その『紙きれ』で救えますか?【完結】   作:帝都造営

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冷たい夏がやってくる

 

 

 

 今年も、夏合宿の時期がやってきた。

 

 

 

「はいどうも~、画面前のあなた! おはこんにちわ穴ウマチャンネルでっす! さて、ここはどこでしょうかぁ~って言ったら分かりますよね! そう、トレセン学園の合宿所です!」

「はい、はい……それはもう、もちろんです。今年は写真だけではなくコメントも……!」

「「「せーのっ、ブライアンさま~!」」」

 

 端末を自撮り棒につけて配信するウマチューバー。フリーと思しき軽装ながらも充実した道具を揃えるカメラマン。唐突に横断幕を広げ始めるファン。

 まさに、熱狂。そう呼ぶべき光景がそこにはあった――――――今年も。

 

 

「今年は規制、緩和したんですね」

 

 合宿所の敷地に広がる人の波を抜けて、コンサルは理事長秘書である駿川たづな氏に話しかける。去年の厳しい制限と、安全上の理由から止むなく開放と至った経緯を考えれば、このように最初から公開されているのは少し意外なことであった。

 

「ええ、去年と同じように大勢の方がやってくるのであればまた開放することになりますし、それに……」

 

 そこで言葉を濁す理事長秘書。なんでもありませんと言葉を切って、彼女は話の向きを変える。

 

「今日のコンサルさんは、サクラローレルさんのトレーニング支援ですか?」

「ええ、そういうことになります。いよいよ凱旋門賞ですからね」

 

 そう、この夏合宿が終われば、いよいよサクラローレルはフランスへと向かう。優先出走権を獲得できる国際レースはローテに組み込まなかったため、凱旋門賞に出走できるかは抽選次第ではあるが……天皇賞・春と宝塚記念で結果を残したことを考えれば、おそらく問題はないだろう。

 

 むしろ問題なのは、彼女のライバル(ナリタブライアン)帯同させられるか(フランスへ連れて行けるか)どうか。

 まだナリタブライアンにとって、サクラローレルは倒すべき敵ではない。どうにかして勧誘しようとローレルも頑張ってはいるようであるが、もちろんそんな簡単にいく話ではないだろう。予算の問題を解決しただけでどうこうできる話ではないのである。

 

 それに……ここまであまり触れられてこなかったが、フランスのレースに対する適正の問題もある。

 いわゆる「洋芝」への適正を見るという話であれば札幌記念に出るなりして馴らす方法もあるだろうが、日本と欧州のコース整備に対する考え方の違いは問題だ。気候も土壌も、人も文化も違う訳だからどうやったって国内では試すことが出来ない。

 

「それでも、今ではサクラローレルさんへの期待も高まっているようですよ?」

「ええ……そうですね」

 

 それはコンサルも知っている。いや、おそらくたづな氏はSNSや街角の声という話をしているのだろうが……もっと明確な、分かりやすい指標としてコンサルはそれを知っていた。

 他でもない――――RKSTポイントの評価によって。

 

 

 

 RKSTポイントを評価する主要格付け会社4社*1は、RKSTポイントの実態を広く周知するためにオープンウマ娘全てのポイントを公開している。

 いずれはデビュー前のウマ娘にも拡大していくようであるが、今年度はひとまずオープンウマ娘のみとしている。その理由はもちろん、オープンウマ娘でなければ学園引受の集団保険で事足りてしまうから。

 

 そして実際にRKSTポイントを根拠にした保険引受を行っている競走ウマ娘がいるかというと……現状、そういった話はあまり聞かれていない。

 もちろんゼロではない。RKSTポイントを利用すれば保険料の支払いは少なく済むわけだから、これを利用しない手はないと飛びつくチームやウマ娘はいる。

 

 とはいえ、名家名門など身内に保険引き受けを行ってもらっているウマ娘や、サクラローレルのように賞金を海外遠征の費用に充てるウマ娘となると利用はしない。

 前者は利用する意味がないからであり、後者はそもそもRKSTポイントを利用できない――――RKSTポイントは、獲得賞金を治療費等の支払いに当てる前提で保険料を値下げする仕組みであるため、引退まで賞金に手を付けてはならない――――からである。

 

 結果として、現在のRKSTポイントは単なる「評価」のようなものになってしまっている。もちろん時間が経てば、この「評価」を用いて競走保険の契約料を変更したり、場合によっては3冠シンジケートのような投資を飛び込むための「担保」とされるようになることだろうが……なんにせよ、今はまだ単なる数字でしかないのだ。

 

 つまり。

 

「それで、RKSTポイントが上昇するとどうなるんですか?」

「特になにも起こりませんね」

「?」

 

 よく分からない、と言った様子のサクラローレル。合宿中に行われた打ち合わせでの一幕である。

 

「そもそも格付け自体、それそのものに意味や裏付けがあるわけではありませんから」

 

 格付け機関とは、言うなれば報道機関のようなものである。世界に転がっている雑多な情報を集めてまとめることで新しい情報として発信するが、その過程で具体的になにかを生産する訳ではない。

 しかしここで「まとめられた情報」は元々あった「雑多な情報」と比べれば価値が上昇しているといえる。なぜならば、人々がそれを求めている――――つまり需要があるから。

 

 需要があれば価値はあがる。需要がなければ価値はさがる。市場原理には、基本的にはこの2つしかない。

 そしてRKSTポイントには需要があったのである。保険業界ではなく、ファン達からも。

 

「おそらく現在のRKSTポイントは、ファンの期待やレース予想といったものも多分に含まれているかと思います」

 

 分かりやすい話でいえば、ナリタブライアンのRKSTポイント。注目のウマ娘ということでプレ・RKSTポイントでも扱われていた彼女の評価は、阪神大賞典の怪我で急落した。

 もちろん、急落したこと自体は正しい。なにせ怪我をしたということは治療費を支払うことを意味しており、獲得賞金を支払金に充てるRKSTポイントではその支払いの原資となる獲得賞金が減ったことになるのだから当然だ。

 しかしその後、ナリタブライアンのRKSTポイントは急回復する。なぜならば、彼女が怪我の治療、リハビリを終えたのと報道が入り、そして夏合宿で走り込みをする彼女の報道写真が出回ったからである。

 そしてこれも正しい。

 

「いまブライアンちゃんのRKSTポイントが上がっているのは、ブライアンちゃんがレースに復帰出来そうだからってことですよね?」

「もちろんその通りです。ですが、ナリタブライアンさんはまだ復帰レースを公表していません」

 

 そしてサクラローレル陣営としては、未発表である限りはブライアンを凱旋門賞に勧誘しようとしているのだが……。

 

「例えば、もしここでナリタブライアンさんが凱旋門賞に出ると発表したら、RKSTポイントは上昇するでしょうか、下落するでしょうか」

「えっと、上昇するんじゃないですか?」

 

 実際、凱旋門賞への登録を既に発表しているサクラローレルのRKSTポイントは上昇している。であるならば、ナリタブライアンも上昇してしかるべきであるが……。

 

「いえ、下落します。なぜならそれは『予想外』だからです」

 

 ここで大事なのは、評価や格付けは「予想できること」でしか行われないということである。

 

「サクラローレルさんは凱旋門賞が憧れのレースとインタビューで明言しています。この状況で凱旋門賞に登録することは『予想通り』なんです」

 

 凱旋門賞はレースの格付け(レーティング)としても上位に位置するレースである。それに挑戦すること、勝利することはRKSTポイントを大きく引き上げるのに繋がる。

 

 そして、もうひとつ。

 スポーツでの勝利は思わぬ副作用がある。

 

 

 URAと学園が海外遠征プロジェクトを発表したことでフランスブームが起こったように。

 日本のウマ娘が凱旋門賞で活躍すれば日本でもブームが巻き起こるのだ。

 

 

 ――――そしてそれは、経済へと繋がる。

 

 

 凱旋門賞チョコにLARクッキー、サクラローレルのイラストを焼き印したローレル饅頭。素人でも思いつきそうな賞品がポコポコ量産され、そして飛ぶように売れていく。

 スポーツは経済を作ってしまうのだ。だからこそ皆期待する。

 

 それゆえに、期待を裏切ったときの反動は大きい。

 

「ですが。これはナリタブライアンさんには関係のないことです。なにせナリタブライアンさんは、RKSTポイントを用いない通常の競走保険ですからね」

 

 とはいえ今後、RKSTポイントが広まるにつれてポイントを伺いながらローテーションを組むチームは現れることだろう。それはRKSTポイントの下落を防ぐために「期待通りのレース」をすることを意味している。

 それが良いのか悪いのかは、一概にこうと言うことは出来ないが……。

 

 

「…………と、すみません。少し雑談のつもりが、脱線してしまいましたね」

「本当に脱線でしたか?」

 

 話を軌道修正しようとしたコンサルに、サクラローレルが目を向ける。

 それはあの日の眼。病院で馬喰(コンサル)の真贋を見極めようとする、万華鏡の瞳。

 

「私は、今のお話しが今日の本命だったような気がします」

 

 やっぱりウソつきさんですね。とニコニコ笑顔でサクラローレル。

 もちろんコンサルは、仲間はずれはお嫌いでしょうと微笑む(ウソをつく)

 

 

 そう。本当なら、こんなことを競走ウマ娘に伝えるべきではない。

 こんな話をしなくて済むように身を砕くのがコンサルの仕事であり、存在意義だというのに。

 

 ただこれは……恐らく隠せないウソだ。トレーナーにだけ共有しても、彼と愛バの関係を考えれば露呈するのは時間の問題。

 ――――それほどに、この問題は彼女たちの夢と真っ向から対立しかねない。

 

 

「RKSTの一角、レーティングス・マッチからの接触がありました」

 

 

 もう少し正確には、警告と言うべきか。

 

 

「彼らはどうにも、どこかしらからナリタブライアンを海外遠征に勧誘する陣営の存在を知ったようでして」

 

 そしてコンサルに接触してくる当たり、それがサクラローレル陣営であることも察しがついているのであろう。

 もしかすると手当たり次第に接触しているのかもしれないが、愛英人はそんな面倒なことはしない。彼らはいつだって狡猾でスマートだ。

 

「なるほど」

「黙殺してもいいんです。というより、するべきでしょう。レースのローテーションは、陣営(あなたたち)が決めるべきことだ」

「でも、それをわざわざ伝えたわけですよね。コンサルさんは」

 

 なにか根拠が、おありなんですよね? とローレル。

 コンサルは一瞬だけ担当トレーナーへと目をやるが、彼はなにも反応を返さない……信頼してもらっていると受け取ろう。

 ……なんとかして、その信頼に応えたいところだ。コンサルは重たくなる口を開いた。

 

 

「合宿所の取材規制が緩和されているのはご存じかと思います」

 

 そして、ナリタブライアンが夏合宿で走り込みをする報道写真が出回ったことで、彼女のRKSTポイントは回復した。

 

「だれかがブライアンちゃんのRKSTポイントを上げるために『取材規制を緩和させた』? でも、ポイントがあがっても、なにも起きないんですよね?」

「そうです」

 

 そして厄介なのは、記者達もナリタブライアンのRKSTポイントを上げるために取材をしている訳ではないということである。

 記者がナリタブライアンの記事を書くのはファンがそれを求めたから。RKSTポイントがあがるのはファンがナリタブライアンの走りに期待しているから。

 

 そこに影など、チラつくはずもないというのに。

 

「じゃあ、誰か。他にRKSTポイントがあがって欲しいヒトがいるってことですか」

「現状のRKSTポイントは単なる指標であり、流動性*2はありません」

 

 となれば、RKSTポイントの上昇下降そのものではなく、ポイントの安定性によって――――すなわち、ナリタブライアンという注目株が暴落することはもちろん、暴騰することも恐れる立場の差し金であろう。

 忘れてはならない、RKSTポイントが導入された経緯は……競走保険市場の安定化。

 

「そして、既にRKSTポイントを利用して保険契約を結んでいるウマ娘は少数とは言え居ます。だから『彼ら』はRKSTポイントに乱高下されては困るのです」

 

 競走保険市場の安定はそのままトゥインクル・シリーズの安定化である。

 それを望むのはもちろん、ファンや競走ウマ娘たちだけではない。

 

「労働省に通産省――――そしてURA」

 

 無念だ。口惜しい。これは本当だ。

 

 しかし国家の保証により経済活動を許されている馬喰(ビジネスマン)に、それに抵抗する手段はない。

 いや、単なるマル外規制や二重国籍問題だったら乗り越えられただろう。規制とは包括的なものであるからこそ抜け穴がある。コンサルタント業務には規制を掻い潜るため――――というと聞こえは悪いが、つまり規制や違反をしないように利益を最大化させるための悪知恵(オトナの知恵)を働かせることだって含まれている。

 

 しかし現段階で警告を発してくる当たり、国は本気だろう。このまま話を進めていけば、おそらくウマ娘局の参事官や、場合によってはシリウス(国際レース課)にもなんらかの圧力があるかもしれない。

 

「それだけ、本気ということなのでしょう」

 

 RKSTポイントに、競走保険の安定化に本気である国の姿勢がひしひしと伝わる。国は真剣であるからこそRKSTポイントの暴騰・暴落を防ごうとしている。

 

 彼らにとってナリタブライアンは注目される競走ウマ娘であり。そしてRKSTポイントを運用する上での指標(ベンチマーク)なのだ。

 

 

「…………とはいえ。それは国の勝手な都合です。私は依頼主(クライアント)が望む限り、その希望を叶えるために動きます」

 

 サクラローレルが凱旋門賞で勝利を掴むためには。欧州勢の集団戦に対抗できるライバルが必要だ。

 そしてサクラローレルが、あくまでナリタブライアンと帯同することを望むのであれば。当然コンサルはその道を模索する。

 

 とはいえそれが、困難な道程になることは疑いようがない。

 だからコンサルはウソを隠さなかった。それは誠意ではなく彼の自己満足に過ぎないかもしれなかったが、それでも。

 

 

「……」

「……」

 

 そして困ったように顔を見合わせるのはサクラローレルにトレーナー。2人は何かしらのアイコンタクトを取ると、コンサルに切り出す。

 

「あの、コンサルさん。これはまだ、そうと決まった訳ではないのですけれど」

 

 そういってトレーナーが差し出したのは、ナリタブライアンの復帰を待ち望む旨が書かれたネット記事のコピー。そこには砂浜で走り込みに励む怪物の姿が写されてる。

 それにしても、練習だというのにまるで見えない対戦相手に食らいつくかのような走りである。ようやく全力を出せるようになって、強者との対戦を待ちわびていると言ったところだろうか。

 

「……生徒会の件で新しい一面を知ったと思っていましたが、やはり彼女は本当にストイックな競走ウマ娘ですね」

 

 ところがローレルのトレーナーは、違うんですともう1枚の写真を差し出した。

 

 それは、彼女の東京優駿(ダービー)での走りを写したもの。

 

「これがなにか……」

「フォームをみてください」

 

 そしてコンサルの目がとまる。これは――――いや、まさか。

 

 

 

「ナリタブライアンは、自分の走りを見失っているのかもしれません」

 

 

 空調の空気が、暑い夏を遠くに押しやっていく。

 

 

*1
一見不可解なRKSTの4文字はこの4社の頭文字からとられている。(「あなたは海の向こうを知らない」参照)

*2
ここでは「ポイントをお金に換えられるか」という意味

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