その『紙きれ』で救えますか?【完結】   作:帝都造営

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 マチカネフクキタル(欧字名:Matikanefukukitaru、1994年5月22日 - 2020年7月31日)は、日本の競走馬、種牡馬。
 主な勝ち鞍は、1997年の菊花賞(GI)、神戸新聞杯(GII)、京都新聞杯(GII)。

 株式会社北海道拓殖銀行(ほっかいどうたくしょくぎんこう、英語: The Hokkaido Takushoku Bank, Ltd.)は、かつて存在した日本の銀行。
 第二次世界大戦終戦までの特殊銀行であり、その業務を継承して1997年(平成9年)まで存在した都市銀行でもある。

(Wikipediaより引用)







おわりのはじまり

 マチカネフクキタルの菊花賞から、しばらくした日のこと。

 

 

 コンサルはいつも通り「ともしび」代表との朝食会に臨んでいた。いつものように互いのスケジュールを共有し、アイロンがけされた新聞に目を通しながら些細な雑談を交わす時間。

 それは多忙で、しかし大きな目的を共有し堅い絆で結ばれる2人にとって大切な時間である。

 

 しかし、今日ばかりは少し状況が違う。

 

 

『こちら北方開拓銀行の本店前です! ここには問い合わせに多くの人が詰めかけており、朝から大行列となっています!』

 

 ひとまずいい感じの大混乱の絵を撮りたいらしいテレビ局が取材に訪れた冬空の銀行前。詰めかけた人々が案ずるのは自らの預金の行方か、それとも借入金の扱いか取引先の倒産か。

 

「私は今日の午後便で北海道へ向かいます」

 

 そう口を開いたコンサルに、代表は静かに頷く。

 

「……通貨危機*1が、ついに我が国にも波及してしまいましたね」

「実態がそうでないことは、代表が一番ご存じでは?」

 

 コンサルがどうにか絞り出したのは、そんななんの慰めにもならない言葉。

 株価の崩壊はもう8年も昔の話であり、山々証券をはじめとするいくつかの金融企業は既に倒れている。今年はじめから始まったばかりの通貨危機があろうとなかろうと、この国の経済は危機的な低迷をずっと続けてきたのである。

 

「ですが、海外の方々はそうは思わないことでしょう。我が国からも引き上げが始まりますよ」

「まだ。まだ食い止められるはずです。代表はそちらを」

「ええ。競走保険(ウマ娘たち)のことを、任せます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 広大な洞爺湖。背景に控えるのは壮大な蝦夷富士こと羊蹄山。

 そんな自然の中で悠然と構えるのが、北海道を本拠とするメジロ家の本邸である。

 

 祖業は建築業。現在は資本関係にある企業だけでも両の手には収まらず、提携関係や人的結合なども鑑みるなら百を超える大家族。

 ウマ娘の社会貢献、ウマ娘に社会での活躍できる場所を提供することを理念に掲げて発展を続けてきた彼らは、いわずと知られたレース界の重鎮。

 

「あら。まだつまらないことをしているのね、あなた」

 

 そしてコンサルを迎えたのは、驚くべきことにメジロラモーヌであった。

 

「……これは、ご機嫌麗しゅう。メジロラモーヌさま」

「いいのよ。そんなに畏まらなくても」

 

 応接室に通されて出迎えたのが彼女である以上、今日の対応は彼女が引き受けるということなのだろう。コンサルは鞄から資料を取り出した。

 

「それでは、今回の北方開拓銀行破綻にともなう……」

「そのことなのだけれど」

 

 話を進めようとしたコンサルを、遮るようにメジロラモーヌ。

 

「あなた、手を出しすぎ。よくないわよ?」

「通常業務の範疇なのです。メジロラモーヌさま」

 

 もちろん、彼女のいわんとすることは分かる。

 競走保険は高額の商品だ。しかも価格はRKSTポイントというレースが行われる度に大きく変動する指数に依っており、事故が起きた場合の無限責任が定められている極めてハイリスクな金融商品だ。

 

弊社(ともしび)でもメジロ家が引き受ける競走保険はいくつか管理しております。私の立場からご助言させていただくことも可能です」

 

 コンサルの言葉に、メジロラモーヌは心底不快そうに口を曲げた。整った顔つきであるからこそ、その僅かな変化だけで不満げな感情がありありと浮かぶ。

 

「そう。じゃあお好きになさって。私から言うことは特にないわ」

 

 それでは。と言うだけ言ってメジロラモーヌは席を立ってしまう。

 

「……うちのラモーヌがすまないね」

 

 応接室に取り残されたコンサルに、苦笑してみせたのは彼女の横に控えていた男であった。

 

「とはいえ、思うところはあるよ。なにせ端から見たら、キミは金策を献上する商人だ」

「……事実そのつもりですので」

「しかしこの家(メジロ)にもメンツってもんはある」

 

 ま、ラモーヌが不満そうだったのは、そんなメンツばかりの仕事を押しつけられているからってのもあるから、何もキミが悪いわけではないのだけれど。そう補足する彼。

 コンサルも彼が言いたいことは理解している。

 

「であれば、私はやるべきことをやるまでのこと。馬喰は恨まれ役ですから」

 

 彼が言いたいことを無視して、コンサルはそう言い切る。

 北方開拓銀行の破綻により、北海道の経済はどん底に落ち込むことだろう。なにせ銀行が破綻するということは、経済における血液である現金を回す存在がいなくなるということ。つまりは心臓が止まるようなものだ。もちろん、北方開拓銀行の他にも金融機関は存在する。存在するが……それでも、その一つが倒れることは経済に尋常ではない影響を与える。

 

 なにせ銀行と取引のない企業など殆どない。銀行の破綻は――――そのまま取引先たちの倒産へと連鎖しかねない。

 そして北方開拓銀行は北海道経済と密接に関わっており、それはそのまま北海道に根を張るメジロ家――――競走保険制度に理解を示し、大口の引受人(アンダーテイカー)となってくれている一族――――に危機が迫っていることを意味している。

 

「そうかい。キミは止まらないらしいな」

「すみません」

「いいさ、資料は置いていってくれ。目は通しておくよ」

 

 ああそうだ、と。コンサルが立ち去る前に彼は一言。

 

「何もかも落ち着いたら、またレースの話でもしよう」

「……ええ、是非に」

 

 その会話には、ある種の諦観が渦巻いている。

 

 

 応接室を出れば、そこに待ち受けるのは荘厳な内装品たち。

 

 流石は東京にも別邸(タウンハウス)を持つメジロ家の本邸というべきか、一見豪勢に見える内装品も周囲と調和し、上品さを保っている。

 窓枠にはひとつのホコリもなく、ガラスの向こうには噴水設備。春になれば美しい花を咲かせる庭園が広がっている。

 

 ……これだけの本邸、果たして維持費(ランニングコスト)はいかほどか。

 そしてそれを、今後も彼らは支え続けることが出来るのだろうか。

 

 

「コンサルさま」

 

 

 ふいに聞こえた声に、コンサルは慌てて意識を声の方へと戻す。

 日差しの差し込む廊下に、いつの間にかひとりのウマ娘が佇んでいた。翡翠色のロングスカートを摘まんで、恭しく一礼。

 

「改めまして。フクキタルさまの菊花賞、おめでとうございます」

「これは、ここでお会いするとは思いませんでした。メジロブライトさん」

 

 メジロブライト。コンサルが関わっているフクキタルやサイレンススズカの同期であり、ここメジロ家の御令嬢。

 そしてコンサルにとっては、メジロブライトはフクキタルの良き友人――――なぜなら、彼女はフクキタルの占いをマイペースに聞き流せるため――――であり、同時にクラシック戦線を共に走ったライバルでもある……フクキタルには、残念ながらライバルの意識はないようだが。

 

「それは仕方ありませんわ。わたくし、ちょっぴりのんびりさんですので。スズカさまにもフクキタルさまにも、なかなか追いつけませんの」

 

 いや、フクキタルが彼女のことをライバル視していないのはそれ以前の問題として彼女が「運によってしかレースを勝てない」と認識しているからだと思うのだが……とはいえ何を言っても慰めにしかならないため、コンサルは聞きに徹する。

 

「……それに、いまのトゥインクル・シリーズは、少々()()()()()()

 

 何も返さない。いや、返せない。

 

「コンサルさま。これも何かの縁ですし、少しばかりお茶に付き合っていただけますでしょうか」

「……」

「わたくし、いちどコンサルさまと、ゆっくりお話しをしたかったのです」

 

 メジロブライトは穏やかに、しかし有無を言わさぬ調子で言った。

 

 

 

 

 †

 

 

 

 

「将来のお話を聞かせて頂きたいのです」

 

 なにも馬喰相手にここまですることはないだろうに、メジロブライトはティーセット一式を揃えた席を用意してくれた。

 

「将来の話、といいますと」

 

 もちろん直近の経済危機に関する話ではないだろう。しかし具体的に、どれほど先の話なのかが分からない。

 

「もちろん、ずっと先のことのことですわ」

「それは、メジロブライトさんご本人のお話ではない?」

 

 もちろんですわ、とメジロブライト。

 

「わたくしには、頼りになるトレーナーさまもいらっしゃることですし……なにより、わたくしの路は、最初から決まっておりますので」

 

 彼女の眼に宿るのは強い意志、確固たる覚悟だ。

 そしてメジロブライトの競走保険は当然ながらメジロ家が引き受けている。コンサルに口を挟む隙間はない。

 

「わたくしの、引退のあと。レースはこれからも速くなっていくのでしょうか」

 

 彼女の口にする将来とは、本当に先の、未来の話らしい。

 そしてそのような問いであれば、コンサルの……いや、レース関係者の答えは決まっていた。

 

「間違いなく、速くなりますよ」

 

 レースとは速さを追求する場所である。そしてトレセン学園は、そのレースに勝つために競走ウマ娘を育てる場所である。

 

「今日まで、レース関係者は競走ウマ娘のタイムを一秒でも縮めるための努力を重ねてきました。脚の回転(ピッチ)をあげ、ひとつの踏み込みを強くしてきました」

 

 その傾向が変わることは、恐らく今後も変わることはないでしょう。コンサルの言葉に、カップを口に運ぶメジロブライト。

 彼女は紅茶で舌を湿らせてから、その言葉を口にする。

 

 

「わたくし、メジロは降りるべきと考えていますの」

 

 

 コンサルは、言葉に詰まった。それ以前に、耳を疑った。

 降りる? なにから? まさかレースから?

 

「誤解しないでくださいまし。わたくしはメジロ家の皆様を尊敬しておりますし、一族の一員として、この身をレース界に捧げると決めていますわ」

 

 であるからこそ、わたくしはメジロこそが別の路を示すべきと思うのですとメジロブライト。

 

「スピードは全てにあらず。強さには種類があるのだと」

「しかし、それでは」

 

 コンサルは躊躇いながらも言葉を探す。もちろん分かっておりますわとメジロブライト。

 

「スピードを追求しない……それは、現代レースでは勝負を棄てることに等しいですわ」

 

 現代レースとは、第4コーナーを回って最終直線に向かうまでの駆け引きである。

 いかに良い位置取り(ポジション)を確保し、いかに(スタミナ)を残すか――――そして最終直線での最高速度(スピード)が勝負の決め手となる。

 

「一緒に走ったからこそ分かりますの。スズカさまの速さは素晴らしいですわ」

 

 そして、レースの常識をすべてひっくり返してしまうのだと彼女は言う。

 

「どんなに良いポジション、仕掛けタイミング、スタミナの管理……それらを完璧にこなしても、なお届かない()()()()()()()()。それに対抗する作戦はありません」

 

 つまりはスピードによってのみ成立するレース。スピードが最終直線の決め手となるのではなく、スピードがなければ最終直線のスタートにすらたどり着けない世界。

 

 

「そして『強いウマ娘』の定義は『速いウマ娘』に置き換わりますの」

 

 

 その将来を否定することはコンサルには出来ない。

 

 

短距離(スプリンター)マイル(マイラー)中距離(クラシック)長距離(ステイヤー)……あらゆる競走ウマ娘がスピードだけを追い求めてゆきますの」

 

 

 その未来の片鱗を見ているからこそ。コンサルは肯定するしかない。

 

 

レースの高速化(スピード・バブル)、ですわ」

 

 

 

 そして暴騰(バブル)は――――いつか弾ける。

 

 

 

 コンサルは自分の身体が強ばるのを感じた。

 そしてそれを感じたときには、既に喉から言葉がせり出していた。

 

「それを避けるために、馬喰(わたし)がいるのです」

「存じておりますわ。では、スピード化の流れをコンサルさまはお止めになりましたか?」

 

 問いがそのまま答えである。

 止められるわけなど、ない。

 

 未勝利ウマ娘が学園に留まることなく退学や転校を選ぶように。

 担当している競走ウマ娘を勝たせられないトレーナーが契約を解除されてしまうように。

 勝てない競走ウマ娘を紹介する馬喰(コンサル)に、価値はない。

 

 

「そう。誰にも止められないのですわ」

 

 であるからこそ。誰かが路を示さなければ。

 メジロブライトの瞳には、確固たる意思。

 

「ですので、まずはわたくしの考えを一族のみなさまに理解して頂かなければなりません」

 

 スピードだけが全ての価値観ではないと。

 スピードがなくとも、強いウマ娘は存在しうるのだと。

 

「……お話が見えません」

 

 コンサルは理解できなかった。

 メジロブライトの懸念は分かる。しかし、なぜそれをコンサルに話すのか、それが分からない。

 

「私の仕事は、競走保険の仲介です。そしてその仲介によって、競走ウマ娘の夢を叶える一助となれればと考えています」

「ええ。存じておりますわ」

「では、どうして私にその話を」

 

 速すぎるウマ娘(スピード)が危険なことなど百も承知。教官はもちろん、トレーナー陣、保険引受人ですら承知している。

 だが、誰も高速化の流れ(スピード・バブル)を止めようとなどはしない。なぜなら、全員が『勝利』を求めているから。

 

 勝つために必要だからスピードを追求する。

 リスクを冒さずにリターンは得られない。

 

 

「最初に申し上げたとおり、ですわ」

 

 そしてメジロブライトは、この期に及んでも冷静沈着。

 

「メジロはスピード・バブルを降ります」

 

 ですが、今のわたくしでは家の賛同すら得ることができません。

 

「きっとメジロが降りた頃には……バブルは弾けていることでしょう」

 

 それからブライトは、少しだけうつむく。それは今日彼女が見せた初めての悔恨。

 

「わたくし、おっとりしすぎていたのですわ」

 

 だから、間に合いませんの。

 そして口を結んだ彼女は、縋るように言葉を紡ぐ。

 

サイレンススズカさま(わたくしの大切なお友達)を、止めてくださいまし」

 

 サイレンススズカさまを、救ってくださいまし。

 

「……どうしてそれを、私に」

「子供が大人を頼ってはいけませんか?」

「私は一介の馬喰に過ぎません」

 

 コンサルの言い訳じみた弁解に、メジロブライトはご謙遜なさらないことですわと笑う。

 

「労働省ウマ娘局と緊密に連携をとり、競走保険に関わるほとんど全てのお方にお顔を覚えられ、さらにはレース族議員の秘書を務められているお義父(おちちうえ)を持つコンサルさまを、()()()()()などと思っている方はいませんわ」

「メジロブライトさん。誤解です……私は、あなたが思っているほど大層な人間ではありません」

 

 メジロブライトの言ったことは事実だ。

 コンサルは労働省ウマ娘局の参事官と連携をとり、競走保険業界の重鎮達と言葉を交わし、大口の引受人たちと取引をしてきた。彼の妻の父(義父)が議員秘書であることも、その繋がりを使ってマル外規制の緩和を行ったのも事実だ。

 

 しかし、それは全て「相手の同意が得られたから成立した」こと。

 馬喰は権力者ではない。文字通りの競走保険「仲介人」に過ぎない。

 

 

「コンサルさま、お願いです。サイレンススズカさまの走りの危うさに、気付かせてくれたコンサルさまに止められなければ、誰に止められるのですか?」

 

 メジロブライトの表情に焦りが混じる。その表情が、彼女の必死さを如実に現している。

 

「コンサルさまが馬喰になられたのは『あの悲劇』を繰り返さないためでは、ないのですか」

 

 おそらくは全てを知っているのであろうメジロブライト(メジロの世継ぎ)が、コンサルに詰め寄る。

 

「それとも。コンサルさまは……全てが終わった後に残る保険金(かみきれ)だけで救うことができると、お考えなのですか?」

 

 

 沈黙。北海道の冷たい風が窓を揺らす。

 冬の雲が、生命の気配がしない世界がコンサルを見つめている。

 

 

 

「……それでも。()()()()()()()は、マシだったんですよ」

 

 

 

 馬喰は競走ウマ娘を守るためにいる。

 最後の砦となるために、存在する。

 

 

 だが――――ソレは事故を防がない。

 

 おわり(バブル)が、はじまる(はじける)

 

 

 

 

 

*1
アジア通貨危機

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