その『紙きれ』で救えますか?【完結】   作:帝都造営

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あめのひに傘をさす

 

 

「構造的な問題として、競走シンジケートは投機対象になりやすい」

 

 

 社長はコピー用紙をめくりながら解説する。

 

「理由は『競走の非生産性』……つまり競走ウマ娘が何かを生産する訳ではないからだ」

「そうですね。あくまでローン返済の原資(アテ)はレースによって得られた賞金に限られる」

 

 投機というのは、資金の流動性が招く。

 

 つまり、現金を手に入れやすいほど起こる。

 レース賞金はその最たる例であろう。

 

「これに加え、レース賞金には持続性がない。ローンを貸し続けることで利益を得るビジョンが描きにくい」

 

 だからすぐ回収しようという話になる。

 レース賞金という「回収すべき現金」に基づく競走シンジケートは、存在そのものが投機的であるということ。

 

 では投機とは異なる投資とは? 社長は続ける。

 

「投資というのは『長期的な見通し』によって行われるものだ。例えば会社が工場を作るためにローンを組む。すると、そのローンを返済するアテは工場で作った製品の売り上げということになる」

 

 この場合、工場を建設して製品を生産して、それが店頭に並んで売れるまで現金は手に入らないわけだから、ローンの返済には年単位の時間がかかるだろう。

 

「この場合、ローンの貸主は簡単には現金を引き抜けない。中途半端な所で引き抜こうとすれば、貸した金を回収することすら出来ないからな」

 

 例えば工場が完成した段階で回収しようとすれば、会社にあるのは工場という現物だけ。

 これを現金化するのは難しいし、売り払った所で大した値段はつかないだろう。

 

「つまりだ。競走シンジケートは短期で回収できるから投機になりうる。では、短期ではそう簡単に回収できない、長期的なシンジケートを組めばそれは投資になる」

「お話は分かりました」

 

 それで、具体的にどうするのか。それが問題だ。

 なにせレースとは短期的なものである。仮にデビュー前から支援の枠組み(シンジケート)を作るとしても、レース賞金で回収するという形態は変わらないはずだ。

 

「おいおい、レースの専門家がそんなんじゃ困るよ」

 

 これがあるだろう。これが。

 そう言いながら社長は両の手を頭の上に立てる。ウマ耳のように。

 

「……?」

「うまぴょい❤️うまぴょい❤️」

 

 

 

「……」

 

 

 

 

「キモッ」

「おいコラ」

 

 

 流石のコンサルもドン引き。還暦迎えたオジサンに踊られても気持ち悪いだけである。

 うまぴょい伝説はウマ娘が踊るから良いものなのに。

 

「だから、そこだよ、そこ。ライブ!」

「……ぁあ、ライブの収益で回収するという話ですか?」

 

 しかしライブの収益は大半が場所(ハコ)を提供するレース場に持って行かれる。

 

「ライブというよりも、ウマ娘の持つアイドル性によって回収する」

 

 芸能人路線だよ。そう言いながら社長は次のページを見せる。

 

「目標はドリームトロフィーでの回収だ。あそこは()()()『課外活動』であるトゥインクル・シリーズと違って実業団形式をとっているから、広告が出せる」

 

 つまり広告収入で回収するということだろうか。半分正解だと社長。

 

「シンジケートはウマ娘の広告起用権、可能なら独占契約権を得るための枠組み。自社の宣伝キャラクターとして起用してもヨシ、他社に使用料を支払ってもらい現金化するもヨシ」

「随分と『長い』お話ですね」

「それが投資だ」

 

「もはや競走保険からは乖離しています。私はあくまで競走保険のコンサルですよ?」

 

 そういいつつも、コンサルは考える。

 確かにレース賞金目当てのシンジケートよりは幾分かマシだろう。三冠シンジケートが加熱するよりよほどいい、が、これは……。

 

「しかし込められた『願い』は同じだ。ウマ娘に長く走って欲しい。長く活躍して欲しい。そして出来ればドリームトロフィーでも、活躍し続けて欲しい」

 

 このやり方には大きな問題がある。

 いや、これは解消しようがないかもしれないが……。

 

「ウマ娘はあくまで学生です。そこにドリームトロフィーまでの参加を確約させるのは……」

 

 

 この仕組みは、彼女たちの将来を狭めることにならないだろうか?

 

 

 

 

 

 

 †

 

 

 

 

 

 

 雨が降っている。

 

 社長の邸宅を後にしたコンサルは、傘をさしてボンヤリと空を眺めていた。

 灰色と黒の中間みたいな雨雲。光を反射して白くなった雨粒が槍みたいに細長くなって落ちてくる。

 

 

『長期的な投資なんだから、将来の進路がある程度決まるのは当然だろう?』

 

 

 それはそうなのだ。

 そもそも、ローンという仕組みがそうだ。

 

 将来的な収入を見込んでお金を貸し、後から回収するという仕組みは、いってみれば相手の「将来」を買っているに等しい。

 だからそれが現金から職業に変わっただけであり、本質は変わっていない。

 

 

『馬喰の君に言うまでもないだろうが、逆張りシンジケートだって商売だ。もちろん、破綻が分かりきっているシンジケート・バブルを防ぎ、業界を良い方向に仕向けた先駆者(パイオニア)になりたいという野心はあるがね』

 

 

 やるからには利益を得る。

 これは金融でなくとも、仕事をするなら当たり前のことだ。

 

 なにせそうしなければ、生きてゆけない。

 

 

「しかし、その投資先を探せと言われてもなぁ……」

 

 コンサルは気が乗らない。

 いや、来年の三冠シンジケートを探すよりかはよほどいいのだが、逆張りシンジケートが本当に競走ウマ娘のためになるとは思えない。

 

 

 ……そして思ったのだが、これ別に逆張りとは言わないのでは?

 

 

 いや、三冠シンジケートへの対抗バ。つまり「勝つと分かっているウマ娘」ではなく「勝てるか分からないウマ娘」に投資するという意味では確かに「逆張り」ではある。

 

「まあ、いきなり踊り出す(うまぴょいする)ような大人にネーミングセンスを求めるのは酷だよなぁ……」

 

 そして長期的な回収と彼は言ったが、その実体は「数打てば当たる」の精神に基づく乱発型の逆張りになるだろう。

 

 当たらないからこそ、当たったときの回収にも時間をかける。

 当たらないからこそ、当たった「逆張り」は大切にしたい。

 

 なぜなら、外れた分の損失まで補填しないと、全体としては損になってしまうから。

 

 

 典型的な多産多死モデル

 それはつまり、成功しないであろう多くのウマ娘を踏み台にするということでもある。

 

 

 

 ため息ひとつ、コンサルはトレセン学園へと歩みを進める。

 

 

 迷ったときは、やはりウマ娘の走りを見るに限る。

 

 

 

 

 ……のだが。

 

 

「……」

 

 妙に今日は時間がかかっているような気がする。

 雨で歩みが遅くなっているからだろうか。

 

 

「あぅ、また……」

 

 赤信号。

 車道を走る車の流れが止まり、もちろんコンサルも足止めを食らう。

 

 青信号。

 

 目の前のポンチョを被った小柄な少女――――端からはみ出た尻尾と、大きく突き出たウマ耳を見る限りはウマ娘だろう――――がコンサルより先にジョギングを再開。コンサルも後に続くように、道ばたの水たまりに気を遣いながら歩いて行く。

 

 ところが、またしても赤信号。

 今日は随分と間が悪い。ジョギングで先行したハズの少女にも追いついてしまう。この調子では、たったのワンブロック進むだけに何分かかるか分からない。

 

 青信号、赤信号。

 

「うぅ……」

 

 速く走りたいのに。と言わんばかりにポンチョのウマ娘がうずうずしながら歩道の縁で足踏み。

 そして追い打ちを掛けるように、雨足がどんどん強くなっていく。

 

 タクシーでも呼ぶかな。とコンサルが思ったとき。

 ふと視界の端にトラックが見えた。

 

 こちらは赤信号、向こうは青信号。もちろん道路交通法として問題のない走りだが。

 

「あっ、ちょっと!」

 

 歩道の端で足踏みするウマ娘の目の前、つまりトラックがこれから通る車道には、大きな大きな水たまり。

 

 

「――――あぶないっ!」

「ふえっ?」

 

 

 

 ザッパーン!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スーツやらシャツはクリーニングに出せばいい。

 それで駄目なら買い直せば良い。

 

 一方、眼球というパーツは現代医学では換えが効かない存在だ。

 

「ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさい……!」

「いえいえ。いいですって。それより眼は本当に大丈夫ですか?」

 

 幸い、水を被る直前に割り込むことは成功したので、傘である程度は防せげたと思うが……小柄であるというのは、それだけ地面に顔が近いと言うこと。

 トラックが跳ね飛ばした水しぶきを思いっきり被る格好となったポンチョ姿のウマ娘のことを、競走ウマ娘の保険を扱うコンサルが気に掛けないはずがなかった。

 

「泥が入っていたらちゃんと洗い流すんですよ。違和感があれば眼科にかかって下さい」

「い、いえ! ライスは大丈夫ですから……それより! 服がビショビショに……」

「そんなことはいいですから」

 

 まあ良くはないのだが、とはいえ彼女が悪いわけではない。

 

うぅ……お兄さん、さっきからずっとライスと一緒の方に向かってたよね……ごめんなさい……」

「急いでいるようでしたが、どこかに向かっているのですか?」

 

 このままでは永遠にごめんなさいを連呼しそうなので、ともかく話を変えてしまおうとコンサルは聞く。

 

「えっとね、ライスはトレーニングしてたの。今日は雨で、ジムの予約が埋まっていたから……」

 

 ロードワークということか。近所の小学生向けにレース教室が開設されていることは知っているが、予約が埋まっていたからと監督者もナシに放り出すとは……。

 いや、それは今はいいか。コンサルは思い直して、ポンチョのウマ娘に語りかける。もちろん屈んで、視線を合わせる。

 髪で隠れた片目は見えないが、こちらを見る瞳は怯えた様子。

 

「頑張って偉いですね。ですが、今日は雨も酷くなるばかりですし、もうお家に帰りましょう。私も今日は退散することにします」

「でっでも! このままじゃ風邪ひいちゃう……!」

 

 心配してくれるらしく、ワタワタするポンチョ姿のウマ娘。

 優しい子だ。こんな子供たちを守れる大人でありたいものである。

 

「あっ、いたいた!」

 

 と、道路の向こうから声。折りたたみ傘をさして、こちらに走ってくる影が見える。

 

「あっ、お姉様!」

「電話繋がらなかったら心配したんだよぉ。よかったぁ~」

 

 雷注意報が出たからロードワークは中止にしよう! と、やや覚束ない走りで駆け寄ってくる女性。

 息を切らしているあたりからも運動不足が窺える彼女は、どうやらポンチョのウマ娘の姉らしい。見る限りかなり歳が離れているようだが……。

 

「……保護者の方ですか。あまり感心しないですね」

「え?」

 

 キョトンと、というかこの人誰? といった表情を浮かべる女性。

 コンサルは一歩前に踏み出した。

 

 馬喰とはいえ、コンサルだってウマ娘を思う気持ちは本物である。

 だからこそ、言っておかねばならないことがあった。

 

「雷注意報以前に、雨が降っている状況下でのロードワークは危険ですよ。よしんば晴れていたとしても、小学生を1人で外に送り出すなんて……」

「えっ? えっ? ちょちょ。ちょっとまってください!」

 

 

 ライスちゃんは高校生ですよ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほんと~に! たいっへん! 失礼いたしました!!!」

 

「いえ、本当に大丈夫ですから……」

 

 

 結論から言うと、ポンチョのウマ娘はトレセン学園の生徒であり、しかも高等部であった。

 その名前はなんと、ライスシャワー。

 

 

「こちらこそ、オープンウマ娘さんを小学生呼ばわりしてしまい、なんと申し上げたらよいのか……お恥ずかしい限りです」

 

 もちろんライスシャワーのことは知っている。というか、今年の日本ダービーにも出走したウマ娘を知らなかったら業界人失格である。

 それにしても、少し意外だ。

 

「はいっ、お姉さ……トレーナーさん。お紅茶もってきたよ?」

「ありがとう、ライス。あともういっぱい『お姉様』って言っちゃてるから誤魔化さなくていいよ?」

「ひゃあ?! そ、そうだっけ……? そうだったかも……ごめんなさい……」

「よしよし、謝らなくて良いんだよ~ライス」

 

 これが()()ライスシャワーなのか。

 

 ライスシャワーに関しては他の保険会社が競争保険を仲介した都合上、コンサルは彼女と直接関わる機会を持っていない。

 

 ターフを駆ける競走ウマ娘としてライスシャワーはもっと激しく、強い雰囲気を纏っていたようにみえたものだが……。

 不思議なものだと思いつつ、だから先ほどは間近で見ても分からなかったのだろうと内心で己を慰めるコンサル。

 

「ともかく、シャワーからなにまでありがとうございました。着替えのお金はこちらに」

「いえいえ! こちらこそ、ライスちゃんを守ってくれたようでありがとうございました」

「……守る、だなんて」

 

 そんなものではないですよと言いながら、先ほど購買部で買ってきてもらった着替えの代金を支払うコンサル。

 

 結局あの後、全自動謝罪機と化したライスシャワーとお姉様(トレーナー)をどうにか宥めたコンサルは「びしょ濡れだから」「学園はすぐ近くだから」とあれよあれよという間に学園に連れ込まれ、チーム棟のシャワー室を借りることになってしまった。

 

 お陰でさっぱりしたのは、そうなのだが。

 

「……」

 

 気まずい。この一言に尽きる。

 

 そもそも、コンサルは競走保険を扱っている都合上トレセン学園に出入りはしている。

 

 しかし。しかしである。

 女性トレーナーと小柄なウマ娘の部屋に男がひとり……これを気まずいと言わずしてなんというだろうか。

 

 まあウマ娘の身体能力を考えれば間違いは万に一つも起きないだろうし、そもそもコンサルにそんな気はないが……なにか適当な話題は……。

 

「……そういえば、自己紹介がまだでしたね。名刺は濡れてしまったので後日またお持ちしますが……」

 

 ヨレヨレの名刺を見せつつ名乗るコンサル。

 

「そ、そうでしたね。バタバタしていて、すっかり忘れていました」

 

 そう言いながらバタバタと名刺を取り出すお姉様(トレーナー)

 名刺に書いてあったのは「専属トレーナー」の文字。

 

「専属? チームトレーナーではないんですね」

「ええ、新人なので……さすがにチームを率いるのはまだ……」

 

 おや、とコンサルは思った。

 

 新人で、チームに所属しない専属トレーナー。

 もちろんこの様子だと担当は1人、ライスシャワーのみということになる。

 

「となると、お一人で全部やられているのですか」

「えぇまあ……新人でサブトレーナーに指導なんて出来ませんし、それに……」

 

 そこで言い淀むお姉様(トレーナー)。もちろんコンサルには、それが何なのかは見当がついていた。

 駆け出しの独立トレーナーが直面する問題なんて、担当を見つけること以外となればひとつしかない。

 

 

「これも何かの縁です。もしかすると、お役に立てるかもしれませんよ」

 

 

 雨で少し崩れた七三分けに潜む双眼が、わずかに光った。

 

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