《デミちゃん日記》
取り出された黒い手帳の題名にそう書いてあった。
“…なんか、ユルいね”
《アルティメットなデミちゃんの天才計画》
《ついでに最近のおすすめカフェ一覧表を載せておく》
……本当に普通の日記だ!?
「…先生ぇ〜…」
“お、落ち着いてアロナ……きっと次のページにはある程度真面目な感じに…”
《ハスミ先輩のバスト成長日記、恐ろしい成長率だ…三年次にどうなる事やら、体操服のジッパーが今でギリギリらしい、ダイエット大計画の遂行が必要》
余程重要な事なのか、他の箇所よりも多く赤マルでグルグルと囲まれている。
“「……」”
「やっぱりあの人、一度お仕置した方が良いんじゃないですか!?」
“あはは、これも素敵な所って事で…確かに私が知りたい事は載っているよ”
“デミがどんな子なのか、それを知りたいだけだからね”
「も〜…先生は甘々です、それだから色んな生徒からモゴモゴ…」
ペラペラとページを捲っていく、書いてあるのは当たり障りのない日常の事。
《ヒフミちゃんと今日一日モモフレンズ漬けをした》
デミが日常でどんな事を感じたのか、ヒフミとの仲はどうなのか、パフェがマイブームだとかなんだとか、色々書いてある。
“…うん”
ハスミ先輩の事、ツルギ先輩の事、同僚のマシロ、イチカ、正義実現委員会の皆の事。
《ハスミ先輩のデザートは砂糖が多いければ多い程良い、マシロちゃんイチカちゃんは時々戦闘訓練でストレス発散させてあげたらカフェ奢ってくれたりする》
《ツルギ先輩の言語翻訳表 『キェヘヘヘ……!!ォアアア…ア゙ア゙ア゙!』感謝を述べようとすると恥ずかしさと言葉が出なくなってこうなる》
《『〇〇ぅううううう!!!』出来なかった事とか不満を叫ぶ時によく言ってる…後は…〜〜…》
“あはは、へぇ〜?ふーん?”
とてもよく解析出来ている、めちゃくちゃ参考になるなぁ…。
「も〜先生ぇ…駄目ですよ?遊びに来たんじゃないんですから」
“ごめんごめん、まぁ乙女の日記盗み見て今更って感じはするけどね…”
次のページ、次のページへと手を進めていく。彼女が歩んだ人生を指でなぞって後追いしているからなのか、その光景が網膜の裏に浮かんできた。
変わらない、変わった後となんら変わりない彼女の人生。
“…本当に、全部再現しようとしていたんだね”
手帳に書いてあるその全てを知っていた、何故ならばそれはデミが行ってきた事。
当番の日に訪れてきた時に知ったことも書いてある。
トリニティに出張して知ったことも書いてある。
正義実現委員会を通して知ったことも書いてある。
“……”
僅かな差すら無い、知っている彼女の姿。
「先生」
また次のページへと手を進め様とした時、アロナの制止が入った。
“ん、どうしたの?”
「次のページは、まだ捲らないで下さい」
アロナが見た事も無いような顔で、手帳を見つめていた。その次のページから目をそらすことなく、瞬きすらしていない。
“……うん、分かったよ”
アロナが険しい顔をして数十分、大玉で滝のような汗を流しながら作業を行い続けている。
「ごめんなさい先生、D.U区間の電力をお借りします!」
“承諾しておくね、他には?”
「私の事を褒めて欲しいです!後でいっぱい撫でて抱っこして下さい!」
“了解!頑張れスーパーアロナ!最強無敵のアルティメットOS!!”
「元気10000倍!うりゃぁぁぁーー!!」
■
“それで、結局なんだったの?”
足を先生の身体に巻き付けつつ、しっかりと抱っこされているアロナに向けて質問する。
あの後、作業を終えたアロナの為にシッテムの箱へダイブ中である。
「うーん…えっとぉ……うーん…」
“…?”
「ごめんなさい……分かりません、身体が勝手に動いちゃって…」
“身体が勝手に…?”
「はい…何を解除したのか、私が何をしたのか、アロナの記憶が…」
“……”
osであるアロナから記録が無くなる……それも経験がある、あの夜の時と同じだ。
次のページを捲る手が、少し震える。
《ブルーアーカイブ》
“…載っけからこれか、緊張するね”
《これが誰かに読まれる事になったのならば、それはきっと先生だと思います、貴方は分岐点に立つ事になる、貴方がどんな選択を取るかは分からないけれど、私は運命の相手である先生を信じてます》
《私は、私が特別だとは思います、でもそれはキヴォトスの皆と生きて、皆も特別だと分かったからです》
《生徒である私達は一人一人が特別だった、だから私は、私の特別を否定しません》
《自分を許す、自分を認める、ヒフミちゃんから教えて貰いました、人から認められる、誇れる正義を持つ、ハスミ先輩、ツルギ先輩、正義実現委員会の皆から教えて貰いました、自分の欲求を否定しない、フウカちゃん、ハルナ達に教えて貰いました》
そこからはずっと、キヴォトスの生徒の名前と教えてもらった事が書いてあった。
残り数ページになるまで、ずっと。
《私の出自とか色々悩んでたんすけどね、沢山助けて貰って、それで幸せな生活送らせてもらった恩返しっすね!!》
締めにはその文だけ。
残りの数ページは、隙間が無い程にビッシリと字で埋まっている。
《ナグ・ハマディの福音計画》
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世界の明日を、迎える為に。
必要なのは三つ。
第一に視点である。
この世界の歪みに気付ける視点が必要だった。私以外の誰かにそれを求めても解決しようのない問題。
故に私自身を利用し、私ですら到達出来ない、確信と事実を持った視点をこの世界に持ってくる。
他者と自身、自身と世界、世界と他者。内在的な因果は孤立する事無く、絡まりあい、それ故に視点は孤独を得られない。
その視点が必要だった、完全に独立し、孤立した因果と視点が。
第二に複数のゲマトリアを基とする器である。
マエストロの語るシュミラクラ現象、その概念を元とする。
彼の語る芸術とは、無形に宿る永劫たるものである。
永劫に存在する形無き『芸術』が、ミメシスされ現実へと形を持ち、新しい『芸術』としてこの世界に降り立つ。
肉体という枷、形という枷、だが枷無くして芸術は『芸術』足りえない。
彼は木製の身体と木製の頭を二つ持つ。片方の頭には目を、片方の頭には口を。それは異常であり、凡そ人体であると皆は思考できはしない。
木人形に命は宿らず、ただそこにあるだけのモノだった。
だが、彼は動き、彼の頭からは言語が発せられ、そして彼の頭は視界を得ている。
彼自身が証明している事、それは『そう見える』のであれば『そう機能する』という事。
原本も複製も、どちらに違いがあろうとも彼の見る世界からは区分は無い。『芸術』という根源から離れてすらいないものを別のものとしては言えないのだろう。
それがどの様な形を持ったとしても。
故に器の定義、あらゆる視点から『羽音デミに見える』事で、私と同じ機能を有させる。
私は『有』から『無』へ、彼の語る芸術へと身を隠す。
次にゴルコンダとデカルコマニーの
認識の反転、ゴルコンダは自身の精神の内海を『世界』とした。
実在主義者の辺獄、羽音デミにはその内側と向き合い続けて貰う。
確定した未来、されども複雑に多数の意図と意思が絡まった巨大なテクストの現れである辺獄、それを真実だと認識してもらうことで…
虚像に堕ちる私を、彼女に肯定してもらう。
私はこの世界に居た。私はこの世界に実在していた、と。
虚構の世界、名も無き司祭と同じ様になる必要がある、だがアイツらの様に『名を忘れられてはいけない』呼ばれないから実在せず、その存在を確定できない哀れな使徒の様になる訳にはいかなかった。
彼女に私の事を記憶に刻んでもらい、そして『羽音デミ』の皮を被ってもらう。
そうする事で、私はあらゆるキヴォトスの生命から忘れ去られた存在になり、虚構に堕ちる。だが私という実在は失われず、共に現実には『キヴォトスには羽音デミの名を称し、力を有する者が居る』ことを確定させる事で世界の認識を誤認、反転させる。
私という不可思議は幻に、私という不可思議は現実に。
連邦生徒会長ちゃん様々っす、マジ感謝。最初急にやってきて何言ってんだこいつみたいな目してゴメンっす。
第三に苦難を与える。
困難に立ち向かい、打破できる圧倒的な力を。
苦行と向き合い、それでも明日を求める強靭な精神を。
それらを凌駕する苦難を。
完全が不完全になるまで擦り切れて、漸く私は目覚める。
器には特定の条件が必要である。
分かたれる二つ、相反する者達の奇跡の残穢。
一寸の狂いなき肉体、完全な肉体による
境界線に立ち、存在の解釈を無限へと薄める。
そしてセフィラを語る使徒とDECAGURAMMATONの天路歴程の転用。
最後に基点、全ての奇跡が在る場所へ。
ごめんなさい、名も知らぬ誰か。
ごめんなさい、先生。
後は任せました。
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“………”
「…………」
手帳はそこで終わっている。
この計画は真実なのか、この計画は何を目的としているのか、何を知って、何をしていたのか。
『何か』分かると思っていたけれど、ここにあるのは贖罪の言葉と、『何か』の為に死力を尽くしていた事実。
“帰ろう、アロナ”
手帳を胸にしまい込み、ドアノブに手をかける。
外へ出て大雨の中、傘を差して歩き出す。
「…先生」
“何が真実で、どんな現実が待っていても、私は生徒を迎えに行かないといけないから”
雨が強くなって、周囲の音が聞こえずらくなっていく。
視界も塞がる程に雨は激しく、強く、長く。
「先生…先生ッ!」
“…アロナ?”
シッテムの箱の画面は暗いまま、声だけが響き渡る。
「先生!!」
“……”
「先生!先生!!」
「起きて!先生!!」
“………”
「先生…」
“…アズサ”
「っ!先生!良かった、目が覚めて…!」
“ごめんね、心配させて”
“行こうか”
「え…ま、待って!動いたらダメだ!何発、それと何処を撃たれたんだ!?今すぐ手当を再開するから、包帯が無いから服の切れ端になっちゃうけど、止血だけでもしないと!まだやりきれてないのに…!!」
“…ありがとうアズサ、寝ている間に手当をしてくれたんだ、よし!こうしちゃいられないね”
「先生ッッ!!」
「この状況は私が招いた結果だ!先生がこれ以上動く必要は無い!!私が、私の手でこの戦いを終わらせる、だからもう動かないでくれ…先生の身体は私達とは違う、動く所か言葉を話せる状態じゃない、今すぐにでも騎士団に治療を…!」
“大丈夫、アズサのせいじゃないよ…この騒動の責任は、本当に私にあるんだ、だからアズサの言う通り私の手で解決しなくちゃいけない、だけど……あはは、見ての通り運動が苦手だからさ、アズサにも手伝ってもらえるかな”
“帰るって約束したし、それに……”
“私を待ち続けている子が居るんだ”
■
「…そりゃ、そうっすよね」
「襲撃!襲撃です!!警備員は何を…!!」
「ナギサ様が攫われました!早く下手人を追いなさい…ッ!?きゃぁァァァ!?!?」
爆炎が廊下を埋めつくし、その衝撃で殆どの生徒が大火傷を負って気絶してしまった。
「……」
「警備に正義実現委員会が回されてるって聞いた時からこうなるって思ってましたよ」
「ナギちゃんを守るってなれば、そりゃ最強が選ばれるっすよね、マコトちゃんも確保出来たし帰りたいんすけど」
爆炎の中から姿を表したのは、二丁のショットガンを構え、あの爆発の中無傷の怪物。
「デミ」
正義執行、トリニティの戦術兵器。
「ねぇ、ツルギ先輩…私はツルギ先輩とは個人的に一番お世話になりましたし、まぁ、だから……次天気の良い日になったら、業務終わりボウリングとかカフェにでも寄りませんか?」
「……あぁ」
「約束っすよ!何食べるか決めといて下さいね」
「……」
「はは、まぁ、そんな先輩の為に残りの全部、ここに持ってきました」
ヒナを除き、あらゆる局地、局面で終ぞ使われる事が無かった黒い無骨なオートマチック式の拳銃が胸から引き抜かれる。
「ふふ、あははははぁ…!こい!!」
「