そして迎えた
さすがに私闘に公共のレース場を借りるわけにもいかず(日程的な問題もある)、決闘はダブリン郊外にある陸軍駐屯地の
「――――――
「どうしたんですか急に」
訳の分からない語りを始めた防衛駐在官に困惑するコンサル。
「愛英連合王国陸軍。連合王国に連なる諸侯が持ち寄った連隊により構成される軍隊であり、
無論、現代では形式的なモノでありますがと補足する防衛駐在官。だからなんの話だと困り果てるコンサル。
「分かりませんか? 欧州でのウマ娘は未だに
古来より、ウマ娘とは権威の象徴であった。
ウマ娘は誰よりも勇敢な探検家であり、冒険家であり、そして勇猛な陸の覇者であった。
古代モンゴルに出現せし大帝国。
そしてそれは、この
首都官衙の警邏を担う連合王国の精鋭連隊――――その制服に身を包んだ少女がふわりとサーベルを振るう。
「決闘立会人を務めさせて頂きますのはこの私――――――名誉連隊長のファインモーションでございます」
「ええーっ!? ファインって軍人さんだったのぉ?!」
「あはは♪ 名誉連隊長だから軍人ではないかな。でも、結構カッコいいでしょ?」
思いっきり驚いた様子を見せるトウカイテイオーに、楽しげにサーベルを仕舞うファインモーション殿下。サーベルはいわゆる模造刀で、殺傷能力はないとのこと。
「ははは、やはり悪だくみはするものではないな。こうもあっさりバレてしまうとは」
「もうお姉様ったら! 国のお客様に失礼なことをしてはいけないんですよ! ちゃんと反省していただきますからね?」
叱っているのか
にこやかに笑ってはいるものの、彼女らがこの
「おっと。すまなかったな、つい昔を懐かしんでしまったよ」
準備は出来たかね? そう問いかける王女殿下が視線を注ぐのは――――目の前のコースでシューズの確認をするエアグルーヴ。
「なるべく日本のコース環境に近くなるよう、決闘はダートコースで行うこととします。……エアグルーヴさん、ごめんね? あとで必ず、姉の言葉は撤回させますから」
「お止めください、ファインモーション王女殿下。一族の名誉は、自らの手で守るモノです」
あくまで頑とした態度を取るエアグルーヴ。
ウマ娘、特に競走選手として活躍するようなウマ娘や名家の令嬢は、とかく己の身体を形作る血脈、血統を重視する。トウカイテイオーは訪問団にエアグルーヴを選抜した理由のひとつに「家格」を挙げていたが、彼女もまたそういった血統を重んじているのだろう――――ゆえに、彼女は挑発に乗せられてしまった。
とはいえ
夢が大事であるように、先祖を敬うことは……ひとつの
「それでは、両者前に」
立会人となるファインモーション王女殿下を前に並ぶ2人のウマ娘。
「
着々と進められていく
レースは回数無制限のヒートレース。何度も同じ条件で競走を行い、脱落を宣言した方が敗者となる。
いわゆる「格付け」がつくまで無限にレースを行うという、まさに名誉を賭けた戦いである。
「つまり800メートルのダート走を複数回行って、先に音を上げた方が勝ち。ということですね」
「大丈夫でしょうか? エアグルーヴにダート適性はない筈では?」
「いや、これは日本のダートコースが特異なんだ……日本のダートは非常にクッション性のある設計になっている。だから日本では芝コースの方が反発性が高いだろ? 一方で……」
ああだこうだと論を交わすのはトレーナー&メイド陣。競走ウマ娘を育成する国家資格を与えられているだけあり、レースとなれば興奮せずには居られないのが彼らである。
となれば当然、どちらが勝つかという話になるわけで。
「王女殿下でしょう」
「王女殿下ですよねぇ」
「……そうだね、エアグルーヴでは厳しい」
サトノ勢(トレーナー&メイド)がほぼ断言。ローレルのトレーナーは渋々同意といった所だろうか。そもそもがデビューしたてとはいえ現役の
勝負になるわけがない、というのはトレーナーとして当然の判断。
「ですが、それでも。応援しない理由にはなりませんよね!」
「そうです! エアグルーヴせんぱーいっ!
それでも仲間を応援するのが学生たちである。コースに手を振るサクラローレルとサトノダイヤモンドを見て、少し強ばった頷きを返すエアグルーヴ。
「コンサルはどう思う?」
そんな様子を俯瞰しながら、さっと横にやってきたのはトウカイテイオーである。
「一度だけ、彼女にも
静かに返したコンサル。彼の顔を覗いて、ふぅん? と口角を上げるテイオー。
「じゃあなにか、エアグルーヴに策を授けたんだ?」
「……まことに遺憾ですが」
止めざるを得なかったのですと、コンサルは苦しい顔で先日のことを振り返る。
「このタイミングでの自主トレは逆効果ですよ」
予想通りであった。
日本大使館の裏庭にて、自主トレーニングを行おうとするエアグルーヴにコンサルは声をかける。
「それにそのトレーニング機器はなんですか。急ごしらえにもほどがあります」
自重トレーニングならどこでも出来るだろうに、よりにもよって彼女が持ち上げようとしていたのは金庫である。持ちにくいし、滑って落としたらどうするつもりなのか。
「……お前には関係のないことだ」
「そうでしょうか」
コンサルの言葉に、エアグルーヴは金庫を地面に置いた。しかし手は離そうとしない。
自主トレを止めるつもりはない、という彼女なりの宣言なのだろう。
「お前に何が分かる。お前は学園のトレーナーではないだろう?」
「ですが馬喰です。競走ウマ娘が『駄目になる』瞬間には詳しいですよ」
それこそ。どれだけのウマ娘が自主トレで身体を壊してきたか。
瞬間的な負荷であるレースと違って、トレーニングは継続的な負荷である。長い時間をかけて蓄積された負荷が、いつしか致命傷に至るというのは数え切れないほど転がっている話。
そして、あまりに普遍的な悲劇であるが故に。その悲劇は見逃されがちだ。
「専門家であるトレーナーが付きっ切りで指導したとしても、怪我のリスクをなくすことはできません。まして専属であればあるほどに、担当の夢を叶えようと無理をさせがちなのがトレーナーです」
夢を叶えるためには、全てを投げ打つべきである。
口で諳んじるだけなら簡単な
「ダービーで壊れる、三冠で、天皇賞で燃え尽きる。よくある話です」
そのよくある話で終わりたいですかと問えば、エアグルーヴはコンサルを睨んだ。
「もう一度聞くぞ、お前になにが分かる」
「あなたのリスクが分かります。そのリスクを軽減・分散するのが
「軽減? 分散?」
笑わせるなと彼女。事情を知っている者なら誰でもするであろう、当然の反応。
「軽減したところでどうなる? そこにリスクがあるのは変わりないだろう」
「そうですよ」
「分散してどうなる。お前らのいう分散は損失の補填であって、損失そのものをなくすわけではないだろう」
「ええ、仰るとおりです」
だからこそ、馬喰はウマ娘の夢を叶えないのだ。
そういう理屈で、馬喰という「利益のためにウマ娘を守る」職業は成り立っている。
ゆえに馬喰は憎まれ役になることを躊躇わない。
「では、
「…………なんだと?」
その言葉でようやく、エアグルーヴは金庫から手を放す。
「私はトレーナーではありません。ですから
悲劇とは。無垢な願いから生み出されるものである。
ミホノブルボンに三冠を獲って欲しかったからこそ、ライスシャワーに非難の声が向いたように……例えそれがどこかで悪意に変貌するとしても、最初にあったのは単純な願いであったはずなのだ。
「馬喰風情がよく語る。ならお前は、私にこのまま、おめおめ負けろと言うんだな?」
「そうです」
「ふざけるなッ!」
ふざけてなどいるものか。
負ける
「それでも、汚名はいつでも拭えるのです。エアグルーヴさん」
胸ぐらを掴まんと距離を詰める彼女に、一歩たりと退かずに答えるコンサル。
「あなたが血統を証明するのに、遅いも早いもありません」
「だが……ッ!」
向こうも退く気はないのだろう……それでも、言葉が止まる。
「
これが、彼女の本音。
彼女は自身の血統を疑っていない。しかし冷静な本能のいち側面が、強者たちに勝つことが出来ないと告げている――――彼女が
だがそれは、あくまでも今この瞬間の話。
だから自主トレーニングを止められない。自らの
「……それで、お前は。そんなことを私に言いに来たのか?」
「まさか」
さて。
ここからは少しばかり賭けになるが、まあ。分の悪いモノではあるまい。
「馬喰の『悪知恵』に耳を貸す気はありませんか?」
「……悪知恵、ねぇ?」
「大人の知恵は、全て悪知恵です」
断言するコンサルに、生徒会長も思うところはあるのだろう。それ以上はなにも言わずに
ダート約800メートル。競走ウマ娘法にて定められるレース興業の最低距離が600メートルであることを考えれば、超短距離のレース。
それでも、デビュー前の若駒には過酷な距離。
「ま、コンサルの悪知恵なら大丈夫でしょ。任せるよ」
「……その信頼は、重いですよ。生徒会長殿」
「うん。知ってる」
それに、エアグルーヴなら間違えないよ。たぶんね。
「なるほど」
生徒会長は、むしろ