その『紙きれ』で救えますか?【完結】   作:帝都造営

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「安全は全てに優先される」

 

「おい、そこのお前。見ない顔だな」

 

 

 

 

 トレセン学園の夏合宿は、都会の喧噪から離れた場所で行われる。

 とはいえそこは避暑地のように休暇を過ごす場所ではない。灼熱の砂浜、急勾配の林間コース、アイドル御用達の崖。

 およそ人工物に囲まれ、安全を担保された都会では出会えないロケーションが揃っている。

 

 なぜこのような場所をわざわざ用意するのか?

 そこには、ウマ娘は厳しい自然の中でこそ成長するという通説が根底にある。なんでも野生時代の本能が目覚めるとかなんとか。

 

 しかしコンサルのような保険屋にとっては、夏合宿はとにかく危険がいっぱいのテーマパークである。テンションを上げている場合ではないのだ。

 注意一瞬怪我一生。「安全は全てに優先される(セーフティー・ファースト)」の精神が大切だ。

 

 ……そういうわけで、会場の点検を手伝っていたコンサルであったのだが。

 

 

「そこ。そのスーツのお前だ!」

「……私ですか?」

 

 どういうワケか、耳を引き絞ったウマ娘に詰問されてしまっていた。

 トレセン学園の学生服を着ているので、おそらく早入りした学園生だろう。

 

「そうだ。その見るからに怪しい格好はなんだ」

 

 怪しいと言われても、いつも通りのスーツ姿である。

 ビジネスマンが愛用して止まないスーツジャケットであるが、これは何もオフィスでネクタイをしめたり「バサァッ」っと肩に掛けていい感じの格好をするためのものではない。

 

 通気性は抜群、分厚い生地で直射日光をガード。いざとなれば身を守る防護服にだってなるし、次男なら耐えられない急な営業にもスーツがあれば耐えられる。まさに万能作業着なのである。

 ……もっとも、そんなことを不審者扱いしてくる相手に説明しても仕方がないので、コンサルは素直に名刺と合宿所への入所許可証を見せた。

 

「これは失礼しました。先日も白衣の不審者が現れたばかりなのもので……」

 

 申し訳なさそうに眉を下げるウマ娘。学生らしからぬ丁寧なアイシャドウが、表情にメリハリをつけている。

 

「いえ、見回りご苦労様です。生徒会の方ですか?」

 

 コンサルの問いに、肯定で返すウマ娘。見慣れない顔、化粧をしていなければ相応に幼そうな雰囲気。新入生だろうか。

 

「あ! いたいた! おーい、エアグルーヴ~!」

 

 そして遠くからやってくるのは、現生徒会長のトウカイテイオー。それを認めた化粧のウマ娘は直立不動の体勢に。

 腰から折り曲げて45度。教科書どおりの最敬礼。

 

「会長。お疲れ様です」

「……そんなに(かしこ)まらなくていいよ、エアグルーヴ。それよりキミ、ちゃんと水分補給しないとダメだよ? ハイこれ、スポドリね!」

「申し訳ありません」

 

 強ばった表情のままテイオーからスポーツドリンクの容器を受け取る化粧のウマ娘。

 どうやらエアグルーヴという名前らしい彼女は、目の前の「生徒会長」に恐縮しきってしまっているようであった。

 その様子を視て、少し微妙そうな表情をするテイオー。

 

「では、私はこれで。見回りが残っていますので」

 

 しかしそんな生徒会長の様子に気付くはずもなく、エアグルーヴはそそくさと逃げるように去って行ってしまった。

 

「う~ん。なんでなんだろう?」

 

 残された生徒会長は首を傾げる。

 

「ねぇコンサル。ボクってそんなに怖い?」

「生徒会長としての威厳がある、ということではないですか?」

 

 もっと踏み込んで言うなら、あの反応は肩書きや権威にひれ伏してしまっているように見えたが……。

 

「イゲン~? コンサル、それ本気で思ってるぅ?」

「……」

 

 別に、あり得ない話ではない。

 なにせ、このトレセン学園においてトウカイテイオーは圧倒的な「強者」である。そして生徒会長という肩書きが、彼女の強さに「お墨付き」を与えてしまっている。

 生徒会長はあくまで結果、彼女の実力を裏付けるものではないのだが……。

 

「統治者とは、常に孤独なものです」

「うぅん……そうかもね?」

 

 いかなる政治体制においても、かならず頂点は存在する。

 権力を極めた者に与えられるのは、いつだって孤独だ。

 

 孤独でなければ、それは権力を極めたとは言えない。

 

「でも。これじゃあ誰も生徒会長になりたがらないよねぇ」

 

 どこか遠くを見るようにして、トウカイテイオーが漏らす。

 これ以上は、真に彼女に親しい人物が助言をするべき。そう判断したコンサルは、わざとらしくジャケットの襟を正した。

 

「では。私はこれで。まだ安全管理体制のチェックが残ってますので」

 

 

 

 

 

「(孤独、という意味では。ナリタブライアンは今後、なるべくして生徒会長になるような気がする)」

 

 トウカイテイオーのもとを去ったコンサル。荒れた……それでも身体を傷つけるような鋭利なモノは極力取り除かれた山道を登りながら、彼は考える。

 

 レースにしか興味がない、と言ったらしいナリタブライアンの言葉は、おそらく本物なのであろう。少なくともメディア向けの発言とは矛盾していない。

 

 もちろん、単純に生徒会業務を嫌っているのであれば彼女は固辞するだろう。それで終わりだ。

 しかし学園の生徒会は実務を多くこなす都合上、多数の常任委員会が設置されている。つまり会長や役員クラスは究極的には何もしていなくても回るのである……もちろん、その固定業務のない(なにもしなくていい)状態でフットワークの軽くなった役員に求められることもあるので、本当に遊び放題というわけではないのだが。

 

「とはいえ……」

 

 空を見上げる。そこには青い空と白い雲。

 結局、これは「格」の話になってしまうのだろう。つまり伝統とか、しきたりとか、そういう話。

 

 既にナリタブライアンは皐月賞とダービーを制した。

 そして、ナリタブライアンは三冠の器だ。

 

 まるで周囲のウマ娘が弱いと思わせるほどの――――おかしな話ではあるが、ナリタブライアン世代が弱いと断ずる向きもある――――強さを誇示し、ある種の「絶対」をターフの上に顕現させている。

 

 

『ダービーには、出る必要があった』

『ローレルは最強を知らなくちゃならなかった』

 

 

 それをサクラローレルの担当トレーナーの口から言わせるほど……ナリタブライアンは、強い。

 そして、そんな彼女が生徒会に籍を置かなければ()()()()()()

 

 格とは、単なる箱ではない。

 およそ友好的に振る舞っているハズのテイオーがそれでも若駒には恐れられるように、格とはそれそのものが暴力である。

 

 ()()()()()。格は時にヒトの心を守ることになる。

 その絶対的さ故に。

 

 格はヒトにある種の安心感を与えてくれるのだ。

 もっとも、その安心感に固執しはじめると独裁者になってしまうのだが。

 

 

「……いざとなれば、その方向性をしめさないとな」

 

 

 心優しい現生徒会長(トウカイテイオー)は嫌がるだろうから、それこそコンサルの出番になるだろう。

 もちろん、ナリタブライアンに「生徒会長に収まることで安心出来る(そのような)状況」が来ないことを願うばかりではあるが。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 トレセン学園の夏合宿は、夏休みの殆どを費やして行われる超ビックイベント。

 お盆休みなどは挟みつつも、基本的には各種施設は常に開放されており、必要な生徒は個別の宿を取るなどして非公開トレーニングに励むことも出来る。

 

「で~す~か~らぁ~! ナリタブライアンさんの練習は、今日は公開されておりません!」

 

 詰めかけた報道陣、そして報道とは無関係そうな野次ウマ*1達。

 それらが押し寄せた合宿所の正門にて、緑色の事務員制服に身を包んだ学園秘書。駿川たづなが叫んでいる。

 

「公開されない、ということは。つまり今日現地入りするわけですね?」

「練習風景を撮らせろとは言いません。せめてひと目(ワンショット)だけでも!」

「「「せーのっ、ブライアンさま~!」」」

 

 しれっと裏取りを進める社名の入った腕章をつけた記者。フリーと思しき軽装ながらも充実した道具を揃えるカメラマン。唐突に横断幕を広げ始めるファン。

 まさに、熱狂。そう呼ぶべき光景がそこにはあった。

 

 

 そう。これは単なる二冠ウマ娘を迎える熱狂ではない。

 

 

 皐月賞とダービーを勝った状態で夏合宿を迎えるウマ娘という話であれば、これまでだって何人もいた。それこそ近年でいえばトウカイテイオーとミホノブルボンがそうだ。

 しかし彼らの視線は、生まれながらのスター性を持つ〈皇帝の子〉(トウカイテイオー)や、信念と努力の体現者である〈坂路の申し子〉(ミホノブルボン)に向けられるそれとは違う。

 

「ナリタブライアン、いいよね」

「うん。いい……なんか。『本物』を見ている感じで」

 

 言ってみれば、彼女は天然の強者なのだ。

 カリスマを持っていて当然のトウカイテイオーとも、積み上げられた強さを示すミホノブルボンとも異なる存在。

 

 それは自然に向けられる視線と似ている。

 例えるならば雄大に横たわる富士の山。

 下手すれば単なる背景と思ってしまうような。それでいて絶対的な存在。

 

 トゥインクル・シリーズの待ちわびた絶対的な強者。レースの盤面を最後に破壊し、観客を魅了して止まない無頼者(アウトロー)

 

 

「……ああ、そうだ。バスのカーテンを閉めさせろ。全部、両側もだ。そうそう、運転席後ろのカーテンも忘れるなよ」

 

 そしてその喧噪を見ながら携帯で連絡を飛ばしているのは、先日見かけた生徒会のウマ娘、エアグルーヴである。

 どうやら合宿所に到着するバスに、外からの視線を遮るカーテンを閉めるように指示しているらしい。

 

「ナリタブライアン、この夏でどこまで成長するか見物だな」

「はい、はい……えぇ、分かっております。なんとかコメントをもぎ取りますッ!」

「はいどうも~、画面前のあなた! おはこんにちわ穴ウマチャンネルでっす! 夏休み特別出張ライブのぉ~記念すべき第一弾! いま話題のあのウマ娘に――――」

「「「ブライアンさま~!!!」」」

 

 そうこうしているうちに、ヒトも熱も混沌も加速していく。そろそろ群衆が合宿所入り口前の空き地――――バスの転回用に用意された合宿所の敷地――――から車道にはみ出そうになって来た時点で、学園警備部の要員が学園秘書に耳打ち。

 

「……えぇ、そうですね――――はい! みなさん、ご注目ください!」

 

 パンパン、と手を叩いて。大きな声で彼女は合宿所中の敷地を一部開放すると宣言。なので規則通りに手荷物検査を受けて、係の指示に従って入るようにと説明していく。

 事故を防ぐためのやむを得ない処置、というヤツである。

 

 とはいえ警備部は準備もしていたようで、手荷物検査はスムーズに進んでいく。入所人数を管理するためのバッジを手渡し、群衆を整理していく。

 

「はーい、じゃあついてきて下さーい」

「バッジ持ってきましたっ」

 

 そしてこういう時に必要なのが、とにかく人手である。

 生徒会のメンバーたちが応援に駆けつけ、警備部の手伝いに加わる。

 

「結局こうなったか……やむを得ん、私も加勢するぞ」

 

 半ば頭を抱えるようにして。それでもキリッとした表情で群衆へと向かっていくエアグルーヴ。先日の見回りといい、今の振る舞いといい。基本的には責任感の強い子なのだろう。

 その様子を他人事のように――――実際、他人事ではあるのだが――――眺めていたコンサルは、ふと群衆の中に特異な動きを見つけた。

 

「おっと。あれは……」

 

 存外、こういう場所で周囲と異なる行動をしていると目立つものである。なにかを呟いたらしいその人物はカバンからカメラを取り出している様子。

 それだけなら良かったのだが……。

 

「ちょっと、失礼?」

 

 周りに対応する余裕はないだろう。コンサルはカバンから「あるもの」を取り出すと、その人物に向かって歩き出す。

 向こうは困惑した様子でコンサルをみた。

 

「えっと、なんです?」

 

 そりゃそうだろう。なにせいきなり長身の、それもこの片田舎では見ないようなスーツに身を固めた男がやってきたのである。怯えられても仕方がない。

 

「そのカメラ、ストロボ機能(フラッシュ)がついてますね。外すか、電源を切っていただけると幸いなのですが」

 

 コンサルとしては別に脅すつもりも警告するつもりもないので、柔らかく諭すように語りかける。トレセン生を相手にするときのようにわざわざ屈んだりはしないが。

 

「あっ、すみません。もしかして、ウマ娘さんって光に敏感だったりします?」

「ええ。一般的にはそうです」

 

 もしよろしければこれを。と、そう言いながらURA発行の観客向けハンドブックを手渡すコンサル。備えあれば憂いなしとは、まさにこの時のための言葉である。

 

「ご丁寧に、どうも」

「いえいえ。見学を楽しんでくださいね」

 

 お辞儀をして去って行く相手を見つつ、あのような新規ファンも合宿所に来ているのかと内心で驚くコンサル。

 なにはともあれ、そのようにして夏合宿は始まったのであった。

 

 

 

 

 

「…………」

「エアグルーヴさん。どうかしたの?」

「……いや。なんでもない」

*1
騒動が起きると、噂好きで足の速いウマ娘がまっさきに駆けつける様から生まれた慣用句。ウマ娘に限らず用いられる。







権威という暴力のお話。
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