その『紙きれ』で救えますか?   作:帝都造営

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女王の娘

 

 最初に「その異変」に気付いたのは、テイオーだった。

 

 

「あ、料理なくなっちゃったね? ボク、とってくるよ!」

「はーいっ♪」

 

 ぴょんとファインモーションの傍を離れて、料理を取りにやってくるテイオー。愛英貴族と歓談に励むコンサルの隣にやってきて、一言。

 

 

「ごめんコンサル、エアグルーヴが出てったきり戻ってない」

「……本当ですか?」

 

 慌てて会場を見回すコンサル。テイオーの言うとおり、確かにエアグルーヴの姿はなかった。

 

「どうします?」

「ボクは動けないや。悪いんだけれど、探してきてもらっていい?」

 

 料理を盛り付けながら、口だけ動かすトウカイテイオー。

 ……確かに、愛英王室に連なるファインモーション殿下を放置して部下を探しに行くわけにはいかないだろう。それにテイオーは表敬訪問団を率いる生徒会長。この場における主賓である。

 

「分かりました。すぐに探してきます」

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「ええいっ、なんなのだ貴様らは……!」

「はっはっは。どこへ行こうというのかね」

 

 

 幸い、昼食会の最中であったから目撃情報はすぐにあがった。

 サクラローレルとサトノダイヤモンドから話を聞いたコンサルは、かつて習ったウマ娘にも対応できると言われる護身術を使って参事官をとっちめ、彼がエアグルーヴを案内したという温室にやってきた。

 

 それにしても豪華な温室である。南方由来の花々がたくさん咲いている。エアグルーヴはいったい何処に……?

 

 

「――――動くな」

 

 次の瞬間、コンサルの背後には黒服が。

 しかしコンサルは保険屋である。かつて保険屋といえば満州の荒野で村々を守ったウマ娘たちのことであった*1。その名を受け継ぐコンサルが、まさか黒服程度に劣るわけがない*2

 交錯したのは一瞬、コンサルは身を翻し手刀を鋭く振るう。もちろん弾かれるが、黒服が拘束にかかるより前にコンサルは背後に跳躍。

 

『……驚きました。これが紳士の国のやり口ですか?』

 

 心臓が跳ね上がる。革靴が温室のコンクリートをこする――――いったい何が起きている? 参事官がなにかをやらかしたのは分かっている。しかし彼がやったのはエアグルーヴを温室(ここ)に誘導するところまで。

 状況を把握するためにも目の前の黒服を見やる。戦闘服としてのスーツに身を固めた彼女はウマ娘。「軍バ」と恐れられる職業軍人ウマ娘である。

 胸のピンバッジはどうやら何かの紋章。こんな場所に堂々と出入りできる家紋持ちとなると、連合王室に連なる貴族の私兵? いやしかし、ならばなぜコンサルを襲う必要が?

 

『あなたには関係のないこと、ここは関係者立ち入り禁止です』

『ですが、私の関係者(エアグルーヴ)がここにきている』

 

 相手はあくまで穏便な処理を望んでいるのだろう。本気で来られていたらコンサルはとっくの昔に黄泉の国。ヒトがウマ娘に勝てるわけがない。

 

『呼吸が乱れていますね。怖いのですか?』

「……」

『当然です。元グリーンベレー*3の私に、勝てるモノですか』

 

 まるで挑発するように構えを取る黒服。軍バ、それも特殊部隊出身を相手にしては、単なる一般人に過ぎないコンサルにどうこうできるものではない。

 ならば逃げるのか? 将来ある子供を残して?

 

「私は、なすべきことを」

 

 そうですよね、代表。と心の中で語りかけ、重心を落とすコンサル。

 ――――誘うのは大ぶりの一撃。テイオーたちに異変を報せるには、ここで少しでも騒ぎ立てること。コンサルはそうして最初の一歩を踏み出そうとして。

 

 

 

 

 

「ほぅ? なかなか骨のある従者(ボーイ)がきたじゃないか」

 

 その動きに移る前に別の声に遮られた。慣れた日本語。流暢なそれ。

 

「おや。日本語を繰るのがそこまで意外かね? もちろん遍く言葉とはいかないが、G7構成国*4の言葉くらいは教養として身につけているものさ」

 

 温室のコンクリートを打つ足音。コンサルが振り返れば、そこには音もなく現れた黒服達。ざっと10人は超えている。いつの間に。

 

「! ……エアグルーヴさん!」

 

 その最中に、探していたトレセン学園の制服姿。若駒らしからぬアイシャドウを施し、毅然とした表情をどうにか保っている彼女。

 そしてそんなエアグルーヴを脇に立たせるのはウマ娘。いかにも貴族趣味といった風のマントを羽織った、秀麗と評さずにはいられないウマ娘の姿があった。

 

「あなたは」

 

 コンサルは一瞬躊躇した、が。ここは頭を垂れるべきと判断せざるを得ない。

 

 勝利条件(ルール)によっては、ヒトはウマ娘に勝てるかも知れないが。

 ヒトとウマの間に築かれる社会に生きる者達。即ち人間にはどうしても勝てない者がある。

 

「……ご無礼をお許し下さい。王女殿下」

 

 それは権力。かなしいかな、権威である。

 コンサルの目の前にいるのは、アイルランド王国第1王女にして連合王室第3位。この場には居ないはずのファインモーション殿下の姉であった。

 

 ――――……参事官のヤツ、彼女に屈したというわけか。

 

 

「安心したまえ。彼女は私の招待客だ。美しい薔薇を、ぜひ観賞してもらいたくてね?」

「…………そうなのですか?」

 

 まさか、そんな訳があるまい。コンサルは視線をエアグルーヴへと注ぐが、どうしてか彼女は首肯してみせる。

 

「……あぁ、間違いない。だから貴様は気にせず――――」

「私は、トウカイテイオー生徒会長の命で貴女を()()()()ように言われています。会場に戻りましょう。エアグルーヴさん」

 

 実際には、探してきてほしいとしか言われてないが。

 今の彼女には「もう既に迷惑がかかっている」と伝える方が早いだろう。

 

 ――――彼女の気持ちは、コンサルも多少なりと理解しているつもりだ。

 

「いや。しかし……」

 

 逡巡してみせたエアグルーヴ。一方の王女殿下の反応はあっさりとしていた。

 

「なるほど。主賓どのの命となればやむを得まい。麗しきお嬢さん、お茶会はまた後日ということで」

 

 後日、と。含みのある言い方をしつつもエアグルーヴから離れる素振りを見せる王女殿下。黒服達は音もなく動き、帰り道を示すように温室に道を作る。

 困惑しながらも帰路につこうとしたエアグルーヴ。

 

「あぁそうだ。お嬢さん」

「ッ? まだあるのか……っ!?」

 

 身構えたエアグルーヴに対して、するりと膝をつく王女殿下。流れるような手つきで嵌めていた白手袋を外すと、そっと両手で彼女に握らせる。

 

「これを渡しておこう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その夜。日本大使館。

 夕食会という名の反省会にて。

 

 

「――――――なんてことを」

 

 コップを落としたのは防衛駐在官である。コップが床に落ちる前にサトノ家のメイドが見事にキャッチ。

 それを完全にスルーして、防衛駐在官は手袋を受け取ったんですね? と問いかける。

 

 その問いかけの先にはエアグルーヴ。手には王女殿下より受け取った白手袋。

 それをギュッと握り、エアグルーヴは防衛駐在官を見返した。

 

「そうだ。受け取った」

「意味をご存じで?」

「無論だ」

 

 断言する彼女。毅然とした態度。

 防衛駐在官はため息を吐いて「走る国際問題めぇ……」と呻きながら別室に消えていく。

 

「ええと、いまいち状況が飲み込めないんだけれど?」

 

 困ったように口を開いたのはサトノダイヤモンドのトレーナーである。彼はいきなり欧州に連れてこられたこともあり、そういった文化を知らない。

 これはですね! と得意満面に指を立てたのはサトノダイヤモンドである。

 

「ウマ娘社交界の伝統、決闘(マッチ)レースの申し込みです!」

「まっちれーす……?」

 

 なんのことやら、という様子のダイヤトレ。はい! とサトノダイヤモンドは元気よく応じる。

 

「ヨーロッパで盛んに行われた一対一のレースで、ウマ娘たちが自らの名誉のために行ったものです。特に王侯貴族に連なるウマ娘が出走する決闘(マッチ)レースは領民達にも人気で、近代レースの基礎になったとも言われているんですよ!」

「へ、へぇ……ダイヤは詳しいんだね」

 

 知らなかった、そんなの……といった反応を返すダイヤトレ。えへへとサトノダイヤモンド。メイドは「でも幸せならオッケーです」の顔。

 

「で、そのマッチレースをエアグルーヴが挑まれたの?」

「私が挑んだのだ」

 

 ダイヤトレの言葉を遮るようにエアグルーヴ。

 そう、決闘の合図として知られる白手袋は「投げつけるもの」である。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

「これを渡しておこう」

 

 そう言って、なにやら意味ありげな白手袋を渡した王女殿下は微笑む。

 

「では気をつけて帰りたまえ。お嬢さん」

 

 そうして見送るかにみえた王女殿下は、ああ、忘れるなよ? と付け足す。

 

「私も気が長いわけではない。返事は早めに返して貰えると助かる」

「……私の意思は、さきほど伝えた筈だ」

「断るのか?」

 

 もちろん。断るならそれでもよい、と王女殿下。

 どうやら、彼女はエアグルーヴに何かの誘いを持ちかけていたらしい。

 

「そのときは、まあ。精々日本の樫の女王(オークスウマ娘)もその程度だということだがな」

「……なに?」

「エアグルーヴさん」

 

 コンサルは止めに入るが、それは一瞬だけ遅かった。王女殿下の言葉が続く。

 

「『借り物』だということだよ」

 

 ダービー、オークス。クラシックの頂点を決める諸レースは全てイングランド(我が連合王国)にて始まった。日本のレース界(トゥインクル・シリーズ)がそれらにあやかったのは、自明の歴史ではないか。

 その言葉に、エアグルーヴが食いつく。

 

「借り物だと? よしんば借り物であるとして、我らは我らの歴史(レース史)を築いてきた……それを貴様は……」

「歴史? 歴史を見るには今を見れば良い。日本のオークス、その流れを汲むお嬢さんを見れば分かる」

 

 その言葉に、エアグルーヴは王女殿下を睨む。

 鋭く息を吐き、耳を後ろに立て。逆立つように尻尾を揺らす。

 

「貴様……、母を愚弄する気か?」

「おお怖い。おこるなおこるな」

 

 まったく怖がる様子もなく王女殿下は肩を竦める。

 

「違うだろう? お嬢さん、ウマ娘ならば。ほら、その手元を見てみたまえ」

「エアグルーヴさん。ダメです」

 

 コンサルは止めるが、エアグルーヴはギリと歯を食いしばって耳を貸す様子もない。

 あまりに露骨な挑発……若駒(エアグルーヴ)に対しては、非常に効果的な血統に対する愚弄。

 

 そして「わざと」渡したに違いない。白手袋。

 彼女がなにを狙っているのかは、明らかであった。

 

「エアグルーヴさん、乗ってはいけません」

「貴様、今の言葉。取り消すならば今のうちだぞ……!」

「エアグルーヴさん!」

 

 

 しかしもう遅い。

 エアグルーヴは渡された白手袋を投げつける。パァンと良い音を立てて、それは見事に王女殿下の顔面に命中した。

 

「ふん。そうだ、そうこなくてはな。お嬢さん?」

 

 

 

 

「ダイナカールの仔、エアグルーヴはここに名誉のための決闘を宣言する……我が母を誹った貴様に――――日本のウマ娘がいかに強いかを思い知らせてやるわっ!」

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

「ようは安っすい挑発に乗ったと。お子様はこれだから困る」

「なんだとッ!?」

 

 大使館の調度品である革張りのソファに腰掛けたシリウスが一蹴。沸騰したエアグルーヴが食ってかかるが、彼女はちらりと視線をやっただけだった。

 

「事実を言っただけだろ。それにお前、勝つ見込みあるのかよ?」

 

 向こうは連合王国の誇る良血、しかもデビュー済みだぞと。そう言い放つシリウスに言葉を詰まらせるエアグルーヴ。

 

「ケンカするにも相手は選べ。それにお前、負けたらどうするつもりだ?」

 

 愛英人のことだ。どうせなんか吹っかけて来たんだろとシリウス。それはコンサルも気にしていた点であった。

 王女殿下はエアグルーヴになにかを持ちかけていたように見える。それは一体……?

 

「……連合王国に残らないか、と」

 

 つまり留学に誘われたと。そういうことだろうか。

 

「『日本よりも素晴らしい樫の女王にならないか』と」

「――――――おいおい、マジかよ」

 

 額に手を添えるようにして天井を仰ぐシリウス。彼女が頭を抱えているのは二重の意味に違いない。

 ひとつに、既に日本のトレセンに在籍しているウマ娘を留学させようと(ヘッドハンティング)していること。

 もうひとつは、堂々と英国のオークス競走(イングランドのクラシックレース)を走らせようとしていること。

 

 なるほど防衛駐在官が「走る国際問題」と漏らすわけである。

 

 

「無論、私は断った。私が証明するべきは母の歩んだ路(日本ティアラ3冠)であり、愛英には縁もゆかりもないわけだからな」

「で、辞意を伝えた途端に挑発された、と。なんで流さなかったんだよ。面倒くせえ」

「これは譲れないものだ!」

 

 ハッキリと、意思を持って言い放つエアグルーヴ。

 そこには、夏合宿や今日までに見せていたある種の卑屈さはない。

 

「私の身体には、母の走りと、一族の歴史が流れている……」

 

 それはきっと、彼女が化粧を施す理由。

 それはきっと、彼女が若駒ながらに生徒会を志した理由。

 

「それを愚弄するなど、相手が誰であろうと許すわけにはいかないのだ……!」

 

 

 

 

「それでさ」

 

 彼女の怒りを遮るでも、煽るでもなく。

 

「エアグルーヴは、どうしたいの?」

 

 生徒会長(トウカイテイオー)は、静かに口を開く。

 エアグルーヴは、当然の答えを放つ――――ウマ娘ならば、当然の答えを。

 

 

 

「やるからには、勝ちます」

 

 

*1
ここでいう「保険屋」は馬賊の一種。

*2
そんなことはない。

*3
敵国内の反乱分子に戦闘教育を行い、自国の戦力として育成、作戦を実施する任を帯びた特殊部隊。所属隊員は優れた戦闘技能を持ち、高度な語学教育を施されている。

*4
Group of Seven。主要7カ国。


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