ここを書きたかった、故に文字数は過去最短です。
「そしてその後は、先生が作り出した血清で鎮圧を開始、現在も暴走状態にある者の治療は行っているが、騒ぎは終着と……」
いつものテラスで、ナギサは報告書と見つめ合い、大きなため息をついていた。その背中に声をかけたのが一人、いや…立ち入りを禁じているこの状況で、声をかけれるのは……。
「やっほ〜ナギちゃん、紙とにらめっこしてどうしたの?何かあった?」
「……ミカさん、何か用ですか?」
ニコニコ、ヘラヘラと、いつもの彼女がそこにいた。けれど、ほんの少しだけ、何かが違うような。
「ん〜?何も無いって言ったらナギちゃん怒っちゃいそうだから……市街地の爆発が気になって〜とでも言っておこっかな?」
「…はぁ、その件なら私から先生へお願いして既に解決済みです、ブラックマーケットの違法な物品が散布された事による暴走だと報告頂きましたので……それ以上は踏み込まず、ブラックマーケットへの捜索も止めて、それで終わりです」
「ふーん?ナギちゃんにしては随分と雑に着地点を作ったね?いつもみたいに〜…『先生に借りが〜』とか、『この事件もまさか…』なんて、根っこの隅々まで調べてたのに」
「わ・た・し・も、疲れているんですよ……この事件の報告書をまとめるのも大変だったんです、明らか狙いが分からない突発的な暴徒の行動でも、怯えて人を疑うような人がここには沢山いますので」
「そんな風に言っちゃって〜『愛』って奴が無いんじゃない?ナギちゃん」
バンッ!
テーブルを強く叩く音が、ティーパーティーしかいないこの場に響く。
「分かってますよ!!トリニティに居る皆を疑わなきゃいけない私の気持ちが分からない訳ではないでしょう!?些細な事で揺れ動くフィリウス分派を抑え、パテルとの睨み合いを続け、エデン条約以降での政治体系を整えるための下準備をして!……はぁ、はぁ……ゲヘナ生がトリニティで問題を起こす度に湧き上がる不満を抑え……」
「はぁ……先生の裏を突かなくては、補習授業部を…………」
「…………」
「…すみません、これはただの八つ当たりです…疲れで我を失って…」
「ナギちゃん」
「……なんですか?」
「なってあげるよ」
「…はい?」
「
「…え?」
『勿論、ナギサの味方でもあるよ、私の可愛い生徒だからね』
ナギサにとって、猛毒であるその言葉が脳に届く。その瞬間に全てがドロドロと溶けだした様な感覚になっていく。
「な、何を…」
「ナギちゃんに反対するパテル派閥を黙らせてあげる、ナギちゃんを邪魔する人はみんな無視して、ナギちゃんだけを助けてあげる」
「まって、まってミカさん」
怯えるナギサに、真顔で話していたミカは優しく、麗らかに笑い、更に話し続けていく。
「パテルの武力を全て自治に回して、もう余計な事件が起きないようにしてあげる、ナギちゃんが誰も疑わなくて済むように、私がナギちゃんを全部の悪意から守るよ」
「ミ…ミカさ…」
一歩、踏み込み…ナギサとミカの距離は拳一個分までの距離まで縮んだ。何か食い潰すようにミカは抱きついて優しい言葉で囁く。
「エデン条約も、ゲヘナも、トリニティの全てを……ナギちゃんがしたい様に、やりたいように出来るよう頑張る」
「私は、ナギちゃんだけの味方になってもいい」
「私だけが、ナギちゃんだけの味方になっていい」
「これ以上、ナギちゃんが苦しまないように」
「ぁ…え、そ、そんな事…」
ナギサの口からは、もはや痺れが含まれた言葉しか出せない、既に猛毒は以前から…『誰かに助けて欲しい』という猛毒は、ナギサを蝕んでいたのだから。
「補習授業部の皆も、トリニティの裏切り者も、私だけはナギちゃんの味方になるから、もう疑わなくていいよう……私が命を懸けてもナギちゃんの、ナギちゃんだけの味方をして、その苦しみから救ってあげる」
何度も何度も繰り返し放たれる『ナギサだけの味方』という言葉、第三者から見れば紛れもなく利用しようとしていると捉えられるもの。しかし、それを求めていた雛鳥は、口に入れた餌を否応が無く飲み込むように、その猛毒を受け入れていく。
「何故……ミカさんが…トリニティの裏切り者の事を……」
「沢山、勉強したから…ナギちゃんの為にね、私…本当に頑張ったんだ」
「っ…」
壊れかけのティーカップ、そこに染み込んでいく
「だ…め、です、駄目です!ミカさんが幾らそう言ってくれたとしても…」
「そっか、ナギちゃんがそう言うのなら…今日は用も無く、ごめんね」
「ぁ…」
特に反抗も無く、ミカはハグを解いた。
羽まで使って優しく、優しく優しく優しく…壊れそうな食器を扱う様に抱いていた手や、身体や、その温かい体温がナギサから離れていく、悲しそうな顔をしながら、温もりは消えていった。
その冷たさは、セイアを失ったナギサには、あまりにも冷た過ぎたのだ。
「……ぅ…ま、待って下さ…ぁ…」
そして、掴んでしまった。
「…ふふっ、ナギちゃん、私に……どうなって欲しい?」
「私は、わたしは…ミカ…さんに…」
「私は、どうなってもいいよ」
ティーパーティーの本来の姿が失われていく。
「私……だけの、味方に…………なって下さい…」
「うん」
「もう、誰かを疑わ無くていいように、貴方だけは……私だけの、味方に…」
「うん」
「本当は、ヒフミさんも、先生も、トリニティの皆も…エデン条約さえなければ……」
「うん、みんなのこと…好きなんだよね」
「私……もうどうすればいいのか分からないのです、先生にも…模試の変更を悟られて…」
「ナギちゃんの傍に居た私が、一番味わってるよ、ナギちゃんの『愛』を、だから任せて」
「良いよ、私だけは……ナギちゃんだけの味方になるよ」
「はい……はいっ…!」
ダージリンの花言葉は、追憶と純愛。テーブルの上で未だ湯気を立たせるティーカップに反射する二人の姿は……。
■
『私は、生徒の皆の味方だよ、誰一人違わずにね』
聖園ミカは、一番の親友に、史上最悪の毒を盛った。それはそれは痛々しい、苦く、苦しく、口を付ければ誰でも分かる毒だ。
桐藤ナギサは、猛毒に犯され、そんな毒をも知らないままだった。
「……ごめんね…………先生」
皆の味方であるという事は、自分だけの味方になって貰えないという事、その苦しみを一番味わっているのは、聖園ミカであった。彼女もまた、猛毒に蝕まれていた。
「沢山、酷いことするけど」
「それでも、先生は私の味方で居てくれるのかな」
「……きっと、それでも先生は私の味方で居てくれるんだよね」
あの日から、肌身離さず持っている『黒ずんだカード』と、身につけている髪飾りを触る。
それは罪か、赦しなのか、救われない私は、分からない。
「あ…はは、先生は、浮気性だからね…」
これは毒というよりは、『魔女の呪い』 ナギサにかけられたのは、永遠に解けない呪いなのである。
そして、先生からもかけられた呪い。
『このカードを殺意をもって壊せば、死ぬ』
これは呪いか、呪いなのか?
「きっと、違う」
罰だ、彼は優しく、呪いなどかけれない。私と違って。故にこれは罰である、これからの私への。
「ごめんね……ナギちゃん」
次は魔女の手にかかった彼女に対して懺悔し、祈る、私は彼女を魔女の手から守れない、私が魔女だから。
もう、走りきるしか……それしか、私は魔女で居られない。
「まずは、時間稼ぎ……かな」
強く決意を込める瞳、今度はもう間違えないように、違えないように、壊れないように、私の『大切』が、いつまでも大切であるように。