■ ゲヘナ風紀委員会
時刻は昼過ぎ、今は休憩時間中の風紀委員会。
「ーー先生?」
「…なに、してるの?」
風紀委員会の敷地内、何やら騒ぎになっていると報告が来たので足を運んでみると……
「や、やめろ!ヘンタイ!いややれって言ったのは私だけど!」
「イオリ…?」
「ヒ、ヒナ委員長!?…これはその、違うくて…」
「何が、ちがうの?」
“あ…やぁ、ヒナ、会いたかったよ”
先生がイオリに跪いて、足を舐める先生が…
「アコ…」
「ヘッヘッヘッ…!キャインキャイン!ワン!クゥーン…」
アコの首輪のリードを持って…
「チナツ…」
「ヒ、ヒナ風紀委員長、これは…その……♡」
もう片方の腕にチナツを侍らせながら…
「順番だぞ!」
「おい!抜かすなよ!」
「……ススス…」(ヒナ委員長を見て逃げ出す)
「……」
先生の背中に群がる風紀委員の皆が居た。
「…訓練が、足りなかった様ね」
その日、風紀委員会には力無く横たわる骸が量産されただとかなんだとか……。
■
“よっ…と、ごめんね、急に押しかけちゃって”
先生が応接室のソファーに腰掛ける。事情を聞いてみると、あの万魔殿から下った指令についての事だった。
「…先生なら、良いよ」
“途中で皆に絡まれちゃってね、アコはデミの話をしたらああなっちゃったし、チナツにもガチガチに押さえつけられちゃったし…”
あえてイオリを話に含まないのは、『ヒナと会いたいなら、跪いて足でも舐めるなら…』と、一種の交渉の上に成り立っているものだからだろう。
……真偽はイオリに聞かないと分からないけれど。
「それで、先生…申し訳ないけれど、あの指令を私では撤回させる事は出来ないわ、連行を行わないのも出来ない。『生徒会長権限』を上回る権限は、風紀委員会には無いの」
“なるほど、マコトが直に撤回しなくちゃいけないか”
「…万魔殿に行こうとしているなら、今は辞めておいた方が良いと思う。最近、万魔殿の本拠地周辺に不審人物が目撃されてるから、それにあのマコトが、私の迷惑になる事なら、事故だとしても後から撤回する事なんて無い筈」
“……そっか、ありがとう、ヒナ…それと、最近の業務状況はアコから聞いよ、昼休憩を取れる位には分担できる様になったんだね”
「うん、先生の戦闘訓練のお陰でイオリとチナツが対応できる範囲が広がったから……アコも業務連携は改善されたんだけど……羽音デミ、あの子がトラウマになって、話題に出すだけであんな風に…」
『ワンッワンッワンッ!!キュルルル…クゥーン…』
…先生に頭を撫でられたり、お腹をさすられたり、本当に犬みたいになっていたアコ、トラウマが原…因…? …と言えるかどうかは置いといて、元々あんな感じだった気もするけど、『羽音デミ』に対してはそれがより顕著になってしまった。
“……”
「…先生?」
“…ん、あぁ…ごめんね”
珍しく先生が考え込んでいるのを見て、普段アコにさせている珈琲のドリップを作ろうと電気ケトルに水を入れて沸かしておく、先生は今、トリニティとゲヘナの和平条約、その政権争いに巻き込まれている途中だ、負担も大きいと思う。
「はい、先生…これ」
“ありがとう…やっぱり珈琲は良いね、匂いでも落ち着ける、紅茶も良いけどこっちの方が身近な分ね…”
「…先生、先生に…その、やっぱり聞いておきたい事があって」
“…何と、戦っているか、かい?”
「うん、困ってそうだから」
私は………私がつまらない人間だって知ってる、先生が私のそういう所も肯定できる様に、個性だって…頑張り屋だって褒めてくれた事、まだ覚えてるから。
毎日、暇な時間があれぱ先生はゲヘナ…いや、『私』の所に足を運んでくれた、つまらない私と毎日話して、買い物して、業務をして……何が面白いんだろうって、思ってた。
「『人に得意、不得意はある、けれど大切なのは…皆、やれる事をやるという事』」
自分に出来る事をして、するべき事を行う、日々を、
「先生…貴方が私に
応接室から立ち去ろうとするヒナを見て、先生が呼び止める。
“ヒナ、一体何処へ…”
「あの令状、マコトが取り下げれば良いんでしょ?行ってくる、先生は珈琲を飲んで、少しは休憩してて、隅…凄いよ?」
いつもヒナに言っていた言葉を返されて、ついキョトンとしてしまう先生。今日の業務は〜だとか、ヒナの昼休憩の時間が〜だとか、不審者とか、危ないよ〜とか、色々心配事が浮かんできたが、全部吹き飛んでしまった。
“あ………アッハッハッ!そうだ…そうだね、ありがとう、ヒナ!行ってらっしゃい…!”
「行ってきます、先生」
応接室の窓縁に身を乗り出して、足をかけ踏み抜くヒナ。
バゴンッ!!
その圧力に耐えられず応接室の一角は崩壊し、ソニックブームを巻き起こしたかの様に幻視する白いモフモフの塊はもう見えなくなってしまった。
パラパラ…と、建物が崩れている。
「先生!!物凄い音がしましたけど、大丈夫……お、応接室が!?」
“あ、あははは……ほ、本当に珈琲を飲んでいる間に、終わっちゃうかも」
■
「……」
モモトークに先生から、『予定より早く帰れそう』と連絡が来たのを見て、こちらも前準備を急ぐ。
「ハナコ、この位置で良いか?」
「はい、ここが終われば後二箇所ですね」
「うぅ…バレてないバレてない」
アズサが早く己の素性を明かしてくれた事もあり、十全に時間がある、私達の力があれば……トリニティなんて、数時間で転覆できるが、それはそれ、目指すは
「私達を散々虐めできたこと、後悔させてあげますよ…うふふ…」
何せ今居る場所は、正義実現委員会が警護をしている本館、アズサとハナコ、コハルは先生からの迷彩を駆使し、とある人物と共にこの場に来た。
「終わりましたか?」
「はい、残りも後少しですよ」
「ハスミ先輩…こんな事しちゃって、大丈夫なんですか…?」
「コハル、今は私は何も見えていません」
ーー羽川ハスミ。
あの後、先生が連絡を付けて合宿場にまで訪れた人物。ナギサの陣営に居る人物の補習授業部への加担は明確な離反と同義、故に力を借りれる事は無いと思っていたのだが……先生が何かを仕組んだらしく、今は一緒に力を貸してくれている。
ともかく、正実の一員に扮してトリニティ各地にあらゆる仕掛けを施してはや数時間、そろそろ〆にかからなければならない。
「ふふ…うふふふ…さぁ次のポイントに向かいましょうか」
■
「……あの」
「どうしたんすか?ヒフミちゃん」
「…その、みんなが頑張ってる中で、私達だけ……」
「先生が言った事なんだから大丈夫っすよ」
現在デミとヒフミの二人はペロロ様の特大着ぐるみを着て、トリニティとゲヘナの自治区境界線付近で『トリニティでゲリラライブ開催決定!予定地域、時間はーー』
と書かれたプラカードを持って宣伝をしていた。
「それに、これって嘘ですよね?なんでこんな事…」
「…ヒフミちゃん、もしヒフミちゃんがこのプラカードを、ネットでも現地でも何でも良いから見ちゃったら、どうします?」
「行きます」
「そーゆー事っす」
ちなみにプラカードの隅には『開催責任者ティーパーティー』と書かれている。
「裏が取れてなくても、ゲリラライブって言葉には……それこそ、試験を休んでも行きたくなる魔力があるんすよ、ね?ヒフミちゃん」
「あ、あはは、そうですね…」
「と言っても、かれこれ数時間…もう十分だと思うんすけど…………」
“お待たせ!”
「「先生!」」
そろそろ暇になってきて、プラカードをクルクル回したり踊ってたりしていると、車に乗って先生が駆けつけて来てくれた。二人で車に乗りこみ着ぐるみを脱ぐ、これでも想定よりは到着が格段に早く、先生の手腕が伺えると思ったが……。
「ヒナちゃんが?」
“ヒナのお陰さ、もうデミの引渡し要請は撤回、後は帰って勉強と打ち合わせをするだけ!”
「あの…!せんせい!それは…!良いんですけど……!!なんでオープンカーなんですか!?それに飛ばし過ぎですよ!?」
「ヒフミちゃん、はいコレ」
「わっ!…と、これは…サングラス…?」
「先生、ミュージックスタート」
“よしきた、飛ばしていくよ!”
「ま、まって、説明をして下さいぃぃぁぁぁぁあああ!?!?」
■
合宿場 ロビー
「決行は今日の深夜!アズサちゃんと私で警備の合間を縫ってナギサさんを誘拐、アズサちゃんには敵の誘導を任せます、私はナギサさんを安全な場所に移送後、皆で約束の体育館で合流、ハスミさん、ツルギさん率いる正義実現委員会がティーパーティー身辺に異変があったと報告を受けとらせ、辿り着くまでの耐久戦です!」
「絶対にみんなで試験を受けて、九十点以上を取って、真正面から胸を張って補習授業部を卒業しましょう!!」
「「「「おーー!!」」」」
「おんどれあのクソアマァ…ひねり潰したるでぇ…!!」
「デミちゃん世界観がアウトレイジ的なあれこれから戻ってきてませんよ!?すっごく『〇が〇く』みたいな顔になってますって!?」
あの後も、疲弊しながら漸く皆で集合でき、ロビーにてハナコが音頭を取りながら作成会議を終えた。大体の打ち合わせを終えて後は忍び込める時間まで待つのみ、皆気合いは十分な様で準備に駆け回ったにも関わらずまだ元気が有り余っている様だ。
「そういえば先生、ハスミ先輩に何を…」
“………チーン…”
「先生が死んでるぅぅ!?!?」
「乗ってきたあれ、レンタカーだったらしくて傷の補修代金でお小遣い吹き飛んじゃったらしいっす」
「本当に何をやってるのよ…」
「まぁ〜…野となれ山となれ、先生が言いたい事はハナコがほとんど話しちゃってるんで、後はキッチリ救って、合格目指しましょ」
“…………アズサ…”
「うぉ、急に生き返った、アズサちゃーん!呼んでるっすよ!」
「ん、なんだ、先生」
“負い目は、まだあるかい?”
「………あぁ、まだ、な」
“…でも、覚えておいて欲しい事がある、作戦を始める前にね”
“今、君が負い目を感じているこの状況をもたらしたのは、アズサでも、ナギサでも、誰のせいでもない、ただちょっと、ちょっとだけ皆が互いの事を信じれなかっただけの事、原因はそれなんだ”
“ナギサが皆を、ミカがナギサを……そして、君はその中で信じる事を選んだ、補習授業部を信じて歩んだんだ、君は、君が出来る事を精一杯やり続ければいい、これからの君の道は、君が歩むだけで意義がある”
“どんな未来が待っていても、決してそれは虚しくは無い、明日に立ち向かって前を向いて進むのならば、アズサはもうそれだけで正しいよ”
ーーそれは、アズサにだけ、というよりは………
「……そうか、ありがとう…先生!」
明日を諦めるな、生きて、生きて生きて前を向いて、未来に向かって進み続けろ、抗って、毎日を生きて、それだけで赦されるのだと。
謝り方を知らない私達に、先生として教えているのだ。
『ごめんなさい』も知らない、『仲直り』も知らない、『友』を知らない私達に、先生として。
私は、アリウスの最初の生徒として。
「……誰かにアズサちゃんの嫌味でも、言われたんすかね〜?」
“あはは、そうだね……そう、これはその返答かな、アズサ…君は私の生徒なんだからさ”
『学ぶ気の無い生徒を、生徒って呼ぶべきなのかな?』
“さて、いつもの行こうか、ハナコ、ヒフミ、アズサ、コハル、デミ……補習授業部一同!!”
“目標は、みんなで笑って…明日を迎える事!補習授業部出撃!!”
「「「「はい!」」」」
「はいよ、っす…先生」
■
深夜一時
ナギサのセーフハウス
「……」
計画の最初期段階、セーフハウスのルーティンを把握しているハナコによって、桐藤ナギサを誘拐…本当に安全な場所に匿う事で彼女の身の安全を確保、正義実現委員会を動かせる口実にもなる。
「………………」
今、その扉を開けた、同行者はアズサ。警備の間を縫って侵入できた、一時間程で良いから気絶してもらってその間に……。
「……そんな筈」
「…ハナコ、これは…」
そう、これは計画の最初期段階、アリウスの計画の核であるこの部分を此方で握らなければいけないのだ、そうしなければいけなかった。
「…いえ、ルーティンは絶対に合っています………なら、何故…」
「…《こちらアルファ》」
《桐藤ナギサが、消えた》
握るその手は、魔女の手へ。