本当にそれでいいのだろうか。
コンサルはそう思った。
サイレンススズカの件ではない。それについてはコンサルなりの妥当な答えを出せたと思っているし、引受人捜しも急ぎではない*1から着実に進めていくだけの話である。
つまり、コンサルにとって目下の悩みは、目の前のウマ娘。
「さぁ! 運命を連れてきてくれるコンサルさん! ワタシの運命は何処にッ!?」
つまりマチカネフクキタル。端から見ればマッチポンプにしか見れない流れで担当トレーナーを探して欲しいと依頼してきた競走ウマ娘である。
もちろん、依頼をしてきた以上マチカネフクキタルは
……とはいえ、競走ウマ娘としてのマチカネフクキタルに誰もスカウトをしないなんてことはないと思うのだ。
「
「はいっ! いえ、これは自慢できることでもなんでもないのですが、そうなんです!」
「ふーむ」
となると、なにか致命的な問題があるのだろうか。
トレーナーが彼女をスカウトしたくなくなるような、致命的な問題が――――。
「ですが心配には及びません! お告げも契約を急かしているワケではないようですからね!」
「……」
――――いや、まさか。コンサルは考える。
致命的とまではいかないだろう。占いやお告げを大事にするヒトなんていくらでもいる。
「ちなみに選抜レースに出たことは?」
「いえ! ありません!」
「なるほど」
となると話は単純だろう。
「マチカネフクキタルさん。基本的にトレーナーは選抜レースで担当トレーナーをスカウトします。例外はありますが、選抜レースの走りでウマ娘の走力、実力を確認することでスカウトするかどうかを決めているのです」
トレセン学園において、選抜レースは出会いの場として設置されている。
……というのは、半ば嘘のようで、本当の話。つまりは担当契約を結ぶためのマッチング会場として選抜レースは存在する。
選抜レースの開催は年に四回。これに向けて未契約のウマ娘は準備をする。
仮に選抜レースが存在しなければどうなるだろうか。もちろん学生達(または教官)が自主的に開催する模擬レースはあるが、そこに集まるウマ娘はあまり本調子ではなかったり、そもそもレースにむけた練習ではなく基礎的な身体作りをしていたり、なんなら数合わせで参加しただけでやる気がなかったりする。
つまりは参加者にも
……もちろん、レースなど見ずともウマ娘の才能を見抜き栄冠を勝ち取ると信じて契約を結ぶトレーナーもいるにはいるが、そういったトレーナーはあくまで例外。
選抜レースという
そしてウマ娘にとってしてみれば、多くのトレーナーが選抜レースで才能の原石を見つける――――即ち、自らを才能の原石として売り込むチャンス。
ゆえに開催時期が決まっている選抜レースに向けて、ウマ娘は準備をする。選抜レースに向けて仕上げた――――学生の自主練ゆえ、仕上がりの度合いはマチマチだが――――ウマ娘が揃うことでトレーナーは確実なスカウトを行える。
それが選抜レース、ウマ娘とトレーナーのマッチングの場。
「そんな選抜レースにマチカネフクキタルさんは出走していない訳です」
さて、スカウトに関して何が足りないか。もう分かりましたね?
「はいッ! それは運です!」
「違いますね」
それはひょっとしてボケで言っているのだろうか。
しかしマチカネフクキタルは、当然と言った顔で続ける。
「いいえ、運です! なぜなら、前回も前々回も、占いの結果が悪かったので!」
「なるほど……とすると、占いの結果が悪かったから選抜レースに出なかった?」
「そうです! せめて小吉なら何かいいことがあるかもしれませんが、凶が出てしまってはレースに出ても仕方ありませんからね!」
自信満々に言っているが、言っている内容は精査するまでもなくメチャクチャだ。
さてはてどうしたものかとコンサルは思案。
「……ちなみに、占いの結果はどこまで信じるのですか?」
「もちろん、
なるほど。これは確かにスカウトがつかないなとコンサルは思う。
なにせ選抜レースに出ておらず、選抜レースに出走するかは占いの結果次第。
これではスカウトがくる以前の問題である。
「さて。どうしたものかな」
コンサルは思案。ひとまず今日のミーティングではひとまず選抜レースへの出場を目指し、そこで
「はんにゃかはんにゃか~。サイコロよ~、道をしめしたまえ~~~せいゃっあッ!」
そんなコンサルの心配も知らずにマチカネフクキタルはサイコロを振っている。
どうやら、夕方のロードワークで向かう先を占っているらしい。
「夕方の走り込みは、いつもしているのですか?」
「いえ、いつもではありません! ニンジン占いの結果によっては筋トレにしますし、茶柱が立てば併走を挑みます!」
「……もしも占いの結果が悪かったら?」
「他のトレーニングを占います、そして、一番運勢がいいトレーニングをするのです!」
「なるほど」
それでも、やはりマチカネフクキタルをスカウトしないトレーナーが現れないとは思えない。なにせ彼女には努力する意思がある。
「はぁ……ッ!!! サイコロの示すは3! ということは、今日は3の看板が現れるまで進みましょう!」
「お気をつけて、また来週にお会いしましょう」
占いは大切、でもトレーニングをサボることはない。
トレーニングの選択は占いに頼っているが、それは裏を返せば多種多様なトレーニングを満遍なくこなしていることを意味している。
なにせ占いとは統計である。必ず一定確率で吉となり、一定確率で凶となるように出来ているのだ。
そんな彼女だからこそ、着実に実力がついていって……
「――――って! ちょっと待って下さい! 来週なんですか!?」
「え? えぇ、来週また同じ時間に来ようと思いますが……あまり来てもお邪魔でしょうし」
「そんなことはありません! なにせコンサルさんは『運命のヒト』ですからね!」
「そ、そうですか」
……占いを絶対視するのは、それはそれで心配ではあるのだが。
†
ともかく、そのような調子で選抜レースまでの間、コンサルは可能な限りマチカネフクキタルのトレーニングに顔を出すようにしていた。
彼女のトレーニングは本当に独特だ。ラッキーナンバーの分だけトラックを周回しようとしたり、大吉が出れば格上相手にも模擬レースを挑んだり――――流石に格が違いすぎて負けることが多い――――
それほどに、彼女にとって占いは大切なものなのだろう。
そして、彼女は占いを決して
仮にラッキーナンバーと同じだけトラック周回が出来なくても、ラッキーナンバーという目標があったからこそいつもより努力できた。大吉を見て模擬レースに挑んで負けても、大吉のおかげで模擬レースに挑んで経験を積むことが出来た。
そういった具合に、彼女は走ることに対して非常にポジティブなのだ。
「(きっと、それだけ走ることが好きなのだろう)」
これはコンサルの勝手な予想だが、彼女にとっての占いとは、彼女の走りたいという気持ちの背中を押してくれる存在なのだ。
「ぬわぁあああああ! 聞いて下さいコンサルさん!!!」
「どうしましたか……?」
「なんと! 今朝の寝グセ占いも朝食のニンジン占いも、小テスト中のエンピツ転がし占いも! 全てが大凶を示していたのですッ!」
「そ、そうですか」
「そして今日は待ちに待った選抜レース!!! どうしましょう!? 今回も棄権するしかないのでしょうかっ!」
……そして、きっと背中を押してもらわないと、彼女は次の一歩を踏み出せないのだ。
「(あまり、やりたくはなかったが……)」
こうなってしまえば止むを得ない。コンサルはわずかに屈み、真っ青になっているマチカネフクキタルと視線を合わせる。
「マチカネフクキタルさん。これは試練です」
「しっ、試練……」
「ええ。占いの結果を乗り越えろという試練です」
「た、確かに。普段なら何回かやり直せば吉に転ずるというのにその気配もありませんでした! もしやこれが……お告げ!?」
占いって吉に転ずるまでやり直す運用をしてもいいのだろうか。コンサルは思ったが、それは本筋ではないので触れないでおく。
「で、ですが、ワタシは占いがなければ何もできません。このままじゃ最下位ぶっちぎり間違いなしですぅ!」
「確かに『運も実力のうち』とは言います」
しかし、あくまで
「だからこその試練です。下振れした実力だけでどこまでやれるか? それを見せるのです」
「うっ」
マチカネフクキタルは(占いという不確定要素に頼りつつも)着実にトレーニングを重ねている。そして占いという確率に頼るので、バランス良く様々なことに手を出すことになる。
その結果、マチカネフクキタルは周囲の未契約ウマ娘と比較すると完成度が高い――――未契約のウマ娘は教官のトレーニング以外には走り込みしかしていない場合が多いので、偏ったトレーニングをしていることが多い――――これは、レースという総合力の求められる環境では有利に働くことだろう。
ゆえに、順当に選抜レースに出走すれば、活躍することも不可能ではない。
「ぬぬぬ……」
「いかがでしょうか」
「……や、やっぱり無理です!」
「あっ」
耐えきれなくなったように逃げ出すマチカネフクキタル。
「おい、あまりウチの生徒をいじめてやるな」
背後に現れた声。それはシャドーロールの怪物、ナリタブライアン。
彼女はトウカイテイオーが去った後の学園生徒会の会長として、木の上から生徒達を見守る日々を送っており……そのうち業を煮やしたエアグルーヴに捕まり、生徒会室へと連行されるのがいつもの流れだと聞いている。
「っと、ナリタブライアン会長。これはお恥ずかしい所を」
「挨拶はいい。なにをしていた?」
かいつまんで説明するコンサル。
「……思うに、マチカネフクキタルさんにはやる気を引き出す人物、モチベーターがいれば劇的な改善を遂げるかと」
占いに頼るのは、究極的には己に自信が持てないから。となれば、彼女の確固たる実力を客観視し、それを彼女に誤りなく伝えることが出来る人物がいれば、彼女は自信を持って選抜レースやメイクデビュー、重賞制覇も夢ではない。
「ずいぶんと買っているんだな」
「競走ウマ娘の光るところを見つける。それも馬喰の仕事ですので」
競走保険の引受人はウマ娘を選ぶ。当たり前だが、強いウマ娘と契約したいと考える。それがRKSTポイント、つまり競走保険そのものの価値を高めることに繋がるし、なにより引受人の業種によっては自身の価値を高めることにも繋がる*2。
ゆえに馬喰にも、引受人に競走ウマ娘を紹介できるだけの相マ眼*3が求められる。
「馬喰の仕事……? 違うだろ、お前の場合は」
ナリタブライアンがコンサルを睨む。コンサルはなんのことやらと肩を竦めた。
「違ったとしても、今はそういった形で活かしているのです」
「……つまらん奴だ」
それだけ言って、ナリタブライアンは背を向ける。
「どちらへ?」
「うるさい副会長サマのところだ」
それから数歩歩いて、彼女は木の陰に顔を向ける。
「おい、マチカネフクキタル。隠れてないで出てこい」
「はへぇッ!?」
バネに弾かれたように出てくるマチカネフクキタル。
「……逃げ出したんじゃなかったんですか。マチカネフクキタルさん」
「いえそれは。ホラ! 今日のTV占いでマチビトキタルと書いてありましたので!」
あまり説明になっていないが、要するにコンサルが追いかけてくるのを待っていたのだろう。自己評価が低いのか、高いのか分からないウマ娘である。
「いいかフクキタル。お前にひとつ教えておいてやる」
くいと親指でコンサルを指し、ナリタブライアンは一言。
「コイツ、トレーナー資格持ってるぞ」
「なッ!」
「……」
今度はコンサルがナリタブライアンを睨む番であった。
いや、睨むほどの余裕があればよかったが、そんな余裕もない。なにせマチカネフクキタルが最終直線もかくやという末脚でツッコんで来るからだ。
「そそそそそ、そーなのですかぁッ!」
「落ち着いて下さい。それはもう過去の話です」
「カコッ! では元トレーナーさん!? ですが元トレーナーさん、ワタシの
「いいえ、トレーナーはやりません」
「ナニユエッ! ナゼですか!?」
興奮と困惑でいっぱいいっぱいになっているマチカネフクキタル。
コンサルは落ち着き払って、真剣な表情で言った。
「私は、可能な限り多くのウマ娘を守りたいのです」
たった1人の担当のことだけを想っていた故に起こした、あの過ちを繰り返さないために。