ーー最終試験 三日前
あの後全員がロビーに帰ってきた所、時間も遅く長い間自習もしていたのでその日はお開きとなった。その次の日も特筆した事は無かったが、やはりデミとハナコの同時外出が増えている。
今は最後の試験、第三次試験に集中する事が第一目標ではあるので、言及はしていない。そして試験が終わるまでは先生もシャーレには一時的でも帰宅する事無く一週間付きっきりで補習授業部に授業を行う事にしている。
シャーレの当番も今週中はお休み、モモトークでお知らせはしているのだが、先生不足を訴えるものが多数居るせいで、授業が終われば先生は業務処理とモモトークに追われていた、尚…それでもゲヘナやミレニアムでシナシナになっている者が散見されたという。噂によればミレニアムのセミナー会計士やゲヘナの風紀委員等が話に挙がっていた……。
迫る試験予定日、後三日に迫っている現状…昨日は行わなかった第四次模擬試験の結果で、どれだけ成績を詰めていけれるかが肝となる。
そして、また朝を迎える補習授業部。
“おはよう、ヒフミ”
「おはようございます、先生」
教室にいの一番に入ってきたのはヒフミ、続いてコハルとハナコ、アズサが入ってくる。授業の開始時間は七時半、大分切り詰めての授業故、中々のハードワークだ。
“おはようみんな、それじゃ授業を……デミは遅刻かな?”
皆の顔を見ると苦笑いをしており、何かあったのだと思って取り敢えず一旦授業を始め出す先生……時計の針が八時を差した頃に教室にデミが飛び込んできた。
「うぉぉぉーー!!ギリギリセー…」
“思いっ切りアウトだね”
「( ᷇࿀ ᷆ )」
といっても特に罰する事も無し、注意だけしてデミを席に着けさせる先生。見ればグチャっとした髪型、大量の寝癖、未だ開ききってない瞳…。
“あんまり夜更かししちゃダメだよ?”
「ごめんなさいっす」
“よし、それじゃ改めて…起立、礼”
■
第四次模擬試験結果
ハナコ――百点 合格
アズサ――九十点 合格
コハル――八十点 不合格
デミ――九十九点 合格
ヒフミ――八十八点 不合格
“…ふむ”
本当に良く頑張っているとしか言えない、最初期に二十点台を取っていたとは思えない程、点数は伸びている。まさかヒフミより先にアズサが合格ラインに足を踏み入れるとは思いもしていなかったが、アズサはあの日以来から人一倍頑張っている皆の、更に多くの時間をかけて努力し続けている、感動で泣いてしまいそうだ。
「せ、先生?あの、顔…」
「うわ…」
“うん?”
何やら先生の顔を見て引いているヒフミとデミ、それもその筈…先生が自分の顔に手を当てると、びしょびしょに涙で濡れていた。
“あはは、まぁみんなの努力が実ってる所を見ていると、おじさん涙が止まらなくてね…”
「マジでおじさんっぽくなってません…?」
教卓の上を濡らし続ける先生、このまま放っておくと一生感動してそうだが、コハルが手を挙げて先生を呼んだ為、涙を止めて先生が近寄る。とっくに授業は終わって試験用紙の確認をしていた所だ、皆自習に勤しんでいる。
「せんせぇ〜…ここ分かんない!というか無理!作者の気持ちそのものじゃない!」
“あ〜現代文の難しい所だね、話を読まなきゃ行けないのは自分なのに、読み取って答える時は自分じゃなくて作者の主観で答えなきゃいけないのはね……新しいプリントを用意しておくから、回数を重ねようか、それと問題文を見る前に本文である程度ーーー”
先生が誰かに付いている間には、他のメンバー…ハナコとデミが教える側としてヒフミとアズサに付く、といった形になる。それもすっかり恒例になった。
今回はハナコとアズサが対面して勉強している。
「アズサちゃんは相変わらず、古文は完璧ですね」
「アリウス分校では歴史の勉強が殆どだったからな」
何気に放たれた言葉を耳に入れれたのはハナコのみだったが、彼女の環境がどのようなものであったかは、
「ヒフミちゃんは、残るは本当に細かなケアレスミスでの失点と、このアホみたいに広くなった範囲記憶するだけっす、詰め込むっすよ……けど、別に焦んなくても良いっすからね」
「う、うん!」
皆、合格ラインである九十点を超える為に努力している。伸ばされた魔女の手を振り解いて進めるように、各々の死力を尽くしているのだ、それに応えられない先生では無い。
そうして、また一日が過ぎる。
■
深夜二時…一日が終わり、皆が眠りにつく夜中で一人、寝室から消え去さっている。
「……ごめんなさい、皆さん…」
浦和ハナコ、先生と補習授業部の皆の目を盗み、合宿場を後にする。夜中のトリニティを歩いて向かうはシスターフッドの礼拝堂、待ち合わせ場所に指定したマリーと合う予定だ。
コンコン…コンコンと、礼拝堂の扉を事前に決めておいた回数ノックすると、その重厚感溢れる扉が開いた、マリーとハナコの目が合った。
「こんばんは、マリーちゃん」
「こんばんは、ハナコさん」
浦和ハナコは既にこの事態の全容を掴みかけている。そしてとある一つの嘘をついている……あの日の誘拐の記憶を覚えていない、という。
自身を拉致した勢力、薬物事件の犯人…そもそもトリニティの厳重な警備の中、自分を拉致出来るものというのは限られている。そう、『トリニティの勢力』が狙っているのならば、誰にも知られていない私兵を有しているものが私を狙えた。
しかし、ナギサはそのような私兵を持たず、かといってシスターフッドが動く理由も無い。考えに考え、思考の先に辿り着いたのはアリウス分校。けれどそれはアズサを指すものというよりは………ミカが所有しているアリウスの生徒と言うべきであろうか。
推測ではあった、アズサの経歴について少し調べてみたのだ。アズサをトリニティに手引きしたのは聖園ミカ、それまで見向きもされなかったアリウス分校からの唐突な転校……そして先生から話されたこの補習授業部の正体、他にも事件発生の時期が妙に合っているのだ、補習授業部が結成されてからというものの指し示したかの様に正体不明の事件が起きる。
「…つまり、ミカ様に対する兵力を備えておかなければならないと」
「はい、そもそもミカさん自身の戦闘能力がずば抜けています、本気であるならばシスターフッド全勢力に勝るかもしれません、……元々、ティーパーティー…ホストとなったナギサさん一人の暴走かと思っていましたが、全容としては……」
「……ナギサ様を傀儡として、ティーパーティーの権限を独占利用するミカ様が、アリウス分校をETOの核として運用しようとしている……又は、エデン条約が締結されてもされずとも、その私兵でゲヘナを討ち滅ぼそうとしている」
伝えておいた予測を、マリーが話す。ナギサに正義実現委員会が居るように、ミカがエデン条約を締結させる、or締結させる前にティーパーティーのホストの立ち位置に登る事で、ミカにアリウスが付く。アリウスの成り立ちからして、アリウスは復権、ミカはゲヘナへの復讐……両方にとって納得できる取引だと言えるだろう。
その後はどれだけの戦力を貸し出してくれるかの話や、補習授業部の日常をマリーと話し合い、一段落が着いた頃に……。
「マリーちゃん、改めて伝えておきたいんです」
「ミカさんのゲヘナ嫌いが、どれだけのものであるか、私は知っています、恐らくはエデン条約締結を待たず動き出すかと、私達補習授業部の試験日に」
あの日、あの時、ティーパーティーに招待された一対一の茶席で話した、彼女の苦しみ、憎悪を知っている、なりふり構わず権限と兵力を手にしようとする狂気の姿を。
……けれど、それでも…………。
「配備の準備は抜かりなく行います、……セイア様の御存命を知らず、暴走を続けるミカ様を止める役割を、全うさせて頂きます…!」
「マリーちゃん…♡」
そうしている間にも、思案は続けている。ここまで黒幕を断定して話を進めれば、セイアを襲撃した犯人も分かる。アリウス分校から転校し、ミカによって手引きされた存在…そして……。
『水着も下着だと思えば下着』
デミがあの言葉を話した時に、傍にいた私だけが聞こえていた。
『証明出来ない、真実…か』
驚くは、偶然にもアズサと思考が一致していた事、あの言葉を聞いていた時、ハナコ自身もいつも考えている、古則の五つ目……セイアから聞かされた楽園の証明が頭をよぎっていた。自分以外が聞いていれば、なんて事の無い、脈絡の無い意味が分からない単語。偶然、本当に偶然だった、この可能性に辿り着いたのは。
セイア襲撃犯は、白州アズサ。
「………」
『トリニティの裏切り者』そんな役を被らされている彼女が、古則の五つ目を、セイアと話した事がある。異様な古文の知識、アリウスでは歴史の勉強が殆どだと言っていて、勉強したのかと思っていたが…………彼女の知っている知識が『正史』と違う点が多々あったのだ。あれは聞けば分かる、『誰かが明確に得る知識を限定させている』類のものだった。キヴォトスの古則を知れる訳が無い程、偏った歴史の知識だったのだ。
そして、セイアの部屋が爆発され、表向きには死亡したとされる時期と、アズサが転校してきた時期は、近い。
「黒幕は……確かに、ミカさんなのでしょう」
「……けれど、何か…」
「……」
違和感が付いてはなれない、沈黙が長引いていく。
既にマリーとは契約を終えている、シスターフッドへの協力を得る代わりに、私の力をシスターフッドに貸す、サクラコの厚意でそこまで大層な支払いを求められ無かった。元よりサクラコからは『お友達に力を貸すのは当たり前!』※意訳 …だと話していたのをマリーから聞いていて、彼女は変わらないなと思えた。
「ハナコさんの心底は、私にはまだ理解できていません」
「……マリーちゃん」
「けれど貴方の才を、優しさを、良く識っています、貴方の友を助けたいという想いがあるならばきっと大丈夫だと思います」
その言葉を受けて、微笑む。マリーは聡く優しく、心を理解している生徒だ。どのように扱えば良いのか、どのように正しくあれば良いのかという軸がある。
思考の沼に浸かっていく、ハナコは知っている、ミカのゲヘナへの憎しみを……けれど、それでも『大切な友達を傷つけてまで』優先するものでも無い事を。
彼女は、根本は優しく、弱い子だ。つまり現状の暴走は、本意では無い、そしてそんな彼女がセイアの殺害指示等出す訳が無い。
考えれば考える程、『ゲヘナへの憎しみ』でこんな事をするとは思い難いのだ。
「でも、しようとしていること、やりたい事、それは…合っている」
憎しみは一要素でしかない、問題は………。
「セイアさん…」
どうしてもここが引っ掛かる、ミカの指示によってアズサがセイアを殺害しようとした?あのミカが?あのアズサが?
「有り得ない」
アズサはそんな子では無い。確信を持って言える程、補習授業部の日常で見たあの光景はアズサの人間性を示している。ミカも、そんな子では無い。
陰謀の影が見える、何度も、何度も何度も味わってきた悪意の味だ。もう、そんな未来を迎える訳にはいかないのだ、ピリピリと感じるこの悪意を打ち砕いて……あの子達に、幸せな明日を迎えてもらいたい。
その為に、私は最愛の友を疑わなければならない。あの時黙っていた事が功を奏した。
『ーーあれ?そうなんすか?』
羽音デミは、私を草むらで倒れていたと話していた。私は、誘拐された後、気づけば教室に居た。
私が気絶してしまったのは、アリウス学生と思わしき人物に、謎の場所まで連れていかれてからだ。何がどうあれば、あの後何もせずに返す?第一発見者の彼女が、何故…『思っていた事と違う反応』を返した?
そして………この前、二人で、出掛けた際に、あの子が放った言葉。
『……ねぇ』
『救いたいもんはちゃんと選ばないと、全部失うっすよ、ハナコちゃん……トリニティもゲヘナも……アリウスも、何を手に取り、何を捨てるのか』
『……あんまり、今の私に執着しちゃったら駄目っすよ、ハナコちゃんは、ハナコちゃんが求めてる『私』を、忘れなかったら、それで……アリウスは、先生が何とかしてくれるっす』
………元の貴方を求める私は、愚かだと言える。私は結局、貴方という楽園が欲しかっただけだったのかもしれない。けれど、そんな風な顔をして、今の貴方が皆を害するものであるのなら……
『貴方は誰ですか!』
解答を、してもらわなくてはならない。
「マリーちゃん、もう一つ話したい事が………」
■
二日後、最終試験一日前。
第五次模擬試験結果
ハナコ――百点 合格
アズサ――九十四点 合格
コハル――八十八点 不合格
デミ――九十点 合格
ヒフミ――九十二点 合格
第六次模擬試験結果
ハナコ――百点 合格
アズサ――九十二点 合格
コハル――九十一点 合格
デミ――百点 合格
ヒフミ――九十六点 合格
ナギサは戒厳令を出した、ミカは未だ沈黙、補習授業部は最後の勉強を始め、先生は来たる未来を見据える。
この物語の勝者を決める戦いが、明日に控えていた。