その『紙きれ』で救えますか?【完結】   作:帝都造営

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皐月賞の衝撃

『皐月賞を制したのは――――サイレンススズカッ!』

 

 

 それは衝撃だった。

 

 脅威の大逃げ、3コーナー時点での15バ身。

 そのセーフティーリードを狭めるには、小回りな4コーナーと短い最終直線では足りなすぎる。

 

『大逃げの衝撃!』

『栗毛の弾丸!』

 

 トゥインクル・シリーズを中心に扱うメディア各社はこぞってサイレンススズカを持ち上げる。

 そして記者会見でのチャーミングな解答*1や弥生賞でのお茶目なハプニング*2なども相まって、サイレンススズカの人気はうなぎ登り。

 

 

『診断の結果だけれど、脚に異常は全くないそうよ』

「……そうですか。それはよかったです」

『まったく、それにしても彼もやってくれたものね』

「ええ。東条トレーナーの人選が功を奏しました」

『…………偶然よ』

 

 そしてコンサルをはじめとするサイレンススズカ支援組は、密かに胸をなで下ろすのであった。

 

 

 

 

「だ、だだだだッ、ダービィー!? またの名を東京優駿!?」

 

 そしてマチカネフクキタルはというと、次走をおみくじで決めていた。

 

「(なぜ?)」

 

 コンサルは思ったが、今さらの疑問だったかと気を取り直す。

 

「つまり。サイレンススズカさんに挑め、ということですね」

「ワタシがですか!?」

 

 そんな、あり得ませんよとマチカネフクキタル。

 

「スズカさんは今トッテモ速いです! いえ! 速いのは前からでしたが、とにかくいまはもんのスゴく速いです!」

「いえ。そうでもありませんよ」

 

 コンサルは準備していた資料を取り出す。それは皐月賞のタイム。

 

「今回の皐月賞では、誰もサイレンススズカさんに注目していませんでした。しかも前走、トライアルの弥生賞ではゲートでのハプニングもあり、サイレンススズカさんは『本番に弱いウマ娘』と見られていた」

 

 だからサイレンススズカさんが大逃げ体制に入ったとき、他の走者は「暴走した」と判断したのです。

 そう言いながらコンサルが見せるのは、サイレンススズカ以外のラップタイム。

 

「みてください。今回のレースはサイレンススズカさん以外は超スローペース。あまりにサイレンススズカさんが()()()()()()()を決めたせいで、彼女が速いと勝手に誤解して速度を緩めてしまったのです」

 

 その結果、脅威の15バ身。しかも逆噴射もなくスルッとゴール板前まで行ってしまったものだから誰も追いつけないという結果になった。

 

「な、なるほど……?! つまり、ワタシもスズカさんにぴったりついていけばいいということですね!?」

「いえ、それはオススメしません。フクキタルさんの基準スピードはサイレンススズカさんより少し遅いので、常に追いかけると序盤から脚を使うことになってしまいます」

「…………やっぱりワタシの方が遅いんじゃないですかぁ!?」

「ペース配分さえ誤らなければ問題ありませんよ。最終直線で差せます」

 

 そう助言しつつ、コンサルはダービーに向けたトレーニングプランを練りましょうと端末を操作する。

 

 

 念のため言っておくと、コンサルはマチカネフクキタルのトレーナーとなった訳ではない。

 彼がやっているのはマチカネフクキタルのトレーニング支援。もう少し正確には、彼女が籍を置く〈チーム〉に対する競走ウマ娘のトレーニング支援コンサルティングである。

 

「遠征中のところ失礼します。ともしび競走保険コンサルティングです」

『ああ、コンサルさん。お世話になってます、フクキタルの様子はどうでしょうか』

「はい。先ほど次走を占う()()()()の結果、日本ダービーを目指すこととなりました」

『ダービーですか。となると、抽選となりますな』

「ええ。ですので、トライアルの青葉賞やプリンシパルSに出走するかの相談を……」

 

 コンサルがフクキタルに視線をやると、彼女はブンブンと首を振っている。

 

「……どうやら本人はトライアルは出ずに抽選で運試しをしたいようですが」

『ええ。構いませんよ』

 

 ゆえに、コンサルが出来るのはあくまでも「トレーナーに対する助言」。

 その助言を聞き入れるかどうかは、そのトレーナーと競走ウマ娘の判断によるという、そういう立ち位置で仕事をしているのである。

 ……言うなればトレーナー資格を用いず事実上トレーナーと同じ業務をこなすことになるのだが、それは言うまでもなくトレーナーの領分を侵すことになるわけで……。

 

「では、ダービーへ向けたトレーニングプランを本日中に送付しますので、ご確認の程よろしくおねがいします」

『あ~、別に特に内容に口出しする気ないんで好きにやってくれていいすよ? あ、出走願いはトレーナーのサインいるんでしたっけ。それは送っといてください』

「かしこまりました。それでは失礼いたします」

 

 トレーナーとの通話が切られる。コンサルはフクキタルへと向き直った。

 

「はい。トレーナーさんとの話はつけました。この方針でいきましょう」

「あの~、コンサルさん。頼み込んだワタシが言うのもなんですが……ダービーですよ? トレーナーさんが何も口を挟んでこないのってヘンじゃないですか?」

「ええ。変ですよ。いわゆる『黒よりのグレー』です」

 

 当然の話ではあるが、トレーナー資格とは競走ウマ娘を育成する技能の証明だけでなく、競走ウマ娘が出走するレースへの登録を行い、そしてレースを無事に走らせることまでの責任能力があることを示すもの。

 もしマチカネフクキタルのトレーニングやレース中に「なにか」があればそれは担当契約を結ぶトレーナーの責任ということになるし、だからこそ競走ウマ娘の実績はそのままトレーナーの実績となる。

 

「とはいえ、珍しい話ではありません。そもそもピンフッカーとは……」

 

 ピンフッカー。それはこのレース業界に独特の存在。

 競走ウマ娘との長期契約*3を結ばず、一年から数ヶ月の短期契約を前提とするチームのこと。

 表向きの存在理由は目標とするチームのスカウトを受けられない、もしくは名門チームの選抜試験に合格できなかったウマ娘が将来的なステップアップを目指して()()()的に所属するためのチームとされているが――――

 

「残念ながら、無責任な存在ですからね」

 

 ――――なんてことはない、スカウトを受けられずにも関わらずデビュー適正期とされる本格化初期段階*4を過ぎてしまったウマ娘に、ひとまず最低限の管理と出走登録手続きだけを提供するトレーナー。それがピンフッカーである。

 だからこそピンフッカーはコンサルがフクキタルと出走レースやトレーニング内容を決めても口を挟んでくることはない。彼女の管理もこれ幸いとコンサルに丸投げし――――もちろん、向こうにもコンサルがついて「比較的安全な」フクキタルより、大量に抱える他のウマ娘へとリソースを回した方がいいという判断が働いてはいるのだろうが――――連絡ひとつで認めてしまう。

 

「あのっ! ではコンサルさん、ここはズバーンとコンサルさんがひと肌脱いで! ワタシの運命のヒト(担当トレーナー)になってしまうというのは!?」

「申し訳ありませんが、私もピンフッカー同様、()()()()()()()()()()()()()のです」

「ぬぬぬ……っ! 相も変わらず取り付く島もありませんね!?」

 

 というか、どうして彼女は自分にトレーナーになって欲しいなどと考えているのだろう。コンサルにはそれが謎で仕方がなかった。

 

 

 

 

 

 

 そして、迎えたダービー前夜。

 

「フクキタルさん」

「うえぁ!? コンサルさん!?」

 

 声をかけたコンサルに、尻尾をピンと張りながら驚き答えるフクキタル。

 

「どうしてここにッ!」

「いえ。それはこちらの台詞ですよ……」

 

 寮長から「マチカネフクキタルが寮を抜け出した」と緊急の連絡を受けて、おそらくは神社だろうと駆けつけてみれば案の定。

 マチカネフクキタルは、五体投地で神殿へと祈りを捧げていた。

 

「うえっ!? まさかコンサルさん、私を通報するおつもりですかッ!? それだけはご勘弁を勤勉を! 神様仏様コンサル様ぁ~!」

「いいですから。もう今日は帰って休みましょう」

「ですがッ、明日はダービーですよ!? 抽選でたまたま受かってしまったワタシなんかで出て良い檜舞台ではないのです! ワタシなんか、杉の舞台、梅の舞台、竹の舞台ぐらいがお似合いのウマ娘なんです~~~~!」

 

 妙にランクを引き上げるようなことを言いながらフクキタルは飛び上がって震える。ダービーの抽選に受かって「なんだか神がかって来ましたね!」と叫んでいた彼女は過去のものになってしまったらしい。

 この微妙な自信のなさがなんとかなれば、彼女はもっと上のステージへ……それこそ、マチカネカミダノミなどと言われない立派な競走ウマ娘となれる気がするのだが……。

 

「とはいえ、占いの結果でダービーへ挑むことになり、抽選も突破した訳ですから、ここで逃げ出したらどうなってしまうか」

「……まさか天罰ッ!? それだけは困ります!!」

「であれば向き合いましょう。なにが問題ですか?」

 

 つとめて冷静に問いかけるコンサル。フクキタルは何回か目を瞬いて飛び跳ねてから、やがて電池が切れたようになって言った。

 

「スズカさんです……スズカさんの、皐月賞での走り。やっぱり、追いつける気がしません」

 

 やはりそこか、とコンサルは思った。

 実際、サイレンススズカの大逃げは脅威である。

 いくらダービーが2400メートルで皐月賞の2000メートルから延長するとはいえ、彼女のスタミナが尽きる保証はないし……あの〈スピカ〉のトレーナーであれば、そこは問題なく調整してくることだろう。

 

「……分かっているんです。だって今日まで、占いの通りに、お告げの通りにやって全部上手くいってきました。だから占いの結果から逃げるつもりなんてありません」

 

 そしてフクキタルは、そんなコンサルの分析にもキチンと向き合ってはいるらしい。少なくとも「占いで凶が出たので勝てません!?」と言うつもりはないらしい。

 

「ダービーは最も運の良いウマ娘が勝つって言うじゃないですか。ワタシこれでも、トレセン学園で一番運が良いウマ娘のつもりなんです」

 

 そしてこうも思っているのだろう。

 ()()()()()()()()()()()、勝てないときは勝てないと。

 

 それは彼女の自信のなさの表れだ。抽象的な劣等感。もしくは具体的な例外がもたらした幻のような自己否定。

 ……もっとも、一介の馬喰(コンサル)が安易に踏み込むべき問題ではないので何も言わない。それは、彼女にだけ専念できる()()がやるべきこと。(コンサル)に出来ることではない。

 

 そう。究極的にはコンサルは無責任だ。憎まれ役をやるということは、憎まれても構わない()()である必要があるのだから。

 

「フクキタルさん。今日は帰りましょう」

「う、うぅ……そうですね……恐るべき丑三つ時まであと5時間しかありませんし……」

 

 つまり現在時刻は午後9時くらい。門限こそ破っているがさして深夜というわけでもない時間をさも大問題かのように扱える彼女を宥めて帰らせようとするコンサル。

 

 

「あら。もしかしてフクキタル?」

 

 そしてそこに現れたのは、すらりと伸びた栗毛のストレート。

 

「! スズカさん?! どうしてここに!?」

「こっちが聞きたいのだけれど……」

「うっ!? ……それを言われると苦しいですね」

 

 門限破りを指摘されて追い詰められるフクキタル。ちなみに門限破りを指摘できる時点でサイレンススズカも門限破りをしないといけないのだが……。

 

「じ、じつは……ダービーに出走すると思うと、口からおみくじが出そうになってしまいまして……」

 

 フクキタルの言葉を聞いたサイレンススズカは、少し首を傾げて、それから笑った。

 

「スズカさん?」

「ふふっ、フクキタル。私も同じよ。おみくじは出ないけれど」

「なんと!?」

 

 少し意外だなとコンサルは思った。

 確かに日本ダービーは世代の頂点を決めるレースの祭典。ウマ娘トレーナーに係わらず、プレッシャーを感じない関係者などいないとは思うが……それでも、彼女も気にするとは。

 

「トレーナーさんも意気込んでたから、たぶんすごいレースなのよね。きっと、たくさんのウマ娘たちがあのレースにむけて仕上げてくるのよね」

 

 そう考えると、少し怖いわ。

 

「そうですよね!? ワタシも全く同感で――――」

「――――ええ、きっと怖いくらい。速くなれてしまうもの」

「へ?」

 

 固まるマチカネフクキタル。

 サイレンススズカは、思わずといった様子で口を押さえる。心から湧き上がる楽しみが溢れそうで、口を押さえた。

 

「だからこそ、私は走るわ。だってこんな機会、またとないもの」

 

 そしてその静かな瞳に宿るのは、強い決意。

 

「皐月賞でね。少しだけ見えた気がするの。スピードのその先が」

「スズカさん……」

 

 マチカネフクキタルは、そんなサイレンススズカの言葉になにを思ったのだろう。押し黙ってしまったフクキタルに、サイレンススズカは少しだけ微笑む。

 

「うん、話したらスッキリしたわ。ありがとう、フクキタル」

「え、ええと? どういたしましてです?」

「ええ。それじゃ、明日は頑張りましょうね」

 

 そうして颯爽と走り去っていくサイレンススズカ。

 残されたマチカネフクキタルは、錆び付いたロボットのように首を回してコンサルへと一言。

 

「あの、なんといいますが、格の違いを見せつけられたといいますが……というか、スズカさんアレって何にも怖がってませんよね!? 怖いくらい楽しみってことですよね!?」

「…………まあ、そうみたいですね」

「勝てる気が……スズカさんに勝てる気がしないのですがぁ!?」

 

 

 

 そして、案の定というべきか。

 サイレンススズカは東京優駿、日本ダービーを制覇。

 

 

 

『……医者の見解では、問題はないそうよ』

「それはよかったです」

『けれど、気になる意見が。悪いけれど、少し時間をとってもらえるかしら?』

 

 

 そして、いよいよ懸念が芽吹く。

 

*1
あらゆる質問に「走ることです」と答える

*2
ゲート内からエアグルーヴに手を振ったのに気付いてもらえなかったのでゲートを出てしまう

*3
一般的には3年間

*4
競走能力が急激に発達する本格化における成長曲線の最初の踊り場。ここから先の成長はレース挑戦の中でのみ実現し、単純なトレーニングだけでの競走能力向上は望めないというのがよく見られる見解である。

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