その『紙きれ』で救えますか?【完結】   作:帝都造営

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次はキミの番だよ

「お前ってヤツは、つくづく残酷だな」

「そうでしょうか」

 

 

 無人のスタンドに立ったコンサル。その横に現れるのはシリウスシンボリである。

 

 

「労働省としては、海外遠征チームを立ち上げるのにレース場のことを知らないのは問題でしょう? ですからこうして現地視察(ティーチング)の場を設けるべきかと思いまして」

「だが、その時間は日程にも組んでるだろ。生徒会長(トウカイテイオー)だけをこうして連れ込んだ理由はなんだ?」

 

 関係者に話を通すのも簡単じゃなかっただろうにとシリウス。

 

「他の生徒がいたら、彼女は『生徒会長』でいなきゃいけなくなるからです」

 

 立場がヒトを作る、なんて言葉がある。

 それに関してはコンサルも同意だ。彼を形作ったのは立場であり、立場があるからこそコンサルは今日まで努力を欠かさず歩み続けることが出来た。

 

 それでも、それを万人に当てはめるほどコンサルも理解のない人間ではない。

 

 

「……もっとも、彼女はそれを喜んで受け入れるのでしょうが」

 

 

 トウカイテイオーは、疑いようのない努力家だ。そして分別もある。

 だからこそ、彼女はこのまま……。

 

 ――――思い出すのは、あの社長の言葉。

 

 

『だが夢は、自分で引導を渡した夢は。くすぶり続けるぞ』

 

 

「エゴだな」

「もちろん、エゴです。ですが先輩も、彼女の親も囚われている」

「……あぁ、そうだよ。私は勝てなかった、そして『ヤツ』とその子供(テイオー)は辿り着くことすら許されなかった」

 

 

 

 なら、引導を渡して貰うしかないだろう。

 ――――他ならぬ憧れの地、ロンシャンレース場に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ははっ、ひどい足下」

 

 日本のレース場と整備方針が違うのだろう。生い茂った芝で埋もれる脚元を確かめながら、トウカイテイオーは4コーナーを回る。もちろん走ったりはしない。それが出来ないことは、一番彼女がよく分かっている。

 けれど目を閉じれば、浮かび上がるその光景。

 

 

「……さぁ、4コーナーを回る。先頭は――――」

 

 

 ――――凱旋門賞。

 

 あの酷い戦争に勝利したフランスが、栄えある大陸軍(グランダルメ)を讃えるために設置されたと言われるレース。

 かつてフランス騎兵を参考に近代陸軍を作った日本人が凱旋門賞(それ)を目指すのは、ある意味必然で。

 

 

 でも、そんなの競走者には関係ない。

 

 

「さあ、最後の直線だ」

 

 脚を持ち上げる。自然のまま開かれた無骨な大地が脚を支え、ぼうぼうと生える芝がまとわりつく。真っ暗な最終直線が待ち受ける。

 

 

「ここでトウカイテイオー進出、トウカイテイオーがきた」

 

 

 架空の実況が、架空の二億五千万の瞳が。ボクに注がれる。

 

 

「日本の夢を背負って、凱旋門賞の夢まであと200」

 

 

 あと200――――あぁ、長いなぁ。

 一足跳びに何度も飛び越えた距離が、今はこんなに長い。

 

「後続が迫る、だがテイオー、テイオーだ。粘る粘る」

 

 こんな熱戦だっただろうか。空想上のレースに思わず笑ってしまう。

 かつて夢見た自分は、もっと強くて――――〈絶対〉を持っていて。

 

 でも、今なら分かる。

 多分マックイーンなら半バ身差くらい前にまだ居て。隣ではこっちの息が切れた瞬間をビワハヤヒデが狙っていて、ライスシャワーは……あの子は多分、フランスかドイツの子をマークしてるだろんな。だから、そのマーク対象だって迫ってくる。

 

 そして、分かるよ。キミはこっからだ。

 

「負けないよっ」

 

 脚を踏み込む。実際はスピードもなにもないから、飛んだりはしないけれど。

 雲を踏み台にするみたいに、記者さんたちが嬉しがってくれたあのステップで。

 

 きっと息が苦しくなる。あの、まだなにも知らなかった頃の日本ダービー(2400メートル)とは全然違う、ボクの最後の2400メートル。

 

 

「……トウカイテイオー、1着でゴールインっ」

 

 

 嗚呼。勝ちたかったなぁ。この場所で、欧州(世界)に。

 あなたが出来なかったことが出来たとき、ボクは初めて本当に――――あなたを超えられたのに。

 

 

「ごめんね、ママ」

 

 

 そうしてボクは、誰も居ない観客席を見ようとして。

 

 

 

 

 

 

「――――――なんで」

 

 彼女と、目があった。

 

「なんで、泣いておられるのですか。会長」

「エアグルーヴ」

 

 あはは、ちょっと恥ずかしい所を見せちゃったかな。そう微笑みながら、トウカイテイオーは未来のある若駒に近寄る。

 

「コンサルがやけにゆっくり車を走らせるから、やっぱり来てるかな~とは思ってたけれど。ボクのこと、気にかけてくれてたんだ?」

「そ、それは……生徒会の一員として、当然のことをしたまでです」

「うんうん。いい心がけだね~!」

 

 ぴょこぴょこなんて擬音が聞こえてきそうなステップを踏みながら、トウカイテイオーは優しい表情でうんうんと頷く。

 

 もう、きっと一欠片の後悔も残っていないだろうから。

 この言葉を、やっと。自分の言葉で伝えられる。

 

「君を欧州(ここ)へ連れてきたのは、やっぱり正解だったね」

「……?」

 

 飲み込めないといった様子のエアグルーヴに、彼女は続ける。

 

 

「見ての通りだよ。ボクのレースはここでおしまい!」

 

 

 だからね。

 

「さぁ、次は君の番だ。エアグルーヴ」

「っ!」

 

 目の前の若駒の、目が見開かれるのが分かる。

 うん。その目が出来るなら大丈夫。もう日本を発つ前の、なにかに怯えているような彼女じゃないのだから。

 

「壁を見たよね。壊し方も教えてもらったね。でもキミは、真っ向から挑むと誓ったよね」

 

 

 それが理想なんだよと、トウカイテイオーは最後の言葉を紡いでいく。

 

 

「ママは――――シンボリルドルフさんはね、ウマ娘みんなの幸せのために生徒会を作ったんだ。そしてボクは、そんなママの『絶対』が大好き! だから、次の生徒会長はね、ぜ~ったいの『理想(絶対)』を持ってる子に任せたいんだ!」

「……私は、そんな。会長にはとても」

「あはっ! 当たり前だよ! ボクだって〈シンボリルドルフ〉にはなれなかったもん!」

 

 そう、あの日。日本ダービーで教わったこと。

 ボクはママにはなれない。トウカイテイオーは、シンボリルドルフじゃない。

 

「でもね。これだけは自信を持って言うよ」

 

 虚勢だとしても。

 

「――――〈帝王〉は〈皇帝〉を超えた」

 

 超えたんだよ。

 

「だから、エアグルーヴ。次はキミの番!」

 

 自信なさげな目をしている彼女。きっとキミは、まだまだ自分に自信が持てていないのだろう。血統も礼儀も脚力も知略も、持ち合わせているモノは全部誰かからの借り物で。

 だけれどそれは、誰かに託されたものでもあるから。

 

「キミには絶対がある。このテイオー様がホショーする! 皇帝でも帝王でもない……新しい、そうだなぁ~、〈女帝〉なんてどう?」

 

 「帝」つながりだし、おっかなくて強そうだよね! ちょっと茶化してみるけれど、なかなか彼女の顔は晴れてくれなくて。

 

「どうして」

 

 どうしてそんなことを言うのですかと、言葉が溢れる。

 分からないかな。分からないよね。

 

「なんとなくっ!」

 

 その答えは、キミが自分で見つけてくれればいい。くるっと回って、トウカイテイオーはターフの上から歩み去ろうとして。

 

「まってください。私はまだ、なにも会長から学んでいません」

「えぇ~、いっぱい教えたよ?」

 

 だってキミ、見てたでしょ? 去年の有馬記念。

 きっとボクの軌跡(キセキ)は、あそこで終わっちゃったんだよ。

 

 でも、これでも足りないって言ったら。それはきっと欲張りだから。

 ボクをここまで昇らせてくれたたくさんの「ステップ」に、失礼だから。

 

 だからボクは笑っていくよ。

 

 

「老兵は死せず、ただ去るのみ――――――ってね」

 

 

「ふっ……!」

 

 でも、彼女のその動きは予想外。なんと彼女は、踏み切ってジャンプするとターフ(こっち)に飛んできたのである。

 

「ちょちょ、エアグルーヴ? 危ないよ……?」

「走って下さい。会長、いまここで」

「えぇ?」

 

 つまり、キミと競走しろって?

 悪いけれど、キミじゃまだまだボクには勝てないよ?

 

「それでも、です」

 

 なにせ私は――――エアグルーヴの真剣な目が、ボクを捉える。

 あ、これって……。

 

 

「私はまだ、あなたに並び立てていない」

 

 

 

 

 

 憶えているよ。あの日のこと。

 

『やったーっ! トウカイテイオー、いっちゃくでゴォール!』

『ふふっ、流石だなテイオー』

『でしょでしょ~? って! ちがーう! もう、ママったらまた手かげんしたよね?!』

『おや、バレてしまったかな?』

『バレバレだよー! さいごのちょくせんまでしっかり走って!』

 

 手を抜かれてた。それが分かるようになった頃。

 ボクね、とっても悔しかったんだ。

 

 だって、いつか抜かせるって――――絶対があるから(信じてたから)

 

 

 

 

 ……そっか、こんな気持ちだったんだね。ママも。

 

「うーん。お誘いは嬉しいけれど……ここ、よその国だしなぁ……」

「ご自由にやってくれて構いませんよ。トウカイテイオーさん」

 

 げっ、コンサルそういうこと言っちゃう? 管理とか色々あるんじゃないの?

 というかエアグルーヴを連れてきたあたり、最初からそこまで織り込み済みってヤツだったりして。

 

「ガキンチョが一丁前なこと言ってんじゃねえ。責任は大人に任せて、思いっきりやっちまえ」

 

 シリウスも酷くない? ボク、結構オトナになったと思うんだけれどなぁ。

 

「会長、お願いします」

 

 頭なんて下げないでよ。エアグルーヴ。

 キミはこれから、みんなのために頭を上げなきゃいけないんだから。

 

 ……やれやれ。

 生徒会長って楽な仕事じゃないよ、ホントーに。

 

 

「悪いれど、全力は出さないよ」

 

 出せないし、出さなくても勝てるから。

 

「いいんです。今の私がどこまで通用するのか。なにが足りないのか、それを知りたいのです」

「うん。わかった」

 

 

 

 

 

 

 今なら分かるよ。あの日のママの気持ち。

 

 競りかけてくるのが嬉しくて。並び立とうとするその心意気が眩しくて。

 

 でも、未完成なその才能は……まだ、自分を越えてくれなくて。

 

 

 

「(もし、彼女の最盛期と競い合うことが出来たのなら――――)」

 

 

 

 ――――――どんなに、楽しいレースが出来るのだろうか。って。

 

 そう、思ってくれてたんだね。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふーっ、ボクの勝ち!」

「はあっ、はぁッ……」

 

「うっわ、マジで勝ちやがったよテイオー。大人げねぇな」

「ちょっとちょっとシリウス! 言ってることがさっきと違うじゃん!!」

 

 あーあ、ヒドいよ。みんな。

 折角心の整理をつけて、終わりに出来るはずだったのにさ。

 

 こんな楽しい未来を見せつけられたら……もっと、走りたくなっちゃうじゃんか。

 

 

 ターフに飛び込んできたコンサルが駆け寄ってくる。それが何を意味しているかを知っているボクは、そのまま彼の持ち出した折りたたみ椅子に座る。

 

「……脚、大丈夫そう?」

 

 有馬記念のあと、ボクの脚はトレーニング中にあっさり折れた。

 知ってたことだ。だって、3度目の時に言われてたんだから。

 

「大丈夫です。怪我の兆候はありません」

「チカラ、入れてないからね。これで折れたら困るよ」

 

 手早く触診を終えた彼がアイシングに移る。さして熱も持っていないだろうに、心配性だなぁと思うボク……でも、みんなが心配してくれたから、ここまで走ってこられたのもまた事実で。

 

「ねぇ」

「なんでしょう」

 

「いまから競走保険の引受人、探したら見つかるかなぁ」

 

 だからさ。ホントは、ホントは止めたくないんだ。

 みんなを心配させちゃうって知ってるけれど、みんなが応援してくれるのも知ってるから。

 

「厳しいでしょうね」

「……そっか。そうだよね」

「ですが、私は競走保険コンサルタントです」

 

 あなたが探せと仰るのなら、探してきましょう。

 走るのが危ないって知ってるクセに。ホントの所は止めたいクセに。

 

 

 本当の、本当に夢を諦めさせたいだけなら……エアグルーヴの走る姿を、ボクに見せたりはしなかっただろうに。

 

 

「キミってヤツは、ホントに走るウマ娘()()の味方だね」

「それが、馬喰ですので」

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