その『紙きれ』で救えますか?【完結】   作:帝都造営

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同期のサクラ

 

 

 本当に、弱い脚だった。

 

 

 少しでも回転を速くすると、ちょっと本気になるだけで、すぐに熱を持ってしまう脚。

 

 熱を持ってはいけないのだと教えられて、必死にどうにか抑え込もうとしてきた脚。

 

 それを乗り越えるために、本当に沢山のヒトから支えてもらった。

 

 私のワガママを聞いてくれた両親、倶楽部の先生と仲間たち。

 ヒビの入ったガラスの脚に根気強く向き合ってくれた主治医の先生。

 そして契約を先送りにした、ズルい私を待ち続けてくれたトレーナーさん。

 

 でも、それだけじゃたどり着けなかったんだよ。こんな所にまでは。

 

 

『夢を守るために』

 

 

 我慢した。

 いっぱい、我慢した。

 

 クラシックは諦めていた。脚を守るためにデビューだって遅らせていた。

 私の時間は、他のウマ娘たちよりも短いって、そう思って。

 

 夢だけを。一番の夢だけを見ようとした。

 そうやって、目を逸らそうとした。

 

『ナリタブライアンは三冠の器だ』

『ねえアンタ、ホントに挑むの?』

『でも、諦められるわけないじゃん。ダービーだよ!?』

 

 私だって、私だって。

 ――――クラシック三冠(一番近くの熱狂)で、走りたい。

 

 

『ダービーの話を、しよう』

 

 

 そう思えたのは、あの熱狂の中に飛び込めたのは。

 走る、っていう。一番大事なことから目を逸らそうとしていた私が向き合えたのは。

 

 

『――――ナリタブライアンだっ! ナリタブライアン圧勝!!!』

 

 

 目をつぶっても、瞼を貫いて焼かれてしまうような、まばゆい光。

 

 ブライアンちゃんが、いたからなんだよ。

 

 

 

 だから、私を見てなんて言わない。

 

 

 〈アナタ〉に。

 〈ワタシ〉を。

 

 見せつけて、あげる。

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

「おねがい! おねがいおねがい~!」

 

 光陰矢のごとし。

 秋のG1シーズンが始まってしまえば、年の瀬はもう目の前。

 

「いや、あの。本当にお願いなのですがね会長」

 

 どうしてこう、もう少し早く言ってくれないのですか? とコンサルは分厚いコートを手に抱えて言った。

 そこにハンガーを持ってきてくれたエアグルーヴ。生徒会役員たちの対応は自主的で丁寧、今の生徒会が悪い組織ではないことは分かるのだが……なんというか、行き当たりばったり感は増したような気がする。

 

「いやぁ。まさか教員側の数が足りなくなるとは思ってなくてねェ……」

 

 ホントにごめんて。と付け足すようにいうのはナイスネイチャ副会長。

 

食品衛生責任者の数が足りないから手伝って、って……もう完全に馬喰の仕事じゃないですよこれは」

「でも持ってるでしょ?」

「……まあ、持ってはいますけれど」

 

 実際、講座を受けて簡単なテストに合格すれば取れる資格ではある。

 ならトウカイテイオーたち生徒会の面々が取れば解決するのでは……と言いたいところなのであるが、食品衛生責任者は現役の高校生は受験できないという制限があった。

 

 こればかりは必要な規制である。緩和がなんでも正解とは限らないのだ。

 

「それにしても食品衛生責任者が足りなくなるほど、屋台を出すなんて」

 

 ことの始まりは、とある商業施設が送ったトレセン学園生に年末イルミネーションのアンバサダーになって欲しいとのオファー。

 なんでもクリスマスに向けたライトアップイベントを盛り上げて欲しいとのことで、それならばと学園生徒会もバックアップに入り……その一環として、屋台村に学園からもいくつか屋台を出そうという話になったらしい。

 

 しかし生徒会には誤算があった。トレセン学園の生徒たちは大のお祭り好き、そこに学外での祭りという「レア」な状況(シチュエーション)が合わさってしまえば……参加者が次々とアイデアを足していき、たちまち雪だるま式に企画は大きくなってしまったと言うわけである。

 

 

「なにか問題があるのか?」

 

 そう口を挟んできたのはナリタブライアン副会長である。そしてこの人物、前走で復活を確かなものにした彼女こそが、今回の件における主犯格。

 

「学園が協力して盛り上げるイベントなのだろう? なら、全力を尽くすべきだ……それに、肉の種類は多い方がいい」

「肉の種類……?」

 

 首を傾げたエアグルーヴが彼女から企画書をひったくる。それに詳しく目を通すよりも早く、彼女は目を見開いた。

 それもそのはず。なにせそこには、コンサルを食品衛生責任者に任命しないといけないほどの屋台の数が書かれているのだから。

 

「ブライアン貴様……っ! また自分の趣味で案件を進めたのかッ!?」

「違う。私は肉を求められた、だから応じた。それだけだ」

「たわけッ! それを選別するのが生徒会の役目だろうが!! 目を逸らすな、おい、どこへいく!」

「トレーニングだ。決裁は済ませた……テイオー、これでいいんだな?」

「うんっ、カンペキだよブライアン」

「会長ッ?! どこが完璧なんですか!? あっ、まてブライアン! 話は終わっていないぞ!!」

「しつこい。お前まで姉貴みたいになるな」

 

 何の迷いもなく生徒会室を去って行くナリタブライアンと、それにやいのやいのと言いながらついていくエアグルーヴ。

 

「う~ん。良いコンビだね!」

「いやどこがさッ!?」

 

 満足顔のトウカイテイオーに、思わずツッコむナイスネイチャ。彼女はツッコんでから、その意味に気付いたらしい。

 

「……って、こーゆうとこか」

「そ! もう任せても大丈夫だよ。きっと」

 

 焼き鳥にケバブ、回鍋肉にフライドチキン、牛丼……大量の肉屋台を出すことを決めた次期生徒会長(ナリタブライアン)を、叱りながらに支える未来の副会長(エアグルーヴ)の後ろ姿。

 それをトウカイテイオーは見送って、それからコンサルへと向き直る。

 

「それでコンサル。RKSTポイントの件は大丈夫そう?」

「……ええ、まあ。予断は許しませんが」

 

 それでも、一時期に比べれば随分と安定したように思いますよとコンサル。

 プレ・RKSTポイントやポイントの運用が開始された直後こそ、レースの着順に一喜一憂していたような動きもあったが……今では、キチンとレース内容を踏まえた評価にも重きが置かれるようになりつつある。

 

「やはり、ナリタブライアンがレース中に『進化』を遂げたことが大きく評価されているようです。レースの結果だけが全てではないと、アナリストたちも理解したのでしょう」

 

 レースの結果だけを見れば、ナリタブライアンはまだ完全に復調したとはいえないだろう。

 しかし実際には違う、ナリタブライアンの走りを見ればそれは一目瞭然だ。

 

「本当に、とんでもないウマ娘ですよ。ナリタブライアンさんは」

 

 ナリタブライアンにとって、この一年はどんな一年だったのだろうか。

 年度代表ウマ娘への選出。怪我、不調、そして怪我以前の走りを越えるさらなる飛躍……あまりにも濃密な一年は、彼女の「走り」を確かに変えた。

 

「ふ~ん? ずいぶんと高く評価するじゃん」

「そうでしょうか」

「うん。そのナリタブライアンに先着したウマ娘を担当してるからヨユーって感じもするけどね?」

「……私は、彼女を担当しているわけではないですよ」

 

 ため息と共に事実を述べるコンサル。

 競走保険を扱う馬喰は単なる仲介業者だ。海外遠征のコンサルティング契約は事務方がメインの想定であるし、コンサルが一連の騒動でなにか成果を挙げたわけではない。

 

「私たちは、信じただけですから」

「でもボクは、信じて貰えてうれしかったよ」

 

 それだけ言うと、生徒会長はぴょんと執務机から立ちあがる。

 柔らかな関節をさらに解すようにグルグル回す。

 

「さーてと。ボクもトレーニングにいこっかな! ネイチャもいくよ!」

「うえっ! アタシもですか?」

「あたりまえでしょー?」

 

 にわかに騒々しくなった生徒会室。

 頑張って下さいねとだけ告げて、コンサルは部屋を後にする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ、ブライアンちゃん! 生徒会活動お疲れ様!」

 

 トレーニングコースに向かうナリタブライアン。その彼女に声をかけるウマ娘。

 たったかと寄ってきた彼女は、これからトレーニングにいくのかと当たり前のことを聞いてくる。

 

「それなら一緒に併走(トレーニング)しない?」

「断る」

「あは、フラれちゃった!」

 

 もちろん、向こうだって断られることは百も承知だろう。なにせ次走の最有力、自分を下すにたる走り()を見せてくる彼女である。なぜ手の内を見せなければならないのか。

 

「……ふふっ、変わったね。ブライアンちゃん」

 

 そうだろうか。

 そうなのだろうな。

 

 いつも感じていた渇き(焦り)はそこにはない。

 誰かと競っていなければ、こもった熱に壊されてしまうようなあの感覚は、もうない。

 

 その原因は、やはり――――。

 

 

「あ~~~ッ! ローレルさんばっかりズルい~~~!」

 

 飛んでくる声。最近妙に絡んでくるようになった栗毛の少女がやってくる。

 

「マヤもマヤも! マヤも併走する!」

「ふふっ、ごめんねマヤちゃん。ブライアンちゃんは1人ぼっちがいいんだって」

「えー! みんなでやったほうが絶対楽しいよ~?」

 

 とかなんとか言っているが、彼女だって今年の菊花賞ウマ娘。次のレースではぶつかる相手である。お断りだと言いながらブライアンはトレーニングへと脚を進める。

 

「私は、楽しみは最後まで取っておく主義だからな」

「……ッ! うんっ! うんっ!! マヤもとっても楽しみにしてる!!!」

 

 最ッ高のレースにしようね! ブライアンさん! そう言いながら飛び去っていくウマ娘。

 

「ふふっ、慕われてるね。ブライアンちゃん?」

「『つきまとわれている』の間違いだろ……」

 

 そもそも、こんなことになっているのは近くに「つきまとってくる実例」がいるからではないだろうか。

 ――――――ただ、まあ。

 

 

「それも、悪くはない。か」

 

 ぽつりと漏れた声。

 不思議としっくりくるのだから、変わったものだ。本当に。

 

 

「おい、ローレル」

 

 

 そのままナリタブライアンは声をかける。自分のトレーニングに向かおうとしていたサクラローレルが足を止める。

 

 

「私をここに引き留めたのはお前だ。だから――――」

 

 逃げるなよ?

 その言葉を聞いた彼女は、心底嬉しそうに口端をつり上げる。

 

 

 

「ブライアンちゃんこそ、逃げられると思わないでね?」

 

 

 

 

 

 

 そうして、彼女たちの蹄跡は紡がれていく。

 

 時に追われ、時に追い。

 互いが光となって、求め合うように。

 

 そうしていつか、届くのだろう。

 海の向こうに。夢の果てに。

 

 

 

 ――――――桜と怪物の凱旋する、その日まで。

 

 

 

 

 

 〈完〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




=予告=



「足りないモノがなにかわかりますか?」
「ハイッ!!! それは運ですっ!!!」
「ちがいます」


 ――――ウマ娘は走るために生まれてきた。


「私は、忘れないでいることしかできませんよ」
「それが、どれほどこの子にとって救いとなるか。わかりませんか?」
「……」
「あの子のことを、よろしくお願いします」


 ――――そして馬喰は、彼女たちに値札を貼り付けた。


「担当トレーナー探しのお手伝いはしましょう」
「ぐぬぬ~、仕方ありません! 今はそれでガマンしますッ! ですが、必ずトレーナーになって頂きますからね!!!」


 ――――彼女たちは走る。


「最高にハッピーになりたいんです! してあげたいんです!」


 ――――夢のために。

「皆さまにご迷惑をおかけしない。それは、私にとって最低限の恩返しです」

 ――――血族のために。

「ピンフッカーをご存じですか?」

 ――――紙きれのために。

「……よく分からないわ。私は、ただ」

 ――――走るために。




 †




 天皇賞・秋。
 東京左回り芝・2000メートル。

 1枠1番、1番人気。

「スズカさん!」

 ――――サイレンススズカ。

「あら。どうしたのフクキタル?」
「今日は、あなたを止めるために来ました!」
「ふうん? そう……」

 日本レース界(トゥインクル・シリーズ)の見た―――――夢。



最終章


スピード・バブル





「……でも(もう)私のほうが速いわよ(誰にも止められない)

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