ブルーアーカイブの隅っこで   作:カピバラバラ

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その果てに何を見るか

■ 合宿場

 

 

あの後は無事トリニティに戻り、合宿場に着いて皆眠りについた。

 

 

夜中の寝室、そこで起き上がる影が一つ。

 

 

「……」

 

 

外出する為に何時もの服に着替え、寝室を出ていく。

 

 

階段を下り、玄関に歩みを進める。

 

 

今日はやけに、この行為(裏切り)が身に染みる、月明かりの眩しさに補習授業部の輝きを幻視して鼓動が早まった。その心の音が鼓膜に響きながら靴を履いて外へ出ようとしていると……。

 

 

“やぁ、アズサ”

 

 

「………先生」

 

 

今尚業務に追われているのか、プリントの束を片手に持っている先生が玄関先に佇んでいた。

 

 

“少し、話せる時間はあるかい?”

 

 

また少し、心の音が跳ね上がる……。

 

 

「私も、警備に外回りしようとしていただけ…何か話したい事が?」

 

 

“うん、アズサが困ってそうだったからね……余計なお世話かもしれないけど、歩きながら話そうか”

 

 

困っていそう、そんな事を見るだけで分かるのならば、先生というものはなんて都合が良いのだろう。きっと…目星を付けられていたのだ。夜中に何度も外に出歩く私は、不審にしか思えない。

 

 

「分かった」

 

 

だから、逃げない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜風がなびき、頬を掠める。暑い夜に丁度良く、以前は少し肌寒いかったが、今の季節となるとこれが本来の気温なのだろう。

月明かりと街頭を目印に、合宿場の外周を先生とアズサが歩いている。

 

 

“怪我とか、痛む所は無いかい?アズサ”

 

 

「大丈夫」

 

 

“良かった、それと……アズサが毎日を楽しんでくれていて、安心したよ、今日は少し大変な事ばかりだったけれどね”

 

 

「うん、毎日の皆との時間は実に有意義で、私にとって大切な時間だ……私は補習授業部の皆と出会えて良かった、本当に楽しかったんだ………でも…」

 

 

その後に続く言葉が、歯に挟まって口の中でコケてしまった。

 

 

“大丈夫、まだまだこれからさ、試験が終わっても時間は沢山ある、きっと皆は合格出来るし、それに世の中には楽しくて幸せな事がまだ眠っているよ”

 

 

「………そうだな」

 

 

それでも何処か暗い顔をするアズサに先生は少し腰を折り、視線を合わせる。

 

 

“……ねぇ、アズサ、それとも、抗う事を止めてしまうかい?”

 

 

それは本当に意地悪な質問で、否応がなしにアズサは口を開く。

 

 

「なっ、それは…………嫌だ、例え全て虚しくとも、こうした出会いがあって、楽しさを見つけられて、確かに抗う事には意味があったから」

 

 

口から出て、ハッとした様子になったアズサ、彼女の中で作り上げられていた結論……自責と罪悪感で蓋をして、しかし今日の出来事でぐらついた蓋が外れ、零れ落ちた。

 

 

“うん”

 

 

満面の笑みを浮かべて相槌を打つ先生、元々持っていた答えを引き出されてアズサの頬にはほんのりと紅みがかった色が浮かび目を伏した。

 

 

「……この世界が虚しいものだとしても、抗って、抗って抗って…確かな意味を、確かな歩みを……私は踏み出せたんだと、思ってる」

 

 

抗う事が、例え意味を持たずともアズサは止まらない、アリウス自治区で見た一輪の花が彼女の心には未だ根付いている。紛争、抗争……終わらない戦いの中で見たあの花は美しく咲いていた。あの様な地獄でも、あの花は抗う事を辞めず、花をつけた。それが今尚アズサの心を前に進ませている。

 

 

ーーVanitas vanitatum omnia vanitas。

 

 

コヘレトは言う。なんという空しさ

なんという空しさ、すべては空しい。

 

コヘレトは言う。

空の空、一切は空である。

 

 

現実は不条理(理不尽に奪われ)で、耐え難い事実(苦しみ歩む人生)を突きつけられる時もある。

 

 

しかし

 

 

“抗う事は無意味じゃ無かったんだね”

 

 

「……うん!」

 

 

先生に再度確認されて、さっきまでの憂いを持つ顔が晴れ出すアズサ。その様子を見て先生も胸を撫で下ろし、目を見つめたまま話していく。

 

 

“アズサ、本当に困っている事があるなら皆を、私を信頼して…助けて欲しいって言って良い、君が信じているその道は、君を裏切らないよ”

 

 

「あぁ、分かっている」

 

 

今日は色々な事が起き過ぎて、疲れただけだと思う。皆との時間を思い出せばアズサは進めるのだから。私アズサの道は暗く険しいが、(スクワッド)との、(補習授業)との、(アリウス)との時間は、道を照らす太陽と同じ、どのようなものであれ、全てには意味が、価値があった。決して虚しいものでは無かった。

 

 

数刻の語り合いだったが、今はもう月明かりの輝きが、風情あるものと受け取れる様になっている。

 

 

“付き合わせちゃってごめんね、最近心配性が悪化してきて…つい、ね”

 

 

「多分、デミのことだな?」

 

 

“あはは…もしかして顔に出ちゃってた?”

 

 

「何となくだが私もデミを見ていると、何故かは分からないが不安になる、今日は以前にも増して、それに彼女を心配するというよりは………なんというか………いや、忘れてくれ」

 

 

“…そっか、ありがとうアズサ、私は部屋に戻るよ……アズサも寝不足にならない程度に、帰ってきてね”

 

 

「分かったよ、先生」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

“ねぇ、アロナ”

 

 

「なんでしょうか?先生」

 

 

先生の自室に、先生だけの声が聞こえる。誰かと会話している風ではあるのだが、先生一人の声しか無い、アロナの声を聴けるのは先生ただ一人。

 

 

椅子に座り、俯いて……ゆっくりと、ゆっくりと話していく。

 

 

“私は、先生に相応しく無いのかもしれない、大人じゃない、ぐずる様に後悔を引きずって……目の前に居る生徒を、いつの間にか直視できなくなってしまった”

 

 

“重なってしまう、ここには居ない皆の姿が……私の掌から崩れていった輝きが、未だに眼を焼いている”

 

 

『思い出す』度、己を信じれなくなる、生徒を導き…先生として、生徒の歩む道を支える、そこに変わりは無くとも、己の失態、後悔、罪過は増えるばかり。

 

 

『思い出す』度、生徒の姿に、別の…記憶の中の生徒と重ねてしまう、『思い出す』度、その死に際を、私の愚かさによる罪を味わわせられる。

『思い出す』度、消えていく生徒(輝き)を眼に焼き付けらされる。

 

 

ただひたすらに、己の無力を呪う。彼女達の屍を夢に見る、足りないものばかりを数えてしまう。身体を蝕む傷跡は、生徒を裏切った罪人の印だと思わせられる。

 

 

“死んでも続いた私の……皆の屍を踏み越える資格は無い”

 

 

記憶とは、人の財産……その人を表す全て。『思い出す』という事は、彼女達の人生を、私の愚かさで失われた人生を、今を歩むために使っているという事。バットエンドを見たくない私の身勝手で。

 

 

「私には……私には、先生の仰る『皆』というものを知り得ていません……ですが、今の先生は、立派な大人で…先生だとアロナは思います」

 

 

「先生は、サンクトゥムタワーの全権を手にしても、シャーレという絶大な権利を手に入れても、その全てを生徒の為になる様にしてきました」

 

 

「私は、そんな先生と一緒に居れて幸せです……先生という人が、私のオペレーターであってくれて、とっても、とっても!嬉しいです!」

 

 

“……”

 

 

タブレットを握る手が、強まり…震える手でアロナと人差し指を触れ合わせる。その瞬間、教室から先生の姿が掻き消えてタブレットだけが部屋に残り、静かな夜が再び訪れる。

 

 

 

 

 

 

瞼を開けば…目の前にアロナが居た。

 

 

 

夜空に浮かぶ満天の星の中、水が張られ机や椅子が散らばる教室の中で、ニコニコしながら後ろで手を組むアロナが駆け寄ってくる。

 

 

「ふふっ、先生!」

 

 

“ありがとう、アロナ”

 

 

飛びついてくるアロナを抱っこして、二人で空を見上げる。

 

 

“私も、アロナが居てくれて幸せだよ…頼りっぱなしな私だけど、まだ頼らせて貰って良いかな”

 

 

「はい!私は先生の相棒ですから!」

 

 

“ふふっ、何時もありがとう、可愛い相棒さん”

 

 

「えへへ…」

 

 

日頃の感謝と共に、労う意味で頭を撫でる。

 

 

“あ、そうだ、アロナに渡したい物があったんだ……トリニティで買ったものなんだけどね”

 

 

「もしかして、先生の部屋の机に置いてあるあの袋ですか?」

 

 

“ふっふっふっ、ご名答、補習授業部の為にも…ワンホールで名店のケーキを買ってきたんだ、振る舞う前にアロナに分けておこうとおもってね”

 

 

「ケーキ!やった〜!ありがとうございます、先生!」

 

 

更に大きく笑う彼女を見て、先生は申し訳なさそうに眉をひそめながら…アロナにとあるお願いをしようとする。

 

 

“………ねぇ、アロナ…お土産渡した後に話しちゃうと、少しいやらしいけど”

 

 

「……?」

 

 

“アロナ、君は私より生徒を優先出来るかい?”

 

 

それは、実質的に

 

 

【私の命よりも、大切な生徒達を守って欲しい】

 

 

過去の想いを果たす、唯一の道。

 

 

これから先何があろうとも、生徒を守れ、そんな『命令』。

 

 

 

「先生…!」

 

 

今まで笑っていた鳥がもう泣く。

 

 

歪む彼女の顔を直視してしまうと、彼女の顔が…■■■■■■の顔が、重なって…。

 

 

“……アロナが悲しむ事を、苦しむ道を…歩む”

 

 

“私を愛してくれる人達に、迷惑を振りまいて、その想いを裏切ってでも生徒を助けたい”

 

 

アビドスの皆や、ゲヘナ、トリニティ、ミレニアム…先生に向けられる感情を先生自身が一番無視してしまう。

 

 

 

 

『先生は、いなくならないでね』

 

 

 

 

あの言葉にも、私はハッキリ答えを返せない。

 

 

“そんな私のワガママに、付き合って……欲しい”

 

 

憐憫も寵愛も愛欲も、全てを飲み込み生徒は未来へと飛び立つ。

 

 

目線を下に向けてしまって、アロナの返答を待たずに、彼女の頭の上に手を置く。そうして数分、目をつぶった。

 

 

 

 

 

「出来ます、先生」

 

 

「それが、先生の望みなら」

 

 

 

 

“……ありがとう、アロナ”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《……来たか、アズサ》

 

 

《あぁ》

 

 

アリウス自治区にて、いつも通りの定期連絡をする二人、それを遠隔から覗いている者がいた。

 

 

「……」

 

 

名をベアトリーチェ、ゲマトリアに属し、先生の敵対者を自称している。

 

 

「…クソ!」

 

 

「クソ、クソッ!あのガキ…!」

 

 

元から赤い顔を更に赤くして激怒する、虫酸が走る気に食わない腹立たし、様々な表現を持ってしても、今の苛立ちは言い表せない。

 

 

「完璧な形で先生の目を盗み、生徒の一人を拉致したというのに…」

 

 

邪魔をされ…

 

 

「あの夜、帰ってきたスクワッドからは、羽音デミの記憶が全て抜け落ちていた……」

 

 

問い詰めてみても…

 

 

『マ、マダム!申し訳ございません……本当に分からないのです、そんな命令を受けた記憶も…お許し下さい!』

 

 

サオリは私に嘘を付けない、こうなれば確実に記憶を改竄されたと思っていい。

 

 

そして、あの馬鹿なティーパーティーの聖園ミカを使って、致命傷を与えれたと思ったら、奴の介入でミカが揺らぎ手放してしまった。

 

 

「挙句の果てにあの暴言の数々…ふふ、ふふふ…!」

 

 

「あのクソガキだけは、許さーー」

 

 

パコーン!

 

 

「痛っ!」

 

 

突然、頭をはたかれて何事かと振り返れば……

 

 

「誰がクソガキじゃ」

 

 

「ーーは?」

 

 

「こんばんは、マダム」

 

 

「黒…服!」

 

 

ベアトリーチェが振り返ってみると、虚空から溢れ出した肉壁から、黒服と……羽音デミがそこにいた。

 

 

「…羽音デミィ!!」

 

 

「作戦会議、しに来たっすよ、ババア」

 

 

「クックック…申し訳ありません、マダム……生憎、私は彼女専属の『相棒』らしいので」

 

 

「どうやってここに…そも、アリウス自治区に立ち入るのを私が見逃す訳が!」

 

 

「ハッ!私の頼れる『相棒』(笑)と、結構研究頑張ったから、報告しに来ただけっすよ…警戒した所で、私にここまで接近された時点で詰みっす」

 

 

「………」

 

 

目の前の存在が何を考えているのかが分からない。羽音デミの生命線である先生に対しての発砲を命じたというのも気取られたのか、殺意が籠った目線をしているというのに、そこにそれ以上の感情が無い。

 

 

嫌悪感もなく、憎しみもなく…淡々とした冷徹な殺意だ。

 

 

「…いや、やはりおかしい、貴方がここに来れる筈が無い、あの合宿場の周囲にはアリウス生徒の警戒網を張らせていました、それをすり抜けられる筈が…」

 

 

壁に映し出してある合宿場とアリウス自治区の映像、拡大する画面を合宿場に変更し、目を凝らしてみると、寝室には羽音デミが寝転がっていた。

 

 

「……」

 

 

今、目の前に居るデミと、寝室にいるデミを見比べる。困惑している私を見て、羽音デミが指を髪の後ろに指した。

 

 

「複製体…という訳ですか、完全な形の…」

 

 

目の前の羽音デミには髪飾りが付いている、識別する為に付けているのだろうか…?

 

 

「どっちが本体かは選べるんすけどね、先生が本腰入れてきそうなんで、私としてもそろそろ協力に見合った成果が欲しい所っす」

 

 

「クックック…」

 

 

少し気まずそうに黒服が相槌を入れた所で、目の前に立つ羽音デミを再度睨みつけた。

 

 

「…それで、一体何を」

 

 

「ん〜そうっすねぇ、黒服と話し合ったんすけど、これからゲマトリア会議をちょこちょこ覗いていこうかなって、お互い舞台装置同士、仲良くしましょ、ベアトリーチェ」

 

 

「……貴様は、何を望んでいる、何を見ている」

 

 

さし伸ばされた手を扇子で叩き、わざわざ相容れない事を示す。

 

 

「所詮は子供、搾取される循環からは逃れられない、強大な力を持ったからといって勘違いしてしまいましたか?」

 

 

「そんな事知らねぇっす……ただ私は、害を振り撒く厄災としてあればいい、カイザーよりも狡猾に、ゲマトリアより悪意を持って、色彩より強大に、キヴォトスを破壊する化け物でいい」

 

 

「………何をもって、その選択をしたのですか」

 

 

「私が死んだら、『私』の事を、誰が覚えてるんすか?」

 

 

「なに?」

 

 

「私が死ぬ為に、『私』に沢山酷い事をする、汚名を被せ、今までの人生を穢し朽ち果てさせる、私が消えれば『私』が抱いた希望も夢も、何も残らない」

 

 

「けれど私は、進まなきゃいけない、私を打ち倒せば……それよりも悪いことは起きないから、きっと大丈夫っす」

 

 

「お前らも協力して、私を殺しみろ、私に空いた穴を埋めて、『私』を忘れるな」

 

 

「キヴォトスを道ずれに下り落ちていく私から、この手を振りほどいてみろ……そういう、挑戦状っすよ、ベアトリーチェ(登場人物)

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