「学業への姿勢は真面目と聞いている」
――――いわく、優等生。
「教官はもう教えることはないと言っている」
――――いわく、有望株。
「まるで、走るために生まれてきた……
エアグルーヴの語る「サイレンススズカ」という競走ウマ娘。
――――それが、問題児?
「なるほど。つまり問題はオーバーワーク気味になりがちなことでしょうか」
「そう、だな」
分かりやすく表現するなら、そういうことになる。
やはり歯に何かが挟まったような言い方をするエアグルーヴ。コンサルは知識の引き出しをひっくり返してその競走ウマ娘の問題点を紡ごうとするが、どれも具体的な像を結ばない。
「……パッと聞いて、問題があるようには思えませんが」
「ああ、そうだろうな。こればかりは、実際に会ってみないと……」
よく分からないが、とにかくエアグルーヴには解決できない問題があるようである。しかしそれをエアグルーヴは言語化出来ていないよう。
ならば、と。コンサルはもう少し踏み込んだ質問をすることにした。
「分かりました。それで、どのような点でお手伝いが出来ますかね?」
「貴様の伝手を使って、彼女にトレーナーを宛がってやって欲しい」
そうきたか。
「失礼ですが、そこにエアグルーヴさんが口を挟むのは『お節介』になりませんか?」
「む」
そもそも、トレセン学園に在籍しているからといってトレーナーと契約する必要はない。
トレーナーとの契約は「トゥインクル・シリーズへの出走」に必要なのであって、学業に励み、寮で寝起きし、
そう考えれば、トレーナーとの契約を遮二無二促すのは……。
「実は、そうとも言えなくてな……」
これを、と言って差し出されるのはコピー用紙。表題を見るに、教員間で回覧されている資料の写しらしい。
「レースに出走しないのはトレセン学園に在籍する他生徒の負担になるため……退学を含める厳しい処分を検討するべき…………?」
なんでこんな話が。
ちょっと信じられないモノを見たコンサルに対し、エアグルーヴは嘆息。
「とんでもない話だが、こういう話が出てきていてな」
「いやいや……レースに出ないだけでそうはなりませんよね?」
なにせ、レースへの出走は「課外活動」である。学園の立場としては、まずは学業、そしてレースと明確に優先順位をつけるべきであり、レースに出走しないことが問題とされるべきではない。
もちろん、それは賞金やら興業と無縁でいられないトゥインクル・シリーズが学校のカリキュラムに含まれていては色々と問題があるという建前的な側面も強いが……それでも、建前は建前。
レースに出走しないから退学。とは、いくらなんでもやりすぎである。
「……まさか、誰か退学させたい生徒がいる?」
そしてそれが、サイレンススズカだと?
「いや、それは違う。この問題を引き起こしているのは――――」
「今の音、なんです?」
「…………」
なにかの破裂音。
エアグルーヴは深いため息。
「……またか。すまんが席を外す」
「同行しても?」
「構わないが…………頼むから口外してくれるなよ?」
「ほっほっほ。久しぶりじゃな」
「タナベさん」
どうやら先ほどの破裂音の正体を知っているらしいエアグルーヴについていった先で、待っていたのはタナベトレーナー。
あの『幻の三冠ウマ娘』フジキセキを担当していたベテランで、一時は引退もウワサされていたが……どうやら復帰していたらしい。
「お久しぶりです」
「うむ。それで今日は……ふむ」
彼はトレードマークの丸眼鏡をくいっと持ち上げると、口を開いてこう言った。
「春じゃのう」
「はい?」
確かに暦の上では春ではあるが……。まだまだ気温も低く、冬の気配が多く残っているのもまた事実。
「爆発は春の季語じゃよ」
「???」
訳が分からず背景に宇宙が出現するコンサル。
しかし一秒も経たず、彼はタナベの言葉を正確に理解した。
「エアグルーヴさん。これ、もしかしなくても」
「…………頼むから言ってくれるな」
つまりそういうことだろう。
「副会長!」
たったかと駆けてくるのは風紀委員の生徒。彼女はエアグルーヴ前にくると、踵を鳴らして直立不動。
「先ほどの異常音は旧校舎一階『例の部屋』で間違いありません! 発火はなし、けが人はいません!」
「ご苦労。では通常シフトに戻るよう伝えてくれ」
「はいっ!」
たったかたったかと去って行く風紀委員。ちょっと非日常なことが起こったので楽しそうな彼女と対照的に、コンサルは胃が痛くなる思いである。
「こんなことを頼むのは心外なのだが……」
「エアグルーヴさん、皆まで言わないで下さい」
素早く状況を確認していた風紀委員。
どこで何が起きたのか当たりをつけていたエアグルーヴ。
そして学園部外者であるコンサルを足止めするように現れた
…………。
どんな問題児の学生であろうと、学生は学生。
学園としては学生を守るのは当然である。
そう、当然である。
「…………」
しかし、何事にも限界というものはある。
「…………となると、
トレセン学園は文部省管轄外、労働省が掌握する学校。
つまりこの学園は単なる学校ではなく、社会の発展を支えるウマ娘人材を育成するために設立された機関であり――――同時に「強いウマ娘づくり」を通して国際社会における日本の
そんな学園と学生たちが、問題行動を起こす生徒によって危険にさらされるとしたら?
「無論、生徒会はこの流れに全力で抵抗している」
体裁のためにひとりの学生を退学に追い込むだと? 認めるわけにはいかないとエアグルーヴ。
「……しかし、本人が選抜レースはもちろんトレーニングや模擬レースに顔を出さないとなるとな……」
「それはなんというか、大変ですね」
ともかくそのような事情で、じりじりと教員側に押されているのが現状らしい。スカウトを受ける気配もみせないためトレーナー陣の大半は日和見、現状は生徒会が厳重監視を置くということで
せめてG1といわず、重賞を制覇したウマ娘なら。壁を破壊したり機材を破壊してもお目こぼしが貰えるのがトレセン学園なのだが……。
「それで、その
「……爆発騒ぎですっかり忘れていましたが、そういえばそういう話でしたね」
そしてなおさら分からない。
聞く限りサイレンススズカという生徒は、力の制御を誤って壁を破壊したり、負荷に耐えきれないトレーニング機材を圧縮したりはしていない。爆発は言わずもがな。
それがどうして、退学騒ぎのあおりを受けるというのだろう?
「言っただろう? 彼女は走るのが好きで……好きゆえに、深夜に寮を抜け出しかねなくてな」
なるほど。もちろん門限を過ぎた後に寮を抜け出すのは規則違反である。
「しかねない、ということは未遂なんですね?」
「――――公式には、だ。私の力が及ばなくてな……」
「……」
なんというか、中々のハードワークを強いられる副会長である。もちろん、会長や他の副会長、常設委員会や庶務メンバーも頑張ってはいるのだろうが……。
「ちなみに、本人は深夜外出についてはなんと?」
「『我慢できなかった』そうだ」
「……」
つまり、門限破りや抜け出しを敢行してしまうほどに走ることへの欲求が強いと。
……とはいえ、それは大した問題ではないのではないだろうか。
別に寮を抜け出す程度なら誰かに迷惑をかけるわけでもなし。そもそも学園生の「やんちゃ」はよくあるものである。本当なら、爆発騒ぎだって笑い話で済まされるくらいには。
しかし今日、このタイミングだけはマズい理由がある。
「セキュリティ上の理由……寮での安全確保は王女殿下受け入れの絶対条件だからな」
そう。学園サイドが爆発騒ぎに敏感になっている理由もおそらくはそこ。つまりは
警備警備警備警備と判に押したような対テロ特別警戒期間を実施中の学園が「爆発」というワードに――――たとえソレが、いち生徒の引き起こせる程度の破裂であったとしても――――どう反応するかという話である。
VIP来訪を控えて学内の安全に気をつかうべき状況。
起こった問題児の爆発騒ぎ。レースに出る気がないのをこれ幸いと退学に持っていこうとする学園。
そんな特殊な状況の組み合わせで現れた……門限破り上等、走るの大好きウマ娘。
とはいえ。学園が退学にしたいのはあくまで爆発の原因であって、門限破りではない。
そのため、サイレンススズカが契約を結べば解決する……というのが、どうやらエアグルーヴの考えらしい。
「しかし、名乗りを挙げるトレーナーが現れない」
「不文律ではありますが、選抜レース前のスカウトは控えるべきとはされていますよ」
「それはそうなのだが……」
納得のいかないところがあるのだろう。エアグルーヴはコンサルを見やる。
「とにかく、見てやって欲しい。それで可能なら、彼女にトレーナーを見つけてやってくれないか」
「エアグルーヴさん」
コンサルは敢えて姿勢を整え直して見せる。意図が伝わったのか、わずかに身体を強ばらせる副会長。
「私は競走ウマ娘の味方です。ですから、彼女たちとトレーナーを引き合わせる契約支援は専門領域です。本人が望めば解約支援だって行います」
ですが前提として、それは本人の希望があってこそです。
「ああ、わかっている……だが」
苦しそうなんだ、とエアグルーヴ。
「走っている時、アイツはなんというか。すごくいい顔をするんだ……それが今は、きっと思い切り走れていない」
それはそうだろう。
授業をお行儀よく受け、教官の低負荷トレーニングをこなし、門限に制限される寮で眠る。
そこに「走るのがひたすら好きなウマ娘」の居場所はない。
「気に入っているんですね」
「なっ……!」
そんなことは確認するまでもなく、エアグルーヴの顔を見れば分かるのだが。
それをコンサルは口に出して聞いた。
「違うぞ。副会長として、決して
だが、そうだな。
「気に入っているさ。アイツと走ってみたい……きっと会長も、このような気持ちだったのだろうな」
競走者は、常に強者を求める。
それを絵に描いたような――――ティアラに手をかけつつあるウマ娘の姿。
「であれば、私にも出来ることはありますよ。エアグルーヴさん」
「なに?」
「
その言葉に、キョトンとするエアグルーヴ。
ワンテンポ置いて理解したらしく、彼女は困った様子でコンサルを睨む。
「貴様は相変わらず……詭弁が好きらしい」
「悪知恵を働かせるのが、馬喰の仕事です」
それではお節介を始めましょうかと彼は席を立つ。
「――――こと、この件については」
私にも責任の一端がありそうですからね。