さて。どうにか王女殿下との決闘を乗り越えた訪問団であるが……もちろん、これでめでたしめでたし、ハイ帰国という訳にはいかない。
なにせ表敬訪問である。愛英連合王国は訪問場所が多いことと王室関連の予定もあったため――――もちろん、その予定は殆ど全て組み直しとなっている――――比較的スケジュールに余裕があったものの、そこから先は大忙し。
なにせ欧州の格付けパートⅠ国は愛英、ドイツ、フランスである。これを一挙に回ろうというのだから、もう大変。
地図で見ると隣り合った国同士に見えるが、仮にも欧州の列強諸国。どの国も大変に広いし、歴史があるだけに訪問先も非常に多いのである。
移動、訪問、会食、移動、宿泊、会食、訪問、観光、会食、訪問、訪問、努力、未来――――A beautiful star
現地の日本大使館の支援を受けつつ、どうにかこうにか行程を消費していく訪問団。
場慣れしているトウカイテイオーやサトノダイヤモンドすらも会食疲れを見せ始めた頃――――ついに一行は、フランス・パリへと辿り着いた。
「さぁ! トレーナーさん、ようやくパリですよ!」
大陸鉄道を降りて、さっそく声をあげたのはサトノダイヤモンドである。
……そういえば、彼女のトレーナーは「パリのお菓子特集」を見ていたら突然ここに連れてこられた。とか言っていたな。目的地に着くまでに回り道しすぎな気もするが……。
「テイオーさん。私たち、遊びに行ってきてもいいですか?」
「うん。凱旋門賞までには帰ってくるんだよぉー」
「もちろんです!」
もちろんトウカイテイオーは即答。サトノダイヤモンドは殆どトレーナーと欧州旅行していただけのようなモノだし、当然と言えば当然である。
「さぁいきますよトレーナーさん」
「えちょ」
「さぁ! さぁさあ!」
「あっ、なら私たちも。お父さんに挨拶してきていいですか?」
トレーナーを連れ去ったサトノダイヤモンド(&メイドさん)を横目に、サクラローレルがそうテイオーに聞く。
「うん。いいよ!」
「やったぁ♪ さっ、いきましょトレーナーさん」
そしてサクラローレルとそのトレーナーも行ってしまった。フランスで活躍する父親にトレーナーと一緒に会いに行く……現役中の実家連れ込みであるが、トレセン学園ではもはや風物詩なので誰もツッコまない。
「で、正しい意味での訪問・視察団だけが残ったワケか」
肩を竦めるのはシリウスシンボリ。URA国際レース課の課長。生徒会長のトウカイテイオーは、生徒会のエアグルーヴ、労働省参事官と有識者のコンサルを見て深く頷いた。
「よぉ~し、じゃあ行こうか!」
――――――シャンティイ・トレセン学園。
フランス最古のレース場といわれているシャンティイ・レース場に併設されたその学園は、とある貴族が築いた荘厳な城郭の中にある。
百年戦争の時代までさかのぼる長い街区整備の歴史。フランスの首都、パリ近郊であることから国防を担う要塞として整備された学園――――歴史を紐解けば、平和大国ニッポン的感性からは「負の側面」として語られるべき顔も持っているこの学園が、訪問団の終着点。
「ワタシ、アサクサ大好きデース! ニホンのトレセン、カミナリマン近いデス!」
今日の会食相手は、なんと去年の凱旋門賞で2着という好成績を残したウマ娘。なんでも日系企業の後援を受けているらしく、去年のジャパンカップにも来ているらしい。
「デモ、結果はゼンゼンだったんデスヨネ……」
「うーん。それはやっぱり、日本の芝が合わなかったのかなぁ?」
ちなみに珍しく日本語での会話。なんでも、引退後は日本で就職することが決まっているということで、日本語での会話を練習させて欲しいということ。
……日系資本による有名ウマ娘の引き抜きは今に始まったことではないが、ヨーロッパから遠く離れ、気候も文化も異なるアジアの国に身を置くというのはどのような気持ちなのだろうか。
『あぁ、見ていられませんわ。アジアの言葉を繰るホワイト様なんて、みたくなかった……』
『
そしてそれを遠巻きに眺める視線たちは、いかような心境なのだろうか。
視線に晒される目の前の彼女は、どのような心境で
「(そう、結局は金。最後には金。もちろん、彼女が来日を決めた理由は決して金だけではないのだろうが……)」
ウマ娘とは、貴族とは。なによりも名誉を重んじる生き物である。
ゆえにこそ、彼らの行動は理解されない――――そして理解されないとき、ヒトは「金」という分かりやすい指標を用いる。
「ともしび」の代表が与えてくれた機会でコンサルが学んだことは、この欧州大陸に息づく古い血脈と伝統の歴史。開国からたったの百年と少ししか経っていない日本とは異なる、激しい競争に晒されてきたからこその強靱な文化であった。
だからこそ、この地でウマ娘は社会の根幹を成す。ウマ娘は高貴なる血統であり、レースは決闘であり…………そうして、軍権と結びつく。絶対的な階級社会の上位に君臨する。
――――そんな文化の前でも「紙きれ」は圧倒的な力を持つという、現実であった。
「そんなカオ、しないでクダサイヨ」
こちらの考えを気取られてしまったのだろうか。彼女はあくまで笑顔でいう。
「ワルイ話じゃないのデス。ニホンでもチャンスがもらえるってコトデスカラネ!」
彼女が祖国を選べなかった理由は分からない。
日本であれば、そうそうこんなことにはならないだろう……とも思う。思ってしまう。
それは果たして、幻想に過ぎないのだろうか。
「トウカイテイオーさん」
コンサルの言葉に、テイオーはくるりと振り返る。制服を脱いで私服に着替え、昔のように
「うん? どーしたのコンサル」
あっ、というかお疲れ様! と労いの言葉をかけてくれる彼女は、この短い時間で本当に成長したと思う。
あの日、競走保険の概略を説明して契約書にサインを書いて貰ったあの日。こちらの話を全部聞き流した――――彼女のことだから、要点は理解していたのだろうが――――競走保険の契約日から、今日という日まで。
彼女が駆け抜けた競走生活はあまりに過酷で、そして煌びやかな栄光に包まれていた。
それを一身に受けて喰らい、糧とした彼女は、いまでは生徒会長という地位にまで上り詰めている。
「少し、お時間をいただければと思いまして」
そうしてコンサルが彼女を連れたのは、滞在ホテルの駐車場に駐めてある乗用車であった。大使館から借りているもので、
「それで? わざわざ2人でってことは。
「ええ」
コンサルは首肯。サイドミラーを確認して、ゆっくり車道へと繰り出す。
「まずは仮に、というお話から」
そう前置きしつつ、コンサルは『生徒会長』の話を口にする。
「ナリタブライアンさんが、周囲の期待通りに3冠ウマ娘を達成した場合。彼女は確実に年度代表ウマ娘……とまでいかずとも、クラシック期の代表ウマ娘には選ばれるでしょう」
そのタイミング。つまり年明けに開かれるURA賞の表彰式が、
うん、そうだねとトウカイテイオーは肯定した。
「でも。それだと時間がないね」
その通り。少なくとも内々にだけでも手続きを進めないと間に合わない。菊花賞が終わった直後から始めたとしても、どうにか年内に終わればいい方だと予想される。
もちろん、そういった実務的なことはむしろテイオーの方が詳しいだろうから、細かい話は省きつつコンサルは先に進む。
「そして現状一番の問題は、手続きを進めるにしてもナリタブライアンさんの同意を得られるとは思えないという点です」
少なくとも、テイオーたちの誘いを断ったときから状況はなにも変わっていない。それにレースに集中するという正当な理由もある。
ナリタブライアンを生徒会長にするのは、現状ではまず不可能であろう。
「トウカイテイオーさんの時間は、あとどれだけありますか」
「……それは、ボクにドリームトロフィーに進んで欲しいって話かな?」
その選択肢が難しいっていうのは、コンサルだって良く分かってるんじゃない? と、そう漏らした彼女は、それきり無言になってしまう。
やむを得まい。コンサルはテイオーの描いているであろう青写真に触れることにした。
「であれば、帰国したらエアグルーヴさんを副会長に任命するのはいかがでしょう」
そして恐らく、これがエアグルーヴを訪問団に組み込んだテイオーの意図でもあったのだろう。まさか愛英の王族と友誼――――あの殆ど執着に近い思慕を友誼と呼ぶのであれば、であるが――――を結ぶことになるとは、思ってもいなかっただろうが。
「うん。そうだね、まずはそこから始めるつもり」
生徒会組織の段階的な政権移行。副会長、実務を担う役員としてエアグルーヴを鍛えておき、ひとまず生徒会が組織として崩壊しない程度の地盤を作っておく。
それはとても、大切なことだ。
「でもそれだと、やっぱりナリタブライアンの勧誘には繋がらないよね」
「いつでも
「ふーん? コンサルには、ボクに見えないものが見えてるみたいだ」
「ええ。私に見えないものが、あなたには見えるように」
ウマ娘は未来を見据えている。馬喰が見るのは、その未来の孕む
「生徒会長には申し訳ありませんが、私は、ナリタブライアンさんがそのような事態にならないことを祈っています」
「申し訳なく思う必要ないよ。だってコンサルは『走るウマ娘』の味方なんでしょ?」
だったら、気持ちはボクだって同じさ。と。その言葉を聞いたコンサルは、無言でアクセルを少し踏み込む。
もうここまで来れば、どこに行くかは十分伝わったことだろう。
「……トウカイテイオーさん」
ウマ耳だけが動く気配。コンサルは続ける。
「あなたのお陰で、あなたと結んだ縁が、私に色々なものを与えてくれました」
「そう? 別になんにもしてないよ、ボク」
「ですが、勝手に恩があると思っているのです。私は」
――――今日はその、恩返しをさせて貰えませんか。
「…………ここって」
コンサルが車を止めた場所に彼女も気付いたのだろう。ハッと顔を上げて、それからコンサルのことを見る。
「そっか、知ってるんだった。忘れてたよ」
でもいいの? そう問いかけてくる彼女に、コンサルは頷く。
「満期を迎えた保険のようなものです。これくらいはさせてください」