ブルーアーカイブの隅っこで   作:カピバラバラ

36 / 119
今回はメインストーリーぐぐーんと進めるんで文字数多め!


どうしたい?

少し話が前後するが…補習授業部結成前の話。

 

補習授業部が使用するにあたって指定された部屋は、トリニティ学園の今は使われていない端にある建物。

先生はそこの割り当て部室、その副部室でヒフミと話し合っていた。

 

「あ、あはは……えっと、こんにちは先生」

 

“…こんにちは、ヒフミ”

 

トリニティに補習授業部の顧問として派遣され、最初に訪れたのは彼女の所だった。

彼女は補習授業部のメンバーの資料に乗っていた、つまり成績不振の生徒であり…訳は知っているものの、一応注意はしておかなければならない。目の前で小さく震え静かに机に座っていた彼女は、愛想笑いを浮かべながら話しかけたが、明らかに隠し事がある様子だ。

 

“………ヒフミ…?”

 

「あぅ……あ、あの、そんな目で見ないで下さい、これにはその、やむを得ない事情がありまして」

 

“ペロロ様のお話が私の耳に飛び込んできたらデコピンしちゃうかもね?”

 

先にそう告げると、まるで一歩先が崖になったかのような顔と声を上げて、彼女は人差し指をつんつんと鉢合わせながら申し訳無さそうに口を開いた。

 

「ひぅ……えっと、そのぉ……」

 

「………」

 

「………」

 

“やむを得ない理由、だよね?”

 

「……は、はい、やむを得ない理由です…」

 

“………目がおよいでいるよ…ヒフミ…”

 

「ち、違うんです先生……! ちゃんと試験の日程は確認していた筈なんです、何かの間違いと云いますか、手違いと云いますか……!」

 

“…ヒフミ?そもそも、ゲリラ公演の為に学校を休むことについて反省しなきゃね?駄目な事だよ?手違い云々の前にね”

 

「あぅ……ごめんなさい……申し訳が立ちません…」

 

“うん、まぁヒフミ本人がそんなに反省しているなら次は気をつけてね?私に謝ってもどうにもならないからさ…”

 

ヒフミがどれだけペロロ様を愛しているのか、それは知っている。ペロロ様の為にブラックマーケットでさえ出入りする生粋のペロキチ…彼女のペロロ鞄にはまた以前見た事の無いペロロ様グッズが飾られていた。

 

 結局、こういった部分は幾ら指導を重ねても、本人の気持ち次第なので、余り羽目を外し過ぎて取り返しの付かない不利益を被るのを事前に注意するしか無いのだ。けれど…まぁ…ね?生徒の趣味だとか、好きなものを否定したくない気持ちも本音。

 

「あの、それで、ナギサ様に先生のサポートを頼まれていまして……」

 

“サポート…ね”

 

ヒフミ本来の目的は、トリニティの裏切り者を見つけ出し報告すること、つまりはアズサの怪しい行動を報告する、更にナギサはヒフミだけに教えている……『試験の不合格による退学』という情報がある。

 

“……ヒフミ、事の経緯を話せるかい?”

 

「は、はい!えっと……」

 

 

 

 

先生がティーパーティーへの招待状を受け取るより以前。

私はティーパーティーの会場となるテラス、その場所でナギサ様と二人きりで向き合っていました……。

 

「ヒフミさん……お話したい事があります」

 

手に持っていたカップを置いて、湯気がまだ立ちのぼる中、ナギサはヒフミに向かって微笑む。

この学園のトップであるティーパーティーのナギサ、そんな人間と向き合うヒフミの鼓動は今にも破裂しそうなスピードになっていた。そもそも私が普通の生徒が辿り着く事の無いこんな場所に呼び出されている時点で嫌な予感しかしなかったが、慟哭を噛み締め、ヒフミはこの場に立っていたのだが……やはりというかなんと言うべきか、告げられた内容は、拒否も、否定も出来ない……苦しい提案だった。

 

「――という訳でヒフミさん、先生をお手伝いすると共に、補習授業部を導いて下さいませんか?」

 

「はい!? わ、私がですかっ!?」

 

驚愕ーーよりにもよって命じられたのは、補習授業部の部長になる事……彼女、羽音デミもこの部活に入ることを教えられた今、逃げることは出来ないのだが……。

 

「はい、そもそもヒフミさんの様な優等生でないと出来ない事ですから」

 

「わ、私はそんな、優等生という程でもありませんし、そもそも成績も平均位で……今は落第の危機なのに――」

 

「ふふ、私はヒフミさんの『愛』を高く評価しておりますから、それに、今度はヒフミさんから私に『愛』をお返しして頂く番――ですよね?」

 

ナギサの言葉、ヒフミの脳裏には『あの事』が思い浮かぶ、『羽音デミのゲヘナとの抗争、その減刑』をナギサに求めたのはヒフミであった。

そしてその時の借りを、『愛』として返す事を期待していると――話していたのだ……。

つまり、言質も取られている、そもそもデミがいる場所から逃げる訳には行かない、混乱し逃げに転じていた思案は萎んで消えてしまい、肩の力が抜けてしまう。

 

「あ、あぅ……」

 

「ふふっ、そういう事ですので、宜しくお願いしますね、補習授業部の部長さん」

 

 

 

 

 

 

“なるほど、それで、補習授業部の部長にね……”

 

「はい……」

 

“…って、デミの為にそこまでしていてくれたのか……ありがとう、ヒフミ”

 

「いえ!それはデミちゃんの友達として在りたい私が、やりたかっただけですので…!」

 

眩しい、己を偽る私には生徒の光はやはり眩しすぎる。

 

“……ヒフミ、その他にも話してもらった事は無い?”

 

「話してもらった事……ですか?」

 

「…一次試験に不合格者が出た場合は、合宿を行うこと、とかでしょうか?」

 

“ふふっ……合宿、良い響きだね…”

 

「せ、先生…そんな軽く……三次試験に不合格者が出たら……うぅ……」

 

彼女が一番不安がっている事実、それはこの補習授業部事態が、ナギサが用意した『ゴミ箱』だという事……私の生徒達をゴミと例えるか、と募る思いがあるが、後でナギサと話し合うタイミングがある、そこで少しでも気を和らげれると良いのだが……。ともかく補習授業部とは、トリニティの裏切り者を纏めて排する為の部活なのだ。

 

“……みんながとっっっても悲しくて苦しんでしまう事がある、って顔をしてるよ…?…話したかったら何時でも待ってるから……大丈夫だよ”

 

「うっ……せ、せんせぃ……狡いですよ…?」

 

“あはは……これでも大人だからね、狡いのが大人なのさ”

 

狡い、まさにズルだ。先の記憶を持っているからこそ……こうやって話をしている。

 

「……とりあえず、補習授業部のみんなに会いに行きましょう!」

 

「先生はまだ、補習授業部のメンバーには、まだ会われていないんですよね?」

 

“うん、そうだね……って、あ……デミと、ヒフミ以外のメンバーとはまだ会っていないかな”

 

「あぁ…デミちゃんですね……名簿を確認したところ、メンバーは私とデミちゃんを含めて五人みたいですが……ひとまず会いに行きましょうか、みんなでどうすれば落第せずに済むか計画を立てないと――」

 

“それなら、まずは正義実現委員会に行こうか”

 

「はい、それならコハルさんとデミちゃん、両方に会えますね」

 

“それじゃ出発〜”

 

 

 

 

 

 

 

という訳で結局あの場で全員と出会い……補習授業部についてヒフミが説明する立場となったのだが…

 

「これで何とかみんな集まりましたね、補習授業部……」

 

“そうだね”

 

ヒフミの疲れきった声に、私は懐かしい様な、尊ぶ様な気持ちを抱き、皆を見渡して頷く。傍から見れば暗く沈んだ雰囲気、私にとっては憂いは無かった。既に、彼女達がどのような絆を、物語を紡ぐのか知っているのだ。

 

…けれど、未だ羽音デミの記憶は思い出されない。微かに見た記憶、最期……最後の最期に見たような……あの瞳……。

何故思い出される記憶に、この場に彼女が居た記憶が無いのだろうか……あの時、私を襲ったデミは、何かを叫んでいた気がするが、首を絞められていた衝撃でしっかりと聞けていなかった、再び聞いてみたのだがはぐらかされるばかりで……。

 

「ふふ、それで何をすれば良いのでしょうか? 阿慈谷部長? 先生? 放課後に人気のない教室で、素行の悪い女子高生と大人が集まって……ふふっ、始まってしまいそうですね」

 

「始まる……? まぁ、何だって構わない、因みに私は本気を出せばこの教室で一ヶ月は立てこもれる」

 

「死にたい……本当に死にたい……」

 

「あは、あはは……あははは、なんで……どぼじでごんなごどにぃ……私のスペシャルな放課後ティータイムが……あががががが……」

 

「え、えっと……」

 

下ネタを加速させるハナコ、脳筋すぎるアズサ、呪詛を吐き続けるコハル、壊れたデミ、どんどんと混沌としていく教室内に、ヒフミから縋る様な視線が送られてくる。

 

「先生、その……よろしくお願いします」

 

“……う、うん…任せて、私がやれるべき事は手を尽くすよ”

 

「ありがとうございます、私も、その、出来るだけ頑張りますので……」

 

これでも一応、部長を任された立場なので、最低限の責務は果たさねばと、意気込むが、結局場の流れに押されてなかなか口を開けない様を見て、先に口を挟む

 

“みんな、一旦自己紹介でもしようか?初対面の子も居ることだし”

 

「……素性を明かすからにはそれ相応の、情報のアドバンテージを失うことになるが」

 

“大丈夫だよ、ここにいる皆は補習授業部という仲間でもある、心配しなくてもいいよ”

 

「む、それもそうか」

 

戦場慣れした彼女からすれば青天の霹靂……とまではいかないが思いつかない行動出会ったようで、少しきょとんとした後に話し出す。

 

「――私は白洲アズサ、二年だ、宜しく頼む」

 

簡素な挨拶だが、分かりやすいので各々軽く会釈をする。

 

「私は浦和ハナコです、二年生で、部活は所属していません、よろしくお願いします」

 

「正義実現委員会所属!二年生の羽音デミっす、よろしくお願いします!」

 

「正義実現委員会所属…下江コハル、一年」

 

「えっと、阿慈谷ヒフミです、一応この部活の部長……って事になっています」

 

“私は先生、補習授業部の顧問だよ、よろしくね?”

 

 

「先生……そして顧問という事はこれから指導をお願いする立場だな、よろしく頼む、先生」

 

“よろしく、アズサ”

 

「そもそも、補習授業部って何よ…」

 

自己紹介をするにあたってコハルは、苦々しい顔で辺りを見渡しながら話したが、それも当然の事、正義実現委員会は全ての部活動を把握しているが、『補習授業部』なんて部活は知らない。

 

“ティーパーティーからシャーレに依頼があってね.、成績不振の生徒達の為に作られた、放課後に補習授業をするクラスって感じかな?”

 

「ぅ……うぅ…」

 

「なんか直でそう言われるとダメージエグいっすね」

 

“あはは、ごめんね?デミも大丈夫だったかい?”

 

「大丈夫っすよ」

 

軽くアイコンタクトを交わす、セミナーから『鏡』を奪い返す作戦の後、ヒフミからの話でシャーレ勤務の任を一時停止した。

 

その後はヒフミ、ハスミの元でトリニティ学園のいつもの生活を送る、と報を受けたのだが、心配して駆け寄ってしまった事があり、柔らかく拒否されたので今はある程度距離を置いている。

 

そして説明を受けたみんなは……ハナコは相変わらず……なんだ、あんまり何を考えているのかは探りたくない……強いて言えばナニを考えている顔をして、コハルは余りの悔しさに唸っている。アズサは変わらず、各々成績が良くない自覚があるみたいで、特別声は上がらない。

 

「え、えっと、それじゃ何か分からない点とか気になる点がありましたら――」

 

「大丈夫、大方は理解した、これからは普通の授業に加えて、毎日放課後に特殊訓練があるってだけでしょ」

 

「え、えっと、訓練と云って良いのかは分かりませんが、凡そはその通りです、私達が目指すのはこれから行われる特別学力試験で、『全員が合格』する事ですので!先生の協力もある事です、頑張りましょう!」

 

「そして、特別学力試験は第三次までありますが…その内一度でも全員同時に合格すれば、それで補習授業も終了になり、皆さんは晴れて落第回避との事です!」

 

「うん、成程、理解した、三回のミッションの内、一度でも良いから全員で成功を収める、そのために、ここに毎日集って訓練を重ねる……それ程難しい任務じゃない」

 

「この集まりはつまり、各自のリタイアを防ぐための措置……私としては特にサボタージュする気も理由もない」

 

「そ、そうですよね、頑張りましょう! えっと、アズサちゃんは転校してからあまり時間が経っていないんですよね? まだこの学園に慣れていなかったせいもあるでしょうし、皆で頑張ればすぐに何とかなると思います!」

 

「あら、白洲さんはこちらに転校されて来たのですか? トリニティに転校とは、また珍しいですね」

 

「……あーハナコさん、そこら辺は割とデリケートな話多いっすよ?」

 

「…失礼しました、白州さん、答えたくなければ別に…」

 

「いや……別に隠す事でもないから気にしないで良い、それに事実だ、こう云われるのは慣れるべきだし、そのための努力もする」

 

穏やかで、真っ直ぐな眼差しをしたアズサにハナコはすこし口の中で言葉を吟味し、それから柔らかな笑みと共に、話し出す。

 

「成程……それでは私も、アズサちゃんって呼んでも良いですか?」

 

「……?別に良いけれど……呼び方に、拘りはないし」

 

「では、アズサちゃん、ヒフミちゃん、デミ…ちゃん、それからコハルちゃん、それに先生……うふふ、何だか良い響きですね!」

 

「…なんか私だけタメがあったような??」

 

「あらあら、気の所為ですよ?私達はこれから補習授業部の仲間という事で! アズサちゃんは一見冷たそうに見えますが、何だか可愛らしいですし……ふふっ」

 

「………?」

 

“ふふっ…もう仲は良くなりそうだね?”

 

「……」

 

「あら、そんな憎悪に満ちた目で、どうしたんですかコハルちゃん?」

 

「言っておくけど……!私は認めないから……!」

 

「ほい、コハルちゃん」

 

「え?何よデミセンパ…キャンッ…!」

 

何かを言い出す前にデミが近づいて、コハルの額にデコピンをする、唐突な事だったので、周りのみなも、デコピンをされたコハルも困惑しているようだ。

 

「コハルちゃんが補習授業部に入ることになった要因は?」

 

「ぅ……その、飛び級の為に、一つ上の二年生用のテストを受けたせい……」

 

「あら、飛び級? どうしてそんな事を……?」

 

「ど、どうしても何も……! 私はこれから、正義実現委員会を背負う立場になる訳だし……っ!」

 

「でも、それで落第してしまったんですよね? 一度試しにチャレンジするという事であれば理解出来ますが、何故それを三度も――……?」

 

「うぐっ……う、うるさいうるさい! 私が言いたいのはそういう事じゃなくてっ!ギャンッ!」

 

再び炸裂するデコピン、今度はしっかりと戒めるように放たれた。

 

「コハルちゃん、あんまし人見知りも駄目っすよ?…ハスミ先輩に聞いたよ、私が居ない合間に正実の業務、ずっと頑張っててくれたって……勉強を疎かにしてまでね」

 

「っ…そ、それは……その…」

 

「ごめんっす、不甲斐ない先輩で……ほら、そんなんでみんなからの印象悪くしてたら勿体無いよ?コハルちゃんはこんなに優しい子なのにね?」

 

「あらあら……」

 

「……なるほど」

 

「そうだったんですね…」

 

皆の視線がより温かいものに変わっていく、特にハナコの目線が……その形状し難いものに……。

 

「もうっ!デミ先輩!嫌い!!」

 

「おぐぅっ!?き、きき、嫌い……ワタシチリニナルネ…」

 

「わぁぁあぁあー!?!なんか溶けてるよデミちゃん!?」

 

“……はは、やっぱりみんな、本当に仲が良いね…”

 

 

一通りの交流も終わり、その後は皆、毎日放課後に集まるようになって数日……。

 

 

 

 

 

 

 

 

■一次試験日

 

 

 

 

 

“……試験の結果…届いたよ”

 

100点中、60点以上で合格となる一次試験、テスト内容は基礎中の基礎のようなものだったのだが……。

 

「どうでしたか……?」

 

“……結果を発表するよ?ヒフミ”

 

五枚の用紙、上から順にヒフミ、アズサ、コハル、デミ、ハナコと並んでいる。

 

【阿慈谷ヒフミ 82点 結果ー合格】

 

「わっ…思ったより高めに取れました!では次にーー」

 

【白州アズサ 32点 結果ー不合格】

 

「ちっ、紙一重だったか…」

 

「…………え?い、いや!紙一重というには結構間ありますよ!?」

 

【下江コハル 24点 結果ー不合格】

 

「そ、そんな…!?結構頑張ったのに……い、いや!結構難しかったから……」

 

「コハルちゃんんんんんんんっ!!???デミちゃんの話的に疎かにしてただけって!?」

 

【羽音デミ 59点 結果ー不合格】

 

「…………メンゴ!」

 

「デミちゃァァァァん!?!?!?!信じてたんですよ!?!?!というがジャスト1点足らずって!?!」

 

【浦和ハナコ 1点 結果ー不合格】

 

「……1…………点……………………」バタンッ…

 

「あらあら、ヒフミさん大丈夫ですか?」

 

“…………まぁ、頑張るよ…ヒフミ、ペロロ軍曹ぬいぐるみだ……抱えていなさい”

 

「……スぅー…ハァー……せん……せぃ…」

 

“勇敢なる補習授業部の部長、ここに眠る……”

 

「先生ぃ〜!!!」

 

 

 

 

 

 

 

「先生、お疲れ様です」

 

テスト終了後に、先生はティーパーティーのテラスまで訪れていた。

 

“連絡に答えてくれてありがとう、一応報告に来たよ”

 

「大丈夫でなければ通しませんよ、補習授業部の事ですね」

 

脇に抱えた皆の分のテスト用紙を入れたファイルを机に置くと、カップがカチャリと、置かれた音が聞こえ、ナギサに目を配るて目線で着席を促された。

 

「一先ず、お疲れ様です、先生。紅茶を一杯……砂糖は幾ら程…?」

 

“ありがとう、一杯だけ入れてもらおうかな?”

 

ナギサの対面に座り、彼女の穏やかな笑みを眺める、ナギサはそっと先生のカップに紅茶と、砂糖を一杯。

 

「……実は、既にお話は聞いております、どうやら最初の試験は上手くいかなかったようですね」

 

“すまない、私の力不足だった、合宿があるとはいえ次は頑張らせてもらうよ”

 

「はい、試験はまだ二回残っていますから…よろしくお願いしますね、先生」

 

 差し出される紅茶、先生は普段、シャーレの近くにあるエンジェル24のブラック缶コーヒーしか飲まない為、そこまで舌も鼻も肥えてるわけでは無いがそっとカップを近づけると、私好みの強めに調合された爽やかな花の香りを感じる。ティーパーティーという名前だけあって、以前のたった一度の邂逅で私の舌の感覚を握られていた。

 

“……おや、ナギサはチェスが趣味かい?”

 

「……えぇ、ある程度は嗜んでいます」

 

“チェスにしては、駒の種類が特殊だね”

 

「えぇ、黒はキングとクイーン、あとは全てポーンだけ」

 

「反対に白はキング、ルーク、ビショップ、ナイトがそれぞれ三から四個ずつ……きっと、余り見ない形でしょう」

 

“これは一人で打っているのかい…?良ければ私と打ってみる?”

 

「はい、今は私ひとりで、こういう時に五月蠅いミカさんもいらっしゃいませんし……そうですね、談義を挟みながら致しましょうか」

 

少し苦い顔をして、すぐ諌めた彼女だが……そういえば、普段の姿から、ミカがこういったボードゲームやらパズルに近しいゲームを行ってる姿を想像しづらい、どちらかと言えば、それをしているナギサにまとわりつくイメージの方が大きい。

 

「今日は私からも先生にお伝えしておきたい事があったのですが……それよりも先に、先生の方から何か云いたげな事があるように見受けられますね」

 

私は黒側を、ナギサは白側を手に取る。

 

“少し…ナギサに聞きたい事があってね”

 

先手は先生、後手をナギサとし、対戦を始める。

 

“補習授業部が三回とも不合格になった場合、その処遇をね”

 

「………」

 

先生の口から出てきた問いを聞いたナギサは、一瞬の驚きを身体に表したあと、すぐに紅茶に手を付け、それからゆっくりと香りを味わい、私が打った後に白側の駒を動かす。沈黙が流れるが、お互いに穏やかな表情はしながら、激しい口論をするかのようにチェスの手番を回していく。

 

「……情報の出所は……」

 

“ふふっ、大丈夫だよ…ナギサ、君が人を疑わないように、君が疲れないように……これは人から聞いたんじゃなくて私の推測さ”

 

「……はぁ、ミカさんに対してあんな風に言った後に私がこうだと言い訳が立ちませんね」

 

頷き、先生は微笑む。確かに、先生ならばその結論に辿り着く事もあり得るかもしれない、生徒の事を第一に考える彼ならば……生徒の人生を左右する事なのだ、己の能力を全て使うだろう。

 

“補習授業部の三回の試験が全て不合格だった場合、全員を退学させるつもりだね?”

 

“補習授業部、それ自体がシャーレの権限を悪用し、君が作り上げた生徒を退学にさせる為だけの場所”

 

「……やはり貴方は恐ろしい」

 

先生を鋭く見つめ、ナギサの手番を回す速さが上がり、カップに再び手を付ける。

 

「……そうですね、とても簡単なお話です、助け合う事も、試験で合格することも出来ないなら、御一緒に退学してもらおうかと」

 

“君が『愛』を向ける子を犠牲にしてもかい?”

 

その言葉が、冷たい夜に響く。今回の処遇に関しては異常としか言えない、個人個人の合格の合否に関わらず、連帯責任とも言える形で退学等…。今度は先生側、黒の手番を回す速さがあがる、現在状況は白有利の筈だが……ナギサの額には、ほんのうっすらと汗が滲んでいく。

 

「……それは…………」

 

「……ともかく、トリニティにはこのような特例の退学を許す規則はありません…ですが今回急造された補習授業部は、このような校則を無視出来るように調整しています、先生の力を借りて……」

 

一度、言葉を区切る、その要因は恐怖心だ…子供が大人に叱られる様な、今までに感じた事の無い、苦しく怯えた感情を飲み込みナギサは話し続ける。

 

「――生徒を退学させる為に作ったもの、ご名答です、先生」

 

“……。”

 

ーー沈黙。

 

自身の言葉を聞いても未だ変わらず、少し微笑んだような柔らかさを保つ顔をする先生を見て、ナギサは安堵する様に言葉をゆっくり吐き出していく。

 

「……先生、私は先生がどういった方か存じ上げています……お怒りにはなられているでしょう」

 

“まぁ、そうだね……怒りと言っても君に向けてるものはまた違うけれど…”

 

先生は目を伏せ、怒りの欠片さえ感じさせない穏やかな言葉遣いにナギサは訝しむ様に問いかける。

 

「何故、お気づきになりましたか?それとも最初から気づいた上で……」

 

“ふふっ…ナギサ、私は生徒の為に君の提案を引き受けたんだよ?別に生徒を退学にさせる為じゃないさ……これでも大人だからね、そういった作為には敏感だった、ってだけさ”

 

「……そう…ですか、そうでしたね、先生はそういう方でした……まだ知り合って短いですが先生の性質は理解しています」

 

ナギサが本当に怖いと感じたのは、恐らく『何故退学にさせるのか』という問いの結論まで先生が達しているだろうと推測したからだ、己の力が通じぬ相手、『大人』を目の前にして冷や汗が止まらない感覚だ。

 

気づけば、ナギサ側、白の駒の手は止まっていた。

 

「お気づきに…………なっているのですか、先生」

 

“私は、勉強だけは得意だからね……すべき事と得意が偶然噛み合ってくれて助かったよ………『エデン条約』とまで言えばナギサが私が何処まで辿り着いているか分かりやすいかな”

 

先生が手を伸ばし、先程机の上に置いてあった皆のテスト用紙を捲っていき……その一番下にあった書類には如何にも機密情報と云った注意文言と、赤く染まった警告文字――機密情報(TOP SECRET)が載っている。キヴォトスなにおいて電子情報ではなく紙媒体でのみこれらの情報を扱う注意分が、この書類の重要さを表している。

その表紙を飾る文字は――EDEN TREATY(エデン条約)

ティーパーティーと万魔殿パンデモニウムソサエティのエンブレムの書き記されている。

 

「っ!!?!な…ぁっ…!?せ、先生…これを一体何処で……!!」

 

“エデン条約、トリニティとゲヘナ間に結ばれる『不可侵条約』……だったかな、互いの中心メンバーによる中立機構の成立、その中立機関はゲヘナとトリニティにおける全てに対して強制的な介入権を持つ……シャーレと似たようなものだね”

 

最初はナギサの有利で始まった特殊チェス、その駒の種類から白側の圧倒的有利だった筈の盤面は、いつしかポーンを数枚、クイーンを残したまま黒側が詰めにかかる状態になっている。

 

この条約によってゲヘナとトリニティの武力行使を問わない睨み合いは一時終わりを告げる筈だった……。

 

“あはは……そうやって驚くナギサの顔を見るのも初めてかな、ごめんね…少し意地悪しすぎたかもしれないね。この資料自体はフェイクだよ、条約の内容は借りを返したいと言ってくれた子に教えてもらったさ……名前は秘密だよ?”

 

「フェ、フェイク品……?」

 

驚きながら資料を捲ると、表紙以降は白紙だった。

 

「……それでも、どうして表紙をご存知で…」

 

“ははは、私は悪い大人だからね?それはそれは凄く悪い方法で……ごめんごめん!そんな顔をしないで?…まぁ単純に、似たようなデザインを複数枚作り上げて、ゲヘナの中心メンバーからの反応が大きかったデザインのものを持ってきただけだよ”

 

「それは…また、先生も中々な事を……」

 

これならば不正な書類の複製でも無ければ、違法性を問うことも出来ない、ただの類似品であるからだ。

 

「先生…!」

 

力強く、決意の籠った声。

カップを口に近づけ、一息付いた先生は、その声にしっかりと向き合う。

 

「何故、何故そこまでお分かりになっていて、賛同して下さらないのですか!ゲヘナとトリニティの睨み合いは互いにとっての重荷、エデン条約さえ締結すれば、全てが丸く収まるというのに!」 

 

「補習授業部内に居ると思わしきトリニティの裏切り者、それさえ居なければ……!今この状況でエデン条約が瓦解すればより多くの生徒が傷つくのですよ!?」

 

悲痛な叫び、ナギサが置かれている状況の苦しさがありありと分かる、先の見えぬ暗闇、歩き出す先が破滅に向かっているかどうかも分からない不安は、彼女の心を蝕みきるのに十分だった。

 

「先程、先生は、『愛を向けるものを犠牲にしても』と言いましたが、私には、私にはそれをしなければ……ならないのです…!!…せめて犠牲が無駄にならない様に、ひとつの箱に纏めて、全部、全部纏めてしまっていざという時――全てを捨ててしまえるように」

 

“…………。”

 

まさに嘆きだ。抱えた苦しみに耐えられないと、助けてくれと漏れでるような嘆き。無力を呪い、それでも足掻く者の叫び。

補習授業部は、ナギサにとって、大切な宝石をしまいこんだ塵箱ごみばこのようなもの。

学園に潜む不穏分子を、トリニティを乱す可能性がある危険な芽達を、それを細かく細かく摘み取っていく、不安という菌からもたらされた疑心暗鬼。そこで消費される少数の生徒、学園全体から言えば本当に小さな少数だ。故に大義の為に、彼女は少数を切り捨てる覚悟を決めている。

先生も、それは理解している、ナギサはそう信じるが、疑心暗鬼という病は常に心を穢し、先生にまでその刃を向けようとしている。

 

“……ナギサはさ、何を、どうしたい?”

 

「……何を」

 

“私は、生徒を支えたい”

 

“生徒が、各々歩む道は、きっと沢山間違えて、沢山傷ついて、曲がっていってしまうものだ”

 

“それを、支える…生徒が必要の無い苦しみを負わないよう、必要のない傷つきを得ないよう、誰かの手によって不自然に曲げられないよう”

 

“私の命をかけても”

 

聞きようによっては、甘く、儚い夢物語を聞いているようだ。バカバカしいと一蹴することだって簡単な現実味の無い宣言、傲慢で…それでいて美しい宣言、ナギサは、先生の瞳から目を離せなかった。

 

“私がしたいことはそれだけ”

 

“ナギサ、君はどうしたい?”

 

「……ぁ…っ!!先程述べたではありませんか!私はエデン条約を…!」

 

“君が本当にしたいことは、エデン条約を締結させることだけ、で良いのかな?”

 

意地悪な返し、短絡的でイラつかせるために話したような言葉。

 

「そう言っては…!!私がしたいことは!…わ、私がしたいこと……は………ぁ…」

 

“……ナギサ、最後にもう一度、君はどうしたい?”

 

「………」

 

“……ごめんね、私は私のやり方を曲げる訳にはいかないからさ……この問題には私のやり方で対応させてもらうよ?けれど君の答えが見つかるまでは、私は待つよ、ただ……時間は有限だ、うら若き麗女さん?”

 

「……そう、ですか、分か……り、ました」

 

先生と目を合わせて数秒、辛うじて吐き出した言葉の絶え絶えさにナギサは自分を笑い飛ばしたくなってしまう、湯気が立ち上っていた紅茶はすっかり冷めていた,

 

「……ですが先生……それでも、貴方がやり方を曲げないように、私も塵ゴミを細かく分別して捨てるのが難しいとなれば、纏めて捨てる方法が一番だと思います」

 

ナギサは震えそうになる手を握りしめた後、そう吐き出す。

 

“……ナギサ、あまり私の生徒を何度も塵だとか、ゴミだとか言うもんじゃないよ?……そんなに私もこんな言葉を話したくもないからね”

 

射止める視線は、まさに心臓を貫くように重く、鼓動が鈍くなる。それでも大きく息を吸い込み、ナギサは言葉を続ける。

 

「それからもう一点、試験については基本的に、私達の掌の上にあります、例えばの話ではありますが――『急に試験の範囲が変わる』ですとか、『試験会場が変わる』ですとか、『試験の難易度が変わる』ですとか……無論、その様な事が起きない様祈ってはおりますが――いえ、失礼しました」

 

脅しを構える。常用手段だったやり方が、今では頼りない竹槍にしか思えない。

 

「……これからも、引き続き補習授業部をよろしくお願いします、先生」

 

“うん、勿論…!さて私も、もっと頑張らなきゃだなぁ〜…紅茶、美味しかったよ、ありがとうナギサ”

 

さっきまでの重圧は消え、普段見るようなお気楽さを纏うようになった先生、しかしナギサにはそれが怪物が化けた姿にしか見えなくなった。

 

「――先生、最後に一つだけ」

 

「……一次試験に於いて、私達の方では如何なる操作も行っておりません、この部分については、誓って嘘ではない事をお約束します」

 

“うん、大丈夫だよ、それは信じてる”

 

「――先生なりのやり方、それがトリニティに利するものになる事を願っております」

 

“あはは……努力させてもらうよ……それと…………チェックメイト、それじゃ”

 

 

 

寒い夜空の下、テラスに設置された机の上……チェスボードには、黒色だけが残っていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。