「……」
ティーパーティーの執務室、机の上の資料とにらめっこを行っているのは代行によって現ティーパーティーホストとなった桐藤ナギサ。
ペラリペラリと捲る手元の資料に映るは補習授業部の面々の纏められた情報、午前の業務の休憩時間にも思案を重ねなければならない。トリニティの裏切り者、それを排除しなければ今のトリニティに平穏は訪れない。
「…セイアさん」
殺された私の友達、未だ手がかりを掴めない相手の正体……身の回りの全てが私の首を絞めている。今や仕事上でも部屋の出入りを許しているのはミカ以外に居ない。次は……私かもしれないのだ。
「さて、目星を付けるのならば……白州、アズサ」
並べられた資料、先生との対談の後、その情報をもう一度精査してみたのだ。ヒフミさんとコハルさんはあれ以上調べる事も無かったのだが…。
「そして、浦和ハナコさん」
この二者の内どちらかがトリニティの裏切り物だとは思っている、浦和ハナコに関しては過去のティーパーティー推薦の話を蹴った理由にも調べた結果、ある程度察しは付いた、醜い権力争い、権威を示したいもの達にその心を踏み荒らされたのだろう。エデン条約の瓦解によるトリニティ学園への復讐をする、かもしれない。
「その後の奇行は………」
…予測は立てられないが、シスターフッドにも干渉しに行った所をみると、『誰彼問わず権力あるものへの反乱』を企んでいる可能性は十二分にある、彼女の憎しみはトリニティ全体に向かっている、かもしれない。
「白州アズサの入学手引きを行ったのも、浦和ハナコかもしれない…?」
アリウス分校、ウイさんに古書をお借りして詳しく学んできたのだが…彼女達の憎しみの感情が、今も消えてないとするのならば、それを浦和ハナコが知っていて利用するとしたならば……。
思考に浮かび上がってくるものは、全て予測でしかない。この様な憂いと苦しみを一挙に捨てる為に補習授業部を作ったというのに、悩ませられるものだ。
「シスターフッドは沈黙しているけれど、目的も何も分からない訳では……」
恐らく、穏便派ではあるもののシスターフッドが狙うはいつも権威の拡大のみ、エデン条約においては心配する必要は無し、少し警戒しないといけないのはシャーレとの癒着のみ。
「正義実現委員会の手網は握りきれたと思っていましたが…羽音デミだけは要警戒ですね」
羽川ハスミに対して、コハルさんを補習授業部に拘束する事で牽制は終わったものだと思っていたが、元より羽音デミだけは正義実現委員会と関係無く潰さなければならない最重要事項だ。
手元に光る戦闘映像、ゲヘナの風紀委員長の噂はここまで届いている。『キヴォトス最強』をも噂される空崎ヒナ……正義実現委員会全勢力をもってしても、戦闘勝利予想は…4:6程度だろうか、勿論こちら側が4だ。
『た、助けてくれ…!』『うわぁぁぁぁぁ!?』『全員!即刻退避!たい…グァッ!?」
ブラックマーケットでの交渉により手に入れた活動記録データ、その映像はまさに悲惨というべき光景が広がっていた。
『い、嫌だ!逃げなきゃ…』『イオリ隊長もやられた!退くぞ!』
なぎ倒されていくゲヘナの風紀委員達、画面に突風が吹き上げる、この後だ。
《緊急速報!クロノス報道からの映像です!》
「…………」
乱れる映像、その端に見え、目に飛び込んでくるのは、高層ビルから気絶し落ちてくる……空崎ヒナ。
【空崎ヒナが負けた】
恐ろしい、あまりに恐ろしい事態、噂を鵜呑みにするのならば、彼女一人だけでエデン条約が崩壊する危険性がある。彼女が…一年次の、あの事件の憎しみをトリニティとゲヘナ、両方に抱いているとするのならば……!
【トリニティ生、ゲヘナ生主導による羽音デミ誘拐事件】
「……」
これに関しては、既に揉み消され残る記録は私の脳内のみ。羽音デミが恨みを買っていたトリニティ、ゲヘナ生、ヘルメット団による誘拐され、トリニティ学園が休みの期間に入っていたとはいえ、約一ヶ月もの間、どこかへ消え去った事件。
「ただこれは……本当に書類上の事件、そしてそのデータも消えてなくなった……何故…?」
彼女については謎が多すぎる、そもそも一年次にはあの戦闘能力は持ちえていなかった、この事件がもみ消されたのも謎であり、する必要の無い事だ。
「そして……」
…【本人が覚えていない】この事件が存在していたという記録は、物品と目撃情報、残留物から約一ヶ月程度だと予測されていたが、それは彼女が普通に帰ってきた後に行われたものだ。但し、おびただしい彼女のものとされる血痕が監禁現場らしき場所に残っていたのも事実。何も無かった筈がない。
「ヒフミさんに聞いても、知らない…とは……」
ヒフミさんとプライベートな関係にあった為、何か情報を聞けるかと思っていたが、失踪していた事を知らなかったという……。
「……ありえない、ヒフミさんともあろうお方が、友人の失踪に気がつかない等…」
一体何が起きているのか、ブラックボックスと化している空白の期間、トリニティの新学期がゲヘナのテロリスト達によって遅延し、六月に始まり、誘拐されていたとされるのは五月の出始め……学校が始まった後でも、彼女は誘拐されていたのだ。
「私まで……思い出そうとするまでは、知らないも同然だった」
先生との対談の後、補習授業部に入るメンバーの精査を再び行ったと言ったが、ある時……ゲヘナのテロリストがゴールドマグロを奪い去りに来た、その報告の後にふと思い出したのだ。まるで忘れていた記憶が湧き上がる様に。そして今に至る。
「……あぁ!もう!」
考えれば考えるほどエデン条約に向けての厄介事は増えていくばかりで、精神が病んでしまいそうだ。先生に指摘された周りが見えていないと言うのも今となっては腹立って仕方がない。
「ただ今は彼女はおとなしくしているようですし、一番注目しなければいけないのはアリウス分校の白州アズサ、そして浦和ハナコ、今はこれでいいでしょう」
コンコンコン……
部屋の扉からノックが聞こえた。
「…休憩時間中ですよ、用件は後で…」
扉の向こう側から声が聞こえる。
「申し訳ありません!ですが、シャーレの先生からナギサ様にお会いしたいと……」
「…はい?」
■
「ねぇ、先生…どうです?私たちとお茶でも…」
「先生!正義実現委員会の視察に……!」
「先生、お昼ご飯一緒に食べませんか?」
“あ、あはは…ごめんね、今日は別件が…”
テラスに来てみると、様々なトリニティ生から群がれる先生がいた、肩や背中にも背負っていて、引っ付かれすぎて真ん丸な団子に見える程だ。
「せんせーい、次私背負ってー」
「え!?じゃあ次私!」
「私前で抱えてもらう!」
「……コホン、先生…お会いしたい用件を聞きに来ましたが、皆さんがお邪魔なご様子で?」
“あ、やぁナギサ、応答してくれてありがとう”
「わっ!ナギサ様だ……!」
「先生とご一緒に…!?まさか…」
「お昼ご飯…」
「……」
「「「ハイッ!失礼します!」」」
皆、蜘蛛の子を散らすように逃げていき、残ったのは、私と先生だけになった。わざわざ先生が呼び出した用件だ。誰にも聞かれる事無く、私と話したいことがあるのだろう、意を決して先生と向き合った。
“ナギサ”
「っ、はい…今日はどのようなご要件で…」
“良い紅茶の葉が入ったんだ、お昼…一緒に食べないかい?”
「…はい?」
■
「全く、身構えてしまった私が馬鹿みたいです」
“ごめんね、みんなが集まり過ぎて軽い騒ぎになっちゃったみたいだし”
「構いません、あの子達の責任問題です……本当に用事は、私とお昼……だけなんて、訳では無いですよね?」
“あ〜うん、補習授業部の近況報告をね、最近みんな頑張ってて…成績がとても伸びているからね、『このまま』だと全員合格出来そうだよ”
今ニュアンスに軽く含みがあった。こういう会話上での腹の読み合いも慣れてきたものなので、今の言葉が一体どういったものなのか、おおよその察しがつく。
「……そうですか」
“話したいことはそれだけかな、みんな頑張ってる、君も、補習授業部も、ミカも…みんなが望む道を必死にね、ただそれだけさ”
コポコポコポ…と、優しくカップにお湯が注がれる音と、その声を耳に入れながら、先生が仕入れてきたという葉の香りが漏れだし、鼻腔をくすぐる。
“紅茶の嗜みは少なくてね……ただ、少し勉強してきたんだ、抽質時間はキッチリと、だったね”
テーブルの上に置いてある先生のタブレットが淡く光り、先生に軽く催促され、空のカップに手を当ててみると、ほんのりと温かくなっていた。
時々先生はこのように不思議な力を使う。一体どういう原理で働いてるのかはわからないが…先生曰く、相棒のおかげだという。
“補習授業部の二次試験、明日に控えてるんだ、良い報告を持ち帰れるように努力させて貰うよ”
「…先生、…………先生っ、今ならまだ…」
“駄目だよナギサ、私は私の在り方を曲げる事は無い、誰かの犠牲の上で成り立つ幸せじゃ駄目なんだ、皆…仲良く幸せに、それが望む私の幸せさ”
「そのような理想論…!大人である先生が一番理解していることでしょう、そのような夢は叶わないと、そのような理想は……」
“はは、手厳しいね……うん、身をもって理解しているよ、けれど、けれどね……ナギサ、理想も夢も語らなきゃ始まらない、そしてそれを現実にする為に、私は
“私の存在意義は、
強い…強すぎる決意、席から立ち上がり、先生が私のカップに丁寧に紅茶を注ぐ、カップの中に注がれた色は鮮やかで、そこに映る私は濁っていた。私の、私の姿は……。
“どうだい?”
「……おいしいですよ」
“良かった、ナギサにそう言われるなら私も一端の紅茶飲みかな”
「…ミカさんともお会いになったらしいですね、どのような事をお話になされたのか、お教え頂けませんか?」
“ん〜、全部は話せないけど…簡単に話すなら、私は生徒皆の味方だって話したぐらいかな”
「それは…」
“勿論、ナギサの味方でもあるよ、私の可愛い生徒だからね”
「ッ!なら、何故…!!」
何故、私の味方を……
そう口に出す前に、別の誰かの声がテラスに届いた。
「ーーナギサ様……!」
「今度は一体何ですか……」
「ブラックマーケット地点から謎の爆発を起こしながらトリニティまで進行しつ続ける謎の物体が!」
「はい??」