※注釈は読まなくても大丈夫です。
知っての通り、トゥインクル・シリーズは国民的エンタテイメントである。
そして国民的エンタテイメントであるということは、そこには多分に興業としての側面を持っている。
それは産業、経済に大きな影響を及ぼす。及ぼしてしまう。
例えばレースが開催されるとしよう。
まず観客はレース場に向かう。G1レースともなれば全国からヒトが集まるし、そうでなくとも
もちろん日常生活や仕事のあるファンは歩いたり走ったりしてレース場にはこないので、公共交通機関……電車に飛行機、そしてバスやタクシーが用いられることになる。
次にレース場についた観客がすることは? 指定席や入場券は今時オンライン販売であるからいいとして、それなりの数の観客は新聞販売所へと向かう。もちろん売っているのはスポーツ新聞。レースの予想が書き連ねられているだけの情報雑誌であるが、信じられないほどこれがよく売れる。よく分かりませんが、みなさんあちらの機械にならんでいるようですよ?
そしてレースを見るまえに欠かせないのが腹ごしらえ。レース場には大手のフランチャイズはもちろん、地域色を押し出すレストランなども出店している。価格帯や味付けも多種多様。どんな観客も舌鼓を打つことができる。
そしてレースを見たら、もちろん最後に待っているのはウイニングライブ! 最前列の購入には手に汗握った勝ちウマ投票券を充てて、勝利の美酒をセンターのウマ娘と共有する。
……とまあ、こんな具合にレースが開催されるだけでヒトが動きモノが消費される。そして貨幣経済を採用するこの国では、それらの活動は全てカネという指標によって測られる。
そして金の動くところに常にいるのが、日本経済の旗振り役こと通商産業省。
もちろんトゥインクル・シリーズの監督役も通商産業省。その内部組織である競走審議会において、興業開催の許認可や
「おうおう、労働省ウマ娘局だ。道をあけな!*1」
そして霞ヶ関は通商産業省、その会議室に躍り込んできたのは同じくトゥインクル・シリーズを取り仕切らんとする労働省。資本家によって馬車ウマのように働かされる日本国民を救うべく、労働基準法なにくそと過重労働に励む労働者の味方。
「失礼ですが、アポイントメントはお持ちでしょうか? ……というか労働省風情が神聖なるレース産業に口挟んでるんじゃねえぞ?*2」
「おうおうやんのかヒトミミ風情が!*3」
開幕冒頭から早速バチバチと火花を散らす通産省と労働省の面々。普段は責任領域を明確にすることで
とはいえ時間は有限。各々が自分の立場と都合を表明した後は、実際の検討に映ることになる。
もちろん議題はひとつ――――皐月賞とダービーを制した脅威の逃げウマ娘、サイレンススズカの秋シーズン路線について。
「そもそも、このサイレンススズカって競走ウマ娘は本当に菊花賞を回避するのか?*4」
「しらん*5」
「いやいや、知らんってのは無責任だろう*6」
「そうはいっても、ハッキリいえないのだから仕方がない*7」
「だが、誘導することはできる。そうだろう?*8」
通産省にしてみれば、クラシック三冠ウマ娘の誕生は
なにせクラシック三冠はドラマである。知名度も高く、有マ記念並みの集客が見込めることだろう。
なんとしてもサイレンススズカを菊花賞に出場させたいと考えるのは、興業としては当然、当たり前の話である。
「そもそも、なんで通産省が学園にまで口を出すんだ*9」
「お前らこそ
そして労働省にしてみれば、そもそも通産省に通告をしなければならない状況そのものに対する反感がある。
トレセン学園は労働省の管轄である。そしてトゥインクル・シリーズとはあくまで
「議論するだけ時間の無駄だな*11」
となれば、最終的には会議は根回し。つまり外部の味方をいくら喚べるかにかかってくる。
「外務省さん、ゆうたげて!*12」
「ぶっちゃけ国内クラシックとか古いんで、海外挑戦視野にいれて欲しいっす*13」
愛英王族の受け入れやらで大盛り上がりの外務省は労働省の肩を持った。
これは海外遠征プロジェクトを実施して日本のレース界における
「ないない*14」
そして外務省に水を差すのは建設省。
「海外遠征とか損するだけ。即刻中止するべき*15」
「よく言うた建設省さん、あんた男や!*16」
同意するのは自治省財政局。ローカルシリーズの保護者役。
地方自治体が開催し、教育や産業、そして地域の統合に大きな役割を果たすローカルシリーズは彼らと彼らの支持者にとって貴重な権力基盤であり財政基盤である。ゆえに、彼らはとにかく中央ばかりを強化しようとする労働省には反対の立場だ。
……ちなみに建設省が労働省に反対しているのは「一人親方として優秀な」ウマ娘労働力が欲しいからであって、レース云々の話ではない。ゆえに曲がりなりにもレース産業を維持しようとしている通産省や自治省とは同床異夢もいいところなのだが…………。
「なにをッ!*17」
「やるかボケ!*18」
「やりますねぇ!*19」
「
「それ以上いけない*21」
いよいよ
「失礼するよ。私はURA東日本部部長のシンボリルドルフだ。そしてこちらは*22」
「推参ッ! 私は学園理事長の秋川である!!*23」
一瞬にして静寂に包まれる会議室。
その様子をみやって、理事長は扇子をパッと開いた。
「疑問ッ! 諸君らはウマ娘本人の意思を尊重しているのかッ!?*24」
「「「「「………………*25」」」」」
「まあ」*26
「
「われわれとしては」*28
「引き下がざるを」*29
「得ないですね」*30
「……とまあ、ひとまずお前の言ってた『地ならし』は上手くいったぞ」
「まさかそこまで揉めるとは」
URA国際レース課の先輩、シリウスシンボリからことの顛末を聞いたコンサルは驚き半分、呆れ半分と言ったところ。
いや、実際揉めるだろうから事前に根回しをと思ったのだが……。
「ま。どうせこの件で出張ってきたのはここで派閥争いに勝って
「外務省だけは本気だった気もしますが」
「それより私が気にしてんのはな」
コンサルの前にシリウスが回り込む。
「お前がサイレンススズカが菊花賞を回避する前提で動いてるのはなんでだ? って話だ」
「……ええ、その話になるだろうとは思っていました」
コンサルも動ずることなくシリウスを見つめ返す。
「怪我をなくす。怪我をしても治療やリハビリを受けられるようにする。お前らが保険の掲げる理想はそうだったよな?」
んで? その理想のどこにレースを回避させることが入り込んでるんだよ。
「では聞きますが、先輩。事故が起きると分かっているウマ娘に介入しないことが正しいと?」
「
ぐいと胸ぐらを捕まれる。コンサルは足を踏ん張って姿勢を崩させない。
……無論、大勢が崩れないのはシリウスが手加減をしているからだということはコンサルも理解しているが、それでも引き下がるわけにはいかない。
「私は、間違ったことをしているとは思っていません」
「矛盾してるんだよ。今のテメエは」
脚を守る。夢を叶えるためのパートナーを探す。それが馬喰の仕事っつたよな。
「今のテメエはそれを言い訳にして自分の都合を
「それは」
「本当に分かってねえようだから言ってやるよ。お前は、いやお前
「そこまでです。シリウスシンボリさん」
凜とした声にシリウスが動きを止める。彼女が声の方向へと顔を向けると、そこには小柄なウマ娘の姿があった。
「チッ。
「代表」
コンサルが表情を僅かに歪める。その姿は、紛れもなく「ともしび競走保険コンサルタント」の代表であったからだ。
代表はシリウスに恭しく一礼をすると、それから物怖じしない態度で口を開く。
「私の部下が粗相をしましたこと、おわび申し上げます。彼には私から言っておきますので」
「……好きにしろ。余所の家の
だがな。シリウスはコンサルから手を離しつつ代表に凄みを効かせる。
「どうして飼い犬がこんなことをしでかしたか、お前ももう少し考えるんだな」
「把握はしているつもりです」
そして怯みもしない代表に、シリウスは再び舌打ち。そのまま不機嫌さを隠すことなく帰って行く。
「……代表、私は」
「理解はしています」
ぴしゃりと、聞きたくないとでも言うかのように代表は遮る。
それはコンサルの言い分を聞きたくないというより、もっと大きな別の何かから眼を逸らしているように見えた。
「ですがもう、このようなことは止めてください」
それを否定することはコンサルには出来ない。もちろん、代表は後からいくらでも理論武装出来るだろうし、なにより出走レース選択への介入がどれだけ難しいのかは今回の件でイヤというほど理解できた。
……そして、だからこそ
「(じゃあ、どうすればいいんだ)」
「こここここ――――コンサルさぁん!!!」
「……フクキタルさん。どうかされましたか?」
「なんとッ! 10回連続で大吉を引いてしまいましたッ!!!」
「なるほど」
心の淀みを表に出さぬように努めていたせいか、ついついコンサルは生返事を返してしまう。生返事はよくなかったかと一瞬思ったが、いつもこんな感じだったなと思い直した。
「これは間違いありませんッ! 今のワタシは豪運神運! アルティメットフクキタル間違いなしです!!!」
「それは、よかったですね」
その純粋さに、コンサルは少しだけ救われた気がした。
なんというべきか、彼は少し疲れていた。
「もはや今のワタシに敵はナシ! 全面包囲網も怖くはありません!! さぁ、さあさあレースに参りましょう!!!」
「ええ、ええ。落ち着いてくださいね。落ち着いて。確かに秋シーズンの出走登録もしないといけませんから、あとこの間のおみくじで菊花賞を目指すって話になってますから。出るとしてもステップレースにしましょう」
「はい! もうメチャクチャスゴいレースを選択しちゃってください!!! 今ならスズカさんだって差し切れちゃいますので!!!」
「――――!」
一瞬、甘い誘惑がコンサルの胸に去来する。
もしも
「(いや、いや……――――否、否!!)」
その誘惑を必死に振り切るコンサル。そもそもサイレンススズカが菊花賞に直行したらどうする? 春シーズンの結果で菊花賞の優先出走枠を掴むことは出来なくとも、サイレンススズカは2冠ウマ娘。菊花賞直行でも抽選から漏れることはありえない。
そして仮にサイレンススズカがステップレースに出てくるとして――――それを止めるために、
「おや? どうされましたかコンサルさん?」
「い、いえ……なんでもありません」
「もしかしてお疲れ!? これは大変です、ではえーと、えーと割り箸が綺麗に割れるお守りをあげましょう! これしか今もっていないので!!」
「ありがとうございます」
……結論から言うと。
「うええぇぇぇっぇえ!?!? まさか本当にスズカさんと当たってしまうとは!?」
「おみくじで決めたのはフクキタルさんじゃないですか……」
「ぬぅぅぅぉぉぉ! ですがッ! いまのワタシはハイパーアルティメットハッピーキタルです!! 負けませんよぉぉぉぉぉ!!!」
運が良かった。
『凄まじい末脚だッ! マチカネフクキタル差し切ってゴールイン!!!』
「あっ、あれ? もしかして勝ちました? うひょ~~~! どうやらハイパーハッピーは本当だったんですねぇ!!!」
そう、運がよかった。
「サイレンススズカさん! 菊花賞を回避されるというのは本当ですか?」
「……その、もっと速くなりたいので」
「つまりだな。サイレンススズカは中距離路線で最強になる! 今日のレース、中距離でマチカネフクキタルに負けたのはハッキリ言ってトレーナーである俺の責任だ! だから徹底的に鍛え直すことにした。年内のレースは白紙! 有マ記念も出ない! ぶっちゃけ距離敵性がちょっとな……」
全ての噛み合わせが、奇跡的に良かった。
『キター! またまたフクキタル! 勝ったのはマチカネフクキタルだぁー!』
「今日のワタシは、ハッピーの化身! まさにハッピー大権現といえるでしょう!!!」
しかし奇跡に、2度目はない。
「フワハハハハハッ、これぞ神の力です! 幸運こそ、頂へと導くただひとつのチカラぁ!!!」
次回。おわりのはじまり。