結論から言うと、コンサルはサイレンススズカの担当トレーナーが現れない理由を察していた。
学業への姿勢は真面目。教官の教えることはないという発言。
そして、走るために生まれてきたとエアグルーヴに言わせるほどに、走ることが好きなウマ娘。
――――そんな彼女に、担当トレーナーが現れないことはありえない。
本来なら。不文律など知ったものかと選抜レース前にも契約したがるトレーナーが現れそうなものだ。
つまりそこには、現れないだけの理由がある。
「やはり、そうでしたか」
教官――――「課外活動」としての競走生活を提供する
「ということは、サイレンススズカさんはいまも?」
「ええ……一斉トレーニングの時間は終わっていますから、止めることも出来ず」
やはり彼女は、
「昼も、夜も、走り続ける……」
それはもはや、オーバーワークというレベルではない。
「今は、日中の半分を授業に、夜間の半分を門限に拘束されることで強制的に休息を取っている状況です。ですが、レースに向けた本格的なトレーニングを始めれば……」
「スピードは今の比ではなくなり、身体に大きな負荷がかかるようになる」
教官の懸念に、その通りだろうと頷くコンサル。
なにせ、レースとは長距離でも4000メートル
競走ウマ娘は究極的には短距離走者であり、とかくスピード、身体への瞬間的な負荷が求められる。
レースで消耗した身体が回復するのに少なくとも数日は欲しい、それが当たり前の世界。
走るのが好きでなければ競走ウマ娘にはなれないが、ずっと走っていたいウマ娘には向かないスポーツなのだ、レースは。
「教官の立場では、こういうことはあまり言えませんが……できればサイレンススズカさんには、誰とも契約しないでいてほしいですね」
「……」
一日中走っている……
彼女がもし――――トレーニングを経てスピードまで得てしまったら?
それは乗用車にスポーツカーのエンジンを載せて、しかも耐久レースに挑むようなもの。少しの無理ならともかく、下手をすれば
それを理解しているからこそ、誰もスカウトしようとしない。できない。
せめて加減を覚えてくれたら。教官によるトレーニングで控えることを学んでくれたら……そのような期待を背負っていたのであろう教官は、小さくため息。
「この学園はトゥインクル・シリーズに出場する競走ウマ娘を育成するための場所です。選抜レースの季節がくるまでにどうにか……そう考えていましたが」
状況が把握できたコンサルは、いずれにせよと言葉を紡ぐ。
「私はサイレンススズカさんに一度会ってみようと思います。彼女のいる場所に心当たりはありますか?」
「どこかを走っているはずです」
「それは、そうでしょうね」
つまり、走るのに適している場所ならどこにいてもおかしくないということ……とは言ったところでサイレンススズカも学生なワケで。
夕食の時間が近づけば寮には戻ってくるだろう。そこらで待ち伏せするのが適当かと考えるコンサル。
そんな彼の内心を知ってか、教官は目つきを鋭くした。
「契約をさせるつもりですか?」
「いいえ」
エアグルーヴはそれを望んでいるのだろうし、コンサルとしても応えたいところではあるが……こればかりは、そういう訳にはいかない。
何事にも手順というものがあるのだ。
「まずは彼女を見て、彼女の脚を守るためにはどうしたらいいか、それを考えるつもりです」
「……
反芻する教官。眼にはありありとした疑念が浮かぶ。
コンサルは礼を言って、その場を立ち去る。
「(当然の反応だとも)」
本当に守る気があるのか? 教官の目はそう語っていた。
守ると言えば聞こえはいいが、
基礎的な走法――――ある意味、もっとも保守的で守りに徹した、怪我をしないためのテクニック――――を教える教官にとっては、競走保険コンサルの口にする「守り」ほど欺瞞に満ちたモノはない。
だが、それでいい。
むしろ、そうあるべきなのだ。
世の中には役割がある。
安全な走法を教える教官。
速くて……速いなりの
そのリスクをカバーするために、保険がある。
労働省の定めた競走ウマ娘保護規則にて義務とされる、無限責任を定めた競走ウマ娘の保険――――絶対にウマ娘を救済するための制度。
そして無限責任を、いざというときの「ハズレくじ」を引くのが保険引受人。
その保険引受人が快く保険を引き受けるための「利益」を提供するのが馬喰。
ゆえに競走保険コンサルは現代の馬喰と呼ばれる。ウマ娘の脚に値札を貼り、彼女たちの走りが生み出す輝きを商業活動へと転化する。文字通り
であるからこそ、馬喰は常に競走ウマ娘の味方でなければならない。
せめて、彼女たちが不幸の底に沈んでしまわぬように。
栄光の、彼女たちの輝きを少しばかり掠め取ることで。
「さて、サイレンススズカさんを探さないと」
ひとりごちるコンサル。
聞き取りは済ませたが、結局本人に会わなければ話は始まらない。
……とはいえ、常に走っているというサイレンススズカにどうやって会えばいいのだろうか。
ウマ娘は足が速い。それこそ、道路交通法でも歩行者ではなく軽車両*1に分類されるくらいに。
ヒトの脚で探して、捕まえるなどまず不可能。となると、やはり寮で待つべきかだろう。
これがトレーナーと契約しているウマ娘であれば、ロードワークでもない限りは学園内(もしくはチームやシンジケートで独自に確保した施設)にいるのだが……。
「一応、学園の外周コースくらいには顔を出してみるか……?」
そう考えて、ほとんどダメ元で学園の敷地をぐるりと取り囲む外周コースへと足を向けるコンサル。
「うえ~、もうこんな時間だよ。今から行って間に合うかなぁ?」
「門限ヤバない? 走ればなんとかなるかぁ」
「ねね、オッチャホイって知ってる?」
「なにそれ、新作スイーツ~?」
「なんか分かんないけれど、駅前にできたんだって! いってみよ!」
「やや、今日は新作のはちみー飲みに行くんだってばぁ~」
学生カバンを背中に引っかけたウマ娘たちが駆けていく。
補習でも受けていたのだろうか。急ぐ足取りの横顔は晴れやかだ。
「……」
そう、忘れがちだがトレセン学園は「学園」である。
労働省の管轄学校法人、経産省が監督するトゥインクル・シリーズで活躍する優駿を育成する教育機関であったとしても、そこで学ぶ生徒たちは競走ウマ娘という課外活動をしているだけの子供に過ぎない。
誰しも、かつては学生で、子供であった。
そして皆、いろんなことを経験しながら大人になっていく。
『できればサイレンススズカさんには、誰とも契約しないでいてほしいですね』
確かに教官の発言は、学園の人間としては褒められたものではないかもしれない。
しかしどうして、教官の発言を否定できるだろう。
学園に入学したウマ娘たちが、例え夢破れて――――もしくは、夢のスタートラインにすら立てなかったとして――――も、せめて健常な身体で、せめて来る前よりは多くのモノを得て、そうやって去って欲しいというのが学園関係者の偽らざる本音だ。
それが例え……カリキュラムを満了して卒業証書を受け取る前に転校か転科、もしくは退学を選ぶ生徒が過半を占める
そしてそんな彼女たちを少しでも多く守るために、男は競走保険コンサルに……馬喰になった。
志を共にする代表と共に、競走ウマ娘の「最後の砦」となるために。
「むむ……っ! そこのアナタ!」
「?」
と、コンサルの方へと向かってくるウマ娘。
「アナタはいま! なにかを探していますねッ!?」
「え、えっと……?」
どういうことだろうか。
確かにサイレンススズカを探しているのは事実なのだが……とはいえ否定する理由もないので、コンサルは首肯する。
「サイレンススズカさん、という生徒を探しておりまして」
「なんと! それは本当ですか!」
その言葉に、パッと彼女は顔を明るくする。なぜ?
「いやぁ~よかった! 今日は人助けが吉と出ていますからね!! 人助けをしないと天罰が下ってしまうのですよ~!」
コンサルの困惑を感じ取ったらしいウマ娘が丁寧に事情を説明してくれる。
……説明を聞いてもイマイチ理解はできなかったが、ともかく彼女はサイレンススズカのことを知っているらしい。
「スズカさんなら、今日は神社の方にいるはずですよ!」
「神社?」
「はいっ! あっちの方の丘にある神社です!」
そう言って彼女が指さしたのは街並みの向こうに見える丘陵。
覚悟はしていたが、やはりそれなりに遠い場所まで走って行っているらしい。
「なるほど、ありがとうございます」
「いえいえ! ではワタシはこれにて!」
ぴゅーんと走り去るウマ娘。そういえば名前も聞けていないが、彼女はいったいどうしてサイレンススズカの居場所を知っていたのだろうか?
「それはですね! お告げです!」
「うわ戻ってきた!?」
「ハッ! こうしてはいられません、今日のお告げはまだまだ沢山ありますからね! ではッッッ!」
ぴゅーんと走り去るウマ娘。
「な、なんだったんだ……?」
高貴な色である紫を基調としたトレセン学園の制服を来ているから、学生には違いないのだろうが……いや、考えていても仕方ない。
ともかくコンサルは神社へと向かうことにした。
†
学園のある街を見下ろすことの出来る丘の上にある神社は、心臓破りの階段との異名を持つ長い長い石段の上に鎮座している。
流石に心臓破りの異名を取るだけあり、その急勾配と高低差には折り紙付き。
そしてそこに、彼女の姿はあった。
「ハイッ! マチカネフクキタルですっ!!!」
「…………えっ?」
コンサルは困惑した。
もちろん彼女はサイレンススズカではない。本人が別の名前を名乗っているので、同名の別人という訳でもなさそうである。
「えっと……? 確か、学園でお会いしましたよね?」
「はい!」
一瞬記憶を疑ったが、どうやら先ほどサイレンススズカの居場所を教えてくれたウマ娘で間違いないらしい。
「どうしてここに?」
「むむ! それはですね、話せば長くなるのですが……一言で言うなら、そう! お告げがあったのです! 今日、神社で運命のヒトに会えると!」
「はぁ」
そういえば学園でもお告げがたくさんあるとか言っていたような。ともかく信仰の自由は認められてるのでコンサルは口を挟む気もない。
それよりも、サイレンススズカを探さなければ。
「では私はこれで……」
「ここで会ったということは、もしやあなたが運命のヒトなんですか!?」
「???」
しまった、全然話が通じていない!? コンサルは身構える。
これ、もしやマッチポンプ*2というヤツではないだろうか。
「……まっち、ぽんぷ? はて、マッチで火をつけてポンプで消すことでしょうか?」
「間違ってはいないですね……」
今の話で言うなら、火をつける行為が「コンサルを神社に誘導する」こと。そして火を消すことが「神社に現れる運命のヒトを見つける」ことになる。
…………それで彼女に、なんの利益が?
「
「
「はいっ! お告げにあった『運命のヒト』! その方をトレーナーさんにすれば、もう爆運開運ゲート運です!」
「‥‥あの、申し訳ないのですが」
「はい!」
「私はトレーナーではないですよ?」
「はい!」
「……はい?」
「学園にいらっしゃったのに、トレーナーさんではないのですか?」
「少しややこしくて申し訳ないのですが……」
コンサルは競走保険の仲介人。そして競走保険とは、レースに出走する全ウマ娘が加入義務を負う競走・トレーニング時の事故、怪我による様々な損失を補填するための無限責任の保険。
ひとたび事故が起これば、万難を廃して競走ウマ娘を救済する――――そのために、競走保険の引受人には一般的な保険とは比較にならない保険料が支払われる。
つまり事故が起こらなければ引受人は丸儲け、事故が起きればスーツのボタンを売ってでもウマ娘の治療と復帰までのサポートを請け負うことになる。
そんなハイリスク・ハイリターンな金融商品である保険の引受人を探し、競走保険を売る……それが現代の馬喰、競走保険コンサルの仕事である。
「なんとっ! そんなお仕事もあるのですね! まったく存じ上げませんでした!!!」
「そういう訳でして。私はトレーナーではないのです」
「ぬぬぬ……ぬわーっ! では! ではお告げにあった『運命のヒト』とはいったい?!」
大げさにぐるぐる周り、それから頭を抱え込むマチカネフクキタル。
いや知りませんよ……というのは流石に無責任か。いやマッチポンプっぽいのに無責任も何もあるのか? コンサルは少し考えを巡らせたが……とはいえ、困っている競走ウマ娘を見捨てるという選択肢は取りようがない。
ひとまず話だけでも聞こうかとコンサルが口を開こうとした時、頭を抱えた彼女が急に後ろから羽交い締めにされる。
……羽交い締めにされる?
「ぎょわわわわぁッ??!! なにッ?! なんですかッ……ハッ! これがまさか『神の見えざる腕*3』!?」
もちろんそんなハズはない。
両脇下から腕が回され、肩関節の自由が利かなくなったマチカネフクキタルは混乱もあって気付いていないようだが、もちろん背後には彼女を羽交い締めにしている張本人がいる。
ストレートの栗毛。
小さく結ばれた唇。
一見するとピントがあっていないようにも見える深い瞳が、その無表情を引き立てる。
「……サイレンススズカ、さん?」
「ふえっ? スズカさん? どこどこどこですかぁ?!」
「…………ここよ、フクキタル。あなたの後ろ」
「またまたぁ~、やめてくださいよメリーさんじゃないんですから……ってうえぇぇ!? ホントにいらっしゃる!?」
驚愕でジタバタするのをやめたマチカネフクキタルを、もう暴れることはないと解釈したのか解放するサイレンススズカ。
「すみません。フクキタルが、なんだかご迷惑をおかけしたようで……」
「い、いえそんな……むしろマチカネフクキタルさんには、こちらの人捜しを手伝って頂いてまして……」
嘘は言っていない。
サイレンススズカが優等生というのは本当らしく、コンサルとマチカネフクキタルのやりとりを「学園の生徒が一般人に迷惑をかけている」ものと見て介入したのだろう。
それは半分正解で半分は誤り――――神社で待ち構えていたのはマチカネフクキタルだが、神社へ向かったのはコンサルである――――とはいえ全部を説明しても混乱するだろうから、話をややこしくしないためにコンサルは端折った説明とした。
「えっ!? ワタシ、コンサルさんの人捜しなんて手伝っていましたっけ!?」
しかしマチカネフクキタルの発言が状況をややこしくする。
「いや、あなたが言ったんですよ? サイレンススズカさんがここにいる、と」
そして、実際にサイレンススズカは神社にいた訳であるが……これは偶然なのか、それとも本当にそうだったのか。
「ハッ! そうでした! そういえば学園でトレーナーさんに聞かれて、今日の3個目のお告げに人助けをするようにとあったので答えましたね!」
「ええ、ええ。それです。そして私は競走保険コンサルです、トレーナーではありません」
「え、えっと……なにがなんだか分からなくなってきたわ……?」
口元に手を当てて、首を傾げて。サイレンススズカは身体をくるり回す――――歪みのない左回転。どうやら情報が飽和しているよう。
「ちょちょ……ちょっと、ストーップ!」
これは本当に収拾がつかなくなると直感したコンサルは、懐から慌てて名刺を2枚取り出した。
「私、ともしび競走保険コンサルタントの競走保険コンサルと申します!」
「「!」」
大変に申し訳ないのですが、お時間を頂いてもよろしいでしょうか――――っ!