでは、手短ではありますが記者質問の時間を設けます。各社1名ずつ――――……」

 

 

 

「はい。ご協力ありがとうございました」

「おつかれさまでーす」

 

 読白(よめじろ)陽経(サンけい)、有名なメディア各社の腕章を付けた記者たちがゾロゾロと退出していく。

 

 そして分厚い冊子を理事長秘書(たづなさん)に預けた鹿毛のウマ娘は、彼女が部屋を退出したのを見てからドッカリとソファに身を埋めた。

 少し巻かれ気味の白い流星が、座った勢いでぴょこんと揺れる。

 

 その生徒会長の名は、トウカイテイオー。

 

「はぁ~~~~! やあっとおわったぁ~!」

「ホイお疲れさん、我らがカイチョー様」

 

 ビンと両手両足を目一杯に伸ばす彼女に、肩を竦めて見せるのは同じくトレセン学園の制服を身につけたウマ娘。ポインセチアの彩りを放つメンコがチャームポイントの彼女は、その名前をナイスネイチャと言う。

 

「……いちおう、まだ部外者の馬喰(わたし)がいるんですがね」

「えぇーっ? いいじゃんコンサルはコンサルなんだし!」

 

 それより今日もお菓子持ってきたよね? と期待の眼差しを向けてくる鹿毛のウマ娘。

 

「ええ、まあ。持ってきていますが……」

「やったー!」

 

 彼女をこの学園で知らない者はいないだろう。

 

 なにせ彼女はこのトレセン学園における生徒の統率者にして守護者。

 学園中等部および高等部生徒会役員、その役席第一位である生徒会長。

 

 ――――の、はずなのだが。

 

 

「ほらほらぁ! はやくはやく! おかっし~おかっし~!」

 

 

 威厳の欠片もない。これが生徒会長の姿なのか?

 まぁまぁ、と笑ったのは脇に控えたナイスネイチャである。

 

「勘弁してやってくださいやバクローさん。もう羽を伸ばせる場所が生徒会室(ここ)しかないんだそーで」

 

 そう言うナイスネイチャ――――生徒会副会長の言葉に、コンサルはソファに埋もれた駄々っ子を見やる。

 

「あぁ……なるほど……」

 

 確かに、生徒会長となれば相応の威厳も求められるというもの。

 なにせ相手にするのは生徒だけではない。メディアに労働省、時にはレース場の関連団体や地方トレセンとの折衝、おっかない通産省の官僚を相手にしないといけない時もある。

 

「もう先輩方はほとんど卒業しちゃって、入学したて(あのころ)のヤンチャなテイオーを知るヒトも少ないですからねぇ……後輩の前でも気が抜けないワケですよ」

 

 

 なにせ世間にとって、彼女は〈不屈の帝王〉――――絶対を受け継ぎしウマ娘。

 

 

 カッコいい! 最強! ダンスを踊れば世界を魅了し、はちみー売上NO.1!

 そういったイメージばかりが世間に知られていることを思えば、確かに後輩たちに隙が見せられないのかもしれない。

 

「ふーん。ネイチャだって似たようなものじゃん! ボクみたいに生徒会室に入り浸ってるんだしさぁ~……『ネイチャ先生』を待ってる『生徒さん』たち、ほっといていいのぉ?」

 

 ニヤニヤと笑う生徒会長(トウカイテイオー)を見て、コンサルはしみじみと感慨にふけっていた。

 

 今や生徒会役員になった2人の競走ウマ娘。彼女たちとコンサルの付き合いは、オープンウマ娘に昇格した時に保険引受の仲介を請け負ったことに始まる。

 

 

 優駿たちの駆け抜けるトゥインクル・シリーズ。

 

 

 夢と情熱が集まり、喝采を浴びるべき舞台に身を置いた彼女たちは……残念ながら、怪我と無縁では居られなかった。

 

 そして皮肉なことに、その怪我こそが彼女たちと馬喰(コンサル)の絆になる。

 夢を守る最後の砦として現れる、競走保険の引受仲介人が。

 

 ……本当なら、馬喰なんて最初の契約の時に顔を合わせたキリになるべきなのだというのに。

 

 

「さて。では今後とも競走保険をよろしくお願いしますね。私はこれにて」

「はいはーい、社交辞令(いつもの)はいいからバクローさんも座ってくださいねぇ~」

 

 踵を返そうとしたコンサルに、素早く後ろに回り込んで肩を掴むナイスネイチャ。

 

「いやチカラ強いっ?!」

「アタシら、これでも現役なんですよねぇー」

 

 抵抗する間もなくソファに墜落させられたコンサル。トウカイテイオーは鼻歌混じりに菓子折の包みを開いていく。

 ……まあ実際、取材陣と一緒に退出していない時点で「そういうこと」ではあるのだが。

 

 

 結んだ絆はよくも悪くも両者の距離を詰めてしまう。

 今のコンサルは、単なる競走保険の仲介人というだけでなく――――彼女ら生徒会にとってのブレーン的立ち位置にあった。

 要は学外の視点から学園の問題に助言をする役割。言うは易しで行うは難し。そんなこと言うなら断ればいい話なのだが、コンサルは頼まれると断りにくいタチであった。

 

「とはいえ、なにかありましたか? 『四方山(よもやま)問題』もこれでひとまず決着ですし、直近の課題は解決したと思っていましたが」

「まーまー! コンサルもまずはお菓子を食べるがいいぞ~。太っ腹テイオー様の奢り! ありがたく食べるのだぞ~?」

「ソレ持ってきたのバクローさんだけどね」

 

 

 

 


 

 

 

 

「ボクらはさ。もう引退と卒業が見えてるんだよね」

 

 欧州から取り寄せたブランドものの紅茶。

 その香りをたっぷり楽しんでから口に含んだトウカイテイオーは、あくまで落ち着いた調子でそう繰り出した。

 

 引退と卒業。

 

 この競走生活を送ることに特化したトレセン学園において、その2つの言葉は殆ど同じ意味を持っている。

 中学部から競走生活を始めたならともかく、大半の生徒は競走生活を続けるために延長カリキュラムを取得……つまり事実上の留年をしている。故にトゥインクル・シリーズを引退するということは、そのまま学園を卒業することになるのである。

 もちろんドリームトロフィーに移籍すれば現役は続行できるが、その場合は形式だけでも大学部に進学するのが通例。つまり、学園の中核を占める高等部を卒業するのは殆ど既定路線である。

 

「つまり、今日バクローさんに相談したいのは、これからの生徒会をどうしようか。という話でして」

 

 お菓子を摘まむナイスネイチャの言葉に、コンサルは僅かに逡巡。

 

「私にこの話が振られるということは、単なる引き継ぎの話ではないような気がしますね」

 

 つまり、なにか問題が――――それも顧問の先生*1では解決できないような問題が――――あるということ。

 そうなんだよねぇと、トウカイテイオーは深く頷いた。

 

 

「『ナリタブライアン』は、間違いなく三冠の器だと思うんだ」

 

 

 それは、今年のクラシック戦線が始まる少し前からしきりに彼女が言っていたことの繰り返し。

 その時は単なる予言に過ぎなかったソレも、皐月賞と日本ダービーを終えた今では……世間においても確信めいたモノになっている。

 

「それでさ。その三冠ウマ娘が参加してない生徒会って、どう思う?」

 

 日本ウマ娘トレーニングセンター学園は、とにかく実力主義の場所である。

 要するに実力があれば並大抵のことは許されてしまう。空き教室を占拠しようが、校舎の壁に穴を開けようが、突然歌劇に演奏、漫才にゲリラライブを始めようが許される。

 

 その原則は、もちろん学園の象徴である生徒会にも適用される。

 現役の三冠ウマ娘が参加していない生徒会など、イチゴどころか生クリームすらないショートケーキのようなものであった。

 

「……その言い方ですと、勧誘できない理由が?」

 

 コンサルは慎重に言葉を選んだ。まずは三冠ウマ娘がいない生徒会がどんな意味を持つのかを考えるのではなく、あくまで三冠ウマ娘が生徒会に所属できない理由を考える。

 それでも少し表情を硬くしたトウカイテイオーに代わって、口を開いたのはナイスネイチャだった。

 

「モチロン、アタシらも勧誘はしましたよ?」

「つまり、断られたと」

 

 理由を伺っても? コンサルの言葉に、テイオーは肩を竦める。

 

「『走るのに関係ない』から、だって」

 

 まぁ~そうだよねぇとトウカイテイオー。

 

 実際、生徒会の仕事は学園の切り盛りであり、その内容は多岐に渡る。

 「全てのウマ娘に幸福を」との至上(スローガン)を掲げた初代統一生徒会長以来、学園生徒会は学園生の生活を向上させるためにあらゆる活動を行っているのだ。

 

 もちろんトレーニングコースの新設や維持整備も仕事には含まれるから、走りに無関係とまではいかないが……それでも、大半は走りに直接寄与するものではない。

 

 メディア掲載の記事を読む限り、ナリタブライアンはとにかく競走を求め、走りだけを見ているストイックな性格。

 豊かな生活が競走をより豊かにする――――なんて講釈を垂れても、おそらくはピンとこないことだろう。

 

 

 とはいえ、助言を求められている以上は解決策を探るのがコンサルの仕事である。

 まずは勧誘の実現性がどの程度あるのか、それを考えるべきだろう。

 

「ちなみに、トウカイテイオー会長はどのような経緯で就任したんでしたっけ?」

「えっと、ボクはね――――――」

 

 


「お前も会長にならないか?」

「なる!!!!」


 

 

「なるほど」

 

 思ったより参考にならないのが来た。

 しかしそこでめげるコンサルではない。

 

「それで、ナイスネイチャ副会長は?」

「んー……なんというか、流れで?」

「ながれで」

 

 というか、アタシなんかがココに居ていいのか分かんないのですケレドと言う彼女。

 感覚派の代名詞のようなトウカイテイオーである。特に理由を告げられずに指名されたのかも……なんなら指名すらされずに文字通り「流れ」で副会長になったのかもしれない。

 

「ね、わかったでしょ? ボクたち、ブライアンを誘う方法が思いつかないんだ!」

「堂々と言うことではないと思いますし、私はリクルートは専門外ですよ」

「でも、ヒマでしょ~?」

 

 暇ではない。

 一応これでも、コンサルの仕事は多岐に渡る。基本業務である競走保険の仲介の他にも、サクラローレルたちのような〈チーム〉への支援、今回の四方山(よもやま)競走信託みたいな特殊な案件だってある。

 

「……まぁ、余裕がないわけではありませんが」

 

 コンサルは頼まれると断りづらい性格(タチ)であった。実際、四方山の件が片付いた直後なので余裕がない訳でもない。

 あとついでに、1つ確認しておきたいこともあった。

 

「しかし。仮にナリタブライアンが三冠ウマ娘になったとしても、無理強いはよくないと思いますよ」

 

 本人の意思に反するのであれば、尚更のこと。

 

「うん。わかってる」

 

 もちろん、それが分からないトウカイテイオーではあるまい。

 彼女は聡明な子だ。

 

「だから菊花賞が終わったときにもう一度打診してみて、ダメなら役員か委員長の誰かに任せるつもり」

「そうですか」

 

 となると、余裕があれば他のウマ娘にも接触を図るのがいいかもしれない。そう頭の片隅にコンサルはメモを残す。

 

「ま! とりあえずボクらもこれから夏合宿で忙しくなるからさ、ちょっと考えておいてよ」

「ええ。考えをまとめておきましょう」

 

 そうして、いよいよ夏がやってくる。

 サクラローレル、そして同期のナリタブライアンにとっては、とても大切なクラシックの夏が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 その後、少し雑談をしてからコンサルは生徒会室を退出していった。

 生徒会室の扉が完全に閉まったのを確認して、トウカイテイオーは最後のお茶請けを頬張る。

 

 咀嚼して、それをたっぷり味わってから。一言。

 

「…………『カイチョー』だったら、やっぱり走りを餌にしたのかな」

()()って、テイオーったらクチ悪いぞー?」

 

 ティーセットを片付けていたナイスネイチャが茶化すように返すが、応接セットに座った生徒会長は落ち着いた視線を空になった皿に注いだまま。

 

「ううん。あのヒトならやるよ。理想(絶対)のためなら、なんだってやるんだ」

「……」

 

 そんな彼女。〈帝王〉の憂いげな横顔を見ながら、ネイチャは小さく息をつく。

 ――――かの〈皇帝〉の同期生たちも、こんな気持ちで彼女に仕えていたのだろうか。

 

「でもやっぱり、ボクには出来ないや」

 

 それは不可能可能という話ではなく、するしないという話。

 クラシック級の若駒を騙くらかすことなんて、帝王たる彼女にはチョチョイのチョイだろうに。

 

「ま。いいんじゃない? テイオーの好きなようにすればさ」

「うん」

 

 彼女の中で答えは決まっているのだろうか。

 それともまだ、くすぶる想いを殺しきれていないのだろうか。

 

 それを探るように、ネイチャは生徒会長の隣に腰を下ろす。

 まるでそれに応えるように、生徒会長の口から言葉が垂れる。

 

「超えたかったなぁ」

 

 超えたと思うけどな。

 

「なんにも、残せないのかなぁ」

 

 たくさん残したじゃん。

 伝説を、夢を、未来を。

 

 それとも。

 

 生徒会の権威とか、伝統とか。

 そんなちっぽけなモノまで全部守らないと、貴女は満足できないの?

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゴメン、こんなこと聞かせちゃって」

 

 生徒会長が身を預けてくるのを感じて、ネイチャは重くなっていく口を開いた。

 

「ねえ、生徒会長サン」

「うん」

「アタシ以外に『それ』言ったら、許さないからね?」

 

*1
学園生徒による高度な自治を実現しているトレセン学園においては、殆ど形式的なポジションである。

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