URA新橋分館。国際レース課。
「――――――正気か?」
「私に言わないで下さい……」
口をあんぐり開けたシリウス。項垂れるコンサル。
「いや。確かに復帰戦が凱旋門賞であること自体は……叩きで現地の重賞にでも出た方が確実とは思うが。そんなことより」
「ええ……これ、なにが問題って」
2人は顔を見合わせると、溜め息。
「――――現時点では、ナリタブライアン本人に話が行っていないことなんですよね」
ナリタブライアンを
①天皇賞春でナリタブライアンを下しサクラローレルを認知させる。
②宝塚記念でナリタブライアンを下しサクラローレルを刻みつける。
③ローレル「私はあなたで最強を証明した。そして海外に行く。あなたは?」
④ブライアン「お前と、海外の強いヤツを倒して、私が最強であると証明する!」
⑤海外遠征スタート!
「……なぁ、私の気のせいか? 最初の計画から破綻してるだろコレ」
「言わないでください…………」
とはいえ、実際ナリタブライアンを凱旋門賞に帯同させるにはこれくらいしか手段がなかったのである。
なにせナリタブライアンは強い競争相手を求めている。それはつまり、彼女に強い相手を与えれば彼女はそこに突っこんでいくということ。
生徒会長が勝負をチラつかせれば嫌な生徒会業務もこなすだろうし、姉が勝負をチラつかせれば永遠に姉の背中を追うことであろう。
その理屈で、強者としての背中を見せることでナリタブライアンを凱旋門賞へ連れていく。
そんな簡単にいくだろうか? と関係者各位は思うに違いない。
しかし既に
「いや、ああ。その、なんだ。テイオーが『ブライアンをスカウトできたよ~! 怪我してるし、生徒会活動が暇つぶしになるといいよね!』とかのたまってるのは知っていたが、アイツ……そんな皇帝サマみてえなことしてたのか…………」
頭を押さえるシリウス。とはいえ、トウカイテイオーは「皇帝の子」なのだから仕方がない。
「ともかくですね。私としてはなるべく
「知るか! なんで私に聞く!?」
だってシンボリルドルフに似た感じで絡んでたし――――と、直接言うことは後輩としても社会人としても出来ないので、いい感じに誤魔化しながらコンサルはシリウスシンボリを宥めていく。
「……とはいえそれは、あれだ。要は
「なのだから?」
「レースで張り合うことが出来ない以上。ソイツの問題点を埋めてやるしかないだろう」
ギリギリのプライドだろうか。「私のように」とまでシリウスは言わなかったが……まあ、そういうことをしろと言っているのだろう。
しかしナリタブライアンはシンボリルドルフのようにレース外活動に精力的な訳ではない。
「となると、リハビリを手伝うとかですかね?」
「それもあるが……ナリタブライアンは生徒会に入ったんだろ?」
ああいう手合い、生徒会業務は壊滅的だろ。
では、早速実地調査である。
「ナリタブライアンの様子? エート、トッテモゼッコウチョウダヨ?」
「なるほど」
実地調査終了。つまり生徒会長が取り繕えないほど壊滅的と。
……そしてそれを生徒会室の外にわざわざ出てきて彼女が伝えるということは。
「失礼します」
「あっちょ!?」
するりとトウカイテイオーを躱してコンサルは生徒会室にイン。そこには生徒会長の席にふんぞり返ったナリタブライアンの姿。
「おい! なんだこの決済は!」
「必要なものを仕分けろと言われた。だから必要なものを選んだ。なにが問題なんだ?」
「どうみてもお前の好みで選んでるだろうが、たわけ! なぜ松坂牛の学食導入懇願が裁可で学園菜園の拡大が却下されねばならない!?」
「お前のガーデニング趣味に付き合うつもりはない。それに野菜が沢山採れると姉貴が……」
「まーまーおふたりさん、いきなり結論を出さずに、まずは全体の要望をジャンル別に整理しないと……予算も無限にあるわけじゃないんだから、ね?」
目安箱に投じられた要望の選別を自分の好みで行っているらしいナリタブライアン新副会長と、それを諫める……という割にはこちらも自分の好みで選んでいる雰囲気のするエアグルーヴ生徒会庶務。そして彼女たちに仕事を教え込んでいくナイスネイチャ副会長。
「わーわー! コンサル、扉はすぐ閉めてよぉ!!」
そしてそれを隠すようにバタンと扉を閉めるトウカイテイオー生徒会長。
「……なんというか、思ったよりスゴいことになっていますね」
「う、うん。ボク、引き継ぎのやり方間違えちゃったかなぁ……」
確かに、トウカイテイオーがこういう業務でミスをするとは珍しいこともあるものである。しかしこれは、ある意味では予見された未来であった。
「いえ。これは仕方のないことですよ。トウカイテイオーさんは天才肌ですし、ナイスネイチャさんは面倒見がとても良いですから」
「うぅ……褒められているのに褒められている気がしないよぉ……」
「褒めてはいないですからね」
なにせ組織とは属人的なものである。優秀なメンバーがいれば組織は強くなるが、そのメンバーが抜けてしまえば……そのままの体制で回すことは難しくなってしまう。
そして、トウカイテイオーは引退が見えるまで引き継ぎのことを考えていなかった――――なにせ引退が現実のものとして見えてきてから後継者を探すくらいである――――わけだから、これはトウカイテイオーに責任がある。
「実務的な引き継ぎが難しいのであれば、総務会議*1を中心とする合議制に移行すするのもひとつの手段ですよ」
「む。コンサルそれ言っちゃう?」
ボクはもう一度「
「だからボクは迷わなかったよ。キミに見えていた
「……そう、ですね」
ナリタブライアンのストイックさは。その怪物じみた衝動は……彼女が「走れなくなった時」内側へと向かう。
それを予見していたからこそ、コンサルはトウカイテイオーに素早く助言を飛ばした――――怪我をした今こそ、彼女を勧誘するチャンスであると。
もちろん、もうひとつの可能性であった「走る相手がいなくなる」ブライアンが生まれたときも、コンサルは生徒会長に「自分の走りを餌にする」よう勧めただろうが…………結局そうはならず、トウカイテイオーは自らの意思で復帰を目指すと決めた。
「だから、ボクはブライアンを生徒会長にするよ。それでブライアンを倒して、やっぱり無敵のテイオーさまが歴代一番の
「ええ、いい目標かと」
目の前の惨状をどうにか出来るのなら、ではあるが。
「それなら、私にお任せ下さいっ!」
「わっ!? ローレル!?」
「はいっ♪ 泣かないめげない諦めない、サクラローレルです!」
生徒会庶務(臨時)のサクラローレルが登場である。どこから入ったのかというと、コンサルが連れてきたのである。
『いい方法?』
『ええ、これは私の「先輩」の話なのですが……』
もちろん、全てはナリタブライアンを凱旋門賞に連れて行くため。コンサルの入れ知恵は以下の通りである。
『先輩には憧れのウマ娘がいまして、ですがそのウマ娘は「全てのウマ娘」の幸福を叶えようとしているために「先輩」のことをみていなかったのです。だから先輩は憧れのウマ娘が行っていた活動の取りこぼしをカバー……つまり手伝うことで、その憧れのウマ娘に自分を視てもらおうとしたのです』
『なるほど! つまりブライアンちゃんをレースで倒さなくても、私のことを認識してもらうことは出来る、ってことですね?』
『ええ、そうです。そうすれば、一度レースでガツンと殴るだけで済みますから……少しは、実現の可能性が上がるかと。ほんの少しではありますが……』
ダメで元々、なにはともかくやってみろである。
「ブライアンちゃん。こんにちは!」
「……誰だ、お前は」
「あれ? 私のこと忘れちゃった? コホン、ワガハイワトウカイテイオーサマダゾー?」
「…………」
「ちょ、ローレル?! それはブライアンよりエアグルーヴの方がピキピキいっちゃうよ!?」
「はーい♪ もちろん冗談ですよ、ナイスネイチャ副会長?」
「えぇ……、上手くいくとは思えないんだけれど……」
「いや。まあ、ダメで元々ですから……」
にしたって、もっといい方法はなかったのという表情をするトウカイテイオー。とりあえず様子を見てみましょうと言うコンサル。
「それでね。これが却下の箱で」
「やめろ、そのくらいは分かっている」
「わぁすごい! さすがブライアンちゃん、よく知ってるんだね」
「……昼寝をしてたら、たまたま耳に入っただけだ。別にどうってことじゃない」
「うんうん。よくできました! じゃあ次はこっちをやってみよっか?」
「…………」
「な、なんか物凄い勢いで絆されてる――――?!」
「これは、流石に予想外ですね……」
想像以上のスピードでナリタブライアンはサクラローレルの指導を受け入れるようになってしまっていた。先ほどまではエアグルーヴに口答えをしてばかりいたというのに、どうしたことだろうか。
「はい。これで目安箱の選別はおしまい! お疲れさま、ブライアンちゃん!」
そして、さしたる問題も起きずに選別作業が終わってしまった。じっと見守っていたトウカイテイオーも、横に控えていたナイスネイチャも手を入れない完璧な仕事ぶりである。
「ふぅ……」
そして、ちょっと満足げな表情を浮かべるナリタブライアン。レースにストイックな報道写真の彼女からは感じられない、どことなく安心したような表情。
「ふふっ、よしよし……」
「「「「!?」」」」
そんなブライアンを、こともあろうかサクラローレルは撫で始めた!
そう、ヴィクトリー倶楽部において脚部不安を抱えるサクラローレルは倶楽部の仲間達を見守っていることが多く、その結果見守り型のお姉さんとしてのスキルを身につけていた。
それはナリタブライアンに生徒会業務を教えるのに役立ったが……そのスキルが暴走した結果として〈怪物〉ナリタブライアンの頭を撫でるという暴挙に出てしまったのである。
生徒会室内にいくつもの視線が交差する。
「(ありゃりゃ、どーすんのこれ?)」
「(私は専門外です)」
「(会長にお任せします)」
「(ウエッエエ!マルナゲシナイデヨー!?)」
「ほう……ブライアンを撫でる猛者が現れるとは……たいしたものだな」
「姉貴」
スチャッと立ち上がるナリタブライアン。彼女の姉、ビワハヤヒデの登場である。
「あっ、ごめんねブライアンちゃん! 倶楽部の時のクセで、つい……」
正気に戻った(?)サクラローレルも、慌てて手を離して距離を取る。いや、構わないさと言ったのはなぜかビワハヤヒデである。
「姉の知らない友人関係が築かれるのは大変喜ばしいことだ。うん」
「姉貴?」
「ああ、そうとも。喜ばしいことだとも……」
寂しさを顔に浮かべるビワハヤヒデ。狼狽えたのはブライアンである。
「なにを言ってるんだ姉貴…………?」
「いや、うん。私は潔く身を退くことにしよう。邪魔したな、ブライアン。友達を大切にな。仲良くするんだぞ」
「まてッ! 姉貴の中では私はいくつの私のままなんだ!? おい、どこへいく!」
ガタリと立ち上がったナリタブライアン。クールに去って行くビワハヤヒデを追いかける。
「……えっ、と?」
困惑した様子の生徒会一同。どうにかこうにか首を傾げたサクラローレルに、コンサルは一言。
「…………もしかすると、変な方向で認知されてしまったかも知れませんね」
なにはともあれ、時の流れは止まらない。
天皇賞・春、宝塚記念――――――春のG1シーズンを越えて、夏がやってくる。