思い出せないことが殆どだけど。
それでも、忘れない事はある。
私の人生の色、その色を付けてくれた人を……覚えている。
「…ーーちゃん」
炎は温かい、痛みも伴う。
「…ーーえちゃん」
人の体温は温かい、命を感じる。
「…ーーお姉ちゃん」
私の腕の中にある、温かい命。
「痛くない?」
「全然!お姉ちゃんは頑丈だからね!」
穢れて欲しくない、あの男の手に絶対触れさせちゃいけない。
「…でも」
「そんな顔しちゃだめだめ、今晩はお姉ちゃんがハヤシライス作ってあげるから、背中張って学校行ってきな!」
姉として、この子が真っ直ぐ育てる様に。
「…うん!行ってきます!」
「ふふっ、行ってらっしゃい」
こんなに美しくなかった、こんなに綺麗な話じゃ無かった、でも私が覚えているのはそれしか無い、これしか無い、この美しい記憶しか持っていない。
優しい優しいあの子との記憶。
『お姉ちゃん!大好き!』
血は繋がっているけれど母親は違う。
『みてみて!これね、お友達に教えてもらったゲーム!』
血は繋がっているけれど住む家も違う。
『お姉ちゃん、一緒に遊ぼ?俺…お姉ちゃんと遊んでる時しか、楽しくない……でも、お姉ちゃんはいつも痛そうにしてるから…』
血は繋がっていても何処も似ていない。
『お姉ちゃん』
それでも私はこの扉の向こうの天国へ、この命を使ってこの子を…『美しいもの』を送り続ける。
行ってらっしゃい
行ってきます
そんな言葉の送り合いも、いつ時からか無くなってしまった。
私が辞めさせたから。
炎は温かい、だが火は熱く、苦しみを伴う。
「おい、■■■■」
「はい」
私の手は多機能で便利だ、ゴミ箱であり灰皿であり食事を作り家事も出来る。
この薄汚れた手で部屋を掃除し、身の世話をして、弟をこの家の扉に触れないようにし、その機能を全てこの男に使っている。
寝る場所も無く、ただ雨の降る中で横たわり、雪の降る街で横になり、そしてまたここへ戻ってくるんだ。
「チッ…あ〜…はぁ、おい、■■■■」
「…はい」
私の髪の毛は長く、そして扱いやすい身体だ。
掴みやすく、引っ張りやすい。
殴りやすく、引きずり回しやすい。
軽く、脆く、弱く。気分を良くする鳴き声と、気分を落ち着かせる見た目と、気分を悪くする瞳を持っていた。
「がぼっ…」
ーー水と顔が着いて離れない。
大きく、大人の手が頭に触れ続けている。
「■■■■」
「………はい」
もの、ではなくモノ、者では無く物である私は、何故か血が流れる。
物であるのならば痛みは感じない、だが『者』であるからあの子の為に私は生きていける。
人形に心の火を灯し続けてくれている。
「ーー■■■■」
「脱げ」
「…………」
「はい」
そんな15年の歳月は、たった一日で覆されるほど価値の無いものなんだから、何も思った事は無い。
どんな言葉より、どんな痛みより、どんな苦しみより、あの子と初めて出会ったあの時。
『ありがとう!お姉ちゃん!』
あの輝きを見た時から、全ては色褪せている。
「…はぁ、っクソが、遺産はニブイチ、あのガキはここに帰ってこねぇし…」
「…おい■■■■、お前アイツに連絡してここに呼び出せ、お前なら分かってるだろ、アイツの住所」
「…え……」
「クソが…はぁ…本当にやらかしたな、最初位は我慢すれば…ーークソがッ!!」
「がっ…ゲホッ…」
「チッ…灰皿寄越せ」
「ぅ…ぁ……はい…ぅ…」
ボロボロで黒ずんだ
「……汚ぇな、新しい場所出しとけよ、分かんねぇか?分かんねぇか、そうだよ…なッ!…どいつもこいつもガキの癖に…」
「げぅッ…あ…ぁぁ…」
「背中」
「は゛…は゛ぃ……」
「外出とけ」
神様は居るんだろうと思う。
「どうしてお前はッ!!言われたことも出来ねぇんだよゴミが!!」
神様はきっと、絶対居る。
「次は絶対に呼び出せ、じゃなきゃ…分かるよな?『外』でマワすぞ」
そうじゃなきゃ、こんな残酷な世界で…。
『お姉ちゃん!』
あんな光が、産まれるはず無いから。
人の体温は温かい。
だが、それはすぐに失われる。
何故失われるのか?
それは、体温とはそれ即ち……
ーー命の温度であるから。
「………え」
ある時、あの男から持たされた連絡用の携帯に着信が入った。
《弟さんのカバンに、貴方の携帯の電話番号が…》
もう聞こえなくなった片耳に言葉が響く。
「……ぁ……」
《……■■■■さんは…》
もう動かなくなった指先が震える。
「……は…ぃ…わかり、ました……」
《…申し訳ございません、遺品をお受け取りに来て下さる事は……》
もう灯されななくなった心が
寒く、凍え始めていた。
「……」
「ご遺族の方でしょうか」
「……はい」
奇跡が通り過ぎていく。
「状態が酷く、頭部は復元できませんでした」
「どうか、お気を確かに」
「…こちらで全てになります」
「………」
「……では、失礼致します…」
「………」
手元に残ったのは、ぐちゃぐちゃになった携帯と、教えてもらったゲームのキャラクターのハンカチ。
「……」
死因は…『いじめ』と呼ばれる悪意による、飛び降り。
私が世界だと、全てだと思っていた小さな世界の外からやってきた正体不明の悪魔だ。
私はあの男から守れれば全て上手くいくと……そんな、単純だったから、私の腕からは命がこぼれ落ちていく。
「……」
涙は出ない。モノから涙は出ない。
「……」
悲しくない。モノは感情を持たない。
「……」
苦しくない、苦しい筈が無い、モノはそんな心を持っていない。
「……」
焼かれてもう見えない片目で、この子の潰れた頭を眺め続ける。
「……」
『使う』為に折られた歯のせいで、込み上げるものを噛み締めることも出来ない。
「……」
それら全てを見られぬ様装おう為に渡された道具や衣類を脱ぐ。
手袋を脱いで、膿と火傷に塗れた手でこの子を抱く。
「……」
「…寒いね」
あの時感じた、腕の中の温もりを
「……」
今は感じない。
「おぐッ…ぎっ…が……」
「……」
「おま……え……」
「……」
「よ……や……いさん……が…」
「………」
「……」
「……」
きっとこの世界に神様は居ると思う。
でなければ、世界はこんなに悪意に満ちていない。
『誰か』が居ないと、こんな世界にした誰かが居なきゃ。
「……」
自分の腕に新しい
それをまた、取りこぼし、通り去って……。
「…あちち……」
火をつけて、全てを燃やして。
「……ごめんね…」
お腹をさすっても、きっと返事は無いだろうけど。
「……」
人はどうして生きているのか。
鳥はどうして飛ぶのだろうか。
それはきっとこの世界に産まれて、『生きる為に生きて』『飛ぶために生きて』『そう生きる為に生きているから』
腕が無くなり、足が折れ、全ての自由を失っても生きることを望むように
羽をもがれ、衰弱し、次に空を飛べば死んでしまうような怪我を負っても鳥は空を飛ぶように。
生きていけなくても生きる為に、もう飛べなくても飛ぶように、そうやって産まれてきた命が有るように。
「私も……」
私も、飛びたい。
ただ、飛ぶ為に。
「あの子は…飛ぶ前に…そのまま…」
業火が身体を包み始めた。
私は……神様は居ると信じている。
だから、私も信じて飛んでいける。
皆が光を目指して歩く様に、私も『死』が私の光だと信じて歩き続けていこう。
今も、この先も、ずっとこれより未来も。
「あの子が、飛んだように」
「私も」
人は何故 いつか死んでしまうのだろうか
人は何故 いつか死んでしまうのに生きていくのだろうか
それは
その先に その影の先に 光を見出したからだ
「デミちゃん?」
「……ーー」
「だ、大丈夫?急にぼーっとしちゃって……モモフレンズが買えなかったことがそんなに……そん、なに…うぐぐ…買えなかったぁ…はぁ…」
「……デミちゃん?おーい?デミちゃーん?」
「え?」
それが、私の忘れられない
「……」
目を開けて、飛び込んでくるのは……。
「これが!!私の!!!」
「
そんな、沢山の光だった。