(数週間後……)
「あはは……」
阿慈谷ヒフミ ペロロ様のゲリラ公演を見に行くためにテスト欠席による成績不振。そしてナギサから先生のサポートを依頼された身であり、真の目的はトリニティに存在する裏切り者の疑惑者を補習授業部から見つけ出すこと。
「あらあら……」
何故か水着姿で牢屋から出てきた浦和ハナコ、水着でトリニティを徘徊し正義実現委員会に監禁中だったはず……が、出てきている、頭脳明晰、秀才である彼女はトリニティの実態に心痛め、今現在へと至る。
「(シューッ…シューッ)」
白州アズサ……アリウス分校からの転入生…………何故か既に縄でグルグル縛られていて、頭にタンコブが出来ているが校内暴力の疑いで正義実現委員会に追われ、教材用催涙弾の弾薬庫を占拠…後に一トンを超える催涙弾を起爆、三時間の抵抗を……の筈が、私が来た時にはここに横たわっていた。そして、アリウススクワットから遣わされた、彼女らにとっては和平の証、そして大人達にとっては裏切り者という駒…。
「もう!先生の馬鹿!バカバカバカ!なんで私も凶悪犯と一緒に行かなきゃなの!?」
下江コハル 赤点三回留年目前、成績不振……のついでにナギサによる正義実現委員会への牽制。正義の心を持つ優しくて、強い子。
それが今、私が回帰した記憶…。
“……あと正実から一人かな?”
「はい、後は……」
「……え!?あと一人…!?正義実現委員会から?誰なのよ!」
ガチャッ…
ドアが開かれ、皆が集まる中に入ってきた者。
「ハスミ先パ〜イ!いたいた〜って、先生、何しに来たんすか?ヒフミちゃんまで…アズサちゃんに何か用ですか?アズサちゃんをボコって捕まえたのは私っすけど……というか補習授業部の面々じゃないっすか!わはは!」
「……デミ…」
「なんすか?ハスミ先輩、あ…そうださっきお店で…」
「デミちゃん…」
“デミ…君が補習授業部最後の一人だよ……”
「……ははは!……え?」
羽音デミ、成績に関しては赤点スレスレがいくつかあり、そこにティーパーティーから例の事件の処罰として出席停止を行わない代わりにその日数分の点数を失い成績不振、補習授業部に転入。
「デミ先輩!?何してるの!?補習授業部にって!馬鹿馬鹿!正実から二人も出ちゃったら正実の名折れ!!デミ先輩の馬鹿!」
「はぁ〜?コハルちゃんこそ…馬鹿馬鹿って、私は赤点取ってないもんね〜!馬鹿はコハルちゃんだけっす!」
「……」
「……」
「「…………うわぁぁぁぁん…!」」
目の前で言い争いをしているのを脇目に、ずっと暗く沈んだ表情をしているハスミに話しかける。
“ハスミ…大丈夫?”
「…先生、いえ……大丈夫ですよ」
恐らく彼女は気づいていたのであろう、補習授業部が作られた理由を。
“…任せて、生徒が歩みたい道を歩むませるのが、私の役目だから”
「はい……宜しくお願いします、先生」
「「バカバカバカー!!」」
“……。”
■補習授業部 教室
デカデカと【補習授業】の文字が書かれた黒板。その左右には生徒達の描いたものだろうか?落書きらしき猫とペロロ様が……なんだ……あの宇宙を感じさせる青チョークで書かれたペロロ様は……。
「スペース海賊船長リベンジペロロ様です!」
“…そ、そうなんだ”
教卓に座り、書類を進める…シャーレの業務と、アビドス支援金の資料決済を進めながら、生徒達の方を時折確認して淡々と処理していた。
トリニティ学園の内装は、基本的には煌びやかな、華やかな装飾が施されているが、同時に時代と温かみを感じさせる木製の机と、そこに座る五人の生徒達を見ると、銃社会から離れた『生徒』らしさを感じさせる。
彼女達の手元には複数枚の小テスト方式に分けられたプリントが、それを各々、思い思いの様子で戦いを始めている。
真剣に向き合っているため、教室は静寂に包まれている。
しかし、その静かな時間は――一人の生徒によって終わりを告げた。
「――もう嫌っ!」
「こんな事やってらんない! わかんない! つまんない! めんどくさいッ! ――それもこれも、全部先生のせい!」
“あはは……頑張ってね、コハル”
「他人事みたいに!いや他人事だけど!!」
急な癇癪に穏やかに返事を返す、済まないがコハル……成績や勉学に関しては教えることは出来ても、本人の意識改革には時間が必要なんだ……コハルに対して柔らかく優しい目を向けると、なんだか更に機嫌が悪くなった気がする。
「もう、コハルちゃんったら、あまり無茶苦茶を言って先生を困らせてはいけませんよ?」
そう云って立ち上がり、コハルに手をかけようと後ろの席から魔の手を伸ばすハナコ。コハルと同じ髪色、綺麗な桃の色をした髪なのだが、その体格と性格は……うん、真反対と言ってもいいだろう。体型は理想の女性像を落とし込んだような、全国の女子が求める、出るところと引っ込む所がしっかりとした…グラマラスと言うべき体型。コハルのトゲトゲしい口調とは打って変わって、優しいく、どこかとした雅さをかもしだす柔らかな口調……。
「あくまで先生は私達を助けるために来て下さっているんですし、そもそも勉強が分からないのも試験に落ちたのも、先生ではなくコハルちゃん自身のせいで―……」
「うぅッ……!」
叩き込まれる正論はコハルから反論の力を奪っていく。
「わ、私は正義実現委員会の一員だから! それで、授業に出られない事が多くてっ……そう、そのせいなの!」
「それは他の正義実現委員会のメンバーも同じだ、でもここにいるのは…いや、何故かもう一人居たな、それでもあれだけ私を追っていた正義実現委員会の中で二人だけだ」
「………」
横から合いの手を挟んだのは、白い小さな翼と、発色が良く透き通った白髪を持つ少女、アズサの言葉に……。
「死にたい……なんで……恥ずかしいっす……マジ無理……」
死にかけの顔をした、羽音デミ…黒のロングヘアの中に白色のメッシュがかかった子で、その瞳は以前より格段に色素が薄まり、瞳孔の中に白いラインが入っている、ハナコ程でもないが、最低限動きを邪魔しない、理想の体型を確保しており、制服もスカートが改造されたスケバンを思わせるような配色になっている。
「なるほど、つまりアズサちゃんが云おうとしているのは、唯々コハルちゃんとデミさんがおバカさんだからですよ、という事で合っていますか?」
「まぁ、それも強ち間違ってはいない、仕方ないものは仕方ない、人生は往々にして虚しいものだ」
「確かに人生は苦痛の連続ですからね……そういう事もあります」
「あぁもう、うるさいなぁっ!? そんな事云ったらあんた達も皆一緒じゃん!? 私が馬鹿なら此処に居る全員バカでしょ!!バーカ!」
「いつか……ハナコは施錠された服着せて……アズサはフルボッコにする…」
「あ、あはは……二人は、それはその……」
死んだ目をしながら呪詛を吐くデミと、癇癪の限界突破を起こしたようなコハルの声に、一人黙々とプリントを進めていた自称平凡――アビドス覆面水着団リーダーファウストヒフミ、困ったように苦笑を浮かべる……彼女に消された人間は数知れずという……(噂) 宥めるような対応をするものだから、今の自分の幼稚さを自覚してしまったのか、恥ずかしさを埋めるようにコハルは指をさして声を荒らげる。
「な、何も間違ってないでしょ!? 馬鹿だから此処に居るんでしょ!? あんたも、あんたもっ、あんたもッ!」
「デミさん……その、施錠された服というのは貴方の趣味なのでしょうか…?それを私に……いえ、何も言う事はありませんが、私で良ければその……」
「そんな趣味も性癖も持ってねぇっす!!クソっ…絶対に下の方に付き合ってやらねーからな!!」
……なんだか猥談が聞こえてきた気がするが、コハルが指を刺し、順々に流れていき最後に先生を見る。そして私に指を突き出した。
「――あんたもッ!」
“えっと、私は一応、先生なんだけれどね……あ、あはは”
「こ、コハルちゃん、ちょっと落ち着いて……」
先生が困惑した様子で頭をかき、ヒフミがコハルを宥めてはいるのだが……。彼女の爆発が収まらず、赤く涙目になりながら悔しそうに口を開く。
「落ち着いてなんていられないわよ! 皆仲良く退学になりそうな、こんな状況で……ッ! もし退学になったら、せ、正義実現委員会のメンバーじゃなくなっちゃう……うぅ!」
「オエッ……なんか先のこと考えたら凄い吐き気してきたっす、泣きそう……マジ無理…………病み……」
「ふむ、私も退学になるつもりは毛頭ない、何をしてでも、例え惨めな想いをしてでも、乗り越えて見せる」
「まぁまぁ、退学になったからといって何もかもが終わりと云う訳ではありませんから、気楽にいきましょう、寧ろ……――」
「あ、あの……ッ!」
そろそろ収拾がつかなくなってきた所で、この補習授業部の部長であるヒフミが声を上げる。
「えっと、その……こうして集まっているのは、そもそも退学せずに済むようにする為ですし、取り敢えず、今は皆で知恵を寄せ合って、何か良い方法を探しましょうよ……! でないと、一週間後には本当に仲良く全員退学――なんて事にもなりかねませんし……!」
「ふむ、知恵を寄せ合う……成程、悪くないですが、あまりぐっと来る感じではありませんね、もう少しこう、何か――」
“……。”
彼女お得意の思案を始める、最早こじつけにも感じ取れる発言を…。
「ここは例えば、そうですね、弱くて敏感な部分を寄せ合う、という形で如何でしょう?」
「……?」
彼女の言葉に、意味を理解していないアズサが疑問符を浮べながら首を傾げる。良く理解していたコハルが顔を真っ赤にさせ、肩を震わせハナコに向かって怒鳴っていた。
「い、いきなり何言ってんの!? 下ネタは駄目! 禁止! 死刑! び、敏感な部分って、何をどう寄せ合おうっていう訳!?」
「あぁ、ちょっと分かり辛かったですか? では、実際にやってみましょうか、もう少しこう、足を開いて頂いて……」
「え、えっ……や、やめて! 近付かないで! 知りたくないし分かりたくもないしまだ早いからっ!?」
「えいっ♡」
乱れる風紀、傍観する私含めた四人、彼女の手がコハルへと伸び、まとわりつく様に拘束を始めていく。
「や、やめっ……やめてぇっ! たっ、助けて先生ッ……!」
“……ーー風流……だね…”
「イヤー!?先生!?た、助けてよ!?わ、私が悪かったです先輩相手にタメ口ですみませんでした! もう許してやめてっ、それはまだ嫌ぁ~ッ!」
笑顔で徐々に圧し掛かって来るハナコ、恐ろしき色欲に塗れている彼女の圧力にコハルは既に泣きそうな顔をして助けを求めてくる。
「ふむ……成程、こういう制圧術もあるのか、白兵戦で使えそうだ……勉強になった――ただ、無駄な動作が多い気がする、私ならあとツーテンポ前の段階で関節を極めている」
“アズサ、よく見て、あれは彼女独自の制圧術の高等テクニックだよ、あらゆる場所へ手を伸ばせる形に、自身を置いて、対峙する相手がアソコからどんな動きをしたって後手でカウンターを決める……最強の後出しジャンケン……!!”
私は冷や汗を垂らす……あの様な技術、推し量るに……まさに相手の行動に対する適応!!
「な、なるほど…!浦和ハナコ…侮れない者だとは思っていたが、武術に関する知識まで有しているとは……!先生も良く知っていたな、彼女から指導でも受けたのか?」
“うん……彼女からは九十六手をね……それはそれは厳しい修行だった”
「あら♡先生ったら……♡」
「…っ!!!エッチなのは……」
「コハルさん?私たちは武術のお話をしているのですが……何かおかしいことでもありましたか…?」
(……先生って割とバチバチなお下言うんすね、意外)
「そ、そんなの!!ってイヤァー!?や、止めて続きを始めないでーー!?」
「せ、先生ぇ……」
悪ふざけに乗っかった私を見て、不安そうに顔を顰めてしまうヒフミ、少し調子に乗りすぎたと思い、再び資料整理に手を運びヒフミへと語りかける。
“ヒフミ、私…頑張るからさ、きっと大丈夫だよ”
「ほ、本当によろしくお願いしますね…?」
「このままじゃ私たち……本当に……退学に」
「大丈夫っすよ」
「は、はい……?」
「先生が大丈夫って言うなら大丈夫っす」
「先生…期待してるっすよ?」
“うん、任せて”
彼女の瞳が私を射止める。
そう言われて思い浮かべるのは、この先の光景…誰かが傷つかねばならない、憎しみ合わなければならない、苦しみを、痛みを、悲しみを……それを誰かに強制されて味わ無ければいけない理由は無い。
それは彼女達の責任でも無いし、果たすべき義務でもない、逆にただ単純に、未来へと歩もうとする中で失敗したり、揺れ動いたりしてしまったりして行われた行為は、そこに含まれる悪意も害意も、歩む為に必要な道標、彼女達にとってそれさえも大切で失ってはいけない選択、しかし、その行先自体歪め、選択を奪い己の私欲に利用する者がいる。
……これは自戒になってしまうのだが…、
私は、私がどのようになろうともその歩みを支え続ける……そんな奴らに、青春の物語を奪われるなどあってはならないのだから、きっと生徒達はそんな行動をする私に対しても傷つき、疑問に思い否定してしまうだろう。何故そのように生きるのか?と。生徒には理解し難いことだ、ただ、難しいだけで彼女達もいつかは私の盲目の理由に答えを見つけるだろう。
私は一度取りこぼした身、君たちの光がどれだけ華やかで美しく尊ばれるべきものなのかを知っている、手の平から零れ落ちていった光の美しさを、後悔を、どれだけ噛み締めたか分からない。憎い、ただひたすらに己が。
諦める事は出来なかった。生徒達の行く先、その希望ともいえる夢を体現するのが先生だというのに、最後まで足掻き、その歩む道を邪魔させない、辿り着く事を決して諦めない、共にある理解者でなければいけなかった。
あの時、全てが炎と瓦礫、血の海……洛陽に消える最期の最期まで、求め続けた愚か者。
今でもその根底は変わらない、けれど……今の私は……
夢を求め、その希望に殉じて生き続けるという事はつまり、愚か者なのだ、ひたすらに嘘を塗り重ねる、根っからの悪人。
知っている、識っている、見てきたし、観てきた、聞いて、聴いてきた。
自身の中にある秘密は、それは…或いは人に曝け出す事を許さぬ罪の形、先生として、大人として生きる私の、弱い側面を隠し嘘をつき続ける。
弱さを、愚かさを隠して生きる…それが今の私。
いや、前からそうだった、あの時もずっとだ。
きっと、本当に胸を張って先生としてみんなの前に立って理解し合うには、それではいけない。
自分の前では、安心して本当の自分を見せて良い、弱い面を、怖がっているものをさらけ出して欲しい等と、生徒にそう甘い言葉を吐いて、逆にそれを赦している私が、自分自身にそれを許さないという矛盾は、相手を私だけの独りよがりな絆という醜さを作り上げる。
今だってそうだ。
私が大人で、先生であるために、彼女達を裏切っているのだ、醜い欲望、偽善者と言うべき実態、私は…彼女達の嘆きを、彼女達の心からの叫びを、無視しようとしているのだ。それはきっと許されない罪であり、贖うべき罰。
『先生!』 『先生……!』『先〜生〜!』『ありがとう先生!』『あはは!遊ぼっ!先生!』『ったく、危ねェ事してんじゃねぇ、頼れよ先生』『先生っ!どうして貴方は……!そうやって!』『先生!!起きてよ先生!』『助けて…先生……』
『先生』
数多の声が頭に重なる
『……さようなら、先生』
覚えている、あんなに苦しいって顔で、罪に縛られ涙を流せないでその手を絞める、あの暗い瞳の色を…。
だからもう二度と、あんな結末は起こさない。
だから私は、いつだってこう答えるのだ。
“私は、先生だからね”
罪とは償わなければいけない過負荷、罰とは支払う為の手段。