“ミカ!頼んだ!”
「うん!」
風を切り暗闇を照らす二人が、月明かりを背中に夜鷹となって空を飛ぶ。
夜間飛行を邪魔する不埒者は補習授業部の手によってその道を開けることになった。
“カウントダウン!ヒフミ!”
『はい!5カウント後に起爆します!』
合宿場に生えている観葉用であった巨木が、遠くで爆発する。
ただ無意味に切り倒すのでは無い、倒れ、吹き飛ばされた巨木がミカの足場となり、踏切台となる事で闇の壁を超えれるジャンプを魅せる。
“ぐぎぎ……き、来たね!”
「居た!デミちゃん…!」
“放り投げていいから、お願い!”
「え!?」
チャンスは一瞬しかない、この大ジャンプの頂点に到達した時にしか侵入する手段は無い状況、やり方を選ぶ時間は無いが……。
“大丈夫、私を信じて”
「…うん、行ってらっしゃい、先生」
“いってきまーー…ぁぁぁぁああ!??”
分かってはいた、分かってはいたが風圧で顔面が痛い。
“ばぶぶびび……あぼな!” 「任せて下さい!先生!」
周囲にバリアよる風圧への防御、そして空中機動が急激に改善され体制を立て直し真下を見続ける。
そして予想通り侵入を拒むように銃弾が飛んでくる、何も無い闇の中から発砲されている光景は若干シュールだがそんな事を考えている暇は無い。
『来てますよ…!此方も準備オッケーです!』
“おねがーーい!!”
『行くぞコハル!』
『無茶苦茶過ぎるってばぁぁぁ!?!?』
この場には溢れかえっている瓦礫を利用して、アズサ謹製のクレイモアがまだ残っている建物の柱に取り付られ……その繋げた導線を引っ張る事で、解体爆破の要領で建物が闇の中になだれ込む。
“ごめんナギサ…!”
『黒いモノがこちら側の攻撃を通り抜けるのなら…』
闇を通過した建物が、グラウンドの地盤を破壊した。
それと同時に攻撃も止まり、闇の壁の高度が下がる。
『頑張って来て下さい!先生!』
“勿論”
目指す先は、闇に覆われた虚無。
彼女を表す……その領域内だ。
■
「…ククッ……先生、やはり来ましたか」
“羽音デミは、補習授業部に入部している生徒であり”
黒服の言の葉を無視して言葉を続ける。
「………」
“ティーパーティーから顧問を任された私は同時に補習授業部編入への役目を任されている、故に補習授業部に入部している生徒は、私に任された補習授業部卒業までの活動権限を私に担われている”
“羽音デミが補習授業部を卒業するまで、契約履行には私のサインが必要だ”
「…ふむ、例外的な部活動の責任者…先生という概念はやはり厄介ですね」
ふつふつと、場の空気が歪む。
“黒服、貴方はデミを…『彼女』を騙し、心を踏みにじり、今尚その苦しみを利用している”
“私はそれを許せない、だから大人として…変わらず、私の生徒には手を出さないで”
話しているだけだ、会話をしているだけ、それなのに空気が沸騰しているかのような重さを持っていた。
「…随分と、『人』が変わりましたね?」
“文字通りだよ、黒服、私は生徒を迎えに来た、それだけでもある”
睨み合う両者の間に、泣きそうな、崩れそうなか細い声が差し込まれ、その音を全て拾おうと先生は黒服を意識の外へ追いやり、膝を着く。
「……もう」
耳を貸す、当然の様に手を差し伸べる。それがどれだけの拒絶を受けてもだ。
私も、もう止まる訳にはいかないのだから。
例えこの命にかえても。
「ぃぃ…」
“……”
「………ふむ、なるほど」
触手が先生の腹を貫き、そこから侵食するように暗闇が広がる。
痛くは無い。
痛みが無い、来る筈のものも無い。
それが彼女の根底でもある、誰かを傷つける事を極端に嫌い、それを故に自分を護る盾とする。
そもそも今までの彼女だとしても私を殺す事は容易だった、本当に拒むのならば私はこの場に立っていない。そしてそれだけが……
それだけが、彼女を保たせているもの。
ハナコを元に戻したように、誰からも奪わない代わりに、誰にも奪われたくは無い。
“ねぇ、デミ”
必要なのは受け止める、というよりは受け入れる事だった。
赦しを誰かに乞う必要は無い、罪深いと嘆くのならば、受け入れるべきは罰では無く罪そのもの。
彼女は罪を受け止め、罰を受け入れた、それこそが間違いだったのだと思う。
だから砕けてしまった、償いにおける罰を他者からは受け取らず、自罰に…自縄自縛として、呪いとしての形で背負い続ける。
自分では絶対に解けない呪いを自ら掛けてしまったのは、きっと一番初めから。
“否定されると思う?”
「………」
“貴方が全てを打ち明けたら”
「…………され…ない、きっと、みんなは受け入れる」
そして、彼女は自分が許される事を知っている。
何故かと問えば、知っているからだろう……皆の事を、生徒の皆の、その優しさを、輝きを。
“だから呪ったんだね、自分自身が許さない事で”
「……」
その優しさを、許容を一番否定し拒絶したのがデミだ。
背負う罪が拒絶される事を望み、そして赦される事を拒む。
皆と時間を過ごす度に、その光景に心を焼かれて、更に背負うものを増やし続ける、皆の許容を超えるまで。
命に指が掛かるまで…………そのギリギリまで罪と共に逃げる。
これだけの事をした、では無く、まだこれだけの事しかしていない。
いつかはキヴォトスの全てが己を殺しにくるその時まで逃げるつもりだろう。
“でも、それは普通の事だよ”
“誰もが抱えている事、私も、皆も、自分を許したくない事がある”
“そして、その解決方法も貴方は知っている”
「…」
“『どうして』”
知っている筈だ、その道があった筈だ、それをどうして……
“どうして貴方は、縛られているのか”
“デミ、貴方は……”
「違う」
“……貴方は、憎しみを…後悔や苦悩を抱えたままこの世界にやってきたって言ってたよね”
「違うんです…」
“でも…私はそれが当たり前の事だとは思う、それが君の苦しんだ証で、それこそが私達大人の罪だ、デミが背負うべきじゃない”
肝となったのはセイアとの推測、話し合う中で羽音デミという存在には、何かしら感情に対する操作……それこそ、人の命を奪える程の激情を齎し、世界を破滅に追いやる機構にさせられた。
そして只人が抱えるには余りにも業が深い感情、それを得る事は難しい。
プレナパテス……彼のシロコの様に、名も無き司祭が彼女に干渉し続けたのか?
「ごめんなさい」
……違う。
それは、彼女自身が最初から持っていたもの。
当たり前の事を、少し大袈裟に変えられただけ、それだけのもの。
“うん、大丈夫だよ……私だってそう思う、貴方が知っている誰もが思うよ”
「……ぅ」
何故、デミは自身のみを許容出来なかったのか、それは彼女自身が抱いた思いであるからこそ。
“……『自分だけ、こんなに不幸になって』”
「なんで」
“『自分だけ、こんな目にあって』”
“『それなら、みんな同じ目に』”
「……なんで、分かっちゃうんすか、はは…」
“分かるさ、普通の事で、誰でも持ってしまう感情だからね”
あの雪が降る世界で、一番埋もれていたのはハナコでも無く、デミでも無く、『トリニティ』そのもの。
辛い目に合った時、苦しい事があった時、ましてやそれが最期まで抱え続けたモノだった時、誰だって人の不幸を祈ってしまう。
自分の不幸を受け入れる為に。
「……黒服…今日は、いい…」
「おや、宜しいので?」
「私が補習授業部を卒業しないと、どうにもならない」
「…ククッ……あくまでも合理的な判断で、ですか?」
「そうだ」
“……”
「卒業したら、迎えに来い」
「分かりました、それでは先生……クククッ…いえ、今は先生と言えるかどうか怪しいですが、私はこれで失礼します」
何かの技術でその姿を掻き消す黒服、私と同じワープの様なものだろう。
「……カード、今見せれます?」
“…あはは、ごめん”
私の腹から触手が引き抜かれ、闇も消えるが、出血はしない。
「
“いつも私の事を見てくれている生徒にかな”
「……それで、先生は黒服が言う
“ふふっ、ちょっと嫉妬でもしたかい?”
「喧嘩すると一番目に入るのは先生の事です、好きじゃ無い訳無いっすよ、別にメンヘラでも束縛系でも無いっすけど」
“ありがと”
「……テスト、受け終わったら……また少しお暇頂きますね、先生」
“うん”
“それと……この場に、卑怯者が一人居ることは知っているかい?”
「……自虐は程々って、いっつも言ってますよね」
“デミの秘密、色々教えてくれたからね、私も本当の事を話すよ”
一呼吸置いて、前フリの様に生徒に対する想いを伝える。
“デミ、私は………私はね”
“貴方が私の生徒で居てくれる限り、私は君を見捨てない、貴方は沢山の選択を得て……まだ、私の生徒で居てくれている事が…とっても嬉しい”
“諦めない貴方の為に、私は生きていたいって思えるんだ”
「…生きて……?」
“うん、私は君達の先生じゃない、全てを失って、私のせいで生徒が死んで、私が何も出来なかったから生徒が不幸になってしまった”
“何も成せず、誰も救えず、美しくて尊い物語を朽ち果てさせた”
“私は、幾つもの世界の屍の上に立っている”
“そして、生徒の屍の上に”
それが、愚かな私の末路。
そして背負うべき咎。
「それが、それが先生の、秘密っすか」
その意味を一番に理解している存在が、目の前に居る。
“……うん”
「……は、あはは、なんだ…」
同じ場所に、最初から居たんだ。
「慰めっすか」
“いや、証さ”
“そんな私でも、ここに立って、ここに生きて、まだ貴方に手を伸ばす機会を与えられた”
“皆がそうであるように、私がそうであるように……貴方にも、貴方の
「……」
“みんなが待ってる、行こうか”
「……テストだけっすよ」
“うん”
手と手をとって歩き出す。
結局舞い降りてきた存在は、死神でも救世主でもなんでも無く。
ただ……私の暗い世界の傍に、寄り添ってくれる人だった。
■
ペンを握って、用紙に答えを書き込む。
流れる血が少し早くなるのを感じる、緊張しているんだろう。
『テスト、受けましょう』
何も聞かれ無かった、何も話さなかった、私も……何も。
ただ今はみんなでテストを受けるだけ。
先生も、気にしないでと送り出してくれた。
「…………」
窓から差し込まれる朝日が眩しい。
用紙が照らさる。
今はただ、幸せな夢を。
■補習授業部 第三次特別試験、結果ーー
ハナコ――百点 合格
アズサ――九十八点 合格
コハル――九十九点 合格
デミーー百点 合格
ヒフミ――百点 合格
補習授業部ー全員合格
そしてーー
卒業。