その『紙きれ』で救えますか?【完結】   作:帝都造営

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三冠シンジケート

 数日後。黒沼トレーナーの部室にて。

 

 

「残念ながら引受人は見つけられていません。ただし、通常の6倍の保険料であれば引き受けるという方が現れました」

「6倍」

 

 もちろん、そうホイホイと出せる金額ではない。家計のひとつやふたつ、簡単に傾いてしまう金額――――それが、ミホノブルボンに課せられた夢を追うための「手数料」である。

 

「そこでひとつ、提案があります」

 

 と、山のように積まれたお菓子とパック紅茶を前にしたコンサルは口を開いた。

 

「黒沼さん。ミホノブルボンさんのペースコントロール能力はどれほどですか?」

 

 その言葉を受けて、黒沼はサングラスの奥で僅かに眉をひそめた。

 当然だろう。なにせペースコントロール能力はレースに直結する。つまりはレース戦術、作戦を組み立てるのに必要な情報であり、もしも周りに流されてしまえば対抗策を講じられてしまうことだろう。

 コンサルとして取引相手の秘密を守るのは当然のことなのだが……チームの秘密主義は今に始まったことではない。コンサルは続ける。

 

「確かに、対抗策を講じられれは問題でしょう。では、対抗策を無意味にしてしまえばいいのです」

「なにが言いたい?」

 

 黒沼が促してくるので、コンサルは鞄からタブレット端末を取り出す。

 

「ミホノブルボンさんの夢。クラシック三冠は決して夢物語ではないと私は踏んでいます。ですので少々伝手を使って、彼女の模擬レースの映像を入手させていただきました」

 

 流れ出す映像。そしてコンサルは一枚のメモを取り出した。

 

「これは1ハロン*1ごとのタイムです」

 

 数字の羅列は、全て同じ。つまり完璧なラップタイムを刻んでいることを意味している。

 

「これはスゴいことです。ミホノブルボンさん、いつも練習ではタイムを意識して走っていますね?」

「肯定。スタミナ不足は三冠達成にクリティカルな障害です。ゆえに、入学前から常にタイムを意識したトレーニングを重ねてきました」

「黒沼さん。これはとんでもない財産ですよ」

 

 入学前から積み上げてきたトレーニングは、ジュニア期やクラシック期の序盤では圧倒的なアドバンテージとなる。ホープフルSはもちろん、皐月賞や日本ダービーでも敵ナシと言っていい。

 

「もちろん知っているが、それがどう提案につながる? ブルボンが勝てることは分かってる。だが保険の引受人が現れないことには……」

「ええ、ですから。ミホノブルボンさんのラップ走法を宣伝しましょう」

 

 ぴょこりと、ミホノブルボンの髪の毛が跳ねた。

 それはレーダーのようにくるりと回転すると、それから機能停止したように垂れる。

 

「理解不能です。説明を求めます」

「俺からも頼む。手の内を明かすことはいい、もう半分以上バレているだろうからな。しかし宣伝とは?」

「そこで最初の話に繋がるわけです。対抗策が無意味なほど強ければいい」

 

 例えば、レコードタイムで走るウマ娘が居たとして。そのウマ娘に勝つことは出来るだろうか。

 もちろん出来ない。なぜなら、彼女がレコードタイムで走っている時点で、残りのウマ娘は彼女より脚が遅いということになるからだ。

 

「まず、逃げが有利なのはご存じかと思います」

 

 なにせ先行するウマ娘がいないから不利を受けることがない。まだ踏み荒らされていないターフを駆けることが出来、誰よりも良いコース……つまりスタミナを温存できる経済コースを走ることが出来る。

 

「ではここに、誰も寄せ付けない競走能力(スペック)があれば?」

 

 まず、負けることはないであろう。

 

「確実に勝てるのであれば、それは確実に賞金が手に入るということです。であれば多少、いえ相当に高い保険料を払ってもお釣りがきます」

「そりゃ、理屈の上ではそうだろうが」

 

 トレーナーとして当然の反応をする黒沼。レースとは賞金獲得のためにやるものではない。競走ウマ娘を指導するトレーナーに求められるのは、ウマ娘を無事に走りきらせる管理能力である。

 

「そうです。私が言っていることはバクチです。バクチでレースをしてはいけません」

 

 ですので――――「他の誰か」にバクチを打って頂きます。

 コンサルは資料を取り出す。

 

「問題なのは、結局のところ最初の保険料を誰が払うのかという問題です。ミホノブルボンさんが安全で、リスクが他のウマ娘と変わらないと認識される……つまりケガをせずに走り続けることが出来れば、自然と保険料は下がりますからね」

 

 なので最初の保険料を、他の誰かに払って貰うのです。

 

「待ってくれ。それは引受人を探すのと何が違うんだ?」

「ひとことで言えば、財産制限がないことですね」

 

 引受人には財産制限が設けられている。いざというときにウマ娘を救済するのだから当然である。

 

 しかし保険料を払うだけであれば、財産制限はない。支払人にウマ娘を救済する必要はないからだ。

 

「で、保険料を肩代わりしてもらうとして、ソイツにはなんの得がある」

「賞金です。レースで勝った場合に賞金をお渡しします」

 

 もちろん、全てではありませんよ。肩代わりして貰った分をお返しし、お礼をつけるイメージですとコンサル。具体的な数字はこちらにと書類を指し示す。

 

「それは借金だろう」

「違います。これは『金融』です」

 

 コンサルは書類の一角をコンと叩いた。

 

「今回はシンジケート・ローンという手法を用います」

 

 ローンと名乗るだけあって借金には違いないが。これは通常の借金とは大きく異なるものだ。

 

「これは一般的な借金(借り入れ)とは異なり、借り手にカスタマイズされたローンとなります。今回の場合は『クラシック三冠を達成する』ためのシンジケートですから――――」

 

 

 〈三冠シンジケート〉とでも呼びましょうか。

 

 

「もちろんお金は三冠競走を制覇するために使います。残念ながら三冠を達成できない場合も、競走で得られた賞金を使って可能な限り返済をおこないます。ざっと試算しましたが……」

 

 これくらいの成績が残せれば概ね返済は出来るでしょう。

 

 そう言ってコンサルはレース賞金の試算を差し出す。

 しかし、ミホノブルボンはまだ条件ウマ娘である。ホープフルSへも格上挑戦となる――――もっとも、ジュニア期のG1は殆ど格上挑戦だが――――彼女が、ここまでの成績を残せるかは未知数だ。

 

 

「納得いきません」

 

 

 ぴしゃりと言ってのけたのはミホノブルボンであった。

 

「お話の通りであれば、シンジケート・ローンには返済の義務がないように聞こえます」

「返済の努力はしていただきます。賞金だけではなく、グッズの売り上げやその他の競走に関わる活動で得た収入はすべて返済に充てられます」

 

 しかし、本当に鳴かず飛ばずであった場合は確かに返済の義務はない。

 

 というか、返済の義務があったら困るのだ。

 なにせこれは、ウマ娘が競走を終えた後、借金やケガに苦しまないための仕組みなのだから。

 

「ですがそれでは、まるで騙しているようではありませんか」

「ええ。騙していますよ?」

 

 クラシック三冠という『夢』を語り金を集める。

 そして三冠が達成できなければ、夢も金もなくなる。

 

 このままでは三冠シンジケートというより、三冠詐欺である。

 

 

「ですから――――『借金をする』という発想そのものを変えましょう」

 

 

 そうしてコンサルはもう一枚の紙を取り出す。同じくシンジケート・ローンについて書かれているが、借りる額が一桁は違う。

 

 なぜなら、ローンの額がより大きくなっているから。

 

 

「私が提案する三冠シンジケートとは、三冠バを『育てる』シンジケートです」

 

 

 そこに書かれているのはローンで集めるお金の使い道……保険料だけに留まらない、様々な使い道がびっしりと書き込まれている。

 

「これは試算のために作った適当なものですから、実際のローン規模は担当である黒沼トレーナーに決めて頂くことになりますが。まぁ、このくらいは集められると思いますよ」

「……」

 

 黒沼は無言で紙に視線を落としてる。

 彼がなにを考えているかは、分かっているつもりだ。

 

「黒沼さん。あなたのが今抱えている懸念は、ミホノブルボンというウマ娘を育てるのに『学園が狭すぎる』ことではありませんか?」

 

 

 学園は広い。だが狭い。

 

 

 なぜなら、所狭しとウマ娘たちがトレーニングに励んでいるからである。

 トレーニング機材は常に順番待ち。コースだってそう簡単に空くわけではない。

 

 とはいえ、学園を出てしまえば何かとお金がかかる。

 施設使用料や遠征費だけではない。学園の外という『危険な環境』での安全確保、医療サービスのバックアップ……。

 

「これは借金ではありません。三冠ウマ娘を育てるための『投資』です。そしてミホノブルボンさんは、その投資に応えられるだけのポテンシャルがある」

 

 なぜならミホノブルボンの行ってるトレーニングは……ハッキリ言って常軌を逸しているからである。

 

「そもそも、ことの発端となった保険引受の拒否は『ミホノブルボン』というウマ娘に引受人(アンダーテイカ―)がビビってしまったからです」

 

 ジュニア期に、シニア期のウマ娘でも行わないようなハードなトレーニングを行うミホノブルボン。

 そこにあるのは怪我のリスクだけだ。だから誰も引き受けない。

 

 なぜか? 競走保険は「無限責任」だからだ。

 

 ではその「無限責任」をシンジケート・ローンという「有限責任」……つまり出したお金は帰ってこないかもしれないが、それ以上は損をしない金融で補ってしまえば良い。

 

 

「そもそも『リスク』と『リターン』はコインの表裏です。考えてみてくださいミホノブルボンさん。あなたには保険屋がリスクと思うほどのトレーニングを、毎日こなせるだけの才能がある」

 

 それはつまり、それだけ身体を、競走能力を引き上げることが出来るということ。

 

「さらにミホノブルボンさん、あなたにはラップ走法という財産がある」

 

 このままトレーニングを積んで、ラップ走法でレコード近い数字を出しつづければ貴女は無敗の三冠ウマ娘だと。コンサルは言葉を紡ぐ。

 

「三冠は夢です。あなたの夢であると同時に、みんなの夢でもある」

 

 そしてこれは、と言いながらコンサルはさらにもう一枚の紙を取り出した。

 

「その夢に『投資したい』と考えている方々の一覧(リスト)です」

 

 当たり前の話ではあるが、コンサルは夢を語るために部室に来たわけではない。

 ウマ娘が憂いなく走り出せるように。そして走った先に、後悔が残らぬように。

 

「皆さん競走保険の引受経験があり、ミホノブルボンさんの夢に理解は示しつつも、保険そのものの引受には踏み切れなかった方たちです」

 

 つまり、コンサルが引受交渉を行って引受を断った引受人候補たち……無限責任でなければお金を出せると判断した投資家たち。

 信用できないのであれば断って頂いて構いませんといいつつも、コンサルはぐいと身を乗り出した。ピント伸ばされていた背筋が弧を描くようにしなり、眼差しがウマ娘とトレーナーに注がれる。

 

「彼らにも生活があります。無限責任となる競走保険の引受は、そう簡単にはできません……ですがそれでも。こうして夢を応援したいという心意気がある。ミホノブルボンさんのラップ走法を宣伝し、三冠への夢を掲げることで、応援したいヒトの数は増えていくはずです」

 

 そこにはもちろん、保険引受の経験がない――――つまり引受条件を満たす財産を持っていない――――人々も加わることだろう。

 これまでリスクを引き受けられなかった人々も、彼女の夢を支えることが出来る。

 

 これこそが三冠シンジケート、最大の利点。

 

 

 

「ミホノブルボンさん。あなたの『夢』に……私たちの夢()、乗せてくれませんか」

*1
約200メートル








ちなみにシンジケート・ローン自体は実在するらしいです。
でも私は金融畑じゃないので間違ってたらユルシテ……というか指摘貰えると泣いて喜びます。
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