「こちらは本社営業部、戦略マーケティング室の室長」
「室長です」
「こちらは社長室、グループ再編プロジェクト主席統括」
「統括です」
「そしてこちらは、広告代理店『
「Pです」
製造業大手、ヨイハル重工業の本社。
会議室に並んだお歴々、それらを満足げに見渡してから社長は頷く。
「そして私が社長だ。今日は来てくれてありがとう」
ライスシャワーさんに、そのトレーナーさん。
会議室の大机、その向こうに座った格好になったウマ娘とその専属トレーナーは、畏まった……というより緊張でガチガチになっている。
まあ、いきなり呼ばれたらこうもなるだろう。
2人をここまで連れてきたコンサルは、他人事のようにそう思った。
†
会議室に一同が会する数日前。
「ずいぶん早かったじゃないか」
もう『逆張り』するウマ娘を見繕ってくれたのかい?
コンサルは応接室で社長と面会していた。
「ご期待に添えるかどうかは分かりませんが……私なりに、ブラッシュアップしたものをお持ちしました」
そう言いながら資料を2部手渡すコンサル。社長は脇に控える秘書に1部を渡し、もう1部は机の上に置いた。
まずは話してみろ、という合図である。
「社長の提唱した『逆張りシンジケート』……ドリームトロフィーでの広告収入で投資を回収するという
もちろんこれは建前である。
最初からコンサルが問題視しているのは「投資を受けた時点でドリームトロフィーを目指さなければならなくなる」点だ。
そもそも、ウマ娘だって好きで投資を受けるわけではない。
ならばその進路は、将来の選択肢は……可能な限り、残さなければならない。
「そこで、投資対象を変えます」
コンサルの言葉に、ふむと社長。
「社長には、専属系の新人トレーナーとシンジケートを組んで頂きたい」
「……なるほど、私にベンチャー
話が早くて助かります。とコンサルは資料を開くように促した。
「今回の
大前提として。
トゥインクル・シリーズは、あくまで学生スポーツである。
「興業としてのトゥインクル・シリーズは通産省競走審議会が取り仕切っています」
各レース場は通産省の監督下におかれ、レース場は観客にチケットを販売している。
レースとライブを実施する「場所」を提供する。それがレース場の役割。
「そしてトゥインクル・シリーズに参加するウマ娘が必ず在籍していなければならないのが日本ウマ娘トレーニングセンター、つまりトレセン学園です」
トレセン学園は労働省ウマ娘局が管轄する文部省管轄外の教育機関。
ウマ娘の教育に責任を持ち、その保護を行う。それが学園の役割。
「レース場と学園、これらは通産省と労働省、縦割り行政によって全く無関係の組織として機能している……ということになっています」
もちろん。それは名目上の話に過ぎないのだが……
ここら辺の話は長くなるので割愛する。社長も耳にタコだろう。
「そして、そのレース場と学園を結びつけるのがトレーナーです」
もう少し正確には〈チーム〉と言うべきですかね。
トレーナー。
学園の規定で定めるところの「『第一種ウマ娘競走指導資格(平地)*1』を保持する者」。
「彼らはトゥインクル・シリーズの統括機関であるURAが発行した指導免許によって〈チーム〉の開設を認められています」
そして、ここからが肝心。
「トゥインクル・シリーズは学生スポーツであり、学生たるウマ娘たちは『課外活動』としてトゥインクル・シリーズで活動することになります」
そしてトレーナーと契約を結んでいない、つまり〈チーム〉に所属していないウマ娘をトゥインクル・シリーズに出走させることはできない。
以上のことをまとめると、こうなる。
①学園に在籍しているウマ娘が。
②「課外活動」を提供するチーム(トレーナー)と契約を結んで。
③興業であるトゥインクル・シリーズに出走する。
もちろん、ウマ娘の視点から見れば話は単純だ。
①学園に入学
②トレーナーと契約
③トゥインクル・シリーズに出走
しかし①は労働省、②はURA、③は通産省が管理している。
つまり、とんでもなく関係がややこしい。
「結論から申し上げますと、社長の提案した『学生と直接契約する』シンジケートはチーム契約、または諸々の規則や省令とのコンフリクトを起こす可能性があります」
というか、実際にそんなことをやったら大きな問題が生じるのだ。
なにせ学生スポーツの選手(兼アイドル)に対してプロ入りを前提とした金貸しである。
文字通りの青田買い、字面からして問題にしかならない。
ウマ娘の将来を狭める云々の話をコンサルがする前に、そんなものは世間が許さない。
とはいえこれを「逆張りシンジケート」の発案者である社長に言うと話がこじれるだろうから、そこには触れずコンサルは話を続ける。
彼は正義のヒーローではなく馬喰であった。
「ですので、これを単純化します」
民間企業である〈チーム〉と契約するなら、問題にはなりませんよね?
「そして〈チーム〉に投資するのであれば、地固めの終わっていないであろう専属系トレーナーが狙い目、というワケか」
頷くコンサル。
「専属トレーナーというのは大変なものです」
一般的に、新人トレーナーはチームに所属するサブトレーナーとしてキャリアを始めることが多い。
それはベテランの下で経験を積む、担当ウマ娘を見つけるという難関を迂回できるなどの理由と認識されることが多いが……。
そもそも、専属体制でチームを運営するのはほとんど不可能なのだ。
「ではここで、チームの経営基盤について簡単に」
資料がめくられる音。
「先ほども申し上げました通り、チームは法人、つまり民間の営利企業という形態をとっています。ただし前提として理解しておいて欲しいのは、トレーナーはチーム法人だけではなく、学園職員の立場も持っている。つまり副業をしているという点です」
つまり〈チーム職員〉でもあり〈学園職員〉でもある。
「もちろんこれは制約ではなく学園による『支援』の一種です」
指導資格を持っていれば非常勤講師として集団トレーニングの監督――――教官としての仕事が出来る。
他にも学園行事などにスタッフとして労働力を提供すれば、各種手当を受け取れる。
これは学園、ひいては労働省によるトレーナーに対する財政支援である。
公務員でもないクセにズルい?
そうは言っても、このようにしてトレーナーに最低限の生活を保証しないと、ハッキリ言ってトゥインクルシリーズは崩壊してしまうから仕方がない。
「基本的に、チーム経営は赤字が前提です……正確には、黒字化するのが非常に難しい」
それからコンサルは〈チーム〉の収支を説明していく。
公開する理由がない訳だからチームのお財布事情は当然非公開。なので、あくまでコンサルの経験と推測に基づくモノだったが……。
「ふーむ。つまりチームは、所属する学園生からの月謝金だけで運営する必要があるわけか……専属トレーナーとなれば月謝金は1人分……確かに厳しいな」
幸いにも、社長は納得してくれたようである。
「もちろん、トレーナーの生活については学園の仕事で保証されていますから、無理に利益を出さなくてはいけない訳ではありません」
チームの役割は学園生に対する『課外活動の提供』である。
学生を使って無理に利益を出そうとしたものなら、どんな悲劇が起こるか分かったものではない。
「普通にトレーニングをして、普通にレースをして、普通に学園生を卒業させるだけなら問題はない……とはいえ」
ここは中央である。中央のトレーナーとウマ娘がそれで満足する筈もない。
「特注の蹄鉄やトレーニング用品、専門機関との連携、強化合宿の遠征費……とにかく支出が大きくなりがちで、それらを補填する方法はレースの出走手当だけとなります」
レースの出走手当とは賞金なども含めたレースに対するインセンティブである。
あまり知られていないが、レース賞金の一部はトレーナーに支払われている。
ネットの掲示板ではG1勝利で千円なんてネタもあるが……流石にネタである。
「とはいえ、レースの出走が不定期である以上、定期的な収入として期待できるのは契約金のみ。ここから運営費を捻出しないといけないわけです」
「わかるぞ。だからこそ『駆け出し』のチームに投資する旨味があると言うわけだ」
最初に社長がベンチャー
駆け出しの〈チーム〉をスタートアップのベンチャー企業に見立てて投資を行い、その〈チーム〉が強豪チームに成長した後に回収を行う。
社長が最初に考えていたように、チームの有名ウマ娘を広告代理店などに「紹介」して手数料をとってもヨシ。
なんならその〈チーム〉に身内のウマ娘を送り込んで賞金を荒稼ぎするもヨシ。
「それにこの方式なら、最初に投資した資金は〈チーム〉に残る。確かにレース業界の発展にも寄与できるだろう……」
しかし問題点もあるな、と社長。
「チームの成長にむけた投資、とはいうが……成長が見込める『強い駆け出し』は資金難にならないだろう?」
社長の指摘はもっともである。
駆け出し――――専属トレーナーと担当だけのチームは規模が小さい。ゆえに、よほど変な備品を買わなければ出費はほとんどない。
順当に成績を積み重ねていれば、まず赤字になることはないのである。
「そりゃ例外もあるだろうが……投資を必要としているチームというのは、それだけ成績が振るっていないということだ」
レース成績が良ければ賞金が貰える。
強いチームは、その賞金をウマ娘の育成につぎ込む。
だから勝てる。だから強い。
そこにお金の問題は存在しない。
「確かにベンチャー投資は多産多死モデル、多少の失敗は織り込み済みだろうが……ほとんど死に体のチームに投資するのはどうなんだろうな?」
「投資はなにも
コンサルはここが勝負所とばかりに畳み掛ける。
「学園によって生活費は保証されている駆け出しのチーム。ここが本当に厳しいのは資金面ではなく『人財』です」
ノウハウがない、そもそもサブトレーナーがいない。
それは即ち、あらゆる不慣れな業務を全て1人のトレーナーで行うことを意味している。
担当しているウマ娘が条件クラスのうちはいいだろう。しかしオープンとなれば、担当ウマ娘の夢を叶えつつ、その夢に沿った事務処理を行わねばならない。
単純作業では済まされない膨大な手続きが立ちはだかるのである。
「ははぁ……なるほど、これはアレだな? つまり私に名家になれと言っているんだな?」
ご名答。このやり方は既に確立されている。
かのメジロ家や、シンボリ家によって。
ネットの掲示板では「メジロする」などと揶揄される新人トレーナーの囲い込みは、裏を返せば新人に手厚いサポートを提供することなのだ。
「正確には、名家と同じような『手厚いサポート』を専属系トレーナーに提供するシンジケート、です。
「ふむふむ。トレーナーという才能への先行投資、才能を持つトレーナーに名家並のサポートを提供し強豪チームをさっさと作ってしまおうという訳か」
「そうです。そして当然、この流れには他の勢力も乗ってくることでしょう」
「――――投資
それは加熱。
あるべき加熱の姿。
「社長は、レースへの投資を投機にしないために『逆張りシンジケート』を提案してくださいました」
この
†
そしてその数日後、さっそくライスシャワーとその担当トレーナーが呼ばれたという訳である。
「我々はグループ企業としての強みを活かしてライスシャワーさんをサポートする」
社長の言葉にあわせてプロジェクターがイメージ図を投影する。
「まず、トレーニング用地の提供。親族が経営するレーシング倶楽部ならコースがあるし、会社所有地で坂路として使えそうな場所もピックアップしてある」
表示される写真。周辺の地図もセットで示され、医療・警備体制も万全とのポップ付き。
「遠征をするなら法人契約しているホテルの予約システムを使ってもらって構わないし、旅行の手配は提携会社である南紀ツーリストが協力を申し出てくれた」
もちろん削減できるのは煩雑な事務作業だけではない。
「レーシング倶楽部で蓄積されたノウハウ、機材、人員も提供したい。欲しいデータ、欲しいものがあったら何でも声を掛けて欲しい」
レーシング倶楽部の人員がプロのトレーナーにとってどれほど役に立つかは分からないが、情報収集において数は力である。
「あ、あの……!」
声を挙げたのはライスシャワーであった。彼女は自分の声に驚いたように肩を縮こまらせてから、それでもしっかりと社長たちを見据えて口を開く。
「ど、どうしてライスたちだったの……い、いえ。ライスたちだったんですか?」
その気持ちは当然だろう。似たような成績を持ったウマ娘は他にもいるだろうに、どうして自分たちを……?
「いい質問だ、お嬢さん」
その疑問に社長はあっけらかんと答える。
「私たちが投資するのは、お嬢さんたちだけではないからだよ」
おっさんが延々と話してるだけでゴメン……。もっとプリティーしなきゃ……。
まだ話は続きますが、長くなったので分割させてもらいます。