ブルーアーカイブの隅っこで   作:カピバラバラ

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今回は、ハナコちゃんのお話!


月下の紫式部

■ 合宿場

 

 

 

 

私は彼女と、夜のトリニティでよく会っていた。悲しそうな目をする子だった、苦しそうな顔をする子だった、辛そうな言葉を吐き出す子だった。

 

楽しそうな顔をして、幸せそうな目をして、嬉しそうに話しながら、泣いていた。

 

そして、笑いながら言った。

 

『大丈夫』

 

あの時言われた言葉が、いまだに脳内に残っている。何気ない一言『大丈夫』私の心に残っていた何かは、その言葉とともに砕け散った、元より、この学校は嫌いだったのだ…暗い感情にまみれて、騙し合い傷つけ合い……。

 

一度考えてみたことがある。これには理由があるのかと、大人になるための試練?上級生として己の価値を示すためには、このようなことをしなければならないのだろうか?私も、しなければいけなくなる事なのだろうか?

 

答えは出ない。暗く、暗く、暗く沈んだ心にはただ、ヒビが入るばかりで、その心を定める形と言うものすらなかった。理屈的に言えばそうすることが正解なのだろう、トリニティ学園という世界は権力とエゴにまみれている、私が見てきたようにあんな風に生きることが、この世界では正しいのだとは思う。

 

「ハナコちゃん!」

 

向日葵のような笑顔。

 

「ハナコちゃん…」

 

涙で救えるのは自分だけだから、人を助けるために泣かずに立ち向かうとても強い子。

 

「ハナコさん」

 

この世界で虐めなどよくあることだ、無視すればいい…だってそれがここでは正しいことなのだから……何故…何故……?彼女は正しいことをしないのだろう。

 

「私が正しくないと思ったから」

 

眩しい、目を開けられてなくなった、向日葵のような彼女だったから、きっと太陽に向かってずっと顔を向けているのか、いや……きっと彼女は太陽そのものだった。見えなかったから、私は月の下にいて……貴方の顔を見れなかったから。

 

 

 

「……」

 

意識が現実に戻ってくる。目の前に視線をやると、太陽のような輝きが四つ。

 

「ワーイ!ベッドフカフカっすよ!アズサちゃん、みんな、しっかり準備してきましたか?」

 

「安心しろ、細かい備えはしっかり持ってきた…着替えは勿論、衛生面の石鹸や歯ブラシ非常食や水筒、毛布…何があっても良いようにしっかり準備してある」

 

「…さすが、アズサちゃんは用意周到ですね」

 

「あと、万が一の戦闘に備えて、対人式地雷とクレイモアも…後はIEDになりそうな材料一式と対戦車地雷と……」

 

「あ、アズサちゃん……ですから、そういうのはここに戦闘しに来たわけじゃあるまいし……」

 

“あ、私の寝室は向かい側の通路の先にあるから、先に行って荷物置いてくるよ”

 

「はい!先生もここにいる間はずっと一緒にいてくださる予定なので、何があっても大丈夫だと思いますよ、アズサちゃん」

 

“任せたまえ〜”

 

「ずっと一緒にですか……」

 

頭を回す、思い浮かぶ言葉を発しようとするのだが…。

 

「……っ!同衾とか絶対駄目!禁止!死刑!!」

 

「あら、私はまだ何も言っていませんよ?コハルちゃん」

 

「言いそうだったもん!!ダメったらダメ!」

 

「私は別に先生と一緒に寝ても一向に構わないのだが」

 

“あはは、みんなと交流を深めておいて?用があったら呼んでくれて構わないよ”

 

「私は先生と仲良くしたいっすけど、ていうかもうズブズブの仲良しっすね!わははは!」

 

 

「……」

 

「同衾はさておいて、先にするべきことがありますよ、皆さん?」

 

「……?するべきことですか?」

 

「はい、お掃除です!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あんな場所から、かけ離れた所に今私は居る。

 

 

服を脱ぎ、己の下着を見つめる。

 

 

そうした時、私はいつだって『楽園の証明』を思い浮かべる、あの時から答えを求め続けてきた問題。……ただ、これは考えるに、信じる気持ちを持つという簡単な問いだったのだ、今この場所が楽園だと、そう信じることが尊い答えなのだろう。

 

 

少なくとも、彼女との時間は私にとっての楽園だった。ただ、それも今では失われている、問いに当てはめるのならば、理屈的にこの時点で楽園ではなかったと言えるのだろう、楽園から出たものを見つけることができないのが話の前提であるから。私が堕ちたという事は、楽園では無かったのだと。

 

 

本当に?

 

 

 

 

 

「……」

 

 

 

頭にノイズが走る。

 

 

『浦和ハナコさん!聞きましたよ、先月の期末試験、全教科100点という素晴らしい記録を打ち立てたと……』

 

『浦和ハナコさん、是非私達と友人になりませんか?』

 

『浦和ハナコさん!』

 

私は賢かった、皆は私が賢いから、私と友達になりたかったのだろうか、私を必要としたのだろうか?私は賢いから分かる事は多い、きっとそうだと考えた。賢いとは、『分かる』事なのだから。

 

『えぇ、明日…お願いできますか?』

 

『ハナコさん!パテルの者とはあまり……!』

 

『……ハナコさん、賢さと愚かさを履き違えてはいけませんよ?』

 

『すみません、ハナコさん……その様な馴れ馴れしい言葉遣いは……出来かねます』

 

『分かる』事は、私にとっていろんなことを教えてくれる大切な力だった。わかることが賢さと言うのなら、愚かさはわからないことなのだろうか、都合を、言葉に含まれる意味を、顔の裏に隠した策略を。

 

賢さって何なんだろう?テストで高い点数を取ること?顔色を伺って、みんなの求む姿になること?賢い私はすぐに分かった、きっとそうなんだろうと。

 

『ハナコちゃん』

 

ある夜、私の目の前に太陽が現れた。正しくもなければ、愚かな輝き……彼女達が言うこの世界では愚か者だと、皆指をさす。権力が無いから、賢くないからと、その輝きは穢らわしいと。

 

『ハナコちゃん』

 

正確に言えば、彼女はただ業務を全うしただけ、特別なことをしたわけでも、何か私に対して個別にやってくれたわけでもない。ただの業務、ただの日常。それが輝いて見えるというならば彼女はきっと太陽だ。

私の欲、暗くて愚かな欲、賢い私が分からなかった欲。彼女に手を伸ばしたい、彼女と……いや単純に言えば『友達』になりたかっただけだった。

 

『良いっすよ』

 

何度も迎える彼女とだけの夜、心が満たされる、埋まらなかった私の欲望が、愚かさが、彼女の手によって清純なものに……青春の物語に変わっていく感覚を味わう。

 

『生意気……』

 

『恥知らず』『裏切り者』

 

『愚か者』

 

彼女達の言葉にはどれも色が付いていなかった、褒める言葉も上っ面のフワッフワ、罵倒すらもただの気晴らし、的を得ない八つ当たり。

『分かる』事は、本当に私を強くしてくれたのだ、身を…心を守るすべをもたらしてくれた。

 

『クスッ……あの女に一番効くのは……ご友人関係かしら…?』

 

賢いから、何をしていたか知った。嫌い、苦手、会いたくもなければ見たくもない、暗く醜い私の本性は、彼女らと何も変わらないけれど

 

『大丈夫』

 

『ハナコちゃんがやりたいこと、やればいいっすよ、ハナコちゃんが幸せを望む事を私は絶対否定しないから』

 

賢い私の周りにはいつしか一人しか居なくなっていたけど、別に良かった。夜が待ち遠しい、哀しみを苦しみを紛らわせるための冷たい夜だった筈なのに……いつしかその時間は私にとっての楽園になっていた。

 

私の心の形を作ったのも、私の心を壊したのも彼女……『大丈夫』その言葉は呪いだ、塞ぎ込み、苦しみを隠すための呪い。私に残っていた『賢い私』を打ち壊した彼女が、ただひたすらに愛おしかった。

 

 

 

『……?初めましてっすね、浦和…ハナコさん?』

 

 

何があったのか、どうしてそうなったのか、何故こんなにも私は壊れてしまいそうなのか……結局、臆病な私は何一つ話す事無く夜の月の下から消えた。けれど…確かに覚えていて、その実感は『賢い私』の残骸を見てずっと得ている。

 

だから私は

 

水着を着てグランドへ出て行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「皆さん、お待たせしました…」

 

 

 

「「「“アウトーーー!?!?!”」」」

 

 

「なるほど、その機動性を重視した格好…浦和ハナコ、中々準備が良いのだな」

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