その『紙きれ』で救えますか?【完結】   作:帝都造営

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仲間でライバル

 

 

ナンカン(南関東レース連合)ぜったい優勝するぞッ」

「「おうッ!」」

 

 

 アオハル杯、第1戦――――中距離。

 

 ゲートの前で3人のスクラムを組むのは南関東レース連合。4年連続制覇を狙う強豪である。

 そんな彼らにじろりと視線を注ぐのは北関東レース連合。同じ関東同士の地方校連合が今回のメインカードとなっていた。

 

 しかし、このレースを走るのはもちろん彼女らだけではない。関西に北海道、九州、東北……なぜか地域連合を(アイドル性の違いから)組まなかったなごや(愛知県)カサマツ(岐阜県)……一同に会した全国の代表達が、ここ高知レース場のゲートに収まっていく。

 

 そして1着は、もちろん1人だけ。

 

 

 

 

「昔のアオハル杯は、それこそ中央と地方が切磋琢磨する場所だったらしい」

 

 そんなゲートインの様子をオペラグラスで観察していたビワハヤヒデは、一息つくように言葉を零す。

 

「そうですね。全国10箇所の国立レース場付属校が東京の中央トレセン*1として統合されたことで、中央勢は姿を消しましたが……」

「仕方のないことさ。中央競走(トゥインクル)の全部がひとまとめになって殴りかかって来ては、地方勢に勝ち目はないからね」

 

 そして、そこから地方と中央の差は開いてゆく。慌てた地方が中央との交流戦を提案する頃には、両者の格差は歴然としたものになっていた。

 

「それにしてもコンサル君。本当に大丈夫なのかい?」

「大丈夫、といいますと」

 

 首を傾げるコンサルに、URAレース規則を知らないとは言わせないよとビワハヤヒデ。

 

「集団戦は御法度だ。私たち学生ですら、規則違反だから絶対にやるなと教わるのだぞ?」

「安心して下さい。違反をするわけではありません」

 

 そんなことを言ったら、海外の規則でもいわゆる八百長行為は禁じられている。コンサルが言っているのは「誰かを勝たせるための協力プレイ」ではなく「チームで勝つための協力プレイ」である。

 ……いや、実際これでは何が違うのか分からないだろう。要するにこういうことですとコンサルはたとえ話をする。

 

「ライスシャワー選手はマーク戦法を用います。これと決めたウマ娘に徹底的に張り付いて、最後の直線で交わして1着を取る」

 

 言うだけなら簡単なこと。しかしこの戦法は、ライスシャワーがいなければそのウマ娘が1着になる前提に基づいている。

 つまりマーク戦法とは、マークする相手を間違えたら失敗するのである。

 

「では、もしライスシャワー選手が常にミホノブルボン選手をマークするとしたらどうでしょう」

 

 あの菊花賞のように。

 

「例えばミホノブルボン選手が凱旋門賞レコードより0.1秒だけ早く走る時計を刻んで、ライスシャワー選手がそれをピッタリマークしたら?」

 

 そうすれば、理論上はレコード勝ちである。

 そして、日本勢にとってはミホノブルボンが勝っても、ライスシャワーが勝っても嬉しい。

 

「私の言う集団(チーム)戦とはそういうことです」

 

 ちなみに欧州では、今のたとえ話におけるミホノブルボンポジションのウマ娘をラビットと呼ぶ。彼女らはペースコントローラーであり、チームにとっての本命を勝たせるための道しるべであり……もしも本命が来なければ、そのまま勝ってしまう第二の本命だ。

 

「つまり、結果的にライバルと切磋琢磨するのと変わらない、ということか」

「しかも平素より合同トレーニングを繰り返し、手の内を知っているライバル(チームメイト)と、です」

 

 もちろん、彼女らはターフの上では競走相手(ライバル)である。しかし仲間であり、仲間であるからこそ「相手がなにを考えているか分かる」。

 彼女たちの間に「出し抜く」という行為は存在しない。そこにあるのはドンデン返しや偶然(フロック)のない競走能力(スペック)のぶつかり合いであり、であるからこそトレーニングにも全身全霊で望まねばならない。

 

 むしろ下手な個人競技よりもよほど残酷に――――明確に力の差が出る。

 それは公正なレースには違いない。しかし、日本人の目には「公平」とは写らなかった。

 

「なにせネットでは、あの〈リギル〉も『厨パ』だの『チート』だの言われていますからね」

 

 やむを得ないことではある。実際の〈リギル〉は徹底した管理体制を敷いているためむしろ横の関係が希薄になっているくらいなのであるが、それでも同じレースに複数のウマ娘を出すのは避けている。

 それだけトゥインクル・シリーズは「チーム戦」を忌避しており……それはそのまま、中央からのアオハル杯復帰――――学校単位でなくチーム単位なら問題ないのではとする意見は以前からあった――――がなかなか行われない理由となっていた。

 

 とはいえこれは仕方がない、日本は農耕で社会を発展させてきた。一年、もしくはもっと先の予定を立てたがる国民性はどこかに予定調和を求めてしまう。

 ……自分がそう考えるから、他人もそうだと考えてしまう。

 

 いくら同じチーム内で「ライバル」だと宣伝されても、実際には既にチーム内で格付けは済んでいるのだろうと勘ぐられてしまう。

 

 一方の欧州は違う。狩猟文化が確かに残る彼の地では、重要なのは今日であり、今この瞬間である。より高みに昇らなければ他者に蹴落とされる場所では、チーム内での格付けなんていつひっくり返されてもおかしくはない。いうなれば毎日が下剋上。全員が勝ちを貪欲に求めるエゴイスト。

 だからこそ、欧州にて集団(チーム)戦は馴れ合いとならず、強者のレースが行われることになる。

 

 ……もちろんこれはどちらが優秀かという話ではなく、勝者が正義である欧州と調和を重んじる日本におけるスタイルの違いの話である。

 

 

 

 

『いまスタートしました。先頭をきったのは――――』

 

 そして、そんな集団(チーム)戦が日本で唯一認められるアオハル杯が幕を開ける。南関東のラビット役らしいウマ娘が先頭を取り、逃げ戦術と思われる園田のウマ娘が競りかける。

 ……もしかすると園田のウマ娘もラビットだったのかも知れないが、相方と思われるウマ娘は追込戦術か出遅れかで最後方。これではラビットの意味がない。

 

「なるほど。それにしてもやはり、競走者(ウマ娘)指導員(トレーナー)とは違った物の見方をするのだな、コンサル君は」

(ルール)の枠内で何が出来るかを考えるのが馬喰の商売ですからね」

 

 実際、コンサルが語った話はビワハヤヒデにはさして気にかけるべき情報とはならないであろう。なにせレースには定石がある。王道の勝ち方も邪道な勝ち方も揃っている。走るウマ娘は、その洗練された戦術(ツール)を使い分けるのみである。

 

「いや。そうでもないさ。なにせ私の勝利の方程式には、自分の項と環境の項しか存在しなかった。共に走る競走ウマ娘は、あくまで環境の項に留まっていたんだ」

 

 ビワハヤヒデは第3コーナーに差し掛かるレースを見やる。

 

「その認識を大きく変えさせたのが、クラシック競走だった」

 

 南関東のラビットがスパート。そこに襲いかかるのは同じく南関東のメンツ。最適コースは全て彼女たちによって塞がれ、後続は外に回るか内を突くか。なんにせよ距離ロスを強いられることで、勝利に指先をかけたのは3人だけになる。

 

「あの追い比べ(デッドヒート)、あの熱は、私の走力を更に高めてくれた。同じ冠、同じ高みを目指す友人として彼女らのことは最初から大事には思っていたが……」

 

 それでも、あそこまで私の走りを引き出してくれるとは思わなかったのだよと。ビワハヤヒデは言う――――同期の3強と冠を分け合った彼女が語るだけ、その言葉には重みがあった。

 

 

 

『――――――ゴールインッ! 1着は南関東の――――』

 

 

 

「……なぁ、君は彼女に比するライバルが現れると思うかい?」

 

 ビワハヤヒデの言う「彼女」が、誰なのかは語るまでもない。

 今年のクラシック三冠を制し……群れ(他のウマ娘)に価値はないとまで言わしめたウマ娘。

 

「いませんよ」

 

 

 だが、彼女なら。彼女たちなら――――きっとこう付け加える。

 

 今はまだ、と。

 

 

「ふっ、そうだな……私としても楽しみだよ」

 

 そう言ってビワハヤヒデは、秋の過ぎ去った空を見上げたのであった。

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「それじゃあ快気祝い、もらってきちゃいます!」

 

 年が明けた。サクラローレルの主治医は彼女の脚部不安が大分改善されたことを伝え、喜びそのままにサクラローレルは東の金杯……中山レース場で開催される2000メートル競走に参加。そして快勝する。

 

 これでようやく彼女も重賞ウマ娘。シニア路線の最前線へ一番乗りした競走ウマ娘となった。そして――――

 

「トレーナーさん。ダービーの『お礼』をさせてください」

「ローレル……」

 

 ウィナーズサークルでトレーナーに歩み寄るローレル。日本ダービーに出走させたことで彼女の大切なクラシック期を棒に振らせたトレーナーは、身構えることすらせず自然体で彼女を受け入れる。

 その異様な光景を観客が固唾を呑んで見守る中、ローレルはそっとトレーナーを抱きしめた。

 

 

 

「もう、大丈夫。私は帰ってきましたよ」

 

 

 

 

 

 

「ヒヤヒヤしましたが、大事なくてよかったです」

 

 レースではなく別の意味で、と言い含めるコンサル。それをスルーしてサクラローレルのトレーナーは担当ウマ娘の脚をチェックしていく。

 ……なんだろう。ウマ娘のクリティカルな部位である脚を触っているという意味では、余程いまの状況の方が「進んでいる」ように見えるはずなのに、どうしてか先ほどのように胸が焼けるような感覚がない。仕事だからだろうか。

 

 それにしてもさっきはスゴかった、観客は言葉を失うし記者は感激で身を震わせるし、読白エンゲージメントのPは鼻血を拭いた。

 彼女たちの持つ「絆」の力は、今や最高潮と言っても過言ではないかもしれない。

 

 サクラローレルは充実している。間違いなく、彼女は今年中にピークへと達することだろう。

 

「トレーナーさん、今日の金杯で確信できました。サクラローレルさんは、世界に通用するウマ娘です」

「……」

 

 コンサルの言葉に、次の言葉を待つトレーナーとサクラローレル。脚部不安というハンデを抱えながら、慎重に、時に大胆に。凱旋門賞を制覇するためのトレーニングを重ねてきた彼らである。世界に通用するのは当然、通過点。

 

日本の最強(ナリタブライアン)を越えましょう」

 

 ついに、この時がやって来た。

 サクラローレルの次走は――――――天皇賞・春。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「参事官」

「ん。やあ! きましたなコンサルさん、先日はどうもどうも!」

 

 ニコニコの笑顔でコンサルを迎えたのは欧州訪問団で王女殿下の騒動を連れてきた労働省ウマ娘局の参事官である。

 スーツを着こなし、バーカウンターに座ればそれなりの格好にはなるのだが……どうにもウマ娘オタクなのが玉に瑕。もっとも、互いにウマ娘のことを想うからこそ通じるところもあるのだから、一概に悪いところとも言い切れない。

 

「この前はどうもありがとう、お陰で家宝(コレクション)が増えたよ」

 

 そして欧州に居残る形となったコンサルが欧州で買ってきた限定グッズをお土産に渡したこともあり、参事官とは極めて良好な関係を保てていると言えるだろう。

 

「それで、今日は海外遠征プロジェクトについてのことなのですが」

「あぁ、もちろん分かっているとも。大蔵省*2との折衝も終わっている。よほどのことがない限りはこれから始まる常会を通るだろうさ」

 

 常会、とは通常国会のことである。主な議題は来年度予算の審議。

 つまりそれは、労働省が推進する「海外遠征プロジェクト(仮)」が本格始動するということ。

 

「プロジェクトの運営はあくまでURAが主体となるだろうが、労働省とトレセン学園はもちろん協力を惜しまない。それで……やはり今日の話は、サクラローレル選手の推薦、ということになるのかな?」

 

 話が早い。流石はウマ娘オタクといえど参事官に上り詰めるだけはある。しかし官僚的な手続きが早いだけでは凱旋門賞には勝てない。

 

「いえ。ご相談したいことは、URAの集団(チーム)戦規制についてでして」

「あぁ。欧米に対抗するために欧州同様のチーム戦を、ということですな!」

 

 お互い、考えることは同じだ(Great minds think a like)と参事官。なんでも労働省の海外遠征プロジェクトも、4名のウマ娘をチームとして送り込むことを前提とした予算立てを進めているらしい。

 

「まぁ、来年度(今年の)予算はあくまで試験的なパッケージで、4人で参戦できるのはその次の年度(来年)になるかとは思いますが……」

「それに関してなんですが」

 

 コンサルは指を立てる。

 

「サクラローレル選手は、『今年』凱旋門賞に挑戦します」

 

 その際に、もう1人だけ選手を()()させたいのです。その言葉を聞いた参事官は、ニヤリと悪い笑みを浮かべる。

 

「なるほど。やはりレース(ウマ)狂い、考えることは同じというわけですな」

たぶん、少しは違います(どちらが「帯同か」という違いはあります)が……そういうことです」

 

 

 三冠ウマ娘(ナリタブライアン)による海外挑戦。

 

 

 夢が大きく、動き出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――はずだった。

*1
日本ウマ娘トレーニングセンター学園のこと。

*2
現在の財務省




【補足】
労働省の海外遠征プロジェクトはローレルのクラシック期に持ち上がり、作業チームが発足しました。このタイミングで予算要求が行われるとすると、予算が承認されて正式なプロジェクトとして開始されるのは翌年度、つまりローレルがシニア1年目の年となります。

凱旋門賞シナリオで海外遠征が行われるのはプロジェクト2年目となりますので、シナリオ通りならローレルの海外遠征はシニア2年目となります。つまり労働省のプロジェクトに乗っかる場合の海外遠征は「来年」となるため、コンサルは「今年遠征する」と強調したのです。
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