その『紙きれ』で救えますか?【完結】   作:帝都造営

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サラブレッドは英国で生まれました。日本の発明品じゃありません。しばし遅れをとりましたが、いまや巻き返しの時です。
>一番気にいってるのは……
なんです?
>オッズだ……。

うわ(出遅れ)まって(序盤で進出)やめろぉ!


ウマとヒト、交わりし地にて

 

 

 

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ――――……」

 

 

 目の前に、肩で息をする男性がいる。

 

 サトノ家のプライベートジェットを降りたら目の前に待っていたのがこれなのだから、流石にこれはワケワカンナイヨーと言っても許されるだろう。

 

「え、ええと……おじさん、大丈夫……?」

 

 学園生徒を代表して語りかけるのはトウカイテイオー。

 

「み、水を……」

「ああうん、あげる、あげるから落ち着いて……!」

 

 水を飲ませ、しっかり深呼吸。

 そうしてどうにか生き返った(別に死んでいたワケではないが)彼は、額の汗を拭いながらこういったのである。

 

「わ、わたしは……――――」

 

 そこまで言ってから、彼は息を飲み込むように吸って直立不動の姿勢に。

 

 

「参事官です」

 

 

 なるほど。

 

「そっかぁ。……コホン。私はトウカイテイオー。日本ウマ娘トレーニングセンター学園の生徒会長です」

 

 気を取り直して、と言わんばかりにテイオーが返す。挨拶は大事、古事記にもそう書いてある*1

 

「えーと……それで、どうして参事官さんがここに……?」

 

 ここというのは、もちろん駐機場(エプロン)である。なにせ真後ろには乗ってきたプライベートジェットが待機している始末。

 確かに参事官とは現地合流ということになってはいたが、現地集合ってそういう意味ではないのでは?

 

 しかしその問いに参事官は答えもしない。代わりに猛スピードでこちらに向かってくる――――黒塗りの高級車。

 

「?」

 

 困惑するも、その困惑はすぐに別の困惑に取って代わる。

 なにせその高級車のボンネット脇には、白地に丸い赤。日章旗がはためていたのだから。

 

 

「???」

「あれって大使館の車……です、よね?」

 

 そして目の前に止まる高級車。さっと運転席から降りてこちら側に回ってくるのは、なんか胸や肩に色々ジャラジャラついている制服を着込んだ人物。

 それをみた参事官が、我が意を得たりとばかりにその人物を指し示す。

 

「こちらは駐在武官」

「防衛駐在官です」

 

 いまその紹介いる? と言わんばかりの眼で参事官を見た防衛駐在官だったが、丁寧にもこちらに敬礼をしてくれる。

 もちろん訪問団も答礼。文民(シビリアン)の敬礼は胸に手を当てて軽くお辞儀である。

 

 答礼を受け取った防衛駐在官が改めて高級車の扉に手を掛ける。

 その動きに合わせるようにして参事官は直利不動のまま、口を開いて……。

 

「そしてこちらが――――――」

「――――駐アイルランドおよびグレートブリテン連合王国日本大使。中央トレセンの皆様、ようこそ連合王国(United Kingdom)へ」

 

 ……そして、高級車から現れたフォーマルスーツの大使に口上を奪われてしまった。

 

 

「さて。残念だが自己紹介(こんな茶番)をしている場合でもない。申し訳ないが、さっそく皆さんには来てもらおう」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 どうしてこうなった。

 

 コンサルは頭の中の予定表と、手元の手帳に書き込まれた予定表を見比べる。

 ……うん、何度見ても一致している。完璧で隙のない、つまり非常に詰め込まれた予定表だ。

 

 そしてそれは、もはや跡形もなく吹き飛んでしまっている。

 

「状況が飲み込めないのは分かります。ですがこう考えてみて下さい、つまり……そう、予定がすこーし繰り上がっただけなんです」

 

 3両ほどの車両に分乗してどこかへ向かう訪問団ご一行。おかしい、今日の予定は時差ボケ対策で一日休養日。ホテルで1日休養……という体裁でダブリンの歴史的街並みを観光したり、日本大使館で開かれる夕食会に参加したりする予定だったのだが。

 

「いや、私はいいのですが。しかし、生徒達に負担がかかりませんか?」

「ええそれは、もう本当にそうなんですが」

 

 言い訳みたいな参事官の話を聞きながら、コンサルはウマ娘たちが別の車両で良かったと考えていた。

 労働省ウマ娘局、国際政策の担当として世界を飛び回る参事官は大変なのだろう。とはいえ、そこまで卑屈にならなくてもいいではないか。

 

「申し訳ない……私の力が至らないばかりに……」

「いったい、なにがあったんです?」

「えぇ……それが…………」

 

 

 


 

 ロンドン。ヒースロー空港にて。

 

 参事官は入国審査官にパスポートを提示した。欧州連合内では領域内の自由な往来が認められているが、彼はカナダのケベックから来ている。

 

『失礼。書類に不備があります。別室にお越し頂いても?』

はい(What)?」

 

 ところが突然のガシャン*2。別室に連行(ボッシュート)である。

 すわ入国拒否かと困り果てた参事官が別室に向かうと…………。

 

 

「あ、あなたは……!!!」

 

 


 

 

 

「なるほど」

 

 全然分からない。

 

「申し訳ありません。私の口からは、これ以上は申し上げられなく……」

「いえ。まあ……大変でしたね……」

 

 とかなんとか話しているうちに車列が減速。いつのまにか市街地を抜けていたようで、首都圏とは思えない豊かな自然が広がっている。

 

「そうだ、フォーマルスーツを用意してあります。今のうちに着替えて下さい」

「「ここでですか?!」」

 

 驚いたのはコンサルではなく、一緒に乗っているトレーナー2人である。

 

「ええ。なにせ我々は、これから――――――」

 

 

 

 

 ――――――王室主催の午餐会*3に参加するのですから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「日本トレセン学園の皆様。遠路はるばる、よくぞお越し下さいました」

 

 

 ひと目、相対しただけで分かった。

 

 

「長い旅でお疲れのことでしょう。本日は皆様のために、心よりのおもてなしを用意させて頂きました。どうぞごゆるりと、おくつろぎ下さい」

 

 

 一挙一動、言葉の子音と母音の滑らかな使いこなしに至るまで。

 彼女は、本物

 

「あ……ど、どうも。大変なお心遣いに、感謝いたします…………」

 

 これではトウカイテイオーすらも役者が足りない。彼女だって完璧なスピーチを、それこそ愛英両方の言葉で用意していただろうに。

 異国の地にて待ち受けていたのはまさかの日本語による歓待。相手に寄り添う、究極の「おもてなし」である。

 

「……ふふっ♪」

 

 そして見事に固まってしまった訪問団を前に、偉大なる連合旗(ユニオンジャック)に連なる少女は微笑んで。

 

「私ね、みなさんのような同い年の方に会うの。とっても楽しみにしてたの! 特に日本文化にはとっても興味があるんだ!」

 

 あとでみなさんの、オススメラーメン店さんを教えてね!

 そう揶揄(からか)うような茶目っ気をみせて……アイルランド王国第2王女にして愛英連合王室第8位。ファインモーション殿下の挨拶は終わったのであった。

 

 

 

 

「えぇっ? ハチミー? ハチミーってもしかして『次郎ハニー(JIRO Honey)』のこと!?」

 

 

 ――――――終わってなどいなかった!!!

 

 

「アレだよね? 『KATAME,KOIME』って唱える(スペルする)の!」

「わあっ、ファイン知ってるの?! うんうん。そうだよ~、ハチミーは『かため・こいめ』がいっちばん美味しいの!」

 

 どうやら日本文化に興味がある、というのは社交辞令でもなんでもないらしく。昼食会が始まった瞬間からファインモーション殿下はグイグイくる。

 そして対する生徒会長、トウカイテイオーのバイタリティも凄まじい。世界に冠たる愛英連合王室相手に1ミリも引けを取らないバイタリティを見せ、すでに「テイオー」「ファイン」と呼び合っている。

 

「これが〈帝王〉……」

 

 まさに日本のレース界を統べるウマ娘。生徒会長の格ということか。

 

 いや、コンサルも場に負けているワケにはいかない。なんのために代表が「機会」をくれたのかを思い出した彼は、さっそく会場へと飛び込んでいく。

 

 基本的に正餐*4が振る舞われることの多い夕食会とは異なり、昼食会は立食形式中心の……言うなればパーティみたいなものである。

 それも緩やかにお茶会――――つまり個別の会談――――へと繋がる、深くて長いイベントなのだ。

 

 となれば、コンサルのやるべきことはひとつ。

 なにせ連合王国は、国際金融の発祥の地でもあるのだから。

 

 

 

 

 

 ……はるか昔。そう、まだ木と布だけで作られた船で人々が海を行き来していた時代。

 

 かつての航海は、いまとは比べものにならないほど危険なものであった。

 帰ってこられないのは当たり前。遭難してしまえばどこに消えたかも分からない……もちろんスマホも、7G(メチャ速な次世代通信規格)も、気象衛星もない時代である。

 

 しかし人々は航海を求めた。なぜか? 香辛料が欲しかったのである。

 

 航海には夢がある。海の向こうにはゾウとかいうデッカい生き物もいるらしい。だが香辛料はいいぞ。最高だ。なんといっても食品を長持ちさせてくれる。

 なにせ冷蔵庫なんて存在しない時代の話である。香辛料はまさに黄金の粉末だった*5

 

 そういうワケで人々は航海を、交易を求めた。アジアへの陸路(シルクロード)では物足りない。海運による大規模輸送! 時代は大海運時代!!

 

 

 しかし最初に言ったとおり、当時の航海は危険まみれ。リスクの塊。

 そこに登場するのが……そう、保険である。

 

 世界最古の保険。世界最古の株式会社。

 今日世界を動かす金融の始まりは、ローマの如くすべて連合王国に繋がるといっても過言ではない*6

 そして現代においても海を統べる連合王国(ルール・ブリタニア)は健在。ロンドン、ニューヨーク、シンガポールに香港……ありとあらゆる世界的金融都市が、愛英連邦(コモンウェルス)の庇護下にある。

 

 そしてここで、コンサルは学ばねばならない。金融の本懐を。

 

 レースと金融の生まれた地で、それらがどう交わってきたのかを。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……すべて、仰せの通りにいたしました。殿下」

 

 同時刻。昼食会の開かれている宮殿の中にて。

 温室に招かれたその人物は、頭を垂れて膝をついていた。

 

 いや、招かれたというのは不適切だろうか。彼の背後に立つ黒服のウマ娘。彼女たちが注ぐ視線を見れば、その人物が到底招かれざる客であることが分かる。

 

「あぁ、うん。素晴らしい働きだった」

「で、では……!」

 

 顔を上げるその人物。

 それはなんと、ここまで訪問団と同行していた参事官であった。

 

「いや、だがまだ足りないな」

「!?」

 

 その顔が一瞬で青く染まる。染まったのではない、血の気が引いたのだ。

 

「これ以上……いったいなにをしろと……?」

「簡単なことだよ、キミ」

 

 『彼女』を連れてきてくれさえくれればいいんだ。

 

「私が出て行くと、どうしても目立ってしまうし……それに」

 

 

 愛しい姫君に、咎められてしまうかもしれないからね。

 

 

「わかり、ました……」

 

 ふらりと立ち上がる参事官。日本国労働省ウマ娘局の官僚として十六八重表菊と桐花紋に仕えるべき立場の彼が、どうしてこのようなことをしているのだろうか。

 

「なに、これも日愛友好のためさ。キミとて、悪い話じゃないだろう?」

「…………」

 

 息も出来ない、といった様子でゴクリと唾を飲み込む参事官。そんな彼に「殿下」は微笑んでみせる。それから黒服を一瞥。

 

「おい、アレをくれてやれ」

「はっ」

 

 その言葉を受けた黒服が、参事官に刺繍の入ったハンカチに包まれた何かを渡す。

 

「私の直筆だ。せいぜい大切にすることだな」

「!!!」

 

 衝撃に眼を見開く参事官、彼はプルプルと震えながら、そのハンカチに包まれた色紙をみやる。

 

「ほら、報酬の前払いをしてやったぞ? せいぜい励むことだな」

「は、ははぁ――――ッ!」

 

 弾かれたように飛んでいく参事官。その背中を見送る「殿下」。

 

 

 

ウォオオオォォォォォォォ!

 

 

 

 

殿下直筆のサイン色紙ィィィィィィ!

 

 

 

 

家宝にしますぜイヤッホォォォォォォォ!

 

 

 

 

「……ふむ」

 

 ニッポンの『ヲタク』というのは、やはりよく分からないものだな。「殿下」のお言葉に、同感ですと返す黒服。

 

「まあいい、アレでも私のファンなのだからな。大切にしなければ。それよりも今は……」

 

 残された「殿下」は、温室に咲く真っ赤な薔薇を剪定ばさみで摘んでいく。

 

「今日を、どれほど待ちわびたことか……ようやく会えるね。我が愛しの――――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ううっ? なんだ、急に寒気が……」

「? エアグルーヴちゃん? どうしたの?」

「いや、なんでもない。ただ……」

 

「失礼。エアグルーヴ殿。少々お伝えしたいことがありまして。その、可能ならあちらの方で……」

「む。参事官殿か……わかった、すぐに向かう」

 

 

 行き着く先は喜劇か悲劇か。

 しかしいずれにせよ、全ては運命の出会い(うまだっち)から始まるのである。

*1
ドーモ、参事官=サン。カイチョーです。

*2
ゲートが閉まる音

*3
昼食会のこと。

*4
フルコースのこと。

*5
香辛料は防腐目的ではなく、単なる嗜好品として輸入された説もある。いずれにせよ高値で取引されていたことは事実であろう。

*6
株式会社の祖はオランダの東インド会社と言われているので、過言どころか事実誤認である。




ごめん暴走した。

次回、じゃじゃウマならし?
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