その『紙きれ』で救えますか?【完結】   作:帝都造営

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きみの選ぶ道

「ハァーッ! ハッハッハァッッ!!!」

 

 上がり調子の笑い声がスタジオに響く。

 甲高くはなく、嫌味もなく。王者たる風格を備える者にのみ許されるそれ。

 

「素晴らしい! これは大変に素晴らしいことですッッッ!!!」

 

 はなまるです! マルッ! と言うのはサクラバクシンオー。

 短距離(スプリント)路線の制圧者である彼女は、読白(よめじろ)系列ジャパンTVの独占インタビューに対してこう答えた。

 

「朝日FS、東京優駿、有馬記念……ナリタブライアンさんは、マイル、中距離、長距離をこれまで制してきた訳です!」

 

 ここに短距離のスプリンターズステークスが加われば、まさに全距離G1制覇ッ!

 

「それはもうッ! この学級委員長ですら羨むような大記録を打ち立てることになりましょうッ!!!」

「はい。そうですね」

「そしてッ! その中長距離路線の覇者であるナリタブライアンさんを倒すことによって!! この私〈サクラバクシンオー〉は中長距離を制したも同然となるわけですッ!!!」

 

 一瞬止まるインタビュアー。

 しかしこちらもプロ。視聴者には一瞬の隙も見せずに「そうですね!」と応じる。

 

「ありがとうございました。それでは最後に、担当トレーナーさんからも一言お願いします」

「トレーナーさん! ズバッと! 全距離G1制覇をなすのはナリタブライアンさんではなく、このサクラバクシンオーであると!!! さぁズバッと言っちゃって下さいッッッ!!!」

「……ああ!」

 

 

 

 

 

 

「ありがとう。バクシンオーちゃん」

「ややっ! 来ていたのですかローレルさん!」

 

 放送を終えたバクシンオー。控え室に戻るとそこにはサクラローレルの姿。

 

「しかしお礼を言われる理由が見つかりません! 私は学級委員長として!! ナリタブライアンさんを全力で迎え撃つと宣言しただけなのですから!!!」

 

「……うん、そうだね。ありがとう、バクシンオーちゃん!」

 

 

 

 


 

VS

 

スプリンターズ・ステークス〈G1〉

全日本ウマピヤヰ連合賞

 


 

 

 

 

『これって、あんまり知られていないんですけれど。復帰戦をG1にしないといけないくらいナリタブライアンって強くってぇ……』

 

 ナリタブライアンのスプリンターズステークス出走について。有識者とメディアの動きは非常に迅速であった。

 

『……前提として、短距離であれば身体への負荷が少ないという点が利点として挙げられます。ナリタブライアンさんの目標は天皇賞・秋と言われていましたが、スプリンターズSを叩きとして天皇賞を目指すのであれば、休養期間もある程度は空けることができるわけですから』

『それでも。距離適性を無視したローテってどうなんでしょう』

『まぁまぁ』

『いやいや』

『勝負の鍵となるのはスピードですね。短距離路線にはサクラバクシンオーがいますから。彼女の「縄張り」で勝つことが出来れば、ナリタブライアンは「最強」に一歩また近づくことになりますよ』

 

 それは業界としての反省も含まれているのだろう。

 ライスシャワーの時は放置しているうちに騒動が随分と大きくなってしまったから、火が大きくなる前に先手を打ってしまおうと言う寸法だ。

 

 

 


 

@okashisukikai_Q

ブライアン擁護つまんね。那珂チャンのファンやめます。

 

@spring_vally1903

いま短距離路線が熱い!というかこれ久々にバクシンオー1強体制に穴空きそうだし良い流れじゃんね?

 

@GACHIMUCHI_toyohara

バクシンオーはいいかげん目を覚ますか全距離制覇しろ

reply for @GACHIMUCHI_toyohara

@nullpo

あれはホラ、そういうプレイだからw

 


 

 

 

 効果はてきめんで、まとまりを欠いた小粒な意見に流れを生み出すほどの力はない。

 もちろんナリタブライアンのローテーションを真正面から非難する声もあるにはあったが、大手メディアに流れるコメンテーターの発言、有識者の批判もせず擁護もしない一般論。選ばれた街頭インタビュー……その大きな奔流に押し流されていく。

 

 そうして出走表明から2、3日が経つ頃には「なにはともあれ復帰戦が楽しみ」という意見が大勢を占めるようになっていた。

 

 

 

 

 

 




 

 

 

 

 

 

「一緒に、スプリンターズSを見に行きませんか?」

「スプリンターズSをですか」

 

 その誘い文句があまりに突然のことだったので、思わず聞き返してしまうコンサル。

 はいと頷いたのはサクラローレルだ。

 

「ブライアンちゃんの考えていること。少し分かります。きっとブライアンちゃんは……レースの中で、喪ってしまった熱を取り戻そうとしている」

 

 いま、ナリタブライアンは真っ暗なトンネルの中にいる。

 思い通りに動かない身体。記憶と異なる動きをする景色。

 

 そして復帰のためのトレーニングが夏合宿という時期に被ったのもよくなかった。

 周囲が着実に伸びていく中で、もがくようになって前に進めない……それどころか、後ろに下がっていくような錯覚。

 

「それをレースの中で取り戻せるのかは、私には分かりません。でも――――」

 

 

 ブライアンちゃんは、私の前で走り続けた「光」だから。

 

 

「目を逸らさず、最後まで見ていたいと思うんです。観客席からでも」

 

 もちろん。コンサルにそれを断る理由はない。

 ただ。ひとつ問題があるとすれば……。

 

「海外遠征の件はどうしますか」

 

 別に、問題があるわけではない。

 夏合宿を日本で過ごしたのも現地順応の必要がないと判断されたからであるし、スプリンターズSが終わってからでも十分に時間はある。

 それこそなんなら、いったん戻ってきてもいいのだ。中山レース場は空港へのアクセスも悪くはない。

 

 ただ、それでも。

 ナリタブライアンがスプリンターズSへの出走表明をした時点で、彼女を凱旋門賞に連れて行くというプランは…………。

 

「その件なんですが」

 

 サクラローレルは続ける。

 

「ギリギリまで、待って貰えませんか」

 

 そんな気はしていた。あくまでナリタブライアンを越えたいと言っていた彼女だ。それは彼女と、彼女のトレーナーが悩んだ末に2人で出した結論である。

 だから、それが問題の先送りに過ぎないとしても――――。

 

「ブライアンちゃんのスプリンターズSを、見てから決めたいんです」

 

 最後の登録期間にも間に合わない。

 ナリタブライアンが凱旋門賞に出る道は、完全に絶たれている。

 

 もう殆ど、結論は出ているだろうに。

 それは彼女だって、百も承知だろうに。

 

「分かりました」

「…………なんにも、言わないんですね?」

 

 それなのに、少し不安そうにローレルが聞いてくるものだから。

 思わずコンサルは笑ってしまった。

 

「いえ、すみません。ちょっと可笑しくて」

 

 悪気はないのですと言い訳しつつ、コンサルは零す。

 

「馬喰の仕事は、依頼人(クライアント)の依頼をこなすことです」

 

 夢を叶えないのだから。

 一緒に夢を見るべきではないのだ。

 

 

 もちろん。

 レースに関わる人間としては……残念ではあるが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして赴いた中山レース場。

 秋の短距離王者決定戦。

 

 

『ナリタブライアンはどうやら4着。なんとか面目を保った形となります』

 

 

 観客は騒然としていた。

 ナリタブライアンが負けたことに、ではない。

 

 いい走りをしているハズのナリタブライアンに――――事実として掲示板入りを果たしているにも関わらず――――勝つ気配が、まったくなかったことにである。

 

「あ、あれ……? ブライアンって、こんな走りだっけ……」

「い、いや! 短距離で定石が分からなかっただけだよ! あと100メートル、いや50メートルもあれば、バッと飛び出して勝ったかもしれないじゃん!」

 

 それぞれが彼女の敗因を探すように視線を惑わせる。

 勝利したウマ娘のファン達も困惑している。

 

 当然だろう、ナリタブライアンは誰にとっても「強いウマ娘」なのだ。

 その強いはずのウマ娘が全く強さを見せなかった。どこにでもいる重賞クラスのウマ娘、絵に描いたような「凡走」。

 むしろ入着などせず、着外に沈んでくれた方が慰めもあったような結果。

 

 

「ブライアンちゃん……!」

 

 そんな中で、サクラローレルは右往左往などせずに、じっとターフの上に佇む彼女を睨んでいた。勝者のための授賞式が始まり、係員に追い立てられるようにして地下バ道へと消えていく彼女。

 

 これまで勝者としてターフを占領していた「ナリタブライアン」の姿は。

 もう、そこにはなかった。

 

 

「……ッ!」

「ローレル!?」

 

 殆ど弾かれるようにして駆け出すローレル。ウイニングライブへと向かう群衆の反対方向へ、出口の方へと向かっていく。

 

「すみませんコンサルさんっ!」

「タクシーを呼びます、行って!」

 

 追いかけるトレーナーを送って、コンサルも速歩(はやあし)ながらに携帯を取り出す。

 G1デーは特別仕様のライブが開催されるから、レース直後のレース場周辺は極端な混雑にはならない。今ならまだ、出口の前まで車を回して貰えるはずだ。

 

「ああ、どうも。すみません――――――」

 

 開催日はいつもレース場の近くに陣取っている馴染みの運転手に連絡を入れつつ、コンサルの心境はどこか複雑であった。

 なにせ、彼は安心していたのだ。

 

 なにも起きなくてよかったと。

 なにも起きなかったことが問題だというのに。

 

 

 

 

 

 

「うわぁああぁあああああ!!!」

 

 サクラローレルは走っていた。

 脚部不安を乗り越えた脚で、その過程で洗練されていったフォームを脱ぎ捨てて。

 

「はぁ、はぁ……」

 

 タクシーで追いかけ、河川敷で飛び降り。どうにかしてウマ娘の全力疾走に追いついたコンサル達。

 そこで見たのは、汗と涙でドロドロになった競走ウマ娘の姿。

 

「あぁ、もう! どうして、どうしてこうなっちゃうのかな……!」

 

 せっかく走れるようになったのに。

 あの憧れを、輝きを、全力で追える日が来たと思っていたのに。

 

 ずっと我慢していた走りを解放しても、その輝きは戻ってこない。

 もう自分事ではないから。

 引きたい手綱が、そこにはないから。

 

「ローレル」

「トレーナーさん。私、どうしたらいいんですか?」

 

 もう分からなくなっちゃいそうですと彼女は続ける。

 

「ブライアンちゃんのことを諦めて、最初の夢を追いかけなくちゃダメですか?」

 

 それって、逃げることになっちゃいますか?

 

「私にとってのブライアンちゃんは、目標で」

 

 つらいとき(クラシック期)に。

 私の「走りたい」って気持ちを後押ししてくれた存在で。

 

「だから越えたいんです。越えて……恩返しがしたい」

 

 でも。今のブライアンちゃんに。

 私はなにもしてあげられない。

 

「ローレル」

 

 トレーナーが、口を開く。

 

「夢は、どこからでもみられる」

 

 どんなところからでも。

 真っ暗な、闇の中であっても。

 

 

「ブライアンに、()をみせてあげよう」

 

 

 僕たちが、そうしてもらったように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして、凱旋門賞の登録料は――――

 

 

 

 

 

 紙きれに、なった。

 

 

 

 

 

 





目標取消……
「〈G1〉凱旋門賞に出走」


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