「」
「……ごめん、強く殴り過ぎた」
“…し……しぬかと…思った、風圧で……”
振り落とされた拳はしっかりとデミの顔面を捉えて、そのまま地面まで殴り抜けた衝撃で…。
星空の下の湖の面が、反射する世界の風景ごと粉々に砕かれている。
「」
「起きろ私ーー!!何一発でノックダウンしてんだ!!」
“と、というか…もしかして、今まで手加減してた…?”
「…手加減はして無いっすね、本気でやってはいたけど…十割で全力は初めてかもしれません、てかこの馬鹿力残ってたんすね…」
「」フゴゴモガガガゴゴゴゴ
「なんて?」
「」フゴゴモガガガゴゴゴゴ
「……」
「治してやるからちゃんと喋れェッ!!」
「……ふがっ…ありがと…てか、私達は肉体そのものが神秘の露出なんすから、力の割合とか無いっすよ?あの自滅焼却に関してはそうはいかないっすけど…あれだけが私と先生、キヴォトスの負け筋で貴方の勝ち筋だったのはあるっすけどね」
「…はい?…そうだ、結局…この神秘ってなんなの?」
「原典はヤルダバオト、無名の司祭はそう呼んでたっすよ、それと…仕方ないっすねぇ…不甲斐ない私の代わりに本当の全能をお見せしてあげるっす…」
パチンッ、とデミが指を弾くと世界の風景は再修復され、先生の目の前にオープンカーが現れる。
デミの胸部からも光が溢れ出し、その光の中からおどろおどろしい黒い塊が吐き出される。
“デミ、あれを返しておくよ…”
「ありがとうございます、先生……ほら、アロナちゃんも私も車に乗って乗って」
真っ黒なオープンカーへ乗るように催促し、先生が運転席、助手席にアロナ、後部座席に二人が乗り込む形となった。
出発し、どこかへ向かっていく。満天の星空の元のドライブが始まり、先生の手から、今は炎が燃え上がっていない黒い玉が現れ、デミに手渡された。
「その黒い玉といい…本当に色々、知らない事は多かったんだな……そうじゃん、どうやって先生が炎のドームを突破したかだとか、そもあの傷でどうやって走ってきたんですか?カードとアロナの尽力があっても、もう絶対に無理だって確信してたんですけど…」
「黒い玉……?あ、コレっすか?単なる観測装置っすよ」
「ただの観測装置が私の触手とか飲み込むか??ゲマトリアは何も教えてくれないしさぁ…」
「本当にただの観測装置っす、私視点で何がどう見えているかを観測し、表象しているだけ、これはね…」
「私から見た世界っすよ」
「……」
「…よ…く、こんな精神性で……お前も大概だな」
「こんな精神性だから失敗したんすよ、全能ってのはそんなもんっす、何を内包し、何に内包されているかを知見と主観に寄らず完全な理解を果たしている、絶対者にはそれ故の精神を内包し、その者にとって世界は朝露よりも儚く消える虚無でしかない」
「あらゆる選択肢を手にしておきながら、あらゆる選択肢を選ぶ意味すら失った、出来ることと一緒に、出来ない事も失ってるんすよ」
「永劫、永遠なんて言葉が短く聞こえるくらい、自己証明に渇き飢え続け、自分を肯定しているものすら見失う」
「全部猿真似っすよ、人間である感情なんてものはもう出力出来ないくらい出涸らしっす、私は何でも出来て、何かを選ぶ事は無い」
「……」
「ねぇ私…カフェで作られたアイスやコーヒー、店で提供されるものから店自体の開設の軌跡、それらが構成されてきたその事細かい全てのことを知りたいっすか?」
「…いや、知りたい事だけで十分、流石にカフェマイスターの私でもそこまではいかない」
「そうっすよね、私もそうっす」
「………」
「なるほどね、理解出来たよ」
「「…………」」
暫く、長い沈黙が続いた。何を肯定するでも、審議するでもない沈黙の時間。だがこの場にそれを気まづく思う者も居ない。
車の駆動音だけが響き渡る。
“そうだとして、それでもだ、デミは『それでも』という未来を望んだ”
「…ナイス合いの手…世界単位で見れば、そりゃ世界は私にとって豆粒にしか見えませんが……一個人に注目してみると、そこには宇宙よりも広大な世界が広がっている」
「ほぼほぼさっき言った事と同じっす、人個人が放つ光は、世界を覆いって余りある輝きを持っている、ずーーっとその影にいた」
「そして今、その光の中に居る」
「……やっぱりもう一発殴ってもいい?」
「なんで!?」
「なんか、めんどくさい、殴って解決するもんじゃないのがさぁ、余計殴りたい」
「的を得てるからなんともうんともすんとも…」
「身の上話は終わっとこ、私の疑問に答える時間だ…さっきの質問から、そうだな…まずは先生から、あの怪我で走って炎を突破出来た理由は?私が燃え尽きる時間が延びてたのも気になる、先生が到着するより前に消える筈だったのに」
“怪我の事だけど、デミから貰った『鍵』…あの闇だね、あれが最後まで私の身体を補強してくれていた、空いた穴を埋め、命を何とかつなぎ止めてくれてたんだ”
“炎の壁は……その観測装置を飲み込ませてもらってね、観測の主観対象に私も混ざって、デミという世界が燃え尽きるまでの時間を……”
先生の懐から、以前の姿とは打って変わって炭のようにボロボロで、薄っぺらいカードが取り出される。
“カードを燃料に引き伸ばした”
「…つまりは」
“今はもう、私しか残ってない…皆、元から燃え尽きた残り灰でしかなかったからね、最後に私を残せた事を心から感謝してる”
「……」
“デミ”
「…大丈夫、大丈夫ですよ、先生……責任、取ってくれてありがとうございます、拙いですが、お礼を受け取ってください」
“勿論”
走っている途中ではあるが、後部座席から軽く立ち上がり……。
運転中の先生を、邪魔しないように座席越しにバックハグする。
「今は、これだけしか」
“十分さ”
「ありがとうございます」
“うん”
■
「お礼…ふふっ…可愛いっすねぇ」
「オデ オマエ コロス」
「真摯に受け止めよ!?今のでキレるのはひねくれた考え方と受け取り方っす!暴力反対!!」
「……はぁ、で…この車の行先は?」
「始発点」
「…ふーん」
「コレを使って、計画終了っす」
「それは…さっき、胸から取り出してた奴か…何それ」
「私が改造した色彩っす」
「………??????」
二人の間にふよふよと浮く黒いヘドロ、それを指さし告げる名は色彩。
余りの衝撃にひっくり返って閉ざされそうな意識を保ち、質問する。
「し、色彩って全能の精神体じゃ?」
「あぁ黒服が話してた事っすか?まぁそうでもあり、そうでは無いっすね」
「はぁ???」
「意思も目的も無く、ただ到来して滅びを齎し、存在意義すら未確定のまま世界を漂う、反転を司る概念……ブラックボックスって分かります?外からは見えなくて、中からだけは分かる、そんな感じで未確定を利用したあらゆる未来の内包と虚構の実現、こいつも一種の全能体っす、種類が違うってだけ」
「そして、この内海の外殻になってるもの」
「…ここが色彩の中?でも先生は出てきた黒い太陽はアンタが神になった姿って…」
「外殻が色彩の模倣ってだけで、中身は私ですから合ってますよ………先生がサンクトゥムタワーへの干渉を許してくれたから、この計画の〆る事が出来る」
そう話してから指を一本立てて、それを傾けて私を指さした。
「質問、私さ、記憶の中での色彩の嚮導者の目的はなんだったっけ?」
「…プレナパテスはサンクトゥムタワーに干渉して、色彩の『反転』を……ーー」
「それと同じ事をしよっかなって」
「…!!」
「ーーかかった」
デミが唐突に空を見て、手をかざした。
その視線の先、空からふってきているのは……。
黒く輝きを失った黒ずんだ物体が落ちてくるのが見えた。
「よいしょっと」
空に伸ばした手が、距離を無視して落下途中の物体を取り寄せた。
「それは…無名の司祭の仮面?……燃えカスになってる」
「ゴキブリホイホイみたいな感じで、勘違いした馬鹿を潰したかったんでね!……ぷぷっ、色彩ホイホイ…ガッハッハッ……!私の勝ちじゃ!( ゚∀゚)o彡゜バーカバーカ!!お前ら如きの浅知恵に負けると思ったかー!?」
「……本当に人間としての感情枯れてるとは思えない発言…」
「そ〜れ、ポイッとなー!」
投げ捨てられた仮面は空を舞い、チリとなって消えていく。
…ーーその寸前にだが、仮面と目があった気がした。
おぞましいものを見る目 盲目に何かを縋る目 そしてその怨みと憎しみが籠った目。
その目だけで言いたいこと伝わってくる。
後悔するだろう 結末は変えられない 愚か 何れ終局へ至る
驕るn……
バンッ!
「うるさ…ナイス私の
「あはは!ナイス私!サイコーー!」
黒ずんだ仮面はチリすら残らず吹き飛び……。
残るものは無く、ただ風が空を通り過ぎていった。