その『紙きれ』で救えますか?【完結】   作:帝都造営

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レッツ・パーリータイム☆

「在学生の皆さん。そして普段お世話になっているトレーナーの皆さんへ。メジロ家からお伝えしたいことがございます」

 

 

 メジロマックイーン。

 

 

 秋の天皇賞こそ降着という残念な結果に終わったが、今年も見事に春の天皇賞を制し、同一G1を2連覇するという快挙を成し遂げたウマ娘である。

 

 まさに今をときめくメジロ家の象徴。レース界に君臨する退屈な(強すぎる)名優。

 

 そんな彼女が「皆さんにお知らせがあります」と告知をすれば、当然誰もが講堂に集まるわけで……。

 

 

「近々、当家主催による交流のためのパーティーを開催させて頂きます。どうぞお気軽に、普段着でお越しくださいませ」

 

 

「わぁ、メジロのお屋敷にいけるってこと?」

「どんな食事がでるのだろうか……」

「メジロ家のカジュアルパーティーか。こういう企画、ありがたいよな」

 

 三者三様の反応をするトレーナーとウマ娘たち。

 日本中から天才やら秀才が集まるトレセン学園であっても、パーティーという存在は非日常のままであることが多い。

 

 

 

 もっとも、招待状が直々に届く者……または主催する側となれば話は別だ。

 

 

 

「メジロ邸に向かわれるのですね」

 

 第一海上損保グループ本社ビル。その一角に入居する「ともしび競走保険コンサルタント」のオフィスにて、長身の保険コンサルは身支度を調えていた。

 

 普段のビジネススーツではなく、ベージュ色のジャケットに白のチノパン。ネクタイはなし――――オフィスカジュアルと呼ぶべき格好である。

 

「ええ。今日はカジュアル・パーティーですから」

 

 カジュアル・パーティー。

 いわゆる「ドレスコード」のないパーティー。

 気軽に参加できる、そういうパーティーである。

 

「……浮かない顔をしています。なにか気掛かりでも?」

 

 静かに、コンサルの全てを見透かすかのように「ともしび」代表は言う。コンサルは一度は首を振ったが、やがて力なく肩を落とした。

 

「三冠シンジケートのことです」

「評判は聞いております」

 

 ミホノブルボン。スプリンターとしての素質を持ちながら、クラシック三冠への道を邁進する逸材。

 そんな彼女の夢を叶えるべく結成された〈三冠シンジケート〉は、その名に恥じぬ快進撃を続けていた。

 

「ホープフルSにはじまり、皐月賞、東京優駿(日本ダービー)――――三冠に彼女は王手をかけました」

「よいことかと」

「ええ、いいことなんです。いいことなんですよ……」

 

 とはいえ、ここまで上手くいきすぎると、それはそれで。

 

 

 

「柳の下のドジョウを求める人々が出てきそうなのが、気掛かりでして」

 

 

 

 柳の下にドジョウはいつもいない、とは。

 そう幸運が何度もあるわけではないという慣用句である。

 

 

 

 

 †

 

 

 

 

 コンサルがなにを心配しようが、予定通りにパーティーは始まる。

 

 広いホールに並ぶのは、食事に飲み物に食事。

 はじめてパーティーを体験する人々――――そろそろ学園生活に慣れてきた新入生や、新人トレーナーたち――――にも配慮して、見慣れた食べ物はもちろん、有名メーカーの清涼飲料水(ジュース)などがラベルもそのままに置かれている。

 

 もちろんウェイターに頼めば、おしゃれなグラスに淹れて出して貰うこともできる……が、多くの参加者は特段の疑問も抱かずに紙コップで乾杯している。

 

 

 これでいいのか? と、上流階級出身のあなたは思ったことだろう。

 答えは簡単、これでいいのだ。

 

 

 こういう場所で大切なのは、とにかく相手をもてなすこと。

 つまり、お客様に楽しんでもらい、いい気分で過ごしてもらうこと。

 

 そのためのカジュアル・パーティー。

 上流階級のパーティーってちょっと堅苦しそうで関われなさそう……と尻込みされないための機会づくり。

 

 レース関係者にとって、それは一種の投資である。

 メジロ家主催という体をとっているのもそのため。メジロという誰もが知る名家が「ぜひ来てください」と言えば、多くのウマ娘や新人トレーナーが興味本位で足を運んでくれる。

 メジロ家は場所と名前を提供し、レース界の発展を願う者たちがその開催に様々な支援を行う。

 

 そうして成立するのが、このパーティー。

 

 

 実際、こうして耳をすませてみれば……

 

 

「先生、先日のレースは素晴らしかったですね。また次も、期待していますよ」

「ああ、これはこれは……実はあのレース、追い切りは彼に任せていたんですよ」

「ほお! そうなのですか」

「えっ、あっ。はじめまして、どうも……」

 

 チーフトレーナーがサブトレーナーを支援者に紹介したり。

 

 

 

 

「ややっ? そこの貴女、コップが空いていますね? この学級委員長が新しいお飲み物をとってきてあげましょう! ささっ、ご希望をどうぞ!」

「わぁっ、バクシンオー先輩だあ! 私、応援してます!」

「ほうほう! この学級委員長に目を付けるとはお目が高い! よろしければ私と一緒にバクシンいたしませんか!?」

 

 新入生が憧れの現役ウマ娘と親睦を深めたり。

 

 

 

 

 

「では、既に来年のダービーを見据えて動き出していると?」

「オフレコでお願いしますよ。ウチの秘密兵器ですから」

「素晴らしいです! 担当のダービー制覇のために丸一年、いえ、それ以上の歳月と情熱を傾けていると! ……早速記事にしなくては!!」

 

 記者の熱烈アタックをトレーナーが巧みに躱して……いや、躱せていなかったり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――採用です」

 

 ???(なにあれ?)

 

 

 

 

 

 ともかく。様々な思惑が動いているのがパーティー会場、というわけである。

 ちなみに今回は新参者を誘うことに特化した場所であるが、ドレスコードのあるカッチリとした場でも本質は変わらない。

 何事にも誰かの意思が紐付けられていて、物事には意味がある。

 

 ……そんな世界にも、すっかり慣れてしまったものだ。

 

 

「やあやあ。三冠シンジケートは絶好調ですな?」

 

 会場にいる仕事相手たち――――コンサルが関わる仕事相手とは、つまり競走保険の引受人たるレースの支援者たちである――――に挨拶を済ませ、ひとまず一段落と言ったところで声が掛けられる。

 

 こちらの動きをよく観察しているのが分かる完璧なタイミング。こちらの用事が片付くまで待ったと言うことは、それなりに時間のかかる用件ということ。

 

 

 となれば彼は……柳の下のドジョウ(来年の三冠シンジケート)を狙う人物か。

 

 

「こんにちは。よく言われるのですが、私はミホノブルボンの2冠には関わっていませんよ」

 

 コンサルは返事をしつつ相手を観察する。

 快活な動きをしているように見えるが、重心の動かし方がやや大ぶり。あれは身体の制御が出来ていないのではなく、重心移動に頼らないと動けないタイプの動きに見える。

 そろそろ身体に限界が訪れる、リタイア間近の成金といったところだろうか。

 

「おかしなことを仰る! あなたが三冠シンジケートの仕掛け人だということは、この界隈じゃ有名だ……謙遜も過ぎればなんとやら。大成功を喜んだらいかがですかな?」

「菊花賞を獲れたのなら、存分に喜ばせて頂きますよ」

 

 大成功とはいうが、まだ日本ダービーが終わっただけ。

 距離延長というハンデに挑んでいるミホノブルボンにとって、最大の難関は長距離3000メートルの菊花賞だ。

 

 

 

 とはいえ。

 

 シンジケート・ローンを()()()()()()()()()()()大成功には違いないのだ。

 

 なにせ出資者たちにはとっくに借りたお金を返済済み。1年も経たずに投資額以上のお金が返ってきたのだから皆大喜びだろう。

 ミホノブルボンも無事にクラシック三冠の夢を駆け抜けつつある。このまま無事に菊花賞が終われば、誰も損をすることのない大団円を迎えることだろう。

 

 

 ()()()()()、コンサルの心境は複雑であった。

 

 

 三冠シンジケートはミホノブルボンがレースに出るための「バクチ(リスク)」であった。そしてそのバクチは、幸いにも成功裏に終わりつつある。

 

 ……しかし、それに味をしめられても困るというもの。

 

 そもそも三冠シンジケートは、クラシック三冠を制覇するためのものである。であるならば、クラシック競走が終わるまではシンジケートは終わらない……ハズなのである。

 

 しかし現実には、皐月賞と日本ダービーを制した時点でローンは返済済み。

 それはもちろん、黒沼トレーナーとミホノブルボンが繰り上げ返済を希望したからである。

 

 それ自体は仕方がない。むしろ当然のことだろう。

 

 投資だ夢だと言葉で着飾っても、結局彼らにとって借金は借金。

 お金に余裕があるときにローン返済を繰り上げるのは誰でもやっていることであるし、賞金を手に入れたミホノブルボンにローンを返済しない理由はなかった。

 

 なにせ彼女が必要としていたのは「走り出すためのお金」であって「走り続けるためのお金」ではない。

 

 走り出してしまえば何処までもいける、それがウマ娘なのだ。

 

 

 

 しかしやはり、菊花賞が終わるまでは返済するべきではなかった。

 なにせローンの返済を繰り上げた結果、「バクチ」に参加した人々の手元にお金が入ってしまった。金融業界において現金を遊ばせておくのは愚の骨頂……彼らは次の投資先――――いや、バクチ打ちの対象を探していることだろう。

 

 

 

『ミホノブルボンさん。あなたの『夢』に……私たちの夢()、乗せてくれませんか』

 

 

 

 ……本当のところ。投資家が見ているのは「商品」としての競走保険、儲け話としてのシンジケート・ローン。

 

 引受人たちは無限責任の保険を嫌いながら、ローンならば、有限責任の金融商品ならと金を出す。リスク回避(ヘッジ)は金融界の基本だが……。

 

「ウワサじゃ既に三冠後のシンジケートローンを組む動きもあるとか……そこには関わらないのですか?」

「……来年の三冠シンジケートを探せというお話なら、お断りしますよ」

 

 

 他に手段がなかったからシンジケートを組んだのだ。

 ミホノブルボンが夢を追うために、止むなく金融を「利用した」のだ。

 

 しかし結果は変わらない。

 金融界に溢れる現金をウマ娘へとアクセスさせたコンサルは、やはり馬喰でしかない。

 

 そして、来年の三冠シンジケートは――――……

 

 

「……――――投資ではなく投機になる。それが君の懸念、いや後悔といったところかな?」

「!」

 

 コンサルの内心を読んだように、目の前の男が告げる。

 いつのまにか彼のまとう雰囲気は、陽気な成金から真剣な実業家のそれに変わっていた。

 

「試すような真似をした無礼を詫びさせてくれ。君の経歴は知っている……が、カネは人間を変えてしまうからな。良くも悪くも」

「……いえ。馬喰を警戒しないレース好きは、レース好きとは呼べないでしょう。当然のことです」

 

 私はこういうものだと、実業家は名刺を差し出す。

 そこに刻まれていた相手の肩書きを見て、コンサルは彼の顔を見つめ直した。

 

「そんなに驚かなくても。レース業界に貢献したい新興勢力は、なにもサトノだけとは限らないだろう?」

 

 ニコリと微笑む彼。

 その肩書きは、製造業大手として知られるヨイハル重工業の社長であった。

 

 

「君に頼みたい案件がある。力を貸してはくれないだろうか?」

 

 

 

 

 

 †

 

 

 

 

 そして後日。

 コンサルは社長の邸宅に招かれていた。

 

「結論から言えば、君の懸念はすでに動き出している」

 

 そして通された応接間。社長は部屋に飾られたウマ娘の写真をチラリと見てから、そう口にする。

 

「もっとも分かりやすい動きはミホノブルボンに対する再シンジケートだ。もう一度ローンを組ませ、彼女を徹底的にトレーニング……春のシニア三冠か秋のシニア三冠を狙うというものだ」

「無理です」

 

 これに関しては即答できた。

 

「ミホノブルボンさんは『クラシック三冠』を獲るという強いモチベーションで今日まで走ってきました。優秀であることに疑いはありませんが、シニア三冠へ同じ熱量を向けることは難しいでしょう」

 

 それに、出走間隔の問題もありますとコンサル。

 ミホノブルボンの格上挑戦は、2冠ウマ娘となった今となっては当然のものとして受け入れられているが、それでもデビュー後にいきなりG1に乗り込むのはハッキリいって異常である。

 

 なぜそんなことをしたか。いくつかの理由が推測されるが、もっとも有力なのは……。

 

「そうだろうな。彼女の脚をこれ以上酷使するのは危険だ。素人でも分かる」

 

 しかし素人には分からないのだよと社長。

 

「いや、正確には『理解を拒む』のだ。ミホノブルボンがいずれ走れなくなる日がくるなど、信じたくないのだよ」

 

 

 なにせ世界(彼ら)は一度、〈三冠シンジケート〉という甘い蜜を知ってしまったのだから。

 

 

「……」

「忘れられないだろうさ。ひとりのウマ娘に集中投資し、彼女に三冠を取らせれば短期間で多くの利益が見込まれる……素晴らしい話だ」

「ことはそう簡単では」

「それは、レースを知っている人間が言える台詞だな。私に言わせればこうだ」

 

 

 

 レースに絶対はない。だがシンボリルドルフには絶対がある――――

 

 

 

 

 

 

 

 ――――そして世間は、シンボリルドルフしか知らない。

 「絶対」が普遍的であると誤解している。

 

 

 

「すでに『第二のミホノブルボン』探しは始まっている。クラシック三冠、ティアラ三冠、春秋シニア三冠……ローンを組んで重点的にトレーニング、素早くレースに勝利させて……」

 

 それで、どうなる?

 社長の問いは、質問などではない。

 

「賞金を確保。資金を回収する……言ってみればこれは、レース界から賞金を巻き上げているに等しい」

 

 

 まさしく投機である。

 一瞬の利益のために資金を投下し、利益が出たならすぐに引き上げる。

 

 投資とは全く異なる。カネ儲けを目的にした金融。

 

 彼らにとって重要なのはウマ娘が栄光を掴むことでも、ましてレースに勝利することですらない。

 

 賞金をいかに多く確保できるか。

 2着や3着の入着賞金でも構わない。グッズ収益でも構わない。

 

 とにかくカネが手に入れば、それでいい。

 

 

「もちろん。大半のウマ娘とチームはこれを拒めるだろう。そんな投機筋になど頼らずとも、キチンとした支援者やファンに応援して貰えればそれでいいのだからな」

 

 しかし全てのチームがそれを拒めるとは限らない。

 

「……君の責任とは言うまいよ。似たような事例はいくらでもあった」

 

 

 多くは「三冠詐欺」だったがなと社長。

 

 

「君は最初の成功者(ファースト・ペンギン)だったというだけだ。そして後追いした『馬喰崩れ』たちが破綻したシンジケートを組み……少し加熱したあと、崩壊するだろう」

 

 まさに神の見えざる手だなと社長。

 全体としてみればさしたる問題ではないだろうと言いたげに。

 

「いつものバブルだ。株や土地と比べれば一瞬で破綻するだろうから、投機筋には良いクスリだよ」

 

 それは、その通りなのだろう。

 

「…………ですが、その過程で」

 

 

 走り抜いたことを後悔するウマ娘が出るのならば。

 

 

「その言葉を待っていた」

 

 社長が身を乗り出す。

 ぐいと彼の双眼が、コンサルを射貫く。

 

「私もレースが好きだ。辛いとき、苦しいとき。競走ウマ娘になんども救われた」

 

 その動きを、コンサルは知っていた。

 なにせ少し前に、コンサルがミホノブルボンたちに見せた本気(モノ)だから。

 

 

「社長。ですが馬喰は、ウマ娘を守るためにいるのです」

 

 

 馬喰はビジネスマンだ。

 ウマ娘の夢を叶えるために金融を駆使する。

 

 たとえ結果として、ウマ娘を商品化し金を稼いでいるとしても。

 その1丁目1番地は――――決して忘れてはならない。

 

 

「あなたの案件は、本当にウマ娘のためになりますか?」

 

 

「なるとも」

 

 

 社長は断言する。

 

 

一挙両得(Win-Win)。商売の本懐はこれにある」

 

 投機が加熱している? なら投機なんぞよりもっと儲かる商売のやり方を提案するまでだ。

 

 そう言いながら社長が差し出すのは薄いコピー用紙の束。

 表紙にはこう書いてあった。

 

 

 

 

「『逆張りシンジケート』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




もちろん「社長」の経営するヨイハル重工業は架空の組織です。

反転してくれたアナタ向けのオマケ:

 冠名「ヨイハル」は帝都造営の作品にちょいちょい登場する架空の企業グループである飯田インダストリーグループ(IIG)創業者一族の飯田治秀(いいだーはるひで)が所有する競走馬に用いられることになる冠名です。今回出て来た「社長」は設定的には彼の祖父にあたります。
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