その『紙きれ』で救えますか?【完結】   作:帝都造営

33 / 58
勝機を探れ

 

 

 

 

 

 ポン、と判子が押される。

 無愛想な入国審査官が代表して送る、祖国からの「おかえりなさい」である。

 

 

 

 

 


「世界よ、これがトゥインクル・シリーズだ。」

労働大臣賞ジャパンカップ〈G1〉


 

 

 

 

 

 

 空港の到着ロビーにつるされた超大型広告。ヨーロッパではここまで見ることはなかったその広告は、ここが日本というエンタテイメント大国であることを教えてくれる。

 

 

 凱旋門賞の観戦後、ほとんどすぐに帰国した訪問団とは異なり、コンサルはしばらく欧州に残っていた。それは訪問団に随行してる間には調べきれなかった現地調査であり、欧州圏の格付け制度や評価制度を知るためであり……つまり『ともしび競走保険コンサルタント』としての視察業務でもあった。レース文化だけではなく、彼の地の経済も学んでこいという話である。

 そうして代表が設けてくれた機会を存分に活かしたコンサルは、およそ一ヶ月ぶりに東京国際空港へと舞い戻ったわけである。

 

 

 

 ――――そしてそのまま、国内線のゲートへと向かった。

 

 

 

『帰ってきて早々、お行きになるのですか』

 

 電話の向こうの代表は、せめて帰国の報告くらいはしてくれと言わんばかり。もちろんコンサルもそうしたいのは山々であるが、今はタイミングが悪い。

 

「サクラローレルさんを凱旋門賞で勝たせるためには、どうしても知っておかなければならないことなのです」

『……』

 

 沈黙、とは異なる息づかいが聞こえた。

 

「代表? いま――――」

『失礼しました。あなたが『勝たせる』と仰ったのは、本当に久しぶりでしたから』

 

 こちらはお構いなくと続け、多忙であろう代表はさっさと通話を切ってしまう。

 

「…………」

 

 通話終了の文字が浮かぶ端末をみて。少し足を止めるコンサル。

 

 

『ご案内いたします。羽田発・高知行の航空機をご利用のお客様は――――』

「おっと、いかないと」

 

 

 次なる目的地は、高知。

 

 目的は――――自治省開催「アオハル杯」の視察。

 そこに凱旋門賞を勝つためのヒントがあると信じて、コンサルは搭乗口へと足を進める。

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 さて。アオハル杯を語るにおいて欠かせないのが、ローカル・シリーズと自治省*1である。

 

 日本におけるレース開催の根拠法である競走ウマ娘法では「トゥインクル」と「ローカル」の2種類のレース興業を定義している。いわゆる「中央」と「地方」であるが……中央がURAとして統一された組織であるのに対して、地方は各地に設置されたバラバラの興業団体として存在している。

 つまり「トゥインクル・シリーズ」と対をなすように「ローカル・シリーズ」があるわけではなく、あくまで地方レース団体のとりまとめ役としてローカル・シリーズは存在しているのだ。

 

 そして、そのローカル・シリーズを監督するのが自治省財政局――――そう、自治省「財政」局である。

 

 つまり地方レースとは、地方自治体の財政を支援する目的で設置されている*2。競走ウマ娘法では地方レース場は各地方公共団体に2カ所まで、北海道のみ例外として6カ所の設置を認めており……現在、日本には2桁を数える地方レース場とその付属校、つまり地方トレセンが

存在していた。

 

 

 そしてその地方レース場を盛り上げるために開催されるのが「アオハル杯」。

 

 

「前回、高知(ここ)でアオハル杯が開かれたときは、もっと盛り上がったんですがね」

 

 高知空港で捕まえたタクシーの運転手は、コンサルがアオハル杯を観に来たことを知ると寂しそうな笑みを浮かべる。

 

「ホテルは満室、高知なんて滅多に来ないからって県内の観光スポットは全部大盛り上がり……よかったもんですよ、あの時は」

 

 そして、今はそういう訳ではない。例えばコンサルは一軒目のホテルで予約を成功させていた。直前に電話したのにもかかわらず、である。

 もちろん、不景気による影響もあるのだろうが……。

 

「やっぱり、中央のスター選手がこないと盛り上がらんもんですよ」

「そうですか」

 

 それでも、落胆するコンサルではない。

 なにせ、アオハル杯は地方の守った貴重な財産なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

『さぁ! 続きましては前回準優勝、北海道レース連盟よりの参戦です!』

 

 

 高知レース場のパドックに軽快な音楽が鳴り響く。普段であればお静かにと係員が注意するものであるが、今回はそんな無粋なことは誰もしない。

 なにせアオハル杯は祭りである。実況が興奮気味にそのチームを名前を読み上げた。

 

 

『――――――チーム〈ジンギスカン〉ッ!』

 

 

 そして音楽はイントロを越える。歌詞はドイツ語、讃えるのは荘厳なロシアの首都。パドックに躍り出てきたのはモンゴルの遊牧民族衣装に身を包んだウマ娘たち。

 彼女たちは華麗なコサックダンスを披露する。ばんえいウマ娘――――帯広校からパフォーマンスのためだけに帯同してきたらしい――――が短距離代表のウマ娘をひょいと放り投げ、擬似的トリプルアクセルと見事な着地を披露。実況は音楽に合わせながらそれぞれの距離別代表を紹介し、解説がチームの所感を述べる。

 

『……という訳でですね。今年は大変期待が高まっていますよ』

『なるほど。ありがとうございました。以上、チーム〈ジンギスカン〉のパドックアピールでした。皆様、拍手をよろしくお願いします!』

 

 パチパチ、と観客席から拍手が送られる。コンサルは困惑しつつも軽く拍手。

 ――――基本的にパドックアピールはフラッシュ・鳴り物厳禁であることを思えば、司会進行がパドックアピールに拍手を求めるなど異常としか言えない。

 

『さて、続いては愛知県立なごや競走学校からの参戦です』

 

 チーム〈ジンギスカン〉が捌けていったパドック。次の参戦学校を実況が読み上げると、観客席の一団が一斉に立ち上がった……立ち上がった?

 

「なんだ、あれは……?」

 

 持ち上がる横断幕に背負ったリュックサック。一団は瓶底メガネをかけ、頭にはハチマキを巻いている。まるでステレオタイプなオタク像であるが、これが集団を構成するとなるとそれなりに迫力がある。

 

『今回は中央競走からあのウマ娘も駆けつけます――――チーム〈金シャチ☆ガールwithチュウキョセーエン〉ッ!』

 

 音楽がかかる。いわゆるサブカルチャーを代表するポップでハイテンポなリズム。

 

 

『いち、にっ、さんばんめっ! 金シャチ☆ガール!』

 

「オイッ!」「オイッ!」「オイッ!」「オイッ!」「オイッ!」「オイッ!」

『みんなー! 今日は来てくれてありがとぉー! 最高のレースをするから、みていってねぇ~!!!』

「オーーーーーッ、オイッッ!」

 

 

 思わず耳を塞ぐコンサル。

 なんだこれは、なんなんだこれは。

 

 コンサルは今日、はるばる高知までアオハル杯を観戦しに来た筈であった。別にオタ芸が痛いとか、アイドル路線のウマ娘チームが悪いなんて話はしていない。いつもどおりにパドックアピールを見て、日本に残っている連合競走がどのようなモノかを肌で感じたかっただけなのである。

 

 

『札幌? 仙台? 広島? 博多? 3番目はぜったい、NA☆GO☆YA!』

「NAGOYAッ!!!」

『いちっ、にっ、さん! 3番にいちばん乗り不動の地位だよ金シャチガール!』

「オイッ!!!」

 

 

 しかしこれでは完全に内輪ノリではないか。目の前で繰り広がられるパドックアピールはこのチームを応援していないと楽しめないものだろうし、熱狂的なファンを前にしては…………いや、だからこそテンアゲしなきゃダメじゃんね! コンサルの記憶に棲むパリピがそう言っているが、それでも残念ながら落胆が先に来てしまうコンサル。

 

 

「……なんというか。もう少し収穫があると思っていたのだけれどなぁ」

 

 

 コンサルはため息。無理もない。彼のような中央にしか関わったことのない人間というのは、本質的にはローカル・シリーズを過大評価する傾向にある。

 

 これは彼らに目がないのではなく、ローカル・シリーズの体制によるものと言える。

 

 そもそもが自治省傘下、興業団体はそれぞれの地方公共団体や基礎自治体の運営するローカル・シリーズである。当然ながらその性質は地域密着型となり、地方トレセンは地元に必要とされる人材を供給するための教育機関という役割を担っている。

 分かりやすい例えをするのであれば、工業高校や商業高校といった専門教育機関群――――昨今の急激な大学進学率の向上により見放されつつあるが、これらは各地域の産業に必要な人材を供給する場としての役割を担っている――――ローカル・シリーズの立ち位置はこれにあたり、であるからこそ中央しか知らない人間は「地方には地方のハイレベルがあるのだろう」と思いがちなのである。

 

 そうして地方に蜃気楼を見出した人々は、オグリキャップの再来を求めて地方へ足を向け……そして、ほどなくして帰ってくる。

 なんだ、大したことはなかったな――――――と。

 

 

「それは早計ではないかな?」

 

 

 と、コンサルの落胆を断ち切る声。となりに腰を降ろしたのは大きくてふわふわでメガネをかけた存在感のあるウマ娘。

 

「ウマ娘をパドックだけで判断するのはいかがなものかと思うぞ、私は」

「……そうはいいますがね。これではパドックアピールにもなっていませんよ」

 

 ライブを眺めながら呟くコンサルに、その声の主はふむ、と思案。

 

「こうは考えられないだろうか。アオハル杯におけるパドックとは、それぞれのチームの団結力を示すモノなのだと」

「団結力?」

「そうだ、アオハル杯は連合競走……それはすなわち、個々人の技能を発揮するだけでは勝てないことを意味している。つまりチームメンバーに求められるのは、いかに仲間と連携して『チームの勝利』に貢献するか、ということなのだよ」

 

 レースは不確定要素の絡み合う、それこそ1秒前の世界など全くアテにならない世界だ。そのような状況でチームメイトと連携するには、なによりも団結力が必要になってくるとは思わないか?

 

「なるほど……確かにそうであれば、パドックアピールも集団での連係プレーで行うべきというのは納得です」

「そうだろう。アオハル杯が単なるレースでないからこそ、パドックアピールも単なるパドックではないのだよ」

 

 確かにその通りだ。コンサルがアオハル杯のパドックを見てガッカリしたのには、パドックはこうあるべきという固定観念があったからではないだろうか。パドックの形式は欧州でも異なるのだ。レースを見ずして決めつけるなど言語道断である。

 考えを改めねばと顔を振るコンサル。こんな調子では、凱旋門賞に勝つコトなんて夢のまた夢である。

 

「ありがとうございます。おかげで目を曇らせずにレースをみることが出来そうです……それにしても、アオハル杯に造詣が深いのですね」

「誰が毛深いって?!」

「えっいや、そういうつもりじゃ……失礼しましたビワハヤヒデさん」

 

 ん?

 

「ビワハヤヒデさん!?」

 

 思わず立ち上がってしまったコンサル。目の前にいるのはあの「ビワハヤヒデ」ではないか!

 

「どうしてあなたがここに」

 

 前年の菊花賞ウマ娘、今年の宝塚記念をレコード勝利。そして今年のクラシック三冠ウマ娘――――ナリタブライアンの、姉。

 ビワハヤヒデが、どうしたことか高知レース場にいる。

 

「さきほど言った言葉の通りだよ。私はアオハル杯に『団結力』を学びにきたんだ」

 

 私の「勝利への方程式」に欠けている「特殊解」を求めるためにね。そう言ったビワハヤヒデは、それで? とコンサルに水を向ける。

 

「君こそ、この場所でなにかヒントを見出そうとしているのだろう?」

「ええ。アオハル杯(ここ)は日本で唯一の『例外』ですから」

 

 

 そう、アオハル杯とは――――日本で唯一、集団競走(チームプレイ)が認められているウマ娘競走。

 

 

 

「欧州のレースは、言ってみれば集団(チーム)戦です」

 

 

 

 だからこそ、コンサルはアオハル杯に勝機を見出だそうとしているのであった。

 

 

 

 

 

*1
現在の総務省

*2
地方自治体の財政支援として行われる政策として有名なのは「市町村振興全国自治宝くじ(いわゆる「宝くじ」)」である。




すごく余談なんですが、笠松の郷土資料館で開催されたオグリキャップ展を見に行ったんですよ。
シングレのカサマツトレセン校舎って地元の工業高校をモデルにしているらしくて、なるほどロケハンしてるんだなーと思いました。
(漫画のページも展示されていたのですが、肝心のウマ娘は吹き出しとかで隠していました。保守的でホッコリしますね。たぶん出版社にしか許可とってなかったんだろうなぁ……)
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。